――襲撃時、ピット内。
唐突に降り注いだ光。アレは間違いなく、ASTRAYと同じもの――ビーム発振器より生じる高出力ビームだった。
……やはり来たか、アンノウン!狙いは、やはり織斑一夏か?
レッドフレームを展開。今回、ガーベラストレートは使えない。代わりに取り出したのは、M1アストレイとの共通装備、標準武装のビームライフルとアンチ・ビーム・シールドだ。
(……紅也!)
(……葵か!あの機体……)
(うん……。間違いなく、Xナンバー!!)
新型ビームを携行する機体は、現在、この世に8機しか存在しない。
うち3機はモルゲンレーテが、5機はN.G.Iが所有していたが、それは過去の話。
Xナンバーと呼ばれる、GAT計画によって作られた試作機5機のうち4機は、起動テスト時に何者かに強奪されたのだ。
(よし……思ったより早く、
アレは、どの機体だ?)
(ビームの出力、バスターやイージスより低い……。なら……)
(ブリッツか、デュエルか……。いずれにしても、普通の機体にとっては脅威にはちげぇねぇな)
「簪!ちょっと行ってくる。ここを動くなよ!」
「……え!?何を……」
腰にスライドした通常のバックパックから、白い棒を引き抜き、構える。
俺が刃をイメージしつつエネルギーを回してやると、そこからピンク色の光が飛び出し、刃となって顕現する。
――これが、ASTRAYの第三世代兵器、ビームサーベル。
「さあて、行くぜ!!」
ビームサーベルを突き立てると、ピットの扉はバターのように溶け始める……!!
襲撃者の機体は、凰に銃口を向けている。が、既に葵が向かっているようだ。
俺も、急がねぇと……!
◆
そして現在。俺は敵の前にいる。
敵はブリッツだった。戦闘能力自体は低いこのIS。2機がかりならどうにでもなるが、問題は――
「だから、俺も戦う!雪片弐型なら、ダメージを与えられるハズだ!」
「あたしだって、時間稼ぎくらい……」
この二人だ。こんな状況下で、足手纏い二人を守りながらは戦えない。
ブリッツは、戦闘能力こそ(比較的)低いが、面倒な能力があるんだよ……!!
「早く!奴が見えるうちに、安全なところに逃げて!」
葵が、苛立たしげに叫ぶ。俺も同感だ。早くしないと、一夏が奪われる!
状況を理解しようとしない二人に、強硬手段に出ようとしたその時……。
「織斑、凰。早く避難しろ。山代の言っていることは全て事実だ。お前らは、足手纏いになる」
再び響く、凛とした声。……織斑先生か!ありがたい!!
「……と、いう訳だ。ここは、俺達が引き受ける。
8!パワーを上げるんだ!」
《了解!レッドフレーム、バトルモード!!》
ビームサーベルが、輝きを増す。……これなら、たとえPS装甲であっても切断できるはずだ。
「……わかった。それじゃあ……って、あれ?ブリッツはどこに行ったんだ?」
「ホント……。レーダーにも映ってないわね」
……何!?しまった!!
「葵!コンプリート・センサーに換装!索敵しろ!!」
「了解!」
ブルーフレームの頭部が光を発して収納される。が、漂う光は再び葵の顔を覆い隠し、新たなパーツとして再形成された。
ブルーフレームの装備の一つ、コンプリート・センサーだ。見た目には、V字アンテナが無くなっただけ。しかしこの頭部パーツは、通信能力とセンサーが大幅に強化されている。
「……いた!白式より六時方向!」
「……え!?うわあぁぁぁ!!」
白式が、突然妙な機動をする。まるで、見えないナニカに引っ張られたような……
「迂闊だぞ、一夏!!」
高速移動。一夏の行き先に先回りして、ビームサーベルを振るう。
確かな手ごたえと共に、流されていた白式の動きが止まった。……よっしゃ、成功だ!!
「……敵は、姿を消せる。私にしか、見えない。だから……」
「……ええ。悔しいけど、撤退するわ。一夏!」
「あ、ああ。山代、紅也。迷惑かけて悪かった!!」
そう言い残し、一夏と凰は、葵が空けた穴へと逃げる。……これで、心配事はなくなった。
「さて……『ミラージュコロイド』、いつまでも通じると思うなよ――!」
「すぐに……堕としてやる!」
◆
ここから始まるのは、試合じゃない。殺し合いだ。
……少なくとも、相手はそのつもりだろう。
ブリッツの真骨頂は、その名の通りの電撃作戦である。
コロイド粒子を装甲表面に吸着させ、可視光線やレーダーを屈折することで、肉眼はもちろん、あらゆる探査装置から姿を消す完全なステルス装備――ミラージュコロイド。
これを用いて奇襲、破壊工作を行うという、いかにもテロリストが好みそうなISだ。
しかし、ミラージュコロイドには弱点がある。一つは、PS装甲を切らないと、使えないという点。もう一つは、コロイド粒子は時間と共にはがれ落ちる、という点だ。
PS装甲。これも厄介だ。
特殊な金属に、一定の電圧の電流を流すことで、装甲を相転移させ、強度を増す。それにより、レールガンすらも無効化する、最強の対物理装甲だ。
つまり、一秒間に1のシールドエネルギーを消費することで、従来のビーム程度の弱い攻撃を無効化するのだ。確かにエネルギーは食うが、それを補って余りあるメリットである。
ミラージュコロイド中はコレが解除されるから、相手も迂闊な攻撃はできない。ゆえに逃げに徹するようなことがあれば、こちらからは手出しができない。
……そこで、弱点その2を利用する。
コンプリート・センサーの高い電算能力を使い、「モノが消えた」場所を割り出すのだ。
そうすれば、見えないモノの通り道が分かる。……ならば、取るべき作戦は―――
「葵!ミサイル発射だ!」
6発のミサイルが、地上に向けて放たれる。辺りに砂埃が舞い、作戦の準備が整った。
「観測開始……」
シールドを構えながら、油断なくビームライフルを構える葵。俺は、そんな葵と背中合わせになり、シールドとビームサーベルを構える。
――ライフル、苦手なんだよ。
《ブルーフレームと、データリンク……成功。こちらは私が処理しよう》
「お願い、8」
――が、ここで敵は予想外の、しかしありがたい行動に出る。
ビキュウゥゥゥゥン!!!
虚空から放たれる緑の光、ビーム。
しびれを切らしたブリッツは、先制攻撃を選んだようだ。
「「散開!!」」
二人同時に叫び、宙域を離脱。センサーにより高エネルギー反応を捉えていた俺たちは、余裕を持ってビームを回避する。
葵は、反応のあったポイントに即座にビームを発射。その光は直撃はせずとも、ミラージュコロイドの一部を剥ぎ取った。左肩の、赤い部分が、空に浮かんでいる。――今だ!
訓練用のペイント弾を連射。アリーナがカラフルになっていくが、気にしない。
だって――ホラ。敵の姿は、空中に浮かびあがっている。
ミラージュコロイドの弱点その3。コロイド粒子は、黒以外には吸着しづらい。
浮かび上がったシルエット。敵も観念したのか、ミラージュコロイドを解いてPS装甲を展開する。先程切り裂いたことで左腕のピアサーロック、グレイプニールは既に失われ、右腕の攻盾システム、トリケロスは――ん、ランサーダートが無い?発射された形跡もないし……。まさか、ここに来る前に誰かと交戦したのか?
だが、そんなことはどうでもいい。敵の武装は、ビームサーベル、およびビームライフルのみだ。――これならば、鹵獲できる。
「やるぞ、葵」
「……うん」
二機で並んで突撃。ビームの砲塔がこちらを向く。
葵がシールドを構える。俺はその影へと隠れ、減速せずに突き進む。
発射。着弾。ダメージなし。
レッドが飛び出す。砲塔が再びこちらを向く。
が……それは発射されない。葵が、ビームサーベルで、右腕の関節部を切り裂いたのだ。
絶対防御によって、操縦者の右腕は残ったものの、トリケロスが落下していく。
それをレッドフレームでキャッチし、8で解析。そのデータを、ブルーフレームへと送る。
「くっ……舐めやがってえぇぇ!!」
聞き覚えのない声。おそらく、敵の操縦者だろう。
……そんな、三下っぽい台詞を吐くなよ。やられ役。
「さて、投降する気は……ねぇよな。じゃあ……!」
トリケロスを葵に投げつけ、ビームサーベルを二本構える。
我武者羅に繰り出された蹴りを回避し、足を斬りつける。次いで左腕、胴体に斬撃を刻む。
全身装甲の利点は、装甲を使うことで、シールド・バリアーの展開を抑えることだ。 逆に、装甲の下は生身のため、装甲さえ斬れば絶対防御が発動する。
「ぐああああぁぁ!!」
シールドエネルギー、ゼロ。ブリッツは消え、操縦者は落ちていく。
「フン……。元々こっちの技術だ。弱点なんて、知り尽くしてるんだよ」
突入してきた教師に捕縛された操縦者に、俺はそう言い捨てた。
◆
――深夜。IS学園の一室にて。
「失礼します」
コンコン、とノックの音がする。その後入室したのは、サラサラしたブロンドヘアーの、背の高い美人であった。
「ふむ……貴様が、連絡のあったN.G.Iの操縦者か」
応接室らしきその部屋の、いすに座って彼女を迎えたのは、織斑千冬である。彼女に座るように勧め、互いに向かい合ったところで、話し合いが始まる。
「初めまして。私は、エイミー・バートレットです。
ふふっ、こんなところであの『ブリュンヒルデ』に会えるなんて、光栄だわ」
「……その様子だと、自己紹介の必要はないようだな」
あたりさわりのない会話。しかし、そんな儀礼はすぐに終わり、本題が始まる。
「早速ですが、今回、IS学園襲撃に使われたIS――ブリッツと、その操縦者を、引き渡してください」
「……理由を聞いても?」
「あれは、元々我々の開発した機体ですわ。……恥ずかしながら、強奪されてしまいましたけど」
「フン……。その程度の理由で、受け入れられるとでも……」
「いいえ、受け入れざるを得ないはずですわ。そのための根回しも、既に終わっています。
……そろそろ眠いので、このお話、終わりにしません?」
くぁ……と、本当にめんどくさそうにあくびをするエイミー。そんな彼女を見て、千冬からは思わずため息が漏れる。
「……そうだな。話は終わりだ。……私だ。奴を連れてこい」
電話をかけて数分。犯人が運ばれてくるまで、二人は言葉を交わさなかった。
「この件に関する、我々の責任はここまでだ。後は、何があってもお前の責任だ」
引き渡し後、千冬が告げる。その口調は、あくまで事務的だった。
「冷たいですわね。
さて、ブリッツの状態は……あら?」
モニターに表示された情報を見て、エイミーはこてん、と首をかしげる。
「……ねえ、コイツを鹵獲したのは、コウくんだったかしら?」
「
「やっぱり。……ふふっ。相変わらず、手癖の悪い子ね」
まるで、いたずらっ子を叱る母親のような雰囲気で、彼女は微笑む。
月明かりに照らされたその姿は、どこか神秘的ですらあり――
「織斑さん。紅くんには、気をつけなさい。でないと……」
大事なものを、盗まれちゃいますよ。
戯れに呟いたような、しかし確かな重みを持ったその一言は、さながら神託のように響いた。