箒と葵の複雑な思いが明らかに……?
翌日も同じように、模擬戦形式の訓練が続いた。
連勝が続く楯無・簪ペアと凶悪コンボを持つ葵・箒ペアの戦いや、豊富な武装を使って変幻自在の戦いをする一夏・シャルのペアと変幻自在さでは引けを取らないセシリア・鈴ペアの戦い。相手を変えたことにより初日よりも多様性に富んだ戦術が見られるようになり、これならばXナンバークラスの機体が複数来ても大丈夫だろう、と紅也は確信した。
「おっと、ウィップをああ使ってオレンジを封じるとは。勝負あったな」
「あの二人のペアは、分断対策が課題……」
「では私は、セシリアたちを回復させてくるぞ」
「鼻を伸ばしているところ悪いがな、私と嫁の出番はすぐだ。ブリーフィングを始めるぞ」
「オッケー。〈ブルー・ティアーズ〉相手にAICは分が悪いから……」
こうして今日の訓練も終了し、心地よい疲労感を味わいながら寮の部屋へと戻ると、留守中に客が来ていることを知らされた。心当たりのない来客に首をかしげる紅也と葵だったが、話を聞くにどうやらモルゲンレーテの技術主任、エリカ・シモンズのようだった。
「ハロー、紅也、葵。直接顔を合わせるのは久しぶりね」
「エリカさん……来るなら来るって連絡してくださいよ。待たせちゃったじゃないですか」
「本棚のマンガを読んで時間を潰してたから、大丈夫よ。今日は持ってくるものがあったから、こうして直接来たの」
そういってエリカはまず、ブレスレットから銀色のアタッシュケースを具現化させた。中に入っていたのは、現在紅也が身に着けている義手の予備が2本と、小型ビームサーベル起動時に消し飛ぶ機会が多そうな手首から先のパーツが5個であった。
「まずは予備の腕よ。これから先、あなたには必要になると思って、多めに持ってきたわ。もしも壊してしまったら、国境なき医師団のドクター・ミハイルを頼りなさい。彼ならきっと直せるはずよ」
「いや、今まで通りモルゲンレーテに持っていきますよ。……まあ、壊しませんけど」
「……他には?」
「M2仕様……つまり、シャルロットちゃんの『オレンジフレーム』と同型の装甲一式を持ってきたわ。具現化するのはここじゃ狭すぎるし、パーツデータを転送するわ。紅也も葵も、ISを近づけて」
そう言われた紅也は『ターンデルタ』の待機形態であるヘッドバンドを、葵は『ブルーフレームセカンドK』の待機形態である蒼いロケットをそれぞれエリカのブレスレットに近づけた。すると、超至近距離でのASTRAYネットワークの限定展開により、量子化されたパーツが量子情報としてそのままやりとりされ、各機体の拡張領域の中に取り込まれた。
この距離を伸ばせれば、世界中どこにいても自在に必要な武装を呼び出せるのに、と紅也はずっと考えているのだが、実現はまだまだ先になりそうである。
「次は紅也、前に言ってた〈ヴォワチュール・リュミエール〉の基幹ユニット。あれをバックパックごと預けてくれる?」
「それは8から聞いてますけど、そっちで再生産するわけにはいかなかったんですか?」
「あなたは、アレを一つ作るのにどれだけ予算が必要なのか知らないのかしら?ただでさえ今は、葵用の——」
「わ、わー!失礼しました。どうぞ!」
紅也は、自身がひそかに依頼していた今までに出会い、思いついたすべての技術を使って開発中の、葵専用パッケージの存在を暴露されそうになり、慌ててエリカの口を封じた。
いつか技術者として、最高の葵専用機を作るという紅也の夢を知っているエリカはニヤニヤしながら彼をからかい、ひとり蚊帳の外の葵だけが頭に疑問符を浮かべていた。
「ぜえ、ぜえ……それにしても、なんで急にそれが必要になったんですか?何かのテストとか?」
「あら、覚えてなかったの?後回しになってた、『レッドフレーム』用のタクティカルアームズの開発が、いよいよ最終段階に入ったのよ」
今はすっかり葵のIS『ブルーフレームセカンドK』の代名詞である〈タクティカルアームズ〉だが、元はといえば攻撃力不足に悩む紅也が強力な実体剣を求め、モルゲンレーテに開発を要請した装備であった。
その後は量産期であるM1とセカンドロットのASTRAYシリーズやターンユニットの開発、そしてハイペリオン、Xアストレイ、さらにアウトフレームといった新型の調整により後回しにされてきたが、技術班の手が空いてきた今になってようやく計画が進み始め、それらの機体から生まれた技術をフィードバックした、いわば全部乗せの集大成として完成させる予定だそうだ。その一環として、〈ヴォワチュール・リュミエール〉も移植されるという。
「というわけで、そのつなぎとして紅也はこのフライトユニットを使いなさい」
「これは……ベースはノーマルのM1のフライトユニットだけど、〈カレトヴルッフ〉との接続を想定してるのか」
「そうよ。向こうでシミュレーションしたところ、カレトヴルッフ3本を同時に運用することで、機体制御能力が大きく向上するという結果が出たわ。それをとこの〈ドライクヘッド〉をこの『ターンデルタ』……いえ、『レッドフレーム』に搭載することで、『レッドドラゴン』が誕生するわ」
破損したパーツをM1のもので代用し、バックパックのターンユニットまで取り外した結果、『ターンデルタ』と呼ばれていた機体の外観は、量産型であるM1アストレイと似通った姿になっていた。
「悪くなったパーツを取り換えてたら、いつの間にか元の機体に戻ってたってか。こういうの、なんて言うんだっけ?」
「……フランケンシュタインのパラドックス、とか?」
「テセウスの船よ、葵ちゃん。もともとはギリシャ神話なの」
「へー、エリカさん、そういうの詳しいんですね」
「……スポンサーの一人に、神話が大好きな人がいてね。そういう相手と話を合わせるために、いろいろ知ってないとダメなのよ」
ちなみにその人物は、こことは違う世界においてキザったらしい作戦名をつけてドヤ顔を披露する困ったちゃんであった。
「話がそれたけど、これで受け渡しは終了よ。夜も遅いし、もう行くわ」
「あ、はい。ありがとうございました。エリカさんも、道中気を付けて」
「……お疲れ様でした」
「ありがとう、二人とも。それじゃあ、
そう言い残し、未練など何一つ感じさせずにエリカは去っていった。
急に来たことも含めて嵐のような人だ、と紅也たちは感じたが、同時に何か、言葉にできない複雑なものを感じとっていた。
◆
放課後の模擬戦の後、葵と箒は一緒に大浴場に来ていた。
今日は箒のほうに〈オーバーリミット〉を使い、最高速度での戦闘機動を試してもらったのだが、想像以上に身体の負担が大きかったらしく疲労を訴えた箒に、葵が付き添ったかたちになる。
「前は平気だった気がしたのだが、まだ未熟ということか」
「紅也のために、って必死だったからじゃない?」
「そ、そんにゃ……それより、なんで今日紅也は来なかったのだ」
「鈴音と同じ理由。整備室に行った」
今日の練習は紅也と鈴が休みだったため、セシリアとラウラが急造ペアを組み、模擬戦に参加していた。しかし今まで共闘したことのない二人の相性ははっきり言って悪く、最低限の連携はできていても集団の力を生かせるレベルではなかったのだ。
一方、昨日新しいパーツを受け取った紅也は、その日のうちにブルーフレームの換装を先に終わらせ、今日はバランス調整も含めたレッドフレームの大改修を行っているのだ。先ほど葵が部屋に着替えを取りに帰った際にも帰っていなかったため、手こずっているのだろう。
鈴は機体の反応と自分の感覚がズレている感じがするらしく、微調整だ。同じ中国所属の整備科生徒を何人もつれて、トライ&エラーを繰り返していた。
「そうか……いい機会だし、私も機体を見てもらおうかな」
「……そのほうがいい。こんな機会は、めったにないから」
束が学園にかくまわれていることは国家機密以上の極秘事項である。今の大浴場にはほかの人の姿はないとはいえ、どこに監視の目があるかわからない以上、具体的なところはぼかして話す二人であった。
「……機会といえば、はっきりさせておきたいことがある」
「んー、一体なんだ?」
「箒、紅也のこと……好きでしょ」
「ぶほっ!?」
肩まで湯につかり、胸元の重さからも解放されてリラックスしていた箒だったが、不意打ち気味の葵の追求によりあわてふためき、盛大にお湯を吸い込んでむせてしまった。
「な、何故それを……」
「多分、紅也を含めて一夏以外のみんなが気づくくらいわかりやすかったわ」
「紅也も、ってそれは、まあ、もう告白したし……」
「……え、嘘。いつの間に……」
学園祭での一幕は、どうやら葵の知るところではなかったらしい。過去最大級の不意打ちを受けて思わず言葉を失った葵だったが、頭をシリアスに戻してなんとか話を続けた。
「……ごほん。前のお祭りのときにも言ったけど、怪我のことで変に責任感じて、それで離れられないことを、好意と勘違いしてるなら……」
「いや、違う。それは違うぞ、葵。私があこがれたのは、傷ついて、弱っていてもそれを見せず、正面から困難に立ち向かうあいつの背中だ。いつも先にいる紅也に追いついて、並び立ちたい。そしてあいつが背負っているものを、一緒に背負いたいんだ」
「紅也は……それを望むと思う?」
「それはわからんが、これは私の思いだ。私がそうしたいから、そうする」
葵と箒の視線が重なった。濡れ細り空のような色の髪の間から除く、兄と同じ翠の瞳は、はるかな宇宙に輝く天体のようで、吸い込まれそうだ。重力で押しつぶすような、物理的な力すら感じる葵の視線を、箒はただあるがままに受け入れた。
「恋愛なんて、自分の気持ちを押し付けるぐらいでいいのではないか?相手が望むことだけをするのではなく、お互いをぶつけ合って、分かり合うことが大切だと思う。今こうして、葵と話しているように、な」
「……猪め。箒らしい答えだわ」
「それはどうも、と言いたいところだがな。そもそも私と紅也のことに、葵が口を出すいわれはないはずだぞ」
「……そうかしら?私と紅也は兄妹だし、その権利はあるはずだけど」
「なぜだ?恋愛は結局人間関係の延長、当人同士の問題だろう?」
「箒のくせに、猪口才な……!」
ヒートアップしていたせいで知らぬ間に立ち上がっていた二人は、体の冷えにより物理的に強制冷却され、同時に湯につかる。
「紅也のシスコンも大概だと思っていたが、葵も意外とブラコンの気があるな」
「むう……。……この間、ペアを決めるときに言われて気づいたんだけど」
ちゃぷん、と音を立てて湯船に深く浸かった葵の姿は、なんだかいつも以上に小さく見える。
「確かに最近、紅也と一緒の時間が減ってる気がする」
「そうなのか?部屋も同じだし、それこそいつも一緒じゃないか」
「ここしばらくはシャルロットの機体の調整や、自分の機体の改造とかに時間をとってるし、ISを動かすときはみんな一緒のことが多い。それに……」
「……もしかして、私か!?」
「気づいてなかったの?……二刀流の練習とかで、遅くなることも多かった」
「む、そういえば前に、『葵も兄離れの時期だから』とか紅也が言っていたような」
「……いつ?」
「キャノンボール・ファストの前ぐらいか。葵との別行動が多いような気がして、理由を聞いたら、葵に発破をかけられたと……」
「あっ……」
葵の脳裏から引き出されたのは、まだ何も起こっていなかったころ、紅也がN.G.Iとの取引の話で悩んでいたときのやり取りの記憶だ。
何やら悩んでいた紅也と、初めて全力の模擬戦を通して語り合い、私はもう紅也がいなくてもやっていける、大丈夫、と——
「ああ~っ!」
「うわっ!お、脅かすな」
珍しく……というか、戦い以外では初めて大声を上げた葵。普段のクールな彼女から出たとは思えない醜態に箒は大いに驚き、風呂の中でひっくり返った。
あの出来事は紅也を精神的に大きく成長させるきっかけであり、葵に依存していたことを自覚させた一幕だった。だからこそそれ以降、意識して葵の優先順位を下げ、自分の夢を実現するための勉強や技能向上に邁進しているわけだが。
なお紅也自身は、同じ時間を過ごすことは減ったけれど、お互いの気持ちは離れていないため、現状で問題ないと思っている。男とはときに自分勝手なものであった。
「なるほど、急にこんな話をするのは妙だと思ったが、葵は寂しいのか」
「……ちがう」
「そのときは平気だったが、いざ離れてみたらダメだった、と」
「ちーがーうー!」
「……幼児退行するほどか」
支えあう、という言葉では聞こえはいいが、実際は共依存だったのではないかと不安に思う箒であった。
「まあ、安心しろ。私はなにも、紅也を束縛したいわけじゃない。あいつの隣に立ちたいだけだ。だから、葵をのけ者になんかしないぞ。安心しろ」
「箒……」
結局葵は、自分が知らない紅也が、そのまま遠くへ行ってしまったような気がして不安なのだろう。近い将来に孤独が待っていると想像し、恐れたのだろう。
箒もISの登場と同時に家族がバラバラになり、際限ない不安を覚えたことを忘れてはいない。一人になるというのは、それまで誰かと過ごした時間が長ければ長いほどつらいのだ。
そんな体験から、きれいに〆たつもりの彼女であったが。
「……そもそも、告白したのに付き合ってない、ってことは……振られたのよね」
「ぐぬっ!?」
「それなのに、束縛しないとかのけ者にしないとか、どんな立場から言ってるのかしら?」
「くっ……」
悩みが解消された反動からか、戦闘時のテンションになってしまった葵から思わぬ反撃を受け、結局話はうやむやになってしまうのだった。
読者のみなさんお待ちかねの、例の機体の登場フラグも着々と進んでおります。
次回は来月30日の予定です。