全学年合同タッグマッチ。
キャノンボール・ファストに次ぐ新たなイベントであるそれは、今までのイベントとは少々毛色が違っていた。
これまで行われてきたIS学園のイベントは基本的にどれもショーのように、他者に披露するような性質を持っていたが、今回のタッグマッチの趣旨は各専用機持ちたちのレベルアップである。
今まで一般生徒に被害こそ出ていないものの、それは単なる偶然に過ぎないし、前回は観戦に来た紅也の幼馴染たちが人質に取られる騒ぎもあった。しかしそれでも、最初に矢面に立つことになるのはいつも1年生の専用機持ちたちであった。しかも今度予想されているテロリスト、フォン・スパークによる襲撃では、おそらく紅也がターゲットとなっている。
そのため、ブリッツによる襲撃時の例に倣い、何かあっても専用機持ち2人で対処できるように、タッグ戦という形式がとられることとなった。
ちなみに余談ではあるが、束はタッグマッチ開催時の襲撃発生率はほぼ100%だと断言していた。理由は濁していたが、既定路線を外すはずがないという言葉を千冬が耳にしたという。
なお開催しない場合は、準備が整い次第、授業中だろうが夜だろうが、いきなり奇襲をかけてくるはずだという。コントロールできる分、まだタッグマッチのほうがましであろう。
もちろんこういった裏の理由は、生徒に知らされることはない。
さて、そんな発表があった水曜日の放課後、1年生の専用機持ち全員と生徒会長・更識楯無は第一アリーナに集合していた。盗聴の心配がないこの場所での話し合いの目的はもちろん、タッグマッチの組み合わせについてである。
「2年生と3年生の専用機持ちは、もともとタッグを組むことが多くてね。すんなりペアが決まったわ」
「確か3年の専用機持ちって、ダリル・ケイシーさんだっけ?アメリカ代表の」
「2年のほうは面識がないが、フォルテ・サファイアだったか?」
「キャノンボール・ファストで見たわね、そいつら。強奪機体の後継機を使ってるのよね」
「『ヴェルデバスター』と『ブルデュエル』だな。どちらも敵に回したときは厄介だったが、味方なら頼もしいぜ。ちなみにもう1機、ストライクの後継機で『ストライクノワール』……いや、『ストライクE』ってのが発表されてたっけ」
「……あの、美人さん……エイミーさんの、機体だよね。操縦者、代わってた……けど」
「その方なら今は、モルゲンレーテ所属でしてよ。ヘッドハンティングされたそうですわ」
N.G.Iきってのエースであり、彼らが進めている第四世代IS開発計画である「フリーダム・プロジェクト」の中心操縦者になる予定だったエイミー・バートレットは、紅也が手掛けたマルチロックシステムの権利などと引き換えにモルゲンレーテに“身請け”されていた。
今は元ストライクの操縦者としての経験を買われ、東南アジアで入手した、亡国機業が開発したストライクの技術試験機『テスタメント』の予備パーツから組み上げた機体、通称『アウトフレーム』のテストに携わっている。
もっとも、アウトフレームは入手ルートの関係上、表沙汰にできない機体であるため、彼女は表向きにはM1アストレイの1機を割り当てられていることになっている。
なお、セシリアがエイミーの行方を知っていた理由は単純で、『ブルー・ティアーズ』の修復中に『Xアストレイ』のテストを行うためにモルゲンレーテに出向いた際、顔を合わせる機会があったからである。
「話がそれているぞ。タッグマッチのペアを組むのだろう?」
「そうだったな。この話の流れだと、この場にいる誰かとペアを組めばいい、ってことだよな」
「そういうことよ。襲撃が予想されるとはいえ、一応学園のイベントだから、優勝狙えるように考えて決めてね。じゃあ簪ちゃんは私と組もっか」
「……えっ、私は……」
「ごめんね、簪ちゃんの気持ちはわかるんだけど、念のためね」
舌の根も乾かぬ先から職権を乱用し、簪を連れていく楯無。一方の簪はというと、ほのかに思いを寄せる紅也とペアを組む機会を狙っていたために、少々がっかりしたようであった。
楯無もそんなことは重々承知だが、心を鬼にする。なにせ紅也は敵の本命。危険から遠ざけようとするのは、姉として当然の判断であった。
「ともかく、これで一組決定ね。後の組み合わせは話し合いでね」
「あー、その前にいいか?」
まずは一組決定したところで、当の紅也が発言する。簪ちゃんは渡さないよ!と強い気持ちを込めて紅也を睨む楯無だったが、彼はひるんだ様子もない。
「『あの人』の話だと、狙われる可能性が高いのは一夏と箒だろ?ならその組み合わせは避けて、それぞれ強い相手と組ませたほうがいいと思うぜ」
「……それは、一理ある」
紅也の言葉に葵も同調する。尤も、この二人は本当に狙われているのが自分たちである可能性を理解している。その上で、どうすれば被害が最小になるのかも。
狙われている二人、紅也と葵がペアを組めば、敵の本命はその組になる可能性が高い。そうすれば対戦相手になる組には申し訳ないが、それ以外の面々は守れるはずだ、と。
「それもそうか……。『白式弐式』はエネルギー消費が激しいし、絢爛舞踏をけっこう当てにしてたんだけどなぁ」
「頼られるのは嬉しいが、理由は納得できる。それに白式弐式は前の白式よりもバランスが良くなっているはずだ、なんとかなるだろう」
「じゃあ一夏、あたしと組みなさいよ!
「防衛能力なら、ボクも自信あるよ。キャノンボール・ファストでは披露できなかった『オレンジフレーム』の能力を見たら、きっとびっくりするよ!」
「今の一夏さんは中距離もこなせますわね。わたくしの『ブルー・ティアーズ』との連携こそ、勝利への近道だと思いますわ」
「ふむ、強さという一点であれば、私が一夏か箒と組むべきか?私は嫁と組みたいのだが……」
「そのことなんだが、俺は……」
「ならば、私は紅也と組むとしよう」
「え?」
一夏のパートナーの座を巡り、乙女たちがアピール合戦を始めた。唯一ラウラだけは、軍人ゆえか一夏に好意を持たないゆえか、戦力バランスを考慮しての立候補だったようだが、おそらく彼女たちの耳に入っていない。入っていたとしても、おそらくこの場で第2回学年別トーナメントが非公式に開催されるだけなので、聞き入れられなかったのは幸運だったのかもしれない。
そんな中、葵と兄妹タッグを組むと紅也が発表しようとした矢先、考え込んでいた箒がそれを遮るかのように発言したのは、彼にとっての誤算だった。
「前回思ったのだが、絢爛舞踏とヴォワチュール・リュミエールの組み合わせは強力だ。うまく連携すれば、無尽蔵のエネルギーを使って無限に動けるだろう。さらに攻撃に割くエネルギーが増えれば、ビームの出力も上げられるだろう」
「まあ、そうなんだが……」
箒の言うことは整然としており、理にかなっていた。実際、エムとの闘いにおいてもエネルギー切れさえ起こさなければドラグーンの攻撃を防ぎ切り、勝つことができたと紅也は思う。そうでなくても、せめてこちらの機体も第二形態ならば、と。
しかし紅也の機体にISコアが搭載されたのは夏休み中であり、機体の状態も『デルタアストレイ』、『ハーフデルタ』、『レッドフレーム・ターンデルタ』を経て『レッドワイバーン・ターンデルタ』へと、この短期間に装備の入れ替わりが激しすぎるため、経験の蓄積が進んでいないのだ。機体に合わせて戦闘スタイルを模索するのではなく、装備をコロコロ変える紅也の欠点といえる。
「だけど、俺としては組みなれた葵の方が戦いやすいんだが……」
「む、しかし嫁と葵は最近、あまり組んでいないではないか」
「確かに、ボクや箒と練習してることが多かったよね」
言われてみると確かに、〈ヴォワチュール・リュミエール〉を本格的に使用するようになってからは、妹離れを意識していたこともあり、葵と紅也がタッグを組む機会は少なかった。
むしろ二刀流の訓練を共にこなしていた箒や、機体の調整を行っていたシャルのほうが紅也の最新の動きを把握しているといえる。
「……でも、私と紅也が組めば〈オーバーリミット〉+〈ヴォワチュール・リュミエール〉で最大速度を出したり、ターンデルタとブルーフレームで高速戦闘を仕掛けたり、最大火力が出る」
「それならば、オーバーリミットと私のAICの組み合わせも強力だな。問答無用で敵を拘束できる」
「その組み合わせは凶悪ですわね。本気で動くターンデルタも捕まえられるのではなくて?」
「相手は〈雪片〉だからね。接近戦よりは、そっちのほうが安全だと思うよ」
「ちょ、ちょっと待てって。強いやつ2人固めてどうするんだよ。一夏と箒の守りは?」
「その理屈でいくなら、
「あ、確かに」
紅也と葵がタッグを組む理由が、次々になくなっていく。焦る二人だが、篠ノ之束に口止めされている以上、本当のことを言うわけにもいかない。
「むしろ葵さんは、〈英雄殺し〉を生かすためにも、戦力的に厳しい相手と組むべきでは?」
「最近の模擬戦成績で考えるのであれば、一夏、鈴音、箒あたりか。セシリアはだいぶ上達してきたな」
「ぐっ……確かにあたしは、最近負けこんでるけど。本国に頼んで、新装備を発注中なんだから、今に見てなさい!」
《それで思い出したんだが、紅也。お前が注文していた例の装備も、そろそろ完成するらしい。調整のために、ヴォワチュール・リュミエールのコアユニットを送ってほしいそうだ》
「メカが忘れるなよ……。その新装備、間に合うのか?スペックは?」
「衝撃砲の仕様を切り替えて、腕に拘束用装備をつけるつもりよ」
「それって、昨日言ってた接近戦用装備?」
「そうよ!」
「じゃあ、一夏や紅也と組むのは難しいねぇ」
「機動力次第だけど、私とも相性が悪い。多分、英雄殺しは高機動機のミドルレンジで真価を発揮する能力。もしくは、ゼロ距離」
「条件にあてはまるのは、ボクかラウラ、箒や紅也もそうかな」
「確かに〈カレトヴルッフ〉ならミドルレンジ戦もできそうだけど、紅也はほら、アレじゃねえか」
一夏のその一言を聞き、ラウラを除いた面々が「ああ……」と遠い目をする。キャノンボール・ファストでは問題なく使っていたが、テンションが超強気になって乱射癖が再発したら問題だろう。
「箒と葵というのは良い組み合わせではないか?お互いの単一使用能力を発動し続ければ、向かうところ敵なしだろう」
「むう、悪くない……」
「俺もそんな気がしてきた」
この組み合わせなら、たとえ零落白夜を食らってもすぐに回復できそうだ。そういう意味ではアリではないか、と紅也と葵は顔を見合わせ、同意した。……箒は不服そうだったが。
「じゃあ、二組目は箒ちゃんと葵ちゃんに決定ね。一夏くんは誰と組むのかしら?」
「うーん、ビームクローはかなり強力だけど、なかなか当たらないんだよな。きっちり動きを止めてくれるやつと組みたいんだけど……紅也、誰と組めばいいと思う?」
「これだからお前は……。まあ、それなら俺以外の誰でも大丈夫だぜ。セシリアはブルー・ティアーズ、鈴音は例の拘束用装備、シャル子も秘密兵器があるし、ラウラは言わずもがな。ただ、鈴音には悪いが、やっぱり近接2機はバランスが悪い。選ぶならほかの3人だ」
がるる、と鈴が紅也に吠えるが、彼はどこ吹く風。命がかかる現場ではどこまでも真面目にやるのが、紅也の技術者としての流儀だった。
「あとは私見だが、長期戦になったらシャル子のオレンジフレームが一番安定してると思うぜ。レッドとブルーのデータをフィードバックして作った次世代機で、第二世代ベースだけあって燃費がいいからな」
最後にいかにも社員らしく
短期決戦か長期戦か、一夏は迷った末、前にも組んだことが決め手となりシャルとペアを組むことになった。
これで残ったのは紅也、セシリア、鈴、ラウラの4名なのだが……。
「まあ、俺と鈴音はないな」
「同感ね。編成が尖りすぎてるわ」
「『パワードレッド』に換装すれば、一応遠距離攻撃もできるんだが……」
「……なんだろう。何かを思い出しそうになったような……」
装備や戦法が被っているうえ、遠距離に対する攻撃力がいまひとつであったため、別れることとなった。
「では、紅也さんにふさわしいのはわたくしか、ラウラさんか」
「ふん、決まっている。嫁の隣に立つものは常に一人!」
「あー、盛り上がってるところ悪いんだけどさ、俺はラウラと組むぜ」
「え、ええ~……」
「む、本当か!ようやく嫁にも誰がパートナーにふさわしいかわかったか」
「嫁じゃねえだろ、むしろ婿だこの場合。……それはさておき、俺の戦法上、どうしても後衛と距離が離れるからな。自衛できるラウラの方が適任だと思ってよ」
それは事実であったが、理由はもう一つ。
フォン・スパークの一味は全員男だった。ならば、前回攻めてきたダンテ・ゴルディジャーニのように、旧レッドフレーム方式のISもどきを使ってくる可能性がある。その場合、真っ先に覚悟を決めて戦えるのは軍人でもあるラウラだろうと、そう思ったのだ。
「結局、あたしはセシリアとか……」
「よくよく縁がありますわね。ともかく、お願いしますわ鈴音さん」
「まあ、やるからには全力でやるわよ!」
こうして、当初の予定とはズレたものの、専用機持ちたちの組み合わせは決定した。
大会本番、来るべき闘いのときまで、彼らの特訓の日々が幕を開けるのであった。
明日も12時に投稿します。