気分転換に新作を書いていたら、こっちも筆が進みました。
明かりの無い部屋の中で、亡国機業のエム――『織斑マドカ』を名乗る少女がうずくまっていた。
周囲には活性化治療ナノマシンの使用済みアンプルが散乱しており、知らぬ人が見れば「もしポリ」一直線の光景ではあったが、あいにくここはアウトローたちの世界である。
「山代紅也……!次こそ、私はお前を――」
「ちょっとエム、何やってるのよ。厨二臭いわよ、そーいうの」
ノックもなしに扉を開き、目線を飛ばすだけで部屋の明かりをつけた傍若無人な女の名は、
「コウヤ、強くなってたわね~。流石!」
「……うるさい」
「あなたが見下してた試作機を使うイギリスの娘も、素人のはずの篠ノ之箒も、まがりなりにも戦えるようになってた。いや~、若いっていいわね」
抗議の言葉もなんのその、ワイズは楽しげに続ける。同じ陣営に属する者だというのに敵を持ち上げるような発言の数々。この場にオータムがいれば激怒するに違いない傍若無人ぶりを発揮するワイズであったが、マドカはただ煙たがるのみ。その姿はどこにでもいる思春期真っただ中の少女のようであった。
「
「……貴様、それはどういう」
どういう意味だ、と。そう問い詰めようとした矢先、マドカの小ぶりな唇は、ワイズの指によって塞がれた。
「もちろんあなたもね、エム。敗北したとはいえ、第二形態移行にまで至ったあなたの能力を、組織は高く評価しているわ。あなたを織斑千冬の劣化コピーと蔑むお馬鹿さんも、そのうちいなくなるでしょう。夢が一つ叶ったわね」
「ねえさんを越えた、などとは言えないが……他ならぬ貴様がそう言うのならば、説得力があるな」
織斑千冬のデータから生まれたマドカは、遺伝子的には千冬、そして一夏と兄弟姉妹の関係であるといえる。一方で、その生まれ――つまり、製造過程という意味で話をするのであれば、ワイズとエムもまた姉妹といえる間柄であった。
山代兄妹の母である山代ヒメ。そのドイツ時代の、アインス・イェーガーのデータから生み出された存在がワイズである。ダンテ・ゴルディジャーニにより作られた彼女は、未完成の技術から生み出されたがゆえに欠陥も多く、それ故『半端者』と呼ばれていた。しかし彼女の製造や、
「散々わたしを“半端者”呼びしてたあなたがそう言うなんて。……デレた?」
「意味はわからんが、馬鹿にされていることはよくわかった」
本気で怒っていることが伝わったのか、バイビー!と手を振りながらワイズは部屋を出ていく。オリジナル譲りの鋭い眼光を浮かべたマドカの頭の中に、先ほど抱いた疑念は残っていなかった。
◆
「ワイズ、ご苦労様。子守りを押し付けちゃって悪かったわね」
「気にしなくていーわよ。あの子は私の妹みたいなものだし、実際子供だしね」
マドカの部屋を後にしたワイズは、少し先の廊下で待っていたスコールと話していた。
実は元々、先日のIS学園襲撃に無理やり参加した件についてスコールがマドカと話をする予定だったのだが、話がこじれそうだと感じたワイズがその役を代わってもらったのだった。亡国機業におけるマドカの本来の任務は、各国のISの強奪である。ビームスパイク搭載版不可視型ドラグーン〈スノー・ピース〉も、元はといえばN.G.Iとアメリカが共同開発している謎の第四世代ISを倒し、強奪するための切り札となる武装だった。IS学園という人目に付く場所で使用したからには、有用性は低下したと言わざるを得ない。
今の彼女は、亡国機業のエムなのか?それとも、私怨で動くマドカなのか?その見極めのために、組織の大幹部であるスコール自らが動いたのだ。
「で、どうかしら彼女は。貴女の目から見て」
「コウヤへの恨みというか、執着が強いのは認めるわ。でもその理由は、同じ組織の仲間であるみんなが傷つけられた、っていうひどく真っ当なものよ。いやぁ、若いわね」
「組織に対しては従順と、そう解釈していいのね?」
「首輪の件を抜きにしても、裏切る心配はないわ。それは私が保証する」
「それならいいわ。じゃあまたね、ワイズ」
「ええ。次の作戦、楽しみにしているわ」
用件を果たして一方的に消えるスコールに、ワイズはヒラヒラと手を振った。
頭に浮かぶのは自分の姉であり、母であり、起源を同じくする存在、山代ヒメのことだ。戦いのために生み出されながら人としての幸せを手に入れた、
「コウヤとアオイは私のこと、そして私の正体のこと、彼女に話したかしら?」
まあ、それは会えばわかるでしょう。
そう遠くない未来に思いをはせるワイズの紫色の髪は、彼女の高揚を感じているかのようにゆらゆらと揺れていた。
◆
ところ変わってIS学園。
ブルーフレームの単一使用能力〈サーペントテール〉の検証の翌日。いつも通りに授業を受け終えた1年1組専用機持ちズのもとには、予期せぬ来客が訪れていた。
「やっほー、皆さんお揃いで」
「これはこれは黛先輩。昼休みならともかく、こんな時間に来るのは珍しいっすね」
「確かにな。どうしたんですか?」
「いやー、ちょっと織斑くんと篠ノ之さん、それに山代くんに頼みがあって」
「「頼み?」」
一夏と紅也の声が重なる。なにせいつもは問答無用とばかりにグイグイと押しの強い先輩が、わざわざ中休みに訪ねてきて、それも神妙な顔をして頼み事ときた。紅也は厄介事の匂いを感じ取ったが、それにしては“頼み事”をする面子の組み合わせがよくわからない。一夏と自分の組み合わせであれば男性IS操縦者コンビだし、一夏と箒なら無所属専用機持ちコンビだ。専用機持ちというカテゴリーならこの場にはバーゲンセールのごとく集中しているし、その中で三人だけに声をかける意味がわからなかったので、素直に話を聞くことにした。
「まあ、山代くんについてはダメ元なんだけど……」
黛薫子の話によると、彼女の姉が出版社で働いており、担当する雑誌の目玉企画として専用機持ちに独占インタビューを行いたいのだそうだ。
そこで白羽の矢が立ったのは、未だに所属が定まっていない織斑一夏と篠ノ之箒の二人、そしてモルゲンレーテ所属ではあるがこうしたインタビューを受けたことのないはずの山代紅也だったというわけだ。
「ほら、あんなことがあった直後だから、正直頼みにくいかなーって思ったんだけど、だからこそ当事者のみんながこうして色々大丈夫アピールをするのもアリかな、って思うんだけど、どう?」
「それは一理ありますけど……確かに、こういう話は葵たちには頼みにくいですね」
セシリア、鈴、ラウラ、簪のような国家の代表候補性、あるいは葵やシャルのような企業所属の専用機持ちのように、所属がはっきりしているメンバーは、利権が絡むのでやや扱いづらい面がある。まして独占インタビューとなれば、障害の多さは並ではないのだ。
一夏や箒は専用機持ちたちがIS関係以外の雑誌でもモデルやインタビューなど、まるでアイドルのような仕事をしていることを初めて知ったらしく、衝撃を受けているようだ。ここに鈴がいれば写真の一つでも見せてくれただろうが、今はこの場にいなかった。三組の葵のところにでも行っているのだろう。
「でも、なんで俺まで?」
「市街地での戦闘を、編集長が見てたらしくてね。レッドフレームと紅椿の赤タッグにティンときちゃったんだって」
黒い人だな、いろいろな意味で。などという誰にも通じないボケを飲み込んだ紅也はため息をついた。
「まあ、他ならぬ黛先輩の頼みですから、本社に聞いてみます」
《そう言うと思って、すでにメールを送信しておいた。今日中に返事が来るだろう》
「おおっ!8くん有能!」
「8め、久しぶりにアクション起こしたと思ったら……」
「まあ、いいんじゃねえか?俺も男一人で見世物にされるよりは、紅也が一緒のほうがいいぜ」
「一夏は乗り気なのだな。私は……」
「あ、篠ノ之さん。返事は放課後に聞きに来るよ。織斑くんも今日は剣道部でしょ?じゃあ!」
言うだけ言って、黛は去っていく。それと同じくらいのタイミングでチャイムが鳴るのだから、大した時間感覚だと専用機持ちたちは呆れるのだった。
「まあ箒さん、こういった仕事も悪いものではありませんわよ?」
「そういえばセシリアは、イギリスでモデルしてたんだっけ」
「二人とも、そろそろ席に戻ったほうが……」
「そうだぞ。なにせこの教室には、鬼がいr……」
スパン!と小気味よい音が発せられたのはその直後。発信源はいつものように失言した紅也の頭であった。
「お前も学ばんな。誰が鬼か、馬鹿者」
言わずと知れた1組担任、織斑千冬が登場と同時に出席簿を見舞ったのだ。ヴォーダン・オージェでも捉えきれなかったとは、のちのラウラの弁である。
あんなことがあったというのに、表向きの二人の関係は相変わらずのようだ。
「さて、今日は近接格闘戦における効果的な回避方法と距離の取り方についての話だ。山代、お前にはたっぷり質問してやるから、ありがたく思えよ」
「あ、あざーす……」
◆
放課後、剣道部に貸し出されることになった一夏は、武道館でマネージャーの真似事をしていた。すでに複数の部活を渡り歩いているだけあり、その姿は堂に入っている。
「タオルどうぞ」
「わあ、ありがとー!」
「こっちにもちょうだい!」
「マッサージってしてくれるの?」
「私は身体拭いてほしいなー」
「そういうサービスはしてません」
流石に入学して半年ともなれば、あしらい方にも慣れてきている。無心で仕事を続けながら、未だに竹刀を振っている三人のもとへ一夏は向かっていった。
「ほれ、箒、紅也、タオル。それに部長さんも、お疲れ様です」
「……ふう。すまんな」
「うへえ、疲れた」
「情けないなー?男の子なのに?」
剣道部部長と箒、そして部外者であるはずの紅也がそこにいた。彼女らの足元には、6本の小太刀を模した木刀が転がっている。以前は箒から二刀流の基礎を教わっていた紅也は、剣道部の部長がそちらの指導もできるという話を聞いて、弓道部を休んで武道館に顔を出しているのだ。
が、今日教わったメニューは基礎である素振りの反復。休みなく二本の木刀を振り続けた紅也は息も絶え絶えといった、だらしない姿を見せていた。
ちなみに部長のほうは、同じようなメニューをこなしていたというのに平常運転である。これでは情けないと言われても仕方がないであろう。
「いや、だってこの木刀、前に振ったのより重い……」
「まあ睡蓮ちゃんに、厳しくしろって言われたし?」
「あの鬼部長!無表情!神殺し!」
「紅也くんは左右のバランスが悪いわね?左は肩、右は腕、痛めた場所がちぐはぐよ?利き腕は右なのに、左のほうが器用に振れてるなんて変よ?」
「あー、前にちょっと怪我して、リハビリを頑張りすぎたとか、そんな感じです」
「そ、そういえば前にそんなことを言っていたな。今では両利きに近いとか」
「へえ、そうなのか。俺は初耳だったよ」
「そうなのね?じゃあ今後は右腕の筋力強化と、左右のバランスを意識して練習してね?これ以上の指導は、剣道部員になってからってことで?」
「なりませんけど、ありがとうございました!」
見る人が見ればわかるものなのか、と紅也と箒は冷や汗をかいた。多くの同級生は知らないことだが、紅也は臨海学校の折に負傷し、それ以降左腕はモルゲンレーテ製の機械の義手になっているのだ。疲労が溜まらないのも当然といえよう。
ちなみにこの義手、初期は二段式のワイヤードフィストや可燃性オイル散布、センサー、ホログラム投影など、いわば小賢しい技術を搭載していたが、最近は試作型の小型ビーム発振器を搭載することに成功しており、とうとう対IS戦で使用可能な兵器のレベルにまで達していた。とはいえ一度マドカに対して披露した以上、奇襲兵装としてのアドバンテージは大きく損なわれているだろうが。
閑話休題。
「あー、バランスか。左は出力任せに振ってるから、疲れてくるとどうしてもな」
「出力って、ISじゃないんだから」
「紅也、ボケがわかりづらいぞ」
「あっ、いつも機体のこと考えてるから間違えたぜ……」
久しぶりに箒のフォローを受けつつ、生身に偽装している左腕も含めて丁寧に拭く紅也。その二人の距離感に釈然としないものを感じつつも、仕事を終えた一夏はとりあえずこの場に腰を落ち着けることにした。
「まあ、紅也がスベるのはいつものことだとして。二人は黛さんが言ってた件、どうするつもりだ?」
「いつもスベってるのはお前のほうだろ、っていうのは置いといて。本社の許可が下りたから、小遣い稼ぎにちょうどいいとは思ってるぜ」
「見世物になる、というのは気恥ずかしいな。しかし無碍に断るのもな……」
「箒らしくないな。てっきり、即断で断るかと思ったんだけど」
「ここ最近の騒動で、頼りっぱなしだからな。借りを作りすぎるのは好かん」
キャノンボール・ファストから3日も経っていないのに学園内で騒ぎが大きくならなかったのは、黛や布仏といった新聞部、生徒会組が偽情報を流したことで事態の収束を図っているからだ。特に一夏の誕生パーティ直後に一晩で記事を書き上げた黛の功績は大きいといえよう。
(紅也が行くのであれば、私も行かねば。……あ、いや、そう!並び立つと決めたのだからな!それに、似合いの二人だと思われているのなら、行かねばなるまい、うむ)
こんな内心を表に出さず、もっともらしい言い訳がすぐに出てくるあたり、箒はだいぶ毒されているのだが、本人が幸せそうならそれでいいだろう。
「やっほー、お待たせ~。山代くんもこっちにいたんだ」
「待ち合わせついでに指導を受けてました。取材の話ですけど――」
「ああ、その前に報酬の話を忘れてたから、それ聞いてから判断してね。今回はお金じゃなくて、この豪華一流ホテルのディナー招待券が報酬よ。ペアチケ2枚。どう?」
「一人2枚ですか?」
「しっかりしてるわね、山代くん……。手元にあるこの2枚だけよ」
「じゃあこの3人のほかに、誰かひとり誘えるってことか」
「織斑くんは誰か誘いたい子がいるのかな~。大スクープ!」
「えっ、いや、そういうつもりじゃ……」
引き受けるかどうかの返事を聞く前に、黛は一夏にチケットを1枚押し付けた。彼女の中で一夏が引き受けることは、すでに決定事項になっているのだろう。もしくは報酬を先払いすることで断れなくする戦略か。いずれにせよ、したたかな先輩であった。
なおこの「一夏が誰かを誘ってディナーに行く」という発言は、すでにその場にいた剣道部の女子によって学内に拡散されていた。これがのちにどんな騒動の種になるのか、それはまだ誰も知らない。
「篠ノ之さん、山代くんは?どうかな?」
「黛先輩にはお世話になっていますし、引き受けましょう」
「え、ほんとに?別に私は手伝いたくて協力してるだけだから、貸しとか借りとか、そういうので決めなくてもいいんだよ」
「いえ、これもいい経験になると思うので」
「そっかぁ、ありがとう。じゃあチケットどうぞ!で、山代くんは?」
「報酬は予想外だったけど、ディナーってのは初めてですし、俺も引き受けます。後で日時と場所をメールしてください」
「あ、今伝えとくね。来週の日曜日に、この住所に来てね。お昼の2時から取材だから、よろしく」
「服装はスーツでいいんですか?」
「私服でオッケーよ。写真撮るときの服はお姉ちゃんが用意するって」
「……あの、黛先輩。私、服のサイズなんて伝えましたっけ?」
「そもそも、俺は受けるなんて一言も――」
「それじゃあね~!」
自分に都合のいい情報を得た時点で撤収する黛薫子。ジャーナリストの鏡であった。
「えっと、どうしようかな……」
「男に二言はないぞ、一夏」
「それに今更チケットを返す、ってのはナシだぜ。ほら、あれ」
紅也が指さした先にあるのは、武道館の壁に立てかけられた8。そこには味気ないゴシック体で、次のようなメッセージが表示されていた。
『先ほど学内のネットワーク上で、織斑一夏が誰かを誘って一流ホテルのディナーに行く、という情報が拡散された。収拾は不可能だ、諦めろ』
「な、なんだって!?」
「あらあら?賑やかね?」
ぽやんとした顔に微笑みを浮かべているのは、いわずとしれた剣道部部長。他人事のように呟いてはいるが、その手に持った携帯端末が言葉よりも雄弁に事実を語っていた。
「災難だな、と言いたいところだが……いつものことだ。諦めろ」
「ああ、こっちのことは心配すんな。俺は箒のチケットに便乗させてもらうから、一夏は好きな相手を誘うといいぜ」
「……はっ、そういうことになるのか……」
例によって紅也は火種を注ぐだけ注ぐと、武道館を後にした。箒も今更その事実に思い当たったのか、顔を赤らめながら彼の後に続く。
翌日。
朝のSHRの時間に、専用機持ちたちによる全学年合同タッグマッチの話が説明されたとき、「一夏とペアを組んだ女子が一緒にディナーに行く」という出どころ不明の噂話が飛び交ったことは、言うまでもない。