IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第173話 キャスリング

「“イレギュラー”、だと……?」

 

 学園の地下、秘匿された区画においてこの戦闘をモニターしていた千冬は、一夏が撃墜されたという事実以上に、その単語に衝撃を受けていた。

 

「アイツと“一族”が繋がってるのは、この私の居場所を突き止めた時点でわかってたけどね~」

「それでも、だ。まさか再び、奴らの影を感じることになるとはな」

「IS発表したときは、妨害すごかったもんね~。私もちーちゃんも、“イレギュラー”とか言われて嫌がらせを受けたし」

「嫌がらせ、の一言で済ませるのは、お前だけだろうな。私が今の立場にいるのも、おそらくは奴らの思惑だろうさ」

 

 そう自嘲する千冬――かつて、『イレギュラーA』と呼ばれた、“一族”にとっての最重要警戒対象の表情は、後ろ向きな発言内容とは裏腹に、闘志に満ちていた。

 

「まあイレギュラーはイレギュラーらしく、誰の思惑も気にせず、好き勝手やらせてもらおうじゃないか。――なあ、相棒」

 

 彼女が振り返ったその先で、空間の中心に鎮座する結晶体に、ぴしりとひびが入った。

 

 

 

 

 

 

「一夏、無事か!?」

「――ああ。くそっ、油断した!『ゴーレムⅢ』は7機あるって聞いてたのに」

「すまない、私のミスでもある。ステルス仕様のゴーレムⅢ、さしずめ『アサシン』といったところか」

 

 一夏は撃墜されたものの、搭乗者保護が働いたおかげでピンピンしていた。とはいえ『白式弐式』がエネルギーを失ったのは事実であり、戦線に復帰するには箒の協力が必須となってくる。

 そしてそんなことは、フォンも承知の上であった。

 

「次はテメェか、ドイツのコーディネーター」

「コーディ……なんだと?」

 

 聞きなれない単語に眉を顰めるラウラだったが、生身の一夏を抱えたままで戦えるはずもない。逃げに転じようとスラスターを吹かしても、全力の戦闘機動をとれば生身の人間など一瞬であの世行きだ。ゆえに、彼女は決断する。

 

「一夏、悪く思うな!」

「えっ……のわっ!?」

「あげゃ?」

 

 一夏をPICの影響外に放り出し、フォンに右手を向けたラウラ。眼帯が外れ、あらわになった金色の瞳に射すくめられたかのように、彼の動きが止まる。

 これぞ、『シュヴァルツェア・レーゲン』に搭載された第三世代武装〈AIC〉。慣性に干渉し、敵の動きを止める必殺の一撃である。

 

「一夏!あのドイツ女、なんてこと……」

「よく見なさい、鈴音さん。AICで止まってますわ!」

 

 セシリアが指摘したように、空中に投げ出された一夏は、アリーナの上空で不自然に固まっていた。そしてそこにはすでに、絢爛舞踏の輝きを宿した箒が向かっている。

 

「ですから、今はやるべきことを!」

 

 すでに充填を終えた〈ブルー・ティアーズ〉から、一斉にレーザーが放たれる。再び姿を消そうとしている『アサシン』と『白式type-F』を同時に狙える、完璧な配置だ。

 それに合わせるように、葵もまた〈タクティカルアームズ〉を構え、ビームと実弾を混ぜ合わせた連続射撃を行う。身動きの取れないフォンに、それらを回避するすべはない。

 彼女たちの連携により、『白式type-F』は爆炎に包まれた。

 

 

 

 

 

 

「……嘘……」

「簪、どうした……って……」

「『キャスター』が、消えた……?」

 

 

 

 

 

 

「やったか!?」

「あれだけの攻撃を受けたんだ、無傷ではないはず……だが……」

 

 合流した一夏と箒は、攻撃の成功を確信できずにいた。

 なにせ相手は、最先端のISを操る束を撃退してみせた男だ。隠し玉の一つや二つ持っていても不思議ではない。

 そして彼らの予感は、こういうときに限って当たるのだ。

 

「うぐっ!?」

「危ねぇ危ねぇ。エネルギーフィールドで囲んでやれば、AICを解除できるのか。うまくいってよかったぜ」

「ラウラ!?このおっ!」

 

 爆炎の中から姿を現したのは、ほとんどダメージを受けていない白式type-Fだ。原型機よりも鋭さを増したマニピュレーターを使って、AICの同時使用によって集中力を欠いたラウラの頭部を掴み、零落白夜をチャージしている。

 それにいち早く反応したのは、追撃のためにフォンの懐に飛び込もうとしていた鈴だ。この日のために用意した刀刃仕様の〈双天牙月〉を振りかぶり、装甲の先にある生身の腕ごと断ち切る勢いで思い切りぶん回す。

 

 ガキン!手ごたえあり!

 

 加速の勢いも上乗せした一撃の破壊力は、ビームサーベルに匹敵するダメージをたたき出す。予期せぬ衝撃で思わず、といった調子で手を離したフォンの隙をつき、ラウラはするりと逃げ出して見せた。

 

「……それ、だけ……?ぶった斬ってやるつもりだったのに!」

「違う、鈴音!防がれた!」

 

 直撃したはずの一撃が、期待したほどの威力を発揮しなかったことで、鈴は動揺した。

 彼女を現実に引き戻すのは、珍しく動揺した葵の声。〈オーバーリミット〉を発動し、常人を越えた反応速度を発揮している葵は、今までの攻防の一部始終を捉えていたのだ。

 

 虚空から、撃破したはずの『キャスター』が現れ、セシリアと葵の攻撃を防いだことを。

 今も瞬時にエネルギーシールドを展開し、鈴の攻撃を紙一重で防いだことを。

 

「ゲホッ……どういうことだ。ワープしたとでも言うのか!?」

「その通り。〈テレポート〉ってやつさ」

「まさか……単一使用能力!?無人機に!?」

「あげゃげゃ。別に不思議じゃねぇだろ。コイツを作ったのは、あの篠ノ之束なんだぜ!」

 

 狂ったような笑い声を上げるフォン。そんな彼を包み込むように、『キャスター』はシールドを展開する。『アサシン』もどさくさ紛れに姿を消し、もはやセンサーで捉えることはできない。

 未だ数の上では有利なはずの6人は、まるで自分たちが追い込まれたかのような錯覚を振り払うことができなかった。

 

 

 

 

 

 

「考えるのは後だ!簪、逃げろ!」

 

 一方こちらは、数の上でも不利な3人。

 不意打ちで1機を撃破したまではよかったものの、倒したはずの『キャスター』は消えたと思った瞬間にフォンの傍らに出現するわ、残りの後衛2機はバカスカ撃ってくるわ、引き離した前衛がすでに戻ってきてるわで乱戦状態になりつつあった。

 

「紅也、まずは包囲を抜けるよ!」

「おう!8、火器管制任せる!」

《がってん!》

 

 バックパックに搭載された〈カレトヴルッフ〉が、対空機銃のように縦横無尽に動き回り、ビームを放って周囲の機体を牽制する。シャルもまたラピッド・スイッチでバックパックを切り替え、サブアームを装備した新たな姿となって全方位に弾丸をばらまく。当初の作戦とは違う流れだが、結果的に防御役を排除できたのは彼らにとって大きなアドバンテージとなった。

 

「簪、もう一度アタックできそうか?」

「……ダメ……こいつ、しつこい……」

「あれは、『ライダー』か!」

 

 簪に意識をやると、体をたたんで戦闘機のような形態になった『ライダー』が、翼の下から生えた両腕――四連装砲からビームを放ち、飛翔形態の『打鉄弐式』とドッグファイトを繰り広げていた。あれでは、紅也たちの援護どころか、彼女自身も危ういだろう。

 だが、不利な状況とは裏腹に、彼らの声に絶望はない。

 なぜなら、この場にはあと一人、数の不利を覆すことができる戦力――学園最強の女が控えているのだから。

 

《来たぞ、紅也。右だ!》

 

 8の警告通り、巨大メイスを振りかぶったゴーレムⅢ『バーサーカー』が、無人であることを生かした殺人的な加速で紅也の懐に飛び込んできた。バカげた運動エネルギーを宿した一撃は、巨大な日本刀を軽々と振り回す力を持つ『パワードレッド』の腕でも防ぎきれないだろう。

 しかし、紅也と8に焦りはなかった。彼らはすでに、それよりも早くこちらに届く、蛇腹剣の先端を認識している。

 

「ボーっとしすぎよ、紅也くん」

「信じてるんですよ、先輩!」

 

 バーサーカーの凶器が届くよりも先に、その手元に蛇腹剣の先端が巻き付く。彼がそれに気づき、力任せに拘束を引きちぎるより早く、刃を核として形成された水が高速回転し、まるでチェーンソーのように腕部装甲を削り取る。

 

「まず一機!」

「こら、焦らない」

 

 動きの止まったバーサーカーの腕を切断しようと、居合の構えを取った紅也であったが、その瞬間機体が意に反して動く。レッドフレームに搭載されたコアが、自己判断で回避行動をとったのだ。

 同時に、楯無も蛇腹剣〈ラスティー・ネイル〉を収納し、瞬時加速を行う。

 2機のISが残した残像を、突如現れた漆黒のISが切り裂いた。

 

「アサシンか!ミラージュコロイド・ディテクターには反応無かったぞ!」

《おそらく『白騎士』のステルスだ!原理は不明》

「くそっ、篠ノ之束、このバグキャラめ!」

「言ってる場合!?囲まれたわよ!」

 

 アサシンが姿を消した瞬間、入れ替わるかのように『ランサー』が出現した。巨大な槍を振り回すランサーは、紅也と楯無をシャルの方へと追い立てていく。その先にいるのは、中距離を保とうとするシャルにプレッシャーを与え続けるセイバーと、遠距離で巨大なエネルギーをこれ見よがしにチャージしているアーチャーだ。バーサーカーも既に復帰し、再び突進の構えを取っている。姿を消したアサシンも、おそらくどこかにいるだろう。

 紅也は簪を見た。ライダーに追い回され、少しずつ装甲を剥がされている。

 箒を見た。抱きかかえた一夏の手を握り、エネルギーを供給している。

 葵と鈴音を見た。零落白夜でプレッシャーをかけつつ、蹴りやミサイルなど何でも使うフォンを攻めあぐねている。

 セシリアとラウラを見た。キャスターの防御に阻まれ、支援攻撃が機能していない。指揮をする余裕もないようだ。

 

「……限界だ!シャル子、使え!」

「――行くよ、『シャルル』!」

 

 シャルの叫びに答えるように、オレンジフレームのバックパックが分離する。ただのサブアームだと思われたそれの各部が展開し、胴体が、脚部が、最後に頭部が現れる。

 ――その姿は、かつてのシャルの愛機、『ラファールリヴァイヴカスタムⅡ』に酷似していた。

 

「紅也、交代!ゴツいのは僕らでやるよ!」

「なら、剣の相手は剣士に任せろ!」

「どっちが本当の槍使いか、教えてあげましょう!」

 

 声を掛け合った瞬間、追われていたはずの3機――いや、4機が交錯する。

 シャルは〈シャルル〉と共にバーサーカーに突進。激突寸前で二手に分かれ、お手本のような円状制御飛翔で、弾丸の嵐を浴びせる。シャルに近づけばシャルルが、シャルルに近づけばシャルが、互いが互いを守りあい、最適な武装で攻撃を仕掛ける。数字の上では1機増えただけでも、戦力としての力は1機分などには留まらない!

 

「これが、シャル子の戦闘データを〈VTシステム〉改め〈トレース・システム〉でコピーし、全身装甲に改造した『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅢ』に組み込みバックパック化した俺特性の新概念パッケージ、〈シャルル〉だ!テメェみたいな凡百のAIとは違うんだよ!」

 

 紅也が学園で得たすべての技術と、『ベニ』として活動した経験を合わせて開発した、支援機に変形するパッケージは、万能型としてのシャルロットを完成させた。秘密裏に設計を進めていた、ブルーフレーム用のパッケージ〈蒼衣〉が間に合わなかった以上はやや片手落ちだが、彼が自慢げになるのも無理はないだろう。それがたとえ、セイバー相手に力負けしている最中だったとしても、だ。

 

「大口叩いておいて、情けないわよ」

「そっちは、余力ありそうですね!」

 

 ランサーの大槍にどんな仕掛けがあるのかは知らないが、『ミステリアス・レイディ』の〈蒼流旋〉の破壊力は、それに引けを取らない。ナノマシンによってコントロールされた水が刃の鋭さを一段と引き上げており、しかも飛び散った水はランサーの関節を侵食し、動きを鈍らせる。現に、“毒”が効き始めた今のランサーは見るからに動きが悪くなり、決着も時間の問題と思われた。紅也が余裕かましているのも、支援の当てがあるからであった。

 だが、支援可能な存在がいるのは、紅也たち学園生だけではない。虎視眈々とこちらを伺っていた狙撃手は、とうとう狙いを定めたようだった。

 

「来ましたよ、先輩!」

「やっぱり、私か!」

 

 アーチャーが狙いを定めたのは、このままいけば確実にランサーを上回るはずの楯無。可視化できるほど強大なエネルギーが込められたバリスタ〈穿千〉から放たれた光の矢が、ランスを突き出した姿勢の彼女を襲う。

 

「でも、読んでた!」

 

 〈蒼流旋〉に纏わりついていた水が、鳳仙花の実ごとき勢いで飛び散り、射線上に水の楯を形成する。そこを通り抜けた光の矢は、ナノマシンとエネルギーを喰い合い、しかしなおもIS1機を消し飛ばすには十分なエネルギーを持っていた。

 そこに割り込んだのは、シャルが操作する2つの〈シールドソード〉。アンチビームコーティングを施されたそれらを角度をつけて配置することで、1つは貫通されたものの、もう1つが弾道を完全に逸らしてみせた。

 内蔵されたガトリング弾に火が付き、〈シールドソード〉が爆散する。その爆炎を突き破って現れたのは、紅也のレッドドラゴンだ!

 

「作戦通りだ!まずは後衛を……」

 

 ソードモードの〈カレトヴルッフ〉を振りかぶり、アーチャーに攻撃を仕掛けようとした紅也の手が止まる。

 彼の目の前、先程までアーチャーがいたはずの空間には、すでに巨大な槍を構えて迎撃態勢を整えた、『ランサー』がいた。

 

「くっ!」

「更識先輩!?」

 

 シャルの声に意識を向けてみると、後方では、水を失ったタイミングを見計らったかのように、至近距離から楯無に光の矢の連打を浴びせる『アーチャー』の姿があった。奴らはこの一瞬で、また入れ替わってみせたのだ!

 

《集中しろ、紅也!》

 

 意識がそれた隙を付き、繰り出されるランスの一撃。予想外に早かった攻撃を受けきれず、紅也はカレトヴルッフを手放してしまった。

 

(くそっ、“毒”まで抜けたか……。……いや、そんなことがあり得るのか?)

 

 落ちていくカレトヴルッフを収納し、〈ガーベラストレート〉を抜き放ちながら、紅也は違和感を感じた。そしてもう一度だけ、楯無と戦っているアーチャーに意識を向ける。

 

 矢を放ち続けるアーチャーだが、その動きは、わずかに鈍い。

 まるで、先程までの(・・・・・)ランサーと(・・・・・)同じように(・・・・・)

 

 ――違和感が確かな形となり、疑問に答えが出た瞬間、紅也はオープン・チャンネルを開いた。

 

「騙された!〈テレポート〉なんて嘘っぱちだ。こいつら……全部、同型機だ!」

 




・フォン勢力
 フォン・スパーク:健在
 第四世代無人機『ゴーレムⅢ』×7

・学園勢力
 織斑一夏『白式弐式』:エネルギーゼロ
 篠ノ之箒『紅椿』:損傷なし
 セシリア・オルコット『ブルー・ティアーズ』:損傷なし
 凰鈴音『甲龍』:損傷なし
 ラウラ・ボーデヴィッヒ『シュヴァルツェア・レーゲン』:損傷軽微
 山代葵『ブルーフレームセカンドK』:損傷なし

 山代紅也『レッドドラゴン』:損傷軽微
 シャルロット・デュノア『オレンジフレーム』:損傷軽微
 更識簪『打鉄弐式』:装甲小破
 更識楯無『ミステリアス・レイディ』:装甲小破

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