IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

193 / 196
第177話 KAI

「んっ……うにゅ……」

「簪ちゃん!気が付いたのね……良かった」

「おねぇ……ちゃん?」

 

 更識簪が目覚めたとき、戦いはすでに佳境を迎えていた。

 アリーナ上空では葵とフォンが火花を散らし、彗星のような尾を引いて激しい戦いを繰り広げている。

 ぼんやりする頭で周りを見渡せば、辺りには『ゴーレムⅢ』の残骸が散らばっている。どうやら自分がいなくなった後も、みんなはうまくやったようだと彼女は安堵した。

 

「! みんな、は……」

「無事、とは言えないわね。怪我をした子はいないけど」

 

 はっとして体を起こした簪は、地に付けたはずの右腕が何か別のものに触れていることに気づいた。生暖かく、地面よりも柔らかいそれは、人の手。その持ち主である篠ノ之箒は、苦悶の表情を浮かべたまま意識を失っていた。その隣には、何かをやり遂げた顔で眠っている一夏と鈴の姿もある。さらに奥に目をやれば、アリーナの外壁にめり込んだまま動かない『シュヴァルツェア・レーゲン』も。

 

「みんな、本当によくやってくれたわ。おかげで、『ゴーレムⅢ』はあと1機。あとはあの子たちだけでも十分でしょう」

「お姉ちゃん、どこへ……」

「ここに接近してくる、正体不明の機体があるわ。例の戦闘機かもしれない。簪ちゃん、『打鉄弐式』は起動できるかしら?」

「部分展開……パワーアシストだけなら、なんとか」

「なら、みんなを安全な場所へ運んで頂戴。頼んだわよ!」

「……うん!」

 

 後のことを妹に託し、楯無は再び飛び上がった。

 最終局面に現れた、謎の乱入者。それが何を引き起こすのか……この時点では、誰も知る者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

《サブスラスター被弾!》

「パージ!出力配分変更だ!」

《機動力40%までダウン!限界だ!》

「まだ保たせろ!」

 

 〈カレトヴルッフ〉に続きサブスラスターも破壊され、『レッドワイバーン』は死に体だった。単独で『ゴーレムⅢ』と渡り合う能力はすでに無く、反撃の隙どころか、防御にすべての能力を割いているのによけきれない、防げない。紅也の撃墜は、もはや時間の問題であるかのように思われた。

 

《5時の方向、ビーム!》

「左側ばっか狙いやがって!」

《誘導された!正面、来るぞ!》

「いちかばちか、ビームを斬る!」

 

 巧みに放たれる4基のビットの攻撃が、紅也を翻弄する。既に〈アンチ・ビーム・コーティングシールド〉を失った紅也に、それを防ぐ手立てはない。思うように動かない体と、機動力を殺された機体を必死に操り敵の魔の手から逃れようと奔走するが、葵のように超常的な戦闘センスを持たない紅也ではそれも不可能。見る間に追い込まれていき、とどめの一撃を放たれようとしていた。

 

「せいっ!……しゃあ!」

 

 精神を研ぎ澄まし、寸分の狂いもなく放たれた斬撃が、『ゴーレムⅢ』のビームを両断する。咄嗟の機転でチェックを回避した紅也だったが、危機はまだ去っていない。

 〈ガーベラストレート〉を振らされた。それに気づいたのは、槍を構えた『ゴーレムⅢ』の本体と、発射体制に入った〈穿千〉が同時にステルスを解除した瞬間だった。

 

《紅也!》

「やべっ……」

「お行きなさい……」

「もう一度だけ起きて……」

 

 姿勢を制御するも、傷ついた『レッドワイバーン』の能力ではそれは叶わず。よもやこのまま撃墜か、と紅也が覚悟を決めたその瞬間。

 

「〈ブルー・ティアーズ〉!」

「〈シャルル〉!」

 

 紅也と『ゴーレムⅢ』の間を遮るように光の柱が立ち上り、〈穿千〉の射線上にオレンジ色の機体が割り込んだ。

 

「セシリア!シャル子!」

「間に合いましたわね、紅也さん!」

「あれ、一夏は?……でも、間に合った!」

 

 紅也の一振りが稼いだ一瞬は、無駄ではなかった。間一髪のタイミングでセシリアとシャルが間に合った。これで3対2。いや、無人機である〈シャルル〉も加えて4対2!

 

「〈シャルル〉は続投できるか?」

「エネルギーが限界!僕も長くは戦えないよ」

「ですが、皆さんの頑張りで、あと1機ですわ。このまま一気に行きますわよ!

「いや待て!もう1機――」

 

 悠長に会話する時間は与えられなかった。攻撃を防ぎ切った〈シャルル〉はエネルギーを使い果たし、静かに消滅していく。役割を終えた“彼”は、最後に紅也を一瞥すると、選別とばかりに楯を放り投げる。

 

「ありがてぇ!」

 

 両腕を通常腕に再換装し、受け取った楯を装着する。同じモルゲンレーテ所属である2機は、他のアストレイシリーズと同様に武装をアンロックしてあったので、そのまま使えるのだ。

 

「来るよ!」

「わたくしが突破口を開きます。『ブルー・ティアーズ』フルバースト!」

 

 セシリアは両手に〈ブルー・ピアス〉と〈スターダスト・シューター〉を展開し、6門の砲口から一気にBTレーザーを解き放った。うねるレーザーはさながら龍のように天を翔け、変幻自在の軌道を描きながら『ゴーレムⅢ』に迫る。

 『ゴーレムⅢ』もただではやられない。周囲に散らばる展開装甲をさらに分割し、複数のシールドビットを作り出して全周囲にビームバリアを展開した。この密度のビームバリアでは、セシリアのスパイラル・バレットですら貫通できない。いや、紅也の〈カレトヴルッフ〉でも不可能かもしれない。これに対処するには、〈タクティカルアームズ〉のような巨大な耐ビームコーティング武装や、より高威力のビームを叩きこむしかないだろう。

 

 そしてこの場には、それ(・・)を持つ者が一人だけいた。

 

「最後の力、全部を込めるよ!〈ビームマグナム〉!」

 

 かつて紅也からシャルに送られた、入社祝い代わりの試作兵装。実験的にカードリッジを搭載した超高出力ビーム砲だ。

 威力とは裏腹に、引き金は軽かった。BTレーザーが糸ならば、こちらはさながら鋼鉄製のワイヤー。かつて『シュヴァルツェア・レーゲン』を余波だけで戦闘不能にした極太の破壊の光の前では、ビームバリアなど障子紙のように穴が開くだろう。

 そんなことは『ゴーレムⅢ』も承知の上だ。〈穿千〉を構成する展開装甲の回収は間に合わない。ならば、と脚部の展開装甲を分離し、バリアの内側に強固なビームシールドを重ねる。破壊の光と守りの光。二つが激突した瞬間、世界から音が消えた。

 

 シールドビットが消滅し、ビームバリアが崩れ去る。

 

 1枚目のビームシールドは、激しい光を散らせながらビームマグナムに飲み込まれ、融解していく。

 そして2枚目も、その繰り返し。やや勢いを失ったビームは、それでも展開装甲を破壊するには十分な威力を残していた。

 しかしそれは、『ゴーレムⅢ』を破壊するには不足していた。

 

「シャルロットさん、追撃を!」

「ダメだよ。今ので銃口が融けた!」

 

 全力を出し切った直後の2人に、もはや余力は残されていない。

 戦いの行方は、今まで守られてばかりだった、この男に託された。

 

「8!リミッターを解除しろ!」

《バックパックが壊れるぞ!》

「構わねぇ!これで決めれなきゃ、みんな終わりだ!」

 

 限界を超えた出力をスラスターに注ぎ込み、炎を吹き出しながら飛び出した機体があった。〈シャルル〉から託された楯と、〈ガーベラストレート〉を両手に備えた『レッドワイバーン』だ。

 彼はビームマグナムの軌跡をなぞるように飛び、すべての負担を無視することで〈ヴォワチュール・リュミエール〉に匹敵する速度で突撃する。向かう先は当然、一時的に無防備になった『ゴーレムⅢ』!

 

 慌てて周囲のシールドビットを集め、展開装甲を再生成した『ゴーレムⅢ』。手にした武器はメイス。いかに鋭い刀といえど、横合いから攻撃を受けてはひとたまりもない。AIらしい合理的な選択だった。

 捨て身の突撃の勢いを乗せた一太刀が、かち上げるメイスと衝突する、まさにその瞬間。『レッドワイバーン』の手にあった〈ガーベラストレート〉が粒子の粒となって消滅する。紅也が唐突に収納(クローズ)したのだ。敵の前で無手になるという計算外の現象に、『ゴーレムⅢ』は一瞬虚を突かれる。

 

 その代償は、『レッドワイバーン』の右手から放たれた、エネルギーの結晶だった。

 

 光雷球。

 

 本来〈ビームサーベル〉に注ぎ込むエネルギーを意図的に放電して作り出す、仕様外の技。威力はほとんどないものの、これを受けた相手はエネルギーの逆流により電装系にダメージを受け、下手をすればシステムダウンにまで至る。

 虚を突かれ、さらに未知の攻撃に対し反応が遅れた『ゴーレムⅢ』はその直撃を受け、身動きが止まった。当然、その隙を見逃す紅也ではない!

 

「お返しだ!」

 

 左腕にマウントした楯が、仕掛けられた炸薬により内側からはじけ飛び、隠された牙を露わにする。〈シャルル〉から託されたこの楯こそ、かつての『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』より受け継がれた必殺の一。その名は盾殺し(シールド・ピアース)、〈灰色の鱗殻(グレー・スケール)〉。

 

「こ・れ・で……終わりだ!」

 

 69口径の杭が連続で放たれ、『ゴーレムⅢ』に風穴を開けていく。全ての弾薬を放ち切り、『ゴーレムⅢ』が機能停止すると同時に、紅也のバックパックもまた、役目を終えたかのように炎に包まれるのであった。

 

 

 

 

 

 

「これで、残るはあんただけよ!」

「あげゃ、そいつはどうかな?」

 

 手駒を破壊されたというのに、フォン・スパークは余裕の表情を崩さない。劣勢に追い込まれているというのにここまでふてぶてしい態度をとる狂人ぶりに、さしもの葵の頬もひきつった。

 

 学園側も戦力の多くを失ったが、それでも紅也、セシリア、シャル、楯無と、バランスの取れたメンバーが揃っている。特に楯無の『ミステリアス・レイディ』は損傷も軽微であり、1対1でもフォンとやりあえる力を秘めている。国家代表は伊達ではないのだ。

 

「あの人形共は、“ヴェーダ”とリンクした『ブラドアヴァランチ』とデータリンクを構築することで、普通じゃねぇ精度の連携を組んでたんだぜ」

「それが何よ?」

「わからねぇか?奴らが1体になったからには、オレ様が本気を出せるってことだ!」

「あと1体!?」

 

 フォンの暴露と同時に、今の今まで紅也以外の誰もが存在を見逃していた『ゴーレムⅢ』が、ステルスを解除して姿を現す。腹部に空いていたはずの穴は展開装甲によりいびつに塞がれ、機体の周囲には他の『ゴーレムⅢ』からかき集めた展開装甲12枚が浮かび上がっていた。リミッターを解除され、そして今“ヴェーダ”の演算処理能力の全てによるバックアップを受けたそれは、通常の——いや、現行の全てのISを超えた力を持っていた。

 全てのエネルギーを使い果たしていたセシリアとシャルを瞬殺したその機体は、最後に残っていたIS――紅也の『レッドフレーム』と相対する。通常形態にまで戻ってしまった、準第三世代機のASTRAYシリーズでは、荷が重い。いや、戦いを成立させることすら無謀だ。

 

「紅也!」

 

 この場を離れるのは危険だが、一か八か、紅也に〈英雄殺し〉を譲渡しに行くしかない。そう判断した葵は、瞬時加速の準備を進める。

 だがそんなあからさまな隙を、フォンが見逃すはずがなかった。

 

「――行かせるわけねぇだろ。これで、アイツの悪運も終わりだ」

 

 エネルギーは底をつき、機動力も奪われた。そんな状況で立ちふさがるのは、IS開発者篠ノ之束が作り上げた、並び立つ者のない最新最強の第四世代機。戦力差は歴然。目の前の『ブルーフレームセカンドK』をあしらっている間に、『レッドフレーム』は破壊される。

 しかし、そんな結果のわかりきった戦いに、この場にいる誰よりも期待しているのは、意外なことにフォン・スパーク自身であった。

 

 

 

 

 

 ――世界の流れを作ってるヤツ。お前は、どこにいると思う?

 

 フォンの運命を決めたあの日。シャトルの爆発によって『type-00』と自身の父親が宇宙(そら)に消えた日に、彼に問いかけた言葉を思い出す。

 

 ――どこかにいるとしたらそいつは、よっぽど意地が悪いな。みんなの夢を、こんな風に奪うなんて。

 

 ああ、その通りだ。歪んでやがる。

 だがな、気づかなかったぜ。そう言ったテメェが、歪みの中心――鍵だったとはな。

 これで終わるのなら、それでいい。だが、もしもこんな絶望的な状況からですら抜け出したのなら、テメェは――

 

 

 

 

 

 

「紅也ぁぁぁ!」

 

 聞いたことがないような葵の絶叫が耳朶を打ち、彼女の意識がゆっくりと覚醒する。

 

(目が覚めたか?)

(ああ……おちおち、眠ってもいられないようだ)

(オレもだ。どうやら、もう一人の俺がピンチらしいな)

(だが、機体が限界だ。私は、もはや何もできん)

 

 嫁と呼ぶ男が危機に陥っているというのに、自分には状況を変える力がない。圧倒的な無力感に押しつぶされた彼女の心は、かつて(・・・)のように追い詰められていた。

 

(だから、オレがいるんだ。あえて問わせてもらうぜ。――汝、自らの変革を望むか?より強い力を欲するか?)

 

 第一の鍵:操縦者の精神状態、クリア。

 第二の鍵:機体の蓄積ダメージ、クリア。

 

 これは彼女の機体に隠された、とある機能の封印を解くための儀式。

 

(ふっ……もちろんだ。どんな力であろうと、使ってやる。あいつを守るためならば!)

 

 だからこそ彼女は、声高に叫ぶ。あのときのように暗闇に飲み込まれたような漆黒の意思ではなく、今度は誰かの力になりたいという、黄金の精神を胸に自身の意志を示す。

 

 第三の鍵:操縦者の意志、クリア。

 

 3つの鍵が揃い、禁忌の力が機体を――『シュヴァルツェア・レーゲン』を変質させていく。

 

 ――Valkyrie Trace System……reboot.

 

 かつてのトーナメントにおいて猛威を振るった漆黒の騎士、織斑千冬のコピーが、再びアリーナへと顕現した。

 

(これぞ、『シュヴァルツェア・レーゲン』第異形態『宵桜』ってな!)

「いい名だ。……行くぞ!」

 

 かつて、ドイツの何者かの手によって『シュヴァルツェア・レーゲン』に仕込まれていたVTシステム。騒動の後に削除されたと思われていたそれは、紅也が仕込んだとある(・・・)プログラムにより、ISの退避メモリの奥底に隠されて生き残っていた。

 彼が本来仕込んでいたのは、最後にもう一度だけ操縦者の意志を問う、いわば第四の鍵であったはず。しかし元にした人格(山代紅也)が悪かったのだろう。“彼”は独自の意思を持ち、ラウラのサポートや機体のチェックなど、まるでサポートAIのように振舞い始めた。

 紅也がそれに気づいた時にはもう遅く、“彼”と『シュヴァルツェア・レーゲン』は不可分の存在となっていた。かつて『打鉄弐式』に組み込んだ戦闘支援AIクリムゾンとは違い、指向性を持たない純粋な人格データだからこそ生じた変化――いや、進化。

 

 余談ではあるが、この現象を再現するべく紅也が生み出したのが、自身の人格データをコピーしてアンドロイドに宿らせた『ベニ』であり、それと並行して作られた〈トレースシステム〉である。前者は現在『グリーンフレーム』に潜り込んで操縦者であるトロヤ・ノワレと共にあり、後者はシャルロットの『オレンジフレーム』に採用された。無人機として完成した『パープルフレーム』にも使えたはずの技術だが、紅也の師匠とエリカによって見送られることになった。なんでもその機体には、別の用途があるのだとか。

 

 閑話休題。

 VTシステムによって疑似的な形態移行を果たした『宵桜』は、万全と言える状態にまで回復した代償として、使用可能な固定武装は何の変哲もない近接ブレード1本のみ。本職である千冬に比べれば技量の落ちるラウラが、果たしてこの機体を扱いきれるのだろうか。

 

 答えは、否。だが、そのために“彼”がいるのだ。

 

(高速演算開始!敵機の軌道予測と自機の斬撃予測、重ねるぜ!)

(っく、頭が……。だが、見えるぞ。私にも敵が見える!)

 

 かつては敵の動きを基に“かつて千冬が使った剣技”を打ち込むだけであるがゆえに、“紛い物”とさえ呼ばれたシステム。だがそこに、ただのプログラムでは持ちえない“意志”が加わったのならどうだろうか。

 千冬の動き、という最適解を表示し動きをアシストしつつ、VTシステムに内包された膨大な戦闘記録を基に疑似的な先読みを行う。一方で主導権はあくまでラウラが持っており、彼女の意思を読み取った紅也の残滓が、人間とシステムの間を取り持ち動きを補助する。研究施設が灰になった今となってはわからないことだが、研究者たちが目指したVTシステムの完成形、その答えの一つが今の形であるのかもしれない。

 

 ラウラの目的はただ一つ。愛する者の危機を救い、守ること。

 その意志が、役割を終えて眠りについていた蛇の紋章を、再び活性化させた。

 

 予測のタイムレンジが広がり、より精度が増す。にも拘わらずラウラの負担は軽くなり、どう動くべきか、まるで長年戦い続けてきたかのように感覚で理解できる。彼女は未来予測の先に、美しい顔に大きな傷をつけた、全身傷だらけの銀髪の男の姿を幻視した。

 

「くそっ……俺の悪運、ナメんじゃねぇぞ!」

 

 展開装甲の1枚をブラスターライフルに変形させた『ゴーレムⅢ』の銃口に、紅也がSモードの〈カレトヴルッフ〉を突き入れ、暴発させる。本体は無事だったものの刀身として機能していた〈ビルドカッター〉が砕け散り、力尽きたかのように消滅した。紅也はそのままビームを放つが、射線上に展開装甲が割り込み、ビームシールドを展開する。同時に、周囲へと配置を終えた展開装甲が、一斉にビームを放ち、『レッドフレーム』は破壊される。

 

 これが、ラウラとVTシステムが導いた、これから起こる未来。当然、そんな未来は望まない。だから壊すのだ。立ちはだかるすべてを倒してきたブリュンヒルデ、織斑千冬の力で。

 

「くそっ……俺の悪運、ナメんじゃねぇぞ!」

 

 展開装甲の1枚をブラスターライフルに変形させた『ゴーレムⅢ』の銃口に、紅也がSモードの〈カレトヴルッフ〉を突き入れ、暴発させる。本体は無事だったものの刀身として機能していた〈ビルドカッター〉が砕け散り、力尽きたかのように消滅した。悪あがきとばかりに紅也は解放された〈カレトヴルッフ〉の銃口からビームを放つが、射線上に浮遊していた展開装甲の1枚が割り込み、それを防ぎきる。その瞬間、『レッドフレーム』は意識の外側から放たれた蹴りで吹き飛ばされ、『ゴーレムⅢ』との距離を離されてしまった。

 

「ちっ、展開装甲か!?厄介な……」

《いや、違う!アレを見ろ!》

 

 8の言葉に促され、紅也は自身を蹴り飛ばしたものの正体を、目的を知ることになる。

 彼の身代わりになったように『ゴーレムⅢ』と相対している黒い機体は、右手に握ったただの近接ブレードで四方八方全方位から迫るビームやメイスや剣や槍やありとあらゆる攻撃の嵐を、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って――それでも防ぎきれず、砕け散った装甲をばら撒きながら、紅也と『ゴーレムⅢ』との距離を広げていく。見覚えのある形状、胸に宿った2番目の蛇の紋章、そして闘志を燃やすオッドアイを認めた彼は、自分を攻撃した――いや、守ったものの正体がラウラ・ボーデヴィッヒであることを知るのだった。

 

「無茶だラウラ!いくらお前だって……。俺も、一緒に!」

「それこそ無謀だな、紅也。その状態ではこいつどころか、この場にいる誰とも戦えんぞ」

「だが、だからって」

 

 ブレード1本で、自身の12倍もの手数を相手にする。そんな無茶は、VTシステムの動きの基になった織斑千冬ですら未経験のはずだ。まして、その劣化コピーであるラウラではどうなるか。飛び散る装甲と漸減していくエネルギーが、その答えだ。

 

「ここまでくれば誰でもわかる。敵の狙いは一夏ではなく、お前なのだろう。ならば、それを守り抜くのが私の——我々の勝利条件だ」

「うるせぇ!わかってんだよ、そんなこと!前だって今だって、敵の狙いは俺だった!俺がいるせいで、こうして皆が傷ついた!だから、こいつは俺が!」

「いいや、わかってない!お前は、お前が傷つくことで皆が傷つくことをわかっていないんだ!この、鈍感男!」

 

 圧倒的不利といえる状況に、とうとう紅也が弱音をこぼした。かつて千冬と束により修復されたはずの心の傷が、想定以上の負荷を受けて再び開き出す。

 しかし、彼の弱さをラウラは認めない。軍隊という過酷な環境で育ったからこその厳しい言葉が、傷跡を焼いて塞ぐかのように荒々しく、心の出血を止めていく。

 

「お前のために犠牲になった者など、誰一人いない。皆、自分の意思で戦ったのだ。もちろん、私もだ!」

 

 剣閃が激しさを増し、『ゴーレムⅢ』との距離が詰まる。誤射を恐れたのか、ビーム攻撃の頻度が減り、展開装甲を変形させた武器での攻撃が増えてくる。ラウラはそれらの軌道を予測し、最低限の動きでかすめるように回避しながら、どうしても避けられないものだけは打ち払う。右手に握りしめたブレードが、ミシリと悲鳴を上げた。

 

「拒絶しているものに目を向けろ。そう言ったお前が、皆の——私の意思を、無視するな!」

 

 誰かを守ってみたい。自分の全てを使って、ただ誰かのために戦ってみたい。

 ああ、なるほど。今なら、一夏が言った意味が分かる。誰かのために――愛する者のために、自ら望んで戦うというのは、こんなにも心が躍るものなのか。

 とうとう、敵が新たな攻撃に出た。かつて『サイレント・ゼフィルス』が使ったように、展開装甲からビームの刃を発生させ、それをぶつけてくる。ビームスパイクといったところか。これならば、今までのように紙一重で回避するわけにはいかないだろう。

 それを見て、たまらず飛び出そうとする紅也を視界に捉えたラウラは、覚悟を決めた。

 変化を続ける未来に対し彼女が選び取った手段は、千冬の十八番、一閃二断の構え。

 

 飛び込んできたビームスパイクを、ラウラは避けなかった。

 全身を串刺しにされ、苦痛に顔を歪めながらも、一太刀目で相手の刃をかち上げる。

 回避しないという選択により最速で迫ってきたラウラの動きは、『ゴーレムⅢ』の予測を超えていた。虚を突かれた機体。無防備な胴体。彼女はそこに本命の一撃を叩きこんだ。

 胸部の展開装甲から発生したビームシールドと拮抗したのも一瞬。神速で放たれた突きは展開装甲を貫き、『ゴーレムⅢ』の本体たるISコアにまで刃を届かせ――己の力に耐えきれず、無数の塵となって自壊した。

 

「――無念」

 

 あと一歩だった。もっとうまく攻撃をさばけていれば。もっと剣の扱いに優れていれば。もっと早く距離を詰めていれば。さらけ出された敵の心臓部を前に、その一歩は無限よりもさらに遠かった。

 ブレードと共に『宵桜』も限界を迎え、今度こそ量子の粒になって消滅する。

 

 ああ、悔しいな。これでは、紅也が気に病んでしまう。

 

 振り下ろされた『ゴーレムⅢ』の腕を前にしても、ラウラが考えていたのは紅也のことだった。

 

 

 

 

 

 

「――いいや、お前はよくやった、ラウラ。流石は、私の教え子だ」

 

「……え?」

 

 落ちていく背中がふわり、と抱きとめられる。瞳に映りこんだのは、先程まで自身が握っていたものと寸分たがわぬ近接ブレード。しかし色は宵闇のような黒ではなく、若い桜を思わせるような白。

 

「さて、待たせたな。私が来た。もう好きにはさせんぞ、人形ども」

 

 それは、失われたはずの伝説の機体。

 世界中のISを、1本の刀だけで倒しつくし、最強の名を欲しいままにしていたIS。

 

 ――機体の名は、『暮桜』。

 ――操縦者は、初代ブリュンヒルデ、織斑千冬。

 

「山代、ラウラを任せたぞ。こいつは、私が相手をする。忘れたようだからもう一度言うが、生徒を守るのは教師の仕事だ。今は守られろ」

 

 千冬はそう言いながらも『ゴーレムⅢ』に斬りかかる。

 しかし紅也はまたも、その言葉に異を唱えた。

 

「いや、それはできねぇ!セシリアやシャル子、ラウラをやったこいつは、俺の手で破壊する!」

「無茶を言うな、馬鹿者!その機体で何ができる!」

「確かに『この機体』じゃ無理です。でも……簪が、鈴音が、一夏が、セシリアとシャル子が、そしてラウラが繋いでくれたからこそ、間に合った!」

「紅也、何を言って……なんだ、あれは!」

 

 頭に血が上っただけの発言かと思いきや、彼には何か策があるようだった。疑問を持ったラウラであったが、彼女の金色の瞳が、ISのハイパーセンサーを移植したヴォーダン・オージェが、アリーナに向けて飛来する何かを捉える。

 

「更識先輩の通信にあった、未確認機――あれがそうだ!」

 

 それは一見すると、小型の青い戦闘機のようだった。妙なことに操縦席は存在せず、2枚の装甲板を張り合わせたかのように、胴体にあたる部分は空洞になっていた。

 未確認機は紅也の姿を認めると、自身の拡張領域から何かを具現化する。それは、1本の赤い大剣であった。

 

「織斑先生、そいつ止めて!」

「命令とは、偉くなったな山代!」

 

 千冬が『ゴーレムⅢ』本体に攻撃し、展開装甲のコントロールを乱す。それでも6基ほどが空に上がり、紅也の離脱を阻むように彼に狙いを定める。

 

「おっと、そうはさせないわよ」

 

 だが、未確認機と共に戻ってきた楯無が水の弾丸を流星のように降りそそがせ、『レッドフレーム』のために道を作った。

 

「更識先輩、感謝します!」

「ここまでお膳立てしたんだもの。負けたら承知しないわよ」

 

 包囲を突破した紅也。しかしそこに、もう1機の真紅の機体が立ちふさがる。

 

「生き残ったな、山代紅也!それでこそ鍵だ!流れの中心はテメェだ!」

「流れなんて関係ねえ!あいつらの意思を、そんな言葉で片付けんな、ロバーク・スタッドJr!」

「あげゃげゃ、気づいてたか!」

 

 〈零落白夜〉を発動し、斬りかかる『ブラドアヴァランチ』。満身創痍の『レッドフレーム』はその攻撃に反応できず、回避もできない。

 

 ――いや、違う。紅也はフォンを見ていない。反応できないのではなく、無視しているのだ。

 

 なぜなら、この場にいるのは、彼が最も信頼する、最強の妹なのだから!

 

 フォンと紅也の間に飛び込んできたのは、大剣形態の〈タクティカルアームズ〉。紅也の身代わりになった青い大剣は、PS装甲すら破壊する〈零落白夜〉の力を受け、最期の役目を終えて爆散した。

 

「テメッ……」

「行って、紅也!」

「行くぜ、葵!」

 

 爆炎を切り裂いて現れた『ブルーフレームセカンドK』に組み付かれた『ブラドアヴァランチ』は、そのままフェードアウトしていく。すると、まるでそれを見届けたかのように、赤い大剣の刀身が2つに裂けた。

 半開きになった刀身は、さらに半ばで2つに折れ、逆三角形を形作る。紅也はそれを確認すると、大剣だったものに背中を向け、ゆっくりと近づいていく。

 

「あれは……〈タクティカルアームズ〉なのか?」

「それに、あの形……逆三角形(ターンデルタ)

 

 エネルギーを使い果たした楯無と共に安全圏に逃れたラウラは、変形した大剣を見てつぶやきを漏らす。

 

 紅也の最初の機体、『レッドフレーム』。

 それに搭載されるはずだった武装、〈タクティカルアームズ〉。

 大破したレッドフレームの代わりに紅也に与えられた『デルタアストレイ』。

 デルタアストレイの規格を変更し、光の翼を移植した『ターンデルタ』。

 

 紅也が扱ってきた全ての機体の系譜が、今、彼に新たなる力を与えようとしている。

 

「〈タクティカルアームズⅡK〉、ドッキング正常!」

《エネルギー供給確認、各部、オールグリーン!》

 

 紅也が望んだ『レッドフレーム』の完成形。それが新武装〈タクティカルアームズⅡK〉を搭載した、この姿。

 

「これが、俺のASTRAY!『レッドフレーム』――『改』っ!」

 

 アリーナ中に響き渡る紅也の宣言と共に、『レッドフレーム改』は光の翼を吹き出し、この世界に産声を上げた。

 




・フォン勢力
 フォン・スパーク『白式type-F』第二形態『ブラドアヴァランチ』
 第四世代無人機『ゴーレムⅢ』最終形態

・学園勢力
 織斑千冬『暮桜』
 山代紅也『アストレイ・レッドフレーム改』



 次回、決着。
 更新予定は8月30日です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。