さて、午後の授業はIS整備だ。
どっちかというと、こっちが俺の専門分野。
葵と別れた俺は、第一アリーナの更衣室へと向かって走っている。
前回の授業でスーツを着なかったため、今回は予め着替える必要があったのだ。
……正直、かなり面倒だ。エネルギーで変換できるんだから、それでいいじゃないか。
でも、ISスーツで集合って言われてるからなぁ。はあ……。
まあ、今回着替えるのには、別の意味もある。
……シャルルは女かもしれない。それを確かめるのだ。
この時間なら、まだ誰も着替えに来てないはず。早めに着替えて、物陰に隠れていれば、きっとばれずに監視できる。
と、いうわけで、着替えをさっさと済ませた俺は、ロッカーの中に隠れているんだが……。
入ってきたのは、一夏のみ。シャルルはどうしたんだ?
「まったく……。鈴もシャルルもずるいよな。まさか、スーツ着たままだなんて……」
お、なんてタイミングのいい独り言だ!知りたいことが全部分かったぞ。
スゲエよ、空気の読める男。
じゃ、シャルルが来ない以上、ここにいてもしょうがない。さっさと出るかな。
バタン!
ロッカーを勢いよく開ける。そして……
「オーーールハイル!ブリタアァァァァァニアァァァァァァ!!!」
「ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁ!?」
そのとき、正体不明の絶叫が、校舎まで届いたそうな……。
◆
「いや、あの時の一夏は傑作だったな、イヤ、ホント」
夕食時。俺と一夏とシャルルは、揃って食堂に来ていた。
IS学園に3人だけの男子が集まれば、当然、騒ぎになるわけで。俺達三人、特にシャルルは質問攻めにあっていた。
やれ、「生まれはどこ」だの、「好みのタイプは」だの、「一夏と俺ならどっちがいいか」だの……。最後の質問をした奴は、フレキシブルアームでくるくる回してやった。このくらいは許されるだろ?
質問の波が引いたところで、ようやく、静かな夕食の時間がやってきたというわけだ。
「そりゃ、誰もいないところから人が出てきたら、普通は驚くって」
「アハハ……。あの叫び声、一夏だったんだ」
思惑は外れたものの、共通の話題としては上々のものが手に入ったから、まあいいか。
「そういや、シャルルは、いつからISが使えることが分かったんだ?」
「え、えーっと……。一夏が使えるようになったから、男でも適性試験を受けるようになって、それから……かな。山代君「紅也でいいよ」……紅也はいつから?」
「実をいうと……だいぶ前だな。ISが開発された頃には、もう乗れてたぜ」
「え!?そ、そんなに前から……」
「おいシャルル!どう考えても嘘だって!」
「……いや、そこはつっこむところだろ?」
シャルルは、なかなか真面目な性格のようだ。
最近ISに乗れるようになった奴が、専用機を持って転校できるわけないだろ?今日の操縦を見る限り、ずいぶん前から訓練されてたと分かる。
……やはり女か?ちょっとカマをかけてみようか。
「まったく、シャルルは真面目だな。いい嫁さんになりそうだぜ」
「よ、嫁!?そんな……僕は……。…………って、ぼ、僕は男だよ!」
「紅也……。お前、コレなのか?」
「なっはっは!ジョークだよ。メキシカンジョークだ」
「めきしかん……?」
「だから、深く考えるなって!」
……隠す気あんのか?ここまであからさまだと、逆に罠のような気がするが。
って、罠って何だよ。誰得だよ(笑)。
あー、もうこの話題はいいや。
「そういや一夏。箒とは仲直りしたのか?」
「……箒?」
うわ、急に不機嫌になった。選択肢を間違えたか?直前のセッションに戻って、ロードし直すべきだろうか。
……が、正直このまま放っておくと、良くないことが起こる気がする。ここで誤解を解くための仕込みをした方がいいだろう。
「ああ。昼間一緒にメシ食ったんだけどな。なんか、一夏に心ないことを言ったって、スゲェ落ち込んでたぞ。なんだか分からんが、昨日の『何とも思ってない』発言が原因か?」
「……ああ、それもあるけどな。
午前中のIS実習で、ISを立たせっぱなしにした子がいたんだけどな。あいつ、俺が踏み台になって運べばいいって言ったんだぜ。ふざけるなって話だよ。
……で、実際自分は俺を踏み台にして……。ホント、俺が嫌われるようなことしたか!?」
ふうん。お互い、見事にすれ違ってるな。
二人の意見を聞いてるだけで、隠してることが見えてくるぜ。
「……で、そのとき一夏はどうするつもりだったんだ?」
「? そのとき、ってのは?」
「だから、ISを立たせっぱなしにした、その後の子だよ。俺には、だっこして運んでるように見えたけどな」
「あ、それ、僕も見てた」
「み、見られてたのか……」
頭を抱える一夏。そんなことより。
「で、その子の後が箒だろ?一夏は、同じようにだっこして運ぼうとしたのか?」
「う……。それは……」
明らかに言い淀む。後ろめたいことでもあったのか?
まあ、全部知ってるけど。
「何か心当たりがあるなら、早いうちに謝っとけよ。大部分は箒が悪いとしても、お前にも非はあるぜ」
「そ、そうか?納得できないけどな……」
「じゃあ、謝った後でそう言え。たまには、本音で語り合ったらどうだ?」
「紅也……。分かった、後で箒と話してみるよ」
そう言った一夏の表情は、さっきまでと異なりやや明るかった。その様子を見て、もう大丈夫かと思い食事を再開しようとするも――
「……ふふ、紅也って、何か先生みたいだね」
今まで会話に参加してこなかったシャルルが、ようやく声を上げる。
「……は?先生?俺が?」
尤も、言ってる内容は理解不能だったが。
「うん。なんか、みんなのことをよく見てて、悩みを解決する手助けをして……。なんか、かっこいいよ」
そう言って、キラキラした目で俺を見るシャルル。
やめて!そんな純粋な眼で俺を見ないで!
みんなをよく見てるのは、情報を取り逃さないため。
悩みを解決するのも、自分のミスの尻拭いと、友好度アップのため。
そんな、打算だらけの人間なんだからぁ~!!
「さて、ごちそうさま。俺は先に行くよ」
「お、行って来い!思い立ったが仏滅、とかよく言うからな」
「いや、それを言うなら『吉日』、だろ。とにかく、ありがとな!シャルルも、また部屋で!」
「あ、うん。一夏も頑張ってね」
ひらひら。
手を振る俺とシャルルを置いて、一夏は去っていった。
「……そういやシャルル、一夏と同室なんだな」
「うん。一夏の部屋、一人で使ってたみたいだから。そういえば、紅也は誰と同じ部屋なの?さっき言ってた、箒って人?」
「いいや?
「うーん……。なんか、妙に肩入れしてた気がしたから、かな」
まあ、半分くらい俺達の責任だったから、とは言わない。言う必要がない。
「俺は、目の前の問題を放っておけないタイプなんだよ。それだけだ」
「ふふ……。ホントに先生みたいだよ」
だから、そんな立派な存在じゃないって。
だって。
「そうかな。じゃあ、シャルルも何か悩みがあったら、いつでも相談しに来てくれよ。俺の部屋、1017室だから」
こんなふうに、君がボロを出すのを待ってるんだから。
◆
「……と、いうわけで。転校生は男装女子かもしれねぇ」
「……怪しい」
1017室。俺と葵は、今日の転校生について話し合っていた。
ボーデヴィッヒの身元はすぐに判明。ドイツ軍の特殊部隊に在籍する、現役の軍人だった。
問題はシャルル。
今までどんなデータベースにも、デュノア社社長の息子なんて存在しなかった。
これについては、社長の隠し子か、養子であると仮定すれば、説明が付く。彼(彼女?)が言っていたように、IS適性試験をすぐに受けられたのも、これで説明できる。
だが、問題は、その経歴だ。
シャルルの経歴は、小中と私立の学校へ行き、高校に入ってから急にIS学園に編入、というものだ。学校の卒業生名簿にも載っていたし、卒アルにも写真がある。
しかし――。
モルゲンレーテの情報網を使って、その学校の卒業生に連絡を取ったところ、その学校でシャルルを見たことがある人は、ひとりもいなかったのだ。
姓が違うわけではない。写真を見ても否定するのだから、彼は確かにいなかったことになり。
つまりは、企業――あるいは国家――による情報操作が行われた可能性もある。というのが現状だ。
だから、罠をはった。
四月に起こった出来事。セシリアと一夏による誤解を、再現する。
一人部屋と聞いていた俺の部屋。そこに女物の下着と、男性用の制服があったら?
――シャルルは誤解するだろう。
「山代 紅也は、実は女である」と。
「名付けて、木下秀吉大作戦!……てな訳で葵。協力してくれるか?」
「本気?」
「ああ、
「……まあ、いい」
しぶしぶ、といった調子だが、葵の賛同も得られた。
「よし。とりあえず、お前は女子の制服を隠して……。あ、これは変装用のカツラだ。部屋にいるときは、これをつけといてくれ。シャルルが訪ねてきたら、俺はバスルームに隠れるから。後は……。女子用制服は、クローゼットに隠しておいてくれ。あくまで、一人部屋だと思わせるんだ」
「……ノリノリ」
おい葵。何で頭を押さえてるんだ。
俺の完璧な作戦の、どこに不備があるんだ?教えてくれ。
「……やるだけやる」
「そうか、じゃあ、後は監視カメラの設置と~」
「……一夏の部屋に仕掛ければいいのに」
「ん~、何か言ったか?」
転校生の来た夜は、こうして更けていくのであった……。
紅也はたまに馬鹿になる。