「……あーあ、頭部小破。修理しないとな。じゃ、俺はもう上がるから」
「僕もあがるよ。どのみちもうアリーナの閉館時間だしね」
「おう。じゃあ、俺も。あ、銃サンキュ。色々と参考になった」
「それなら良かった。えっと……じゃあ、先に着替えて戻ってて」
俺がシャルルを疑う点、その3。シャルルは、俺たちと一緒に着替えようとしない。
いつもわざとらしく、何やら強引な理由をつけて、タイミングをずらすのだ。
……結局、あの後作戦に進展はなく、シャルルの正体を暴くことはできていない。
そろそろ、俺も我慢の限界だ。葵分が足りていない。
「たまには一緒に着替えようぜ」
「い、イヤ」
「つれないことを言うなよ」
「つれないっていうか、どうして一夏は僕と着替えたいの?」
「というかどうしてシャルルは俺と着替えたがらないんだ?」
おお、一夏が押してる。
いいぞー。もっとやれー。そして後ろで燃えてる三人にボコられろー。
「どうしてって……その、は、恥ずかしいから……」
「慣れれば大丈夫。さあ、一緒に着替えようぜ」
「いや、えっと、えーと……」
言い訳切れか?もう一押しだ……と、言いたいところだが、時間切れだな。
凛がガントを連射すべく、魔力全開で迫ってきている。ものの例えだが、暴力系ツンデレ女子の例えとしては適切だと思う。
ここは俺がフォローして、シャルルからの「頼れる度」を上げるべきだろう。
「そこまでだ、一夏。そんなに着替えをしたがるなんて、お前はやっぱり……」
「わー!ストップ、ストップ!!
こんなに女子がいるところで、そんなことを言うな!そもそも、前の誤解だって、解くのにどれだけ苦労したか……」
「はいはい、誤解されたくなかったら、さっさと着替えに行きなさい。引き際を知らないやつは友達なくすわよ」
凰が一夏の首根っこを掴み、俺を見る。
――ナイス、紅!
――グッジョブ、凰!
一瞬のアイコンタクト。凰はISを足に部分展開し、ずるずると一夏を引きずっていった。
BGMはもちろんドナドナだ。本当は歌詞を書きたいが、作品を消されたくないのでカッツ・アイ。
「……なあ、シャルル。一夏のことで困ったことがあれば、愚痴ぐらいは聞いてやるぜ」
「う、うん……。ありがとう、紅也」
はにかむシャルル。その姿は、美少年というよりむしろ……。
「こ、紅也さん。もし、今の一夏さんと一緒に着替えるのがお嫌でしたら、そうですわね。わ、わたくしが一緒に……」
「行くぞセシリア。大丈夫だ、紅也は強い」
「ほ、箒さん!自分で歩けますわ!離してくださいませ!」
一緒に……何だろう。すごくいい話な気がするが、聞いたら後悔しそうな気もする。
「……じゃあ、シャルル。俺、先に行ってるぜ」
「うん……。じゃあ、後でね」
◆
「はー、風呂に入りてえ……」
俺が更衣室に入ったときの、一夏の独り言がそれだった。
何だ?シャルルに振られたから、今度は女湯を覗こうってか?
俺の中での一夏の評価は、一気に変態の域にまで落ちた……。
「いきなり覗き宣言とは。お前、ギャルゲー主人公の友達のアホキャラみたいだぞ」
「うわぁ!?……紅也か、脅かすなよ」
今の一夏はパンツ一枚。なんか、漢の最終装備って感じだな。
「さっさと着替えろ。俺も、今のお前と一緒に長居はしたくないんだ」
「どういう意味だよ!?俺はノーマルだからな!!」
「なら、まずはその格好をやめろよ」
その言葉で、一夏は着替えを再開。俺も、ISスーツを脱ぎ始める。
「しっかし、紅也のスーツって、変な感じだよな」
「あん?どこがだよ」
「どこ、って……。なんつーか、全身タイツ?」
そう。俺のISスーツは、首から下、手の先から足の先までをすっぽりと覆っている。
これは、全身装甲の特徴とも言える、稼働時の摩擦軽減のためだが……。説明メンドクサイ。
「よし、着替え終わり。紅也は……時間かかりそうだな」
「うるせえ。今日は無理な姿勢で刀を振ったから、腕が痛いんだよ。
普段は三倍早く着替えられるっつーの」
背中のジッパーに手が……手が……届かない。
「あのー、山代君と織斑君とデュノア君はいますかー?」
「はい、えーと、織斑と山代はいます」
……ん?この声、山田先生かな。
あの人のことだ。ノックせずに入ることくらいやりかねない。
こそこそと、ロッカーの中に入り、隠れる。
「入っても大丈夫ですかー?まだ着替え中だったりしますー?」
「ああ、ちょっと待ってください。俺はともかく、紅也は……」
「もう隠れてるから、大丈夫だ」
「……だそうです。入ってください」
「そうですかー。それじゃあ失礼しますねー」
バシュッ、と圧縮空気が抜ける音がして、ドアが開いたことを教えてくれる。
「山代君……はどこかにいるんですよね。デュノア君は一緒ではないんですか?今日は織斑君と実習しているって聞いてましたけど」
「あ、まだアリーナの方にいます。もうピットまで戻ってきたかもしれませんけど、どうかしました?大事な話なら呼んできますけど」
「ああ、いえ、そんなに大事な話でもないですから、織斑君から伝えておいてください。ええとですね、今月下旬から大浴場が使えるようになります。結局時間帯別にすると色々と問題が起きそうだったので、男子は週に二回の使用日を設けることにしました」
「本当ですか!」
一夏の声のトーンが、急に上がった。
風呂、入りたがってたもんなあ。じゃあ、しょうがないよなあ。
でも、手まで握る必要はないよなぁ……。
「嬉しいです。助かります。ありがとうございます、山田先生!」
「い、いえ、仕事ですから……」
「いやいや、山田先生のおかげですよ。本当にありがとうございます」
「そ、そうですか?そう言われると照れちゃいますね。あはは……」
前から思ってたんだけど、一夏って、けっこう強引だよな。
……新聞部に、情報売っちゃおうかな。そしたら、明日の一面は差し替えだ。
タイトルは、「教師と生徒、夕暮れの更衣室で密会!」ってところか。
「……一夏?何してるの?」
来た!シャルルだ。
あぶねぇ、もう少しで飛び出すところだった。
「まだ更衣室にいたんだ。それで、先生の手を握って何してるの?」
「あ、いや。なんでもない」
一夏が、山田先生から手を離す。二人とも、どこか恥ずかしそうだ。
「一夏、先に戻ってって言ったよね」
「お、おう。すまん」
む、これはプレッシャー!?シャルルか!
「喜べシャルル。今月下旬から大浴場が使えるらしいぞ!」
「そう」
シャルルはISを解除し、タオルで頭を拭き始める。ごしごし、と。やっぱり、機嫌が悪そうだ。そのせいで……。
シャルルは、俺の存在を忘れている。
「ああ、そういえば織斑君にはもう一件用事があるんです。ちょっと書いて欲しい書類があるんで、職員室まで来てもらえますか?白式の正式な登録に関する書類なので、ちょっと枚数が多いんですけど」
「わかりました。――じゃあシャルル、ちょっと長くなりそうだから今日は先にシャワーを使っててくれよ」
「うん。わかった」
「じゃ山田先生、行きましょうか」
二人分の足音が遠ざかる。これで更衣室に残っているのは、俺とシャルルの二人だけ……。
「…………はあ。何をイライラしてるんだろ、僕……」
ため息をつくシャルル。その姿は、まるで恋する乙女のようで……。
だが男(?)だ。
もうすぐ分かる。シャルルは男か、女か。
今分かった。俺の正体を探ってた時の一夏やセシリアは、こんな気持ちだったんだろう。
だが、俺は奴らとは違う。下手な失敗はしない。
なにせ俺は、かつてイギリスのIS訓練施設や、N.G.Iの研究施設に潜入した実績を持つ、凄腕のスパイだ。まあ、後者は母さんに手伝ってもらったけど。
シャルルは、ISスーツに手をかける。いよいよだ。いよいよ、シャルルの秘密が明かされる――
……後になって思う。このときの俺は、変態一直線だった、と。
◆
結論を言おう。
シャルルの胸部には、がっちりとしたコルセットがはまっており、そこから溢れるたわわな胸が、はっきりと見えた。
下を脱ごうとしたあたりで、俺は目線を逸らした。
胸は、直接見なかったからセーフだ。うん。
そして今、俺は――
「……言い訳は?」
「あれは、調査であって、覗きでは……」
「問答無用。……ド変態」
「うわあぁぁぁぁぁ!!!」
自分の部屋で正座を強いられ、葵に頭を踏みつけられていた。
あの後、葵と連絡を取って部屋で合流した俺は、意気揚々と、戦果を報告した。
当然、見てきたことすべてを語ったため、シャルルのセミヌードを見たことがばれ……。今に至る。
「……あ、でも」
「? 言い訳は聞かな……」
「胸は、たぶん葵と同じくら……」
「死ねぇぇぇぇぇ!!」
あー、葵の絶叫なんて、久しぶりに聞いたな……。
結構レアだよな。葵は、感情を表に出すタイプじゃないのに……。
あー、景色がスローモーションだ。迫る蹴りや、足の根元に存在する下着まではっきり見える。とりあえず黒じゃなくて、お兄ちゃんは安心だぞー。
どぐし。
◆
〈side:シャルル・デュノア。いや……〉
……とうとう、バレてしまった。
同室だった一夏が、シャワールームにボディーソープを置きに来たとき、その……裸を見られてしまった。当然、いつものコルセットを外してあったため、女の部分を見られてしまった。
当事者である一夏は、すでに外に出ている。おそらく、混乱の只中にいることだろう。
(あーあ。これで僕は終わりだ。真相がばれたら、本国に強制送還されて、身柄を拘束される。デュノア社は……。まあ、どうでもいいや)
今の僕にとっては、何もかもがどうでも良かった。
一夏と紅也の情報を探れと言われ、失敗したことも。
これによって自分の未来が、永遠に閉ざされることも。
二度と、皆に会えなくなることも―――
イヤだ。
それはイヤだ。
もっと、ここにいたい。
もっと、皆と一緒にすごしたい。
もっと、一夏と一緒に……。
(……そうだ。紅也なら、何て言うんだろう)
『何か悩みがあったら、いつでも相談しに来てくれよ』
『……なあ、シャルル。一夏のことで困ったことがあれば、愚痴ぐらいは聞いてやるぜ』
『私は24時間365日、誰からの相談でも受け付ける!』
紅也の言っていた言葉を思い出す。……アレ、最後のは違うような……?
でも。
(相談に乗る、って言ってくれたもんなぁ……)
紅也は普段こそアレな感じだけど、真面目なときは今まで出会った誰よりも実直だ。
前に「先生みたい」と評したことがあったけど、それは偽りない本音だ。
相談に乗る、と言ってくれたあのときの紅也の顔。とても真剣だった。
本当に何でも聞いて、受け入れてくれる。そんな気がした。
(……よし)
コルセットを取り付け、その豊満な胸を隠す。
今はまだ、女だってことまでは言えないけど。
まずは、話してみよう。
◆
と、いうわけで、1017室の前に来たんだけど。
「死ねぇぇぇぇぇ!!」
「そげぶっ!?」
……なにやら、お取り込み中のようだ。
アレかな?「ふらぐ体質」って奴かな。一夏と同じで。
どうしよう。帰ろうかな。そんなことを考えていると……。
がちゃり。
ドアが開いた。僕の存在に気づいたのか、それともたまたまか。
どちらにせよ、もう「逃げる」という選択肢は取れない。
「ん、シャルルか。どうしたんだ?……まさか、一夏に襲われたとか?」
紅也の声がする。本人としては冗談のつもりだろうが、微妙に当たってるから笑えない。
どうしよう。緊張して、紅也の顔が見れない。
「……何か、あったんだな。とりあえず、入れよ」
茶化すような態度から一転、まじめな声音になった紅也。
場の雰囲気が明らかに変化し、静かな廊下に緊張感が張り詰める。
「――紅也」
意を決して、僕は顔を上げ―――そしてフリーズした。
紅也の目の上には、それはそれはきれいな青たんができていた。
――ああ、神様。
あなたは、シリアスが嫌いなんですね?
シリアスは好きです(笑)
たぶんこのころリトバにハマってたと思われますね。