で、翌日。朝の教室にて。
「おはようございます、紅也さん。今日はずいぶんと遅かったですわね」
「ああ、久しぶり……いや、そうでもないか。おはようセシリア。
いや、いつもは早く来すぎてたからな。今日からはゆっくりでもいいかな、と」
「つまり、「何となく」ですわね」
「まあ、そういうこった」
とりあえず、作戦の一環として、葵と一緒にいるのを見られないようにすることから始めた。俺は食事の時間をずらし、鍛錬も一緒にはやらないことにした。
葵は乗り気ではなかったが……。俺と離れるのが嫌だった、とか?そうだったら嬉しいんだが。
「お、おはよう紅也」「紅也、おはよう」
「よう、一夏、シャルル。朝からさわやかだな」
噂の二人が登場だ。食事の時間をずらしたのは、やはり正解だったらしい。
「おはようございますわ、一夏さん、デュノアさん。相変わらず、仲がよろしいことで」
……ん?セシリアから、良くないオーラが出てるぞ。
何かしたのか、一夏?が、当の本人はそんなことには気づかず。
「はあ、部屋が一緒だし、同じ男子だからな。当たり前だろ」
と、これまた実にさわやかに返答する。
「……やはり、油断なりませんわね」
ぼそっ、と。小声でつぶやくセシリアに危険を感じた俺は、即座に話題を転換する。
「そ、そうだ!お前ら、昨日は一緒に昼飯食ったって聞いたけど、どこにいたんだ?」
「昼……?うん、屋上で食べたよ」
「あんまり騒がれるのも嫌でさ。食堂なんか、かなり混んでたんじゃないか?」
「ああ。シャルル目当てのお客さんで満員御礼!……って感じだったぜ」
「そ、そうでしたの。でしたら紅也さん、今度、わたくしがお弁当を作って差し上げますわ!よろしければ……」
「お、ありがとな、セシリア。楽しみにしてるぜ」
「! そ、そうですか。楽しみに……。
では、期待に応えるとしますわ!!」
ガッツポーズをするセシリアと、「やっちまった」的な表情の一夏が、妙に気になった。
……大丈夫、セシリアだって、進歩してるはずだ。前のはたまたまマズかっただけ……の、ハズ。
「はーい、みなさん揃ってますね。HRを始めますよ」
山田先生も到着だ。今日も一日が始まる。
◆
〈side:山代 葵〉
昨日、紅也が発案した、シャルルを探る作戦。
はっきりいって、ナメてるとしか思えない。
相手は一応、訓練を受けた工作員。簡単にはボロを出さないし、こちらの情報くらい、持っていても不思議じゃない。
――当然、私のことも知っているだろう。
本来だったら、監視なり尋問なりを行って聞きだすべきだろうが、学園内でそんなことをしたら、国際問題に発展しかねない。
しかし……。だからといって、こんな猿芝居をする必要は無いと思う。
まったく、何でこんな作戦を思いついたのか……。
――そういえば、授業前に意識を失った、って言ってたっけ。
きっと、そのショックで、頭が動作不良を起こしているんだろう。そうに違いない。
私がしっかりしなくちゃ……。
◆
〈side:山代 紅也〉
ん?どこかで、非常に不本意な評価を受けた気がする。
それはそうと、今は昼休み。今日も、購買に行くのは止めておいた方がいい、という俺の判断で、いつものメンバー+シャルルは教室で食事をしていた。
「そういえばさ」
餃子をほおばる凰が、唐突に話しかけてくる。
「今朝、葵に元気がなかったんだけど、紅に心当たりはある?」
ぶほっ。
思わぬ角度から突然投げ込まれた『葵』という単語を聞いて思わず噴き出しそうになった俺は、それを必死でこらえつつ、ごまかす手段を考える。
気を逸らす手段とか話題とか……そうだ、あれを使おう。
「ああ。なんか、自分のせいで一夏と箒がケンカしたんじゃないか、って気にしてたから、それかも。あの後、仲直りは……できたようだな」
一夏と箒を見る。箒は、自分の弁当にあった唐揚げを、一夏に分け与えてる最中だった。
「まったく、もう少しあのままでも良かったのに」
「ええ、本当に。見てると、なんだかイライラしますわ」
「あー……。それは同感だな。リア充爆発しろ」
そう言いながら、ジト目で一夏を睨む凰、セシリア、俺。シャルルは、「爆発……?」とか言いながら、何かを考えているようで。
「まあ、お互いに悪い所があったからな。今回は、おあいこってことで。な、箒」
「う、うむ……。紅也にも……その、なんだ。迷惑をかけたな」
まあ、この様子を見れば、どう考えてもミッション成功だろう。
サクサク、とカツサンドを咀嚼する。うん、脂っこすぎなくていいな。
「なら良かった。これで、一夏も安心して訓練ができるな」
「? どういう意味だよ」
「だって、ケンカ中だったら、訓練が本気の試合に変わりかねないからな。そうなったら、ケガのリスクは倍増だぜ」
「む。私は、そのようなことはしないぞ!」
声を荒げる箒は無視して。
「そうだ、シャルルも一緒に訓練しないか?個人トーナメントもあるし、お互いに磨き合おうぜ」
「え?いいの?」
シャルルを勧誘し、了承も得る。
……親密度を上げる作戦は、順調に進行中だ。
「ちょっと紅!今回は、私も参加させてもらうわよ!」
「ああ。もちろん。凰も、一緒にやろうぜ。……負けねぇぞ」
「ふん、こっちこそ!」
そういや、凰は前回仲間はずれだったか。今思うと、悪いことをしたかな?
まあ、そのおかげで葵と仲良くなったんだから、よしとするか。
「それにしても……。ずいぶんすごいメンバーが集まったよな」
ぽつり。
一夏が、唐突につぶやく。
「む?どういう意味だ?」
箒が尋ねるも、ほかの全員は意味がわかっているようで。
「箒さん、よく考えてくださいな。ここには、専用機持ちが4人。遠距離型のわたくしと、近・中距離型の鈴さん。そして二人を守る
「下手すりゃ、戦争が起こせるよな。どうする?ラーズグリーズ隊とでも名乗るか?」
「紅。なによ、そのセンス……。そういえば、シャルルのISって、どんな機体なの?やっぱり近距離型?」
「ふふ、それは後のお楽しみだよ」
そのまま話題は、今日の一夏の特訓内容へと移っていく。葵の話題は、完璧に消滅したようだ。これで、ひとまず安心だな……。
◆
〈side:山代 葵〉
お昼休み。
紅也と鉢合わせしないように、今日も私は食堂へ行く。
あいかわらずの混雑で、席を見つけるにも一苦労。でも、よく見ると、隅っこの席に、不自然に空いている一角がある。
――ちょうどいい。
カルボナーラと味噌汁、酢豚を注文し、その席へと向かう。
当然のように、そこには先客がいた。昨日写真で見た、銀髪眼帯女。
たしかドイツの代表候補生、ラウラ・ボーデビッヒだっけ。
「……失礼する」
「……………」
返事はない。まあ、最初から返事を聞く気はないけど。
ラウラはその態度が気に入らなかったのか、顔を上げて……。
――? 私の顔を見ている?なんで?
視線を迎撃するかのように、私も顔を上げる。
翠と紅の瞳が、交錯した。
「…………」
「…………」
互いに無言。……用があったんじゃないの?
酢豚とカルボナーラを一緒に混ぜ、一口サイズにして放り込む。
……?気のせいかな?視線がそれた気がする。
ぐちゃぐちゃ。もぐもぐ。
無言で食事を続ける。おいしいな。
「……お前」
どれくらい沈黙が続いただろう?
唐突に、ラウラが話しかけてきた。
「私は、お前を見たことがある」
「…………」
そんなことを言われても、私はコイツを知らない。
「お前は……。昔、ドイツにいたな」
「……知らない」
「とぼけるな。昔、お前の資料を見た」
「奇遇。私も、アナタの資料を見た」
……………。
「お前は、私と同じ存在だ」
はっきりと。
ラウラは私にそう言う。あくまで淡々と。事実を告げるかのように。
「……そうかもしれない」
私は、目的のために、命じられるままに戦う者だ。目の前のラウラも、軍人ならば、おそらくそうだろう。
でも。
「でも、格が違う。アナタは、空っぽ」
私には、紅也がいる。鈴音もいるし、ついでに、簪もいる。
目標とする母がいる。尊敬する父がいる。
だけど。
コイツには、何もない。
一緒に食事する友達もいない。親の顔も知らない。
それは、とても悲しいことだ。だから、同じような存在である(と、考えた)私に話しかけたのか?
「っ! 何だ……。何だ!その目は!!」
こちらを睨みつけるラウラに、もう興味はない。
じゃあね。
縁があったら、また話そう。
葵の味覚は時々独特。
モノによってはセシリアの手料理でもおかわりできます。
言葉足らず同士が出会って、すれちがいも加速中です。