IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第171話 闇の胎動

 オーストラリアに存在する国営企業、モルゲンレーテ。

 まだ早い時間であるにも関わらず活気にあふれたその場所に、エリカ・シモンズは16時間ぶりに帰還を果たしていた。

 

「おっ、戻ったな、エリカ」

「早いわね、開発局長。そんなにコレの到着を待ちきれなかったのかしら」

 

 エリカを出迎えたのは、茶色の髪を逆立て、紅也とは色違いの青いバンダナを額に巻いた、作業着の似合う男である。どことなく紅也と同じ雰囲気を感じさせるこの男は、何を隠そう紅也の技術者としての師匠であり、モルゲンレーテにおいては開発局局長の肩書を持つ人物であった。

 

「当然だぜ!俺が弟子に送る最後の作品〈タクティカル・アームズⅡ〉。その完成に必要なピースが〈ヴォワチュール・リュミエール〉なんだからな」

「それは何度も聞いてるわよ。だから、こうしてASAPで戻ってきたのに。……わかっていると思うけど」

「……大丈夫だ。きっちり(・・・・)予定通りに仕上げるさ」

「……それなら安心ね。なにせ貴方には、必要以上の機能を盛り込んで、納期を遅らせた前科が山ほどありますから」

「げっ、昔の話はよしてくれよ」

 

 声を潜めたのは一瞬。エリカはまるで周りに聞かせるかのように彼を咎める。そう言われた彼も、初代〈タクティカル・アームズ〉を紅也のクラス対抗戦までに仕上げることができなかったことを思い出しつつ、おどけて反論してみせた。

 二人はそのまま連れ立って歩き、本社ビルへと入っていく。長い廊下を抜けた先は、彼らの職場、IS開発局だ。

 

「あっ、しゅに~ん。おはようございます~」

「おはようございます、レディ。相変わらずお美しい」

「子持ちのおばさんに何を言ってるのよ。あなたが一人でここにいるなんて珍しいわね、カイト」

 

 部屋の中には先客がいた。エリカの部下であるユン・セファンと、アドバイザーのカイト・マディガンの二人だ。

 ユンはエリカや開発局長のとっぴなアイディアについていける稀有な人材であり、それらを現実的な形に落とし込んだり、マイナーチェンジすることで実用化する力は誰にもまねできない。これでドジなところさえなければ、というのが自他ともに認める彼女の評価である。

 カイトは普段はフリージャーナリストであり相棒のジェス・リブルの護衛を務めているが、ときたま自身の戦闘経験を生かしてモルゲンレーテにおける兵装開発のアドバイザーとしても活動している。シャルの『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』、『オレンジフレーム』に搭載されている〈MCハンドガン〉や〈シールドソード〉といった複合武器は、何を隠そう彼が主体となって開発した兵装だ。と、ここまで聞けば実に有能そうだが、彼にも欠点はある。女性とみれば声をかけずにはいられない、女好きな一面があるのだ。

 

「俺とジェスは四六時中一緒にいるわけじゃねえよ。まあ、今日はあの野次馬バカも来てるけどな。さっき戦闘音を聞いて、そのままアリーナへ行っちまったぜ」

「ええ~っ!ダメですよう!あそこでは今、『アウトフレーム』が……」

「落ち着きなさい、ユン。大丈夫。彼なら、表に出すべき情報とそうでない情報の区別はしっかりつけているはずよ」

 

 相棒であるカイトをして“野次馬バカ”とまで言われる男、ジェスは、そのあだ名の通り興味があるものを取材せずにはいられない性格だ。ときたまその好奇心が暴走することを知っているため、ユンは不安げな声を上げるが、上司であるエリカは彼を信用しているのか、どこ吹く風といった調子。エリカの助けは得られないと悟った彼女は、すぐさまその場にいる最後の一人、開発局長に目を向けた。

 

「うーん、俺もあの兄ちゃんなら問題ねぇと思うけどな。そんなに心配なら、見に行くか」

 

 鶴の一声に従い、ぞろぞろとその場を後にする一行。来たばかりの二人はともかく、妙に支度の早かったカイトも、内心では新型に興味があったのだろう。ユンは溜息を吐くと、彼らに続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 ハンガーを抜けてすぐに見える巨大な建造物が、モルゲンレーテが誇るISアリーナである。〈ビームマグナム〉や〈150ガーベラ〉といった開発局長の趣味で作られた超兵器の一撃にも耐える強靭な外壁を持つこの施設は、世界最高峰の耐久力と秘匿性を持っている。最近は上空にミラージュコロイドを展開することで、衛星からの盗撮も完全にガードしているのだ。地下には極秘のハンガーや開発設備も備えており、強奪したビーム発振器や、それを扱うASTRAYシリーズの製造もここで行われた。

 そんなアリーナでは今、2機のISがしのぎを削っている最中だった。

 

「ほらほら!逃げてばかりじゃ勝ち目がないわよ!」

「それはそうだけ……どっ!その”防御”を超える手段がなければ、詰んでるっての!」

 

 一方は地上に足をつけた、白いIS。手足や背中の装備から三角形のユニットを伸ばしたその機体は、全身を球状のビームバリアーで包んでいた。

 それに対しときに地上から、ときに空中から、機動力を生かして全方位から攻撃を仕掛けているのは、かつて一夏と楯無を下して『白式』を奪った亡国機業の操縦者、ワイズのISであったはずの『テスタメント』であった。

 

 そしてこの場にはもう1機、戦闘には加わっていないISが存在していた。

 

「これが国家代表クラスの戦いか……。コイツがなければ、間違いなく見えなかったな」

 

 その機体、『レイスタ』は『M1アストレイ』を再設計した機体であり、かつての『レッドフレーム』同様、男でも動かせる疑似ISである。これは史上初の民間用IS(モドキ)であり、非武装である代わりに特徴的な装備が用意されていた。

 その名も〈ガンカメラ〉。ISのハイパーセンサーとリンクすることで超高速の世界にすらついていける、IS専用のカメラだ。そんな酔狂なものを持っているのはこの世でただ一人、野次馬を自称する男、ジェス・リブルである。先日もキャノンボール・ファストの取材に赴いた際に事件に巻き込まれたというのに、今また間近でIS戦の撮影を続けるこの男は、鋼の精神を持っているようだ。

 

「ジェスくん、そろそろ反撃するから、巻き込まれないでね」

「その余裕、いつまで持つかしら?そろそろ本気で行くわよっ!」

 

 バリアで身を包んだ機体が、サブマシンガンを展開する。周囲を飛び回る白いテスタメントをロックし、引き金を引くと、そこから飛び出したのは小粒なビームの弾丸。それらはバリアの表面に到達すると、まるで障害などなかったかのようにバリアをすり抜け、テスタメントに殺到した。一方で、テスタメントが苦し紛れに放ったビームは、今までと変わらずバリアの表面をわずかに揺らし、そのままイオンの粒となって弾けた。被弾したビームライフルは爆発し、白いテスタメントはそれをシールドで防ぐ。

 

「あれが『ハイペリオン』の〈アルミューレ・リュミエール〉か。中からは撃てるんだな」

「無敵の楯と矛を両立した、ってわけだ。……それより、このバカ!『レイスタ』まで持ち出して何やってんだ!」

 

 新たにアリーナの中に出現した機体から、オープンチャンネルで通信が入る。今しがた到着したカイトが、ビームの飛び交うアリーナで悠長にガンカメラを構えているジェスを見て、慌てて飛び出してきたのだ。ジェスの『レイスタ』の隣に、白い十字の塗装が入ったカイトの『ジン』が並ぶ。

 

「確かに『ハイペリオン』のバリアは脅威さ。でもな、完全な兵器なんてないんだぜ」

「開発者がそれを言うのはどうかと思うけど、弱点があるのは確かね」

「おお~。〈I.W.S.P.〉ですか。エイミーさん、本気ですね~」

 

 白いテスタメントは〈エールストライカー〉を収納し、別のストライカーパックに換装する。それは既存のどのストライカーパックとも異なる、モルゲンレーテ製の新たなストライカー、〈I.W.S.P.〉であった。戦闘機のような巨大な翼と、レールガンと単装砲が一体化した一対の巨大砲塔、さらに実体剣を装備したモルゲンレーテ版パーフェクトストライカーである。本来はさらにガトリングガンとビームブーメランが内蔵された〈コンバインドシールド〉も装備されているのだが、操縦者であるエイミー・バートレットは取り回しを重視したためか、今回は展開しなかった。

 

 実体剣を抜き放ち、二刀流の構えをとったエイミーが、依然弾幕を張り続ける『ハイペリオン』に襲い掛かる。踊るような機動でビームの嵐をかいくぐり、展開中の〈アルミューレ・リュミエール〉へと刃を突き立てる。当然、それは防がれるかと思いきや……剣先はすんなりとバリアを貫通し、発生装置の一つを破壊した。

 

「そうか!アンチ・ビーム・コーティングされた物は防げないんだな」

「正解だ。接近されたときにどうするか、操縦者の技能が問われるぞ」

「まあ~、ヒメさんはむしろそっちが本領なんですけどぉ~」

 

 球状のバリアが消滅し、不利になったと思われたハイペリオンだったが、操縦者でありオーストラリアの国家代表でもある女傑、ヒメ・ヤマシロはうろたえない。発生装置の基部にあるユニットが緑の燐光を纏ったかと思いきや、高出力のビームが放出される。ハイペリオン最強の武装〈フォルファントリー〉による一撃だ。予期せぬ攻撃で、白いテスタメントはあっさりとビームに飲み込まれた——と思いきや、光が収まった後に残されていたのは、ボロボロになったアンチ・ビーム・シールドのみ。それをジェスが認識したときにはもう、二人はビームナイフと実体剣による激しい格闘戦を繰り広げていた。

 

「――二人とも、そこまでよ。これ以上、大事な機体を傷つけないでちょうだい」

 

 エリカの一声で、お互いに刃を突き付けていた2機の動きが止まった。ようやく、これが模擬戦ではなくテストだと思い出したらしい。

 

「『ハイペリオン』はこれでOKだな。光波防御帯で防御する以上、アンチビームコーティングに弱いのは仕方ねえ。武装の方はどうだ?」

「〈ザスタパ・スティグマト〉はかなり便利ね。バラまくならこの程度の出力のほうが使いやすいし、M1のライフルと違って本体のエネルギーを消費しないのもポイント高いわ。〈ビームナイフ〉も燃費がいいけど、やっぱりアーマーシュナイダーは欲しいわね」

「そういうことなら、ヒメの機体はそういう風に調整しておくぜ。で、エイミー。『アウトフレーム』の調子はどうだ?」

「前に乗ってた『ストライク』よりもレスポンスが早いけど、もう慣れたわ。エールやI.W.S.P.との相性もいいわね」

「まあ、こっちは『ストライク』やオリジナルの『テスタメント』と違って、発泡金属だからな。他のアストレイと同じように、回避重視になってるわけだ」

 

 白いテスタメントの正体は、新たなアストレイ、『アウトフレーム』と呼ばれるISだ。東南アジアにあった亡国機業の基地において、ワイズとの激戦の果てに葵が入手したデータを元に組み上げた、テスタメントのコピーである。オリジナルと同様、ストライクのパッケージである各種ストライカーを装備することができるため、かつてストライクの操縦者であったエイミーにとっては非常に使いやすい機体だった。

 

「そうすると、〈ソード〉や〈ランチャー〉は使いづらいわね。〈ノワール〉をインストールできればいいんだけど」

「〈I.W.S.P.〉じゃ不足かしら?」

「うーん、実体弾メインのコンセプトは、省エネ志向のモルゲンレーテらしくていいんだけど、せめてビームが使える剣は欲しいわ」

「ビームサーベルとは別に?わかった、何か考えてみるわ」

 

 アリーナに降りてきた3人を加え、彼らは地下へ降りていく。新たに獲得した力を、さらに研ぎ澄ますために。

 しかし、それを阻もうとする悪意もまた、水面下で静かに動き始めていた。

 

 

 

 

 

 

「ビーム関連技術の占有、そしてコアの独占。国営企業とはいえ、こんなことを続けていては国内産業が育たない。そう思いませんか、ミスター・ウィンスレット」

「その意見には同意しますよ、ミス・マキガミ。しかし、彼らの下請けにより得た技術で利益を得ようなどと、義に反する行いは企業として、また一個人としても容認できません」

 

 オーストラリア国内にあるIS関連企業のひとつ、ウィンスレット・ワールド・コンツェルンの社長室において、極秘の会談が行われていた。

 社長室の椅子に座っているのはもちろん、この会社の代表である中年の男。しかし相対しているもう一人の人物が問題だ。巻紙礼子と名乗るその女は、かつて学園祭において紅也と戦った亡国機業の操縦者、オータムその人であった。

 

「おや、どうやらモルゲンレーテの裏切りの歴史をご存知ないようですね。N.G.Iから奪った技術により開発した、恥ずべき量産機。そして今なお開発が続いている、必要以上に大きな力を持ったIS。……彼らは、戦争でもしたいのでしょうか?」

「それは……技術を高めていくのは当然では?」

「発展の果てに何があるのか、旧世紀の過ちを知らないとは言わせませんわ。それに、あの強奪事件だって、噂ではモルゲンレーテが主導したものだとか」

「そんな事実はない!あなたは、この国を馬鹿にしているのか!?」

「ご気分を害されたのであれば失礼いたしました。ですが、証拠もあるのですよ。このように……」

「!? これは……国家を通さないISコアの取引に、盗用データから開発した試作機……馬鹿な、ギナ様はこんなことを、一度も!」

「これはほんの一部にすぎませんが、もうおわかりでしょう?あの企業は、もう国家のコントロールを離れています。それを正せるのは、あなたたちW・W・Kをおいてほかにおりませんわ」

「ですが、私の一存では、どうにもできない。こんなこと、一企業の手に余る案件だ……」

「ご安心ください。すでに、我々も準備を進めていますわ。アメリカ、フランス、中国、それに東南アジア連合……彼らの被害者は世界中にいます。一つ一つの声は小さくとも、それが集まれば、世界を動かすこともできますわ」

 

 長きにわたり世界を陰から動かしてきた秘密組織、亡国機業。彼らが振りまく悪意という毒は、こうして人々の中へと染み渡っていく。実体なき闇の力が、今静かに世界を覆いつくそうとしていた。




さあ、皆さんお待ちかね!(Gガン風)
次回以降の「IS~RED&BLUE~」ですが、7巻部分終了までを一気に投稿するため、準備期間をいただきたく思います。あの機体の登場を心待ちにしてくださっている読者の皆さんには申し訳ありませんが、今しばらくお待ちください。

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