――草木も眠る丑三つ時。
撃墜したブリッツから戦闘ログを奪った紅也は、IS学園近海に潜っていた。
その身には、ブルーフレーム用の水中用装備、スケイル・システムが装備されている。
(8?反応はこの辺か?)
《もう少し下だ。そこから、微弱なコア反応がある》
(……まったく。連中、面倒なことをしやがって。大方、一夏を奪取した後に回収する予定だったんだろうが……。甘かったな)
《……これだ。コアナンバーは……解析不能。未登録だ》
(へぇ。本当に無人機とはな。……どこから来たのやら)
海底に沈んで―――否、磔にされていたのは、異形のISだった。
Xナンバーとも、ASTRAYとも違う、全身装甲。深い灰色をしたそのISは腕が異常に長く、脚よりも下まで伸びている。しかも……ビーム砲口が二つずつ、両腕についている。これは、明らかなオーバーテクノロジーの塊だ。しかし、今やその両腕と頭部には、三基のランサーダートが刺さっていた。
(機能は……完全に停止してるな。よし、じゃあコアを取り出すぞ)
仄暗い水の底で、カチャカチャという音が、静かに響いていく……。
◆
「以上が、今回のブリッツとの交戦の顛末です」
「そう……分かったわ。そうそう、送ってくれたパーツだけど、彼、喜んでたわよ。
で、あのコアのことなんだけど……起動は難しいわ。反応してくれないのよ」
「……無人なのに。変なの」
「そうですか……。引き続き、研究をお願いします。うまくすれば、俺もISに乗れるようになるかもしれない」
「そうね……。織斑くんのデータももらってるけど、あまり進展ないし。
……やっぱり、解剖を」
「じゃ、さよならエリカさん」
ぶつっ。通信を切る。
モルゲンレーテへの報告が終わり、ようやく、日常が戻ってきた。
同時に、俺たちの仕事も一つ減る。
仕事の一つは、織斑一夏のデータ集め。そしてもう一つは、強奪機体の回収だ。
かつて、N.G.Iから強奪された4機のXナンバー。その全てにPS装甲が搭載されているため、ビーム兵器持ちのASTRAYか、N.G.Iの彼女でないと対抗できない。
そこで俺達は、織斑一夏を狙って集まる(かもしれない)Xナンバーを鹵獲するため、ついでに、そいつらのデータ(さすがに本体は無理だ)を横取り――もとい、取り返すため、ここに入学したのだ。
……改めて考えると、けっこう打算的な理由だな。
さて、そのためにブルーフレームに搭載された機能。それが、武装へのハッキングだ。
ISの本体から離れたパーツなら、何であれ解析し、使用許可を書き換え、自分の武器にしてしまうことができるのだ。
……何でレッドにはないかって?拡張領域を埋めるほどの、かさばる武装があるからだよ。
昨日は、それを使ってトリケロスを強奪し、ブリッツ本体は学園に引き渡した。そのうち、N.G.Iの関係者が引き取りに来るだろうが……奴らの悔しがる顔が目に浮かぶぜ!!
「ふふふふ……あーっはっはっは!!」
「……うるさい」
なんやかんやで、訪れた平穏を満喫する山代兄妹であった。
◆
あの事件にかかわった俺、葵、一夏、凰。それから箒とセシリア(一夏のピットにいたそうだ)、簪(結局、逃げずに見ていたそうだ)には、
……IS学園ではなく、国からの圧力だ。モルゲンレーテか、N.G.Iか……。まあ、そんなことを考えても意味はねぇけどな。
ブリッツを奪取し、学園を襲撃した組織も、正体不明だ。だけど、師匠が言うには、古くから存在する、一枚岩の組織に違いないとのこと。今のところはこちらからアクションを起こす必要は無い、と説得された。
さらに不気味なのが、無人のISだ。おそらく、一夏の襲撃に来たのだろうが、ブリッツと交戦して行動不能にされた。――全く情報のない、第三軍が動いている。しかし、この技術を入手できたなら、うちの試作1号機は完成に近づくだろう。早く解析してほしい。
……さて、状況説明はこんなものでいいだろう。今、俺の部屋には――
「で、
「紅也。結局、あのISは何だったんだ?」
「他国の、最新型のビーム兵器なんて、なんでそんなものを持っているんですの?」
「あの光の剣は何だ?見たこともないぞ」
「……PS装甲って、何?」
……葵?こいつらが来る直前に、危険を察知して逃げたよ。
「まあ待てよ。俺はショートクタイシ?じゃないんだ。ひとりずつ頼む」
俺の言葉で、全員が互いの顔を見合わせた後、セシリアが手を上げた。
「では、わたくしから……。あのような高出力の携行型ビームライフルは、現状ではアメリカのN.G.Iの独占技術ですが、それを何故紅也さんが持っているんですの?」
「禁則事項です」
セシリアからジト目で睨まれる。……が、次。箒くん。
「紅也と山代が持っていたあの剣は、何なのだ?」
「禁則事項です」
ジト目が増えた。じゃあ次。
「……PS装甲って、何……?あんな強固な素材、見たことない……」
「禁則事項……だけど、一つだけ。アレには、俺たちのビーム以外は通用しない。見かけたら、絶対に戦うなよ」
「……わかった」
簪の質問は、セーフだ。この程度なら、技術漏えいにはならない。
「じゃ、次は俺が……。結局、あのISは何者で、どんな目的だったんだ?」
「……まあ、少しは話せるか。
あれは、アメリカの大手企業N.G.Iが極秘開発した試作機で、名前はブリッツ。詳しくは言えないが、特殊なステルス機能を持ってる」
「……じゃあ、そのN.G.Iってのが、襲撃を!?」
一夏が、今にも飛び出しそうな勢いで立ち上がる。
「それなら話が早いんだけどな……。その機体、強奪されたんだよ。
……結構、有名な話だと思うんだけどな」
ジト目組が増える。もちろん、加わったのは俺だ。
「一夏さん……。ニュースぐらい、見るべきだと思いますわ」
「……確か、お前がISを動かしたと発表されたのと、同じ時期だったが」
「あー……。その頃、テレビに映ってるのが恥ずかしくて、ニュースとか見てなかったよ」
セシリアと箒につっこまれ、うなだれる一夏。……哀れだ。
「……強奪されたのは、4機……の、はず」
「ええ、確かにそのような内容でしたが……。……と、いうことは……」
「まさか……!」
「……そうだ。強奪した組織は、最大であと3機の新型を所有してる」
「……あんな機体が、3機も……」
「……って、紅也?『最大で』ってのは、どういう意味だ?」
「N.G.Iの試作機は5機あったんだ。奪われなかった残りの一機が、機体の回収のために動きまわってる。……あの人はばかみたいに強いからな。1機くらい回収してても不思議じゃないぜ。
……で、敵の狙いは……お前だ、一夏」
びっ。
人差し指を一夏に向ける。対する一夏は、口をあけたまま、マヌケ顔で固まってる。
「……え、俺?」
ようやく発した一言には、緊張感のかけらも感じられない。……ハア。この鈍感男め。
「お前は、自分の重要性を何一つ理解してねぇな。世界でただ一人、ISを使える男としての価値を」
「いや、紅也さんもそうでしょう?」
「………。俺は所属がはっきりしてるから、いいんだ」
……あぶねぇ。墓穴を掘るところだった。セシリア、ツッコミの腕が上がってやがる。
「……あなたは……特別。政府が……代表候補生への専用機開発を打ち切ってまで……支援するほどに……」
簪が長台詞とは、珍しい。……ああ、そういえば白式は、倉持技研の管轄。
打鉄弐式が未完成だったのは、一夏が間接的な原因だったのか。
「で……そろそろいいかしら」
今まで黙って目を閉じ、腕を組んで話を聞いていた凰が、唐突に口を開く。
「紅……。そんな情報を知ってて、存在しないはずのビーム兵器を持っていて、そして何より、あたしを足手纏い扱いしたアンタは、何者なのよ!」
核心に触れる話。そして、この場にいる誰もが思ったこと。
ここまでの機密を知る、山代 紅也とは、何者なのか……?
「何者って……。じゃあ、語らせてもらうぜ」
そして、紅也は語りだす。己の人生を。
◆
俺の名前は山代紅也。モルゲンレーテのエージェントだ。
事の発端は数か月前。俺は上司に呼び出され、作戦司令室に来た。
「コウヤ、聞いてくれ。N.G.IのXナンバーが、何者かに強奪された」
回収を命じられた俺に迫る、組織の魔の手。
味方に裏切られ、同僚を失い、愛する妻と娘も人質にとられる。
それでも、俺は戦う。忠誠を誓った国のために。愛する者を守るために。
―――事件は、リアルタイムで起こっている。
◆
「「「「「ストップ!!」」」」」
全員がハモる。……何だ、まだプロローグなのに。
「いや、どこのバウアーさんだよ!明らかにパクってるじゃねぇか!」
「シリアスを期待したわたくしが、ばかみたいではありませんか!」
「……いや、セシリアにだけは言われたくないセリフだな」
「なっ……。それは、どういう意味で……」
やはり、セシリアにはボケが似合う。そういう意味だ。
「……じゃ、なくて!真面目に話しなさいよ!!」
ツインテールを逆立たせる凰。……って、指鉄砲を向けるな!何を撃つ気だ?俺には、強化すら使えねぇぞ!!
「わかった、わかった。真面目に話すよ。俺の……正体は――」
全員が息をのむ気配が伝わってくる。
「――禁則事項です♥」
……だって、箝口令にひっかかるもの。
「「「「「ふ……ふざけるなぁ~!!」」」」」
IS学園は、今日も平和でした。
これにて第一章は完結です。
明日は過去編とジェス・レポート2、25話をゲリラ的に投稿します。