IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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オルフェンズ2期開始記念で、ひっそり投稿。
当面落ち着かないので、次話更新は来年になりそうです。


The Unsung War

 篠ノ之束にとって、その日はちょっと特別な日だった。

 

 花の色にも風の香りにも心動かさず、人々の評価にも関心を持たず、世界全てをさながら画面に浮かぶ文字列のように無味乾燥なものと認識している彼女にも、例外的に興味を持つ存在がいる。

 それは、彼女の愛する妹である篠ノ之箒、そして唯一絶対の親友である織斑千冬と、その弟である織斑一夏。他にもはるか空の彼方に住む天空の王たちや不愉快なメカオタクなど、本人は認めないが関心を持っている人物も数名いるが、それはさておき。

 今日は箒や一夏が活躍する晴れ舞台――『キャノンボール・ファスト』が開催される日なのだ。本音を言えば直接会場まで見に行きたいところだが、そうすると“その他大勢”がやかましくて煩わしいので、束は仕方なく中継で我慢することにした。

 

「ではでは、早速……「グランクチュリエ」、よろしく~!」

 

 彼女の呼び声に応えるかのように頭部のウサミミ型ヘッドギアが輝き、粒子となって広がっていく。ISが展開されたのだ。輝く粒子は束の頭部を覆い、単眼のついたバイザー状のヘッドマウントディスプレイへと姿を変えた。また彼女の全身には幾何学的な翠色のラインが走り、四肢にはキーボードのような紋章が浮かぶ。

 この、戦闘力を微塵も感じさせないような機体が、篠ノ之束の専用機「グランクチュリエ」なのだ。元々、宇宙開発のためのパワードスーツとして生み出されたISである。戦うための力ばかりを伸ばし、歪な進化を遂げているのは、むしろ各国が好き勝手に生み出した専用機なのかもしれない。

 

「あとはIS学園にバラ撒いた監視用ナノマシンと同期すれば、視聴準備完了!網膜投影もオンにして……大迫力シアターの完成だい!」

 

 子供のように無邪気にはしゃぐ束だが、やっていることは天才――いや、天災にふさわしい悪魔的な所業であった。

 彼女が使用中の監視用ナノマシンは、なにもIS学園だけに存在するものではない。束は「グランクチュリエ」の完成と同時に世界中を飛び回り、ナノマシンを散布したのだ。

 それは時に空気中に存在し、“目”に映る全てを記録する。それは時に機械に同期し、気付かれぬうちに情報を奪い去る。そして――時に人間の脳にすら“寄生”し、彼らが得た五感の情報や、記憶すらもバックアップしている。

 こうして得た無秩序な情報の全ては、研究室である「吾輩は猫である(名前はまだ無い)」に存在するマザーコンピューターに保管されているのだが、束自身がヒトに関心を持つ機会などそうそう存在しないため、それらの大半は死蔵されているというのが現状だ。しかもその超技術の全ては、現時点で「学生レベルのIS競技の観戦」という、テレビで済むような些事に使われているのだ。古来より情報を支配してきたとある一族がこれを知れば、思わず涙を流すに違いない。

 

「よ~やくスタートかあ。箒ちゃんは……あれれ、後ろの方か。最初は様子見なんて、らしくない慎重さだねぇ。誰の影響を受けたのか、まったく……」

 

 ちらり、と脳裏をよぎった赤毛の少年の姿を追い出し、彼女はモニターに集中する。先頭グループは間もなく第一コーナーへ。何かが起こるとしたらそこに違いない。束は少女のようにわくわくした心持ちで、爆発的にエネルギーを高める真紅の機体を見守るが――次の瞬間。

 

 ラボを揺らす大きな衝撃と共に、目の前に現れる“警告”というポップアップ。

 明らかな異常事態を示す情報に、すぐさま現状の確認をする――ような、殊勝な心がけなど持たないのが、篠ノ之束という女だった。

 

「なにさ、まったくもー。ポチっとな」

 

 腕に浮かぶキーの一つをタップすると、それだけで対応が完了したとでもいうように、キャノンボール・ファストの映像を呼び出す。

 

「あー!箒ちゃんいっちばーん!でも肝心な場面を見逃した~」

 

 異常事態など、彼女にとっては日常茶飯事。おおかたどこかの軍か、組織に見つかったのだろう。天才の自分の狙う勢力など、この世界にはごまんといるのだ。

 というわけで彼女は、「日常」よりも優先度の高い「箒と一夏の晴れ舞台」を重視する。

 

 

 

――束 墜落まで 7時間

 

 

 

 

 

 

「おっと、今更気付いたんだ。篠ノ之束、大したことないね」

 

 「吾輩は猫である」に襲撃を加えた犯人は、ハッチから複数のISが飛び出してくるのを見ても、慌てた様子は無かった。むしろ、新しいおもちゃを与えられた子供のように無邪気に喜び、ミラージュコロイド・ステルスを解除して接近していく。

 

 虚空から現れたのは、ISではない。戦闘機だ。

 

 闇を纏ったような漆黒の塗装に、規則的に走る白いストライプ。無数のセンサーが取り付けられた機首。無機的で、どこか死神を思わせるようなフォルムをしたその機体の名は、FALKEN-M。

 かつて臨海学校に乱入し、「デュエル」の操縦者エッジを連れて逃げおおせた、亡国機業の最新鋭戦闘機である。

 

「それにしても、見たことのない(タイプ)とはいえ、たった3機のISで迎撃だなんて、ボクをバカにしてるのかな?」

 

 「FALKEN-M」の機首がせり上がり、隠されていた砲塔が露わになる。そこから放たれるのは、この機体の代名詞とも言える対IS用TLSだ。高熱量のレーザーは、数秒照射すればアンチ・ビーム・コーティングすら溶解する。そんな、非IS用兵装としては規格外の威力を誇る武装が、現れたISの1機を狙い撃った。

 

 狙われた敵は無言。最小限の動きで左腕を構えると、そこにビームの傘が開く。実体を有する盾ではなく、エネルギーで形成されたビームシールドは、TLSでは貫けない。

 1機が攻撃を防いだ隙に、残りの2機が動いた。

 1機は、3つの砲口を束ねたような両腕を伸ばし、光を放つ黒鷹に狙いを定める。

 もう1機は、前腕と一体化した巨大バスターソードを振りかぶり、地を蹴り空へ舞い上がる。

 

 この3機の名は、「ゴーレムⅡ」。前に束がIS学園へと送り込み、目的地に到着する前に「ブリッツ」と交戦して撃墜された「ゴーレムⅠ」をベースに改良した発展型である。

 鉄の巨人のようであった「ゴーレムⅠ」に対し、こちらは白金の天使といった容姿に変更されている。両腕を「ノーマル」、「ソード」、「キャノン」に換装することで近・中・遠距離のどの場面にも対応できる、第三世代無人機とでもいうべき機体だが、既に第四世代無人機「ゴーレムⅢ」の開発が佳境に入っている束にとっては、もはや無用の長物であった。

 

 それでも、性能は各国の第三世代機とは比べ物にならない。普通の国や組織であれば、一度交戦したら二度と喧嘩を売る気にならないような隔絶した力を有している。

 それが、3機。それぞれの長所を活かし、三位一体(トリニティ)で連携してくるのだから、たまったものではない。

 

 ――相手が、普通のパイロットであれば。

 

「バカだなぁ。そんな定石通りの攻撃が、ボクに通じるとでも?」

 

 TLSの照射をやめ、兵装変更。ECMPを起動。それだけで「ゴーレムⅡ/キャノン」の照準は狂わされ、無力化する。

 瞬時加速で接近してきた「ゴーレムⅡ/ソード」に対しては、機銃で威嚇しつつ機体を傾け、三次元的な高速機動で近寄らせない。

 戦闘機VS IS。本来隔絶した戦力差があるはずのそれらの戦いは、大方の予想を裏切る結果を残していた。

 

「ボクはエース養成機関『サーカス』の出身だからね。負けるわけないんだよ」

 

 一度相手から距離をとり、急制動をかけて「ゴーレムⅡ/ソード」をオーバーシュートさせる。無防備な背中を晒す機体を見て、パイロットである赤毛の少年は舌舐めずりをした。

 「FALKEN-M」の機首が再びせり上がる。砲塔が臨海し、青白い光の柱を生み出そうとしたその瞬間、前進翼を掠めるように高出力のプラズマビーム砲が飛んできて、機体を大きく振動させた。

 

 単純な話だ。照準が狂わされた瞬間、「ゴーレムⅡ/キャノン」はすぐに手動照準に切り替え、砲撃を行ったのだ。

 射線はFALKEN-Mが身に纏う空間圧によって逸らされ、直撃こそ免れたものの、翼の形状が変わってしまえば戦闘機の機動性を十分に発揮することは出来ない。失速したFALKEN-Mに、ビームライフルを構えた「ゴーレムⅡ」が追いついた。

 機械だからこそできる、タイミングを完璧に合わせた連携。それを単騎で破るのは、いくら“エース”でも不可能であった。

 

「――自分の力を過信し、突出する。それがお前の良くない所だ」

 

 その戦場に現れたのは、第三者。これもまた戦闘機であるのだが、なにやら妙なパーツが取り付けられていた。赤と黒のツートンで塗り分けられた、4枚の翼のような追加装備。

 もし、この場に紅也がいたのであれば、こう呼んでいただろう。

 

 ――「エールストライカー」と。

 

 ISサイズよりも巨大な「エールストライカー」を装備した白い戦闘機は、キャノピーの後ろに搭載された砲塔式大型キャノン砲を放ち、「ゴーレムⅡ」の右腕を吹き飛ばす。その隙にFALKEN-Mは体勢を整え、遠隔地にいる「ゴーレムⅡ/キャノン」めがけて超高威力弾頭〈MPBM〉を放っていた。

 

「突出だって?ボクについて来れないのが悪いんだよ」

「謙虚さの欠片もないな、「自称」エース」

「才能あるボクがなぜへりくだる必要があるのかな、「元」エース」

 

 いましがた放たれた弾頭の威力を察したのか、「ゴーレムⅡ/キャノン」は迎撃のために砲撃を放つ。その機械的な判断は正しくもあり、間違っていた。

 

「初のキルマークがISとはねェ。こりゃ、幸先いいんじゃねえの?」

 

 爆発四散したMPBMは、高高度で爆発したにもかかわらず衝撃波で波を起こすほどの熱量を持っていた。もしこれが爆発していれば、ラボの中の束が怒り狂う事態になっていただろう。

 しかし、迎撃を行ったことで遥か彼方から飛来したインパルス砲への対応が遅れ、防御する間もなく「ゴーレムⅡ/キャノン」は大破した。

 

「イルド・ジョラール、交戦は待てと指示があったはずだ。キミの行動で作戦が失敗したら、どうするつもりだった?」

「怒らないでよ、「英雄」さん。ボクはキミ達と違って、彼の手下じゃない。協力するよう言われてるだけなんだから、好きにやらせてもらうよ」

 

 通信と共に現れた戦闘機は2機。どちらも「エールストライカー」を装備した機体の同型機であり、それぞれ「ランチャーストライカー」、「ソードストライカー」を装備していた。

 

「ともかく、数の上でも実力でも、こちらが優位。敵も手負いだ、すぐに片付けるぞ」

 

 4機の戦闘機が空を舞う。残りの「ゴーレムⅡ」が沈黙するのに、それほど時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 ディスプレイに、再び「警告」の文字が灯る。

 

「何なのさ、あの機体!私の「ゴーレムⅡ」と同じように、装備換装する量産機?……って、あれ?ゴーレムがやられてる」

 

 今まではどんな相手でも排除できていた「ゴーレムⅡ」が、全滅。明らかな異常事態を前に、束は今度こそIS学園から意識を逸らした。

 

「外で暴れてるのは、アメリカの失敗作と……なんだろ、あの飛行機。学園に現れた奴と同じ装備だねぇ。おっきくしたのかな?まあいいや」

 

 再びキーをタップする束。同時に彼女は重い腰を上げ、ラボの出口へと向かっていく。

 

「私、邪魔されて不機嫌なんだよ。いい加減、うるさい虫は追い払わなきゃ」

 

 能面のような、感情の抜け落ちた表情を浮かべた束は、何事かを呟く。

 すると、彼女が身に纏うISが、光となって姿を変えた。

 

 

 

――束 墜落まで 6時間45分

 

 

 

 

 

 

「気を抜くなよ、まだ出てくるぞ」

「増援と……おお、ありゃ篠ノ之束、本人じゃねェか」

 

 ゴーレムⅡの殲滅を終え、上空を旋回していた4人が見たのは、先程倒した3機よりもさらに洗練されたフォルムの2機と、今まで見たことの無い異形のISであった。

 

「アレはISなのか?ハート型にキャタピラが付いた、まるで陸戦兵器のように見える」

「なんでもいいよ。多少は暴れてくれないとつまらないからね!」

 

 FALKEN-Mのパイロットである赤毛の少年――イルド・ジョラールがこらえきれず飛び出し、MPBMを放つ。目の前の見るからに鈍重そうな機体では、この広範囲爆撃はかわせない。そう思っていた。

 

「たかが爆弾で束さんをどうにかしようだなんて、頭悪いんじゃないの?」

 

 底冷えするような声と共に、MPBMは爆散。同時に、FALKEN-M本体にも正体不明の衝撃が走り、機体が暴走して錐揉み回転を始める。

 このままMPBMの巻き添えなんて笑えない。そう思ったイルドは本来防御用の〈空間圧偏向器〉で無理やり機体を固定し、衝撃砲をスラスター代わりに使って爆発の範囲から逃れた。

 

 が、そこに鋼の乙女が舞い降りる。

 

 束の最新作「ゴーレムⅢ」が右腕のブレードを振り上げ、翼へと振り下ろす。空気の壁による防御をものともしない一撃は、FALKEN-Mに走る白いラインをなぞるように翼を斬り落とした。

 

「ボクをバカに……」

 

 勝ちの目が消えてなお癇癪を起こすイルドであったが、コクピットに通信が入ったことで冷静さを取り戻す。

 

「……わかったよ。ボクはそっちで遊ぶとしよう」

 

 空間圧を解き放ち、密着していた「ゴーレムⅢ」を力任せに振り払うと、彼は全エネルギーをアフターバーナーに注ぎ込む。片翼となったFALKEN-Mは、そのままフラフラと宙域を離脱していった。

 

「今の衝撃は何だァ!?」

「どうやら、音波兵器……か?距離を取って正解だった」

「引き際を誤らず、戦場を見る目を持っている。それがお前の良い所だ。世が世なら、本物の「英雄」になれたかもしれんな」

 

 一方、年の功とでもいうべきか、新手が出現した瞬間に距離を取っていた3人は、謎の攻撃から逃れることに成功していた。それもそのはず。彼らはIS登場以前から空を飛び、国と民を守る役割を一手に担っていた、正真正銘のエースパイロット。

 

 「エールストライカー」を装備した戦闘機のパイロットは、ある国で遺伝子の調整を施され、より優れた種として生み出されたものの、高すぎる戦闘能力ゆえに「首輪」をつけられ疎まれた、「静かなる虜獣」、ルカス・オドネル。

 「ソードストライカー」を装備した戦闘機には、政治的陰謀に巻き込まれ「架空の英雄」として祭り上げられながらも、本物の英雄になるためにあがき続けた男、「ユーラシアの英雄」、イワン・ザンボワーズ。

 「ランチャーストライカー」を装備した戦闘機を駆るのは、ISにより戦闘機乗りが駆逐された時代にてなお研鑽を積み、シミュレーター上での成績は世界随一と言われるパイロット、「アルテミスの荒鷲」、バルサム・アーレンド。

 

 それぞれの理由で国、組織から去り、そして今回の事件の首謀者の「ある男」から最新鋭の戦闘機「スカイグラスパー」を与えられた3人は、自分から空を奪ったISを駆逐するという共通の目的の元、篠ノ之束に戦いを挑んでいるのだ。

 

「あの機体は見るからに陸戦型。だが、仮にもIS開発者の専用機が、その程度では終わるはずがない」

 

 イワンの言葉に応えるかのように、束の機体は宙に浮き、キャタピラを収納。ジャキン!という無駄に大きな効果音と共に翼を生やし、爆音を響かせながら一直線に彼らの下へと飛び出した。

 

「各機、散開!」

「アレ、スピーカーに似てるなァ。音に機体を取られるなよ」

 

 爆音による空気の振動が容赦なく「スカイグラスパー」を揺らし、コントロールを奪おうとする。空気を、音を武器とすることで、接近しただけで相手に影響を与えるこの機体は、戦闘機にとってはまさに天敵といっていい存在。だからこそ、遠距離から大火力を出せるバルサム機はアフターバーナーを吹かし、大きく旋回しながら束の背後を狙った。

 

「おっと、そんな凡人の発想は、天才の束さんには通用しないよ」

 

 束の機体の側面、ハート型の外周部が一斉に開き、そこから五線譜のような形をしたレーザーが飛び出す。明らかに既存のISとは一線を画す膨大なエネルギーが、背後を突いたバルサム機だけでなく、「ゴーレムⅢ」を狙っていたイワン機、ルカス機をも沈めるべく荒れ狂う。

 

「レーザーを曲げる、だと?BT兵器か!」

「くそっ、空が狭い……!」

 

 空力制御に優れるルカス機はともかく、デッドウェイトにも成りうる「シュベルトゲベール」を装備したイワン機は、対応に苦慮する。

 

「――やむを得ん。悪いが、先に離脱させてもらうぜ」

 

 言うが早いか、イワンは機体下部からロケットアンカー「パンツァーアイゼン」を発射。こちらに向けて左手の砲を構えていた「ゴーレムⅢ」の胴体を捕えると、そのまま空の彼方へと連れ去ろうとした。

 

「残念!もう一匹も逃がさないよ~」

 

 束は機体の下部から、リコーダー型を模したふざけた形のミサイルを発射。遊び心溢れる見た目とは裏腹に、とんでもない加速で迫るそれらを相手に、ゴーレムⅢを抱えたイワン機では逃げ切れない。

 

「己を過信し、他者を見くびる。それがお前の悪い所だ」

 

 機首のキャノン砲で、空飛ぶリコーダーを正確に射抜くルカス。彼の援護を受けて、イワンは無事宙域を離脱した。

 

「いいのかな?これで戦力ダウンだよ?」

「それはてめえも同じだろうがッ!」

 

 背後から放たれる「アグニ」の一射を、見ることもせず避ける束。その隙にルカスも射撃を行うが、「スカイグラスパー」単体の火力では「グランクチュリエ」の重装甲を貫くことができない。

 

「わかってないな~。数の上では互角でも、こっちは第四世代のISが二機。えーと、「えむえす計画」……?とやらの遺物なんかじゃ、同じ土俵にすら立てないよ」

「ほう……この機体のこともご存じか。「あの男」の想定通りだな」

「ん、何だって?」

 

 わずかにひっかかりを覚えた束が、わざとらしく首をかしげた瞬間。

 

「テメェをぶっ倒す理由が、一つ増えたってだけだ」

 

 「グランクチュリエ」に直撃した何か。そこから響く、若い男の声。

 束がそれを認識した瞬間にはもう、「グランクチュリエ」の胴体と翼はまとめて切り裂かれ、巻き込まれた五線譜レーザー発射口も融爆を起こしていた。

 

「な……なにすんのさ私の作品に!」

 

 巨体に見合わぬ俊敏さでスピンを行い、取り着いた何者かを振り払おうとした束であったが、無駄に終わる。彼女の機体を両断した犯人は、ISが持つにしても巨大すぎる、15m超の大剣を振り下ろした勢いのままに、既に地表に到達していたのだ。

 

「さすがMS仕様の対艦刀。ISじゃ一振りが限界か……あげゃ、面白れぇ」

 

 ビームにより蒸発した大地から発した霧が、風に流されるにつれ、襲撃者の姿が露わになる。

 巨大な水色の剣の傍らに立つのは、見るもの全てに本能的な危機感を感じさせる、血の様な赤黒い装甲を展開した、一人の男。

 

 そう、男だ。

 

 色素が抜け落ちたかのような、白と金の中間色の髪。凶悪そうな赤い瞳に、蛇のような切れ長の瞳孔。さらにその男の首には、まるで一度切り離した首を、無理やり焼いて繋げたような深い傷跡が刻まれていた。

 

 ――その男の名を、束は知っていた。

 

「確かキミは……そう、フォン・スパーク」

「あげゃげゃ、天下の篠ノ之束に認識してもらえるとは、オレ様も有名になったもんだ」

「感謝してほしいね。この私がわざわざ名前を覚えてあげる“敵”なんて、後にも先にもキミだけさ。……いっくんの「白式」を、帰してもらうよ!」

 

 束が吠えると同時、彼女の「グランクチュリエ」と、その切り裂かれた後ろ半分が、分解されて粒子となる。

 

「お前ら、残りの1機をやったら地上を制圧しろ。オレ様は、コイツをヤる」

「了解だ、ミスター・フォン」

「悔しいが、そいつは規格外だ。任せるぜェ」

 

 粒子化した装甲は一瞬で姿を変え、束に巻き付く。光の中から現れたのは、緑を基調とした、全身装甲型のISだ。

 全身装甲と言っても、既存の機体――XナンバーやASTRAYシリーズとは、様相が異なる。中でも目を引くのは、まるでゴリラのように肥大化した四肢と、剣道の防具を模したような面と垂れ。先程までとは違い、見るからに接近戦に特化したその機体もまた、束の「グランクチュリエ」の一形態であった。

 

「そっちが格闘しかできない「白式」なら、こっちも合わせてあげないとね。これは「グランクチュリエ・剣の装」。さっきまでの「奏の装」と違って、より一対一に適した形に装甲を展開して――」

「御託はいらねぇぜ!」

 

 束を無視して〈雪片二型〉を抜き放ち斬りかかるフォンに対し、束は余裕を崩さない。手元に一本の竹刀型近接ブレードを召喚(コール)すると、フォンの一撃にひと当てして、受け流す。

 

「あげゃげゃ、研究一筋かとおもってたが、やるじゃねぇか!」

「これでも剣術道場の娘でね~。最低限の自衛はできるのさ!」

 

 間合いをつかみにくい独特の足運びで距離を詰めた束。再び竹刀で斬りかかるかと思いきや、背後に背負った二門のガトリング砲がせり上がり、白式をロックオンする。

 

「そーれ、面、胴、小手!面、胴、こてーっ!」

 

 砲塔が回転し、そこから発射されたのは無数の竹刀。予想のつかない動きに虚を突かれたフォンは瞬時加速で距離を取るも間に合わず、脚部装甲の一部を吹き飛ばされた。

 

「見た目どおりの威力じゃねえな。ふざけてはいても、性能は折り紙つきか」

「当然さ!見た目も性能も両立してこそ、私の専用機足りうるのだから」

 

 逃がさないとでもいうかのように、束もフォンを追って瞬時加速。右肩の重装甲を突き出し、勢いそのままに体当たり。見た目通りの超重量を直撃した白式は大きく体勢を崩し、あろうことか唯一の武装である〈雪片二型〉を吹き飛ばされてしまった。

 

「ふーんだ。手にした力に浮かれて、愚かにも私に挑んだことを後悔するといいよ!」

 

 そう告げる束の左手には、新たに呼び出した2本目の竹刀。それが青白い光を纏い、刀身を伸ばしていく。これは紛れもなく、一度は世界を制した〈零落白夜〉の輝き。

 必殺の一撃を振り下ろしながらも、束は油断しない。一夏を、箒を悲しませた原因の一人であるこの男だけは、確実にボコボコにすると決めていたのだ。

 

 だからこそ彼女は気付いた。零落白夜を目にしてもなお、男の口角が釣り上がっていたことに。

 

「――その程度か、タバネさんよぉ」

 

 次の瞬間、あり得ないことが起こった。

 赤く染まった白式の左腕に集まったのは、新たな武装の召喚を告げる粒子の光。刹那にも満たぬ時間のうちに粒子は形を成し、機体色と同じ色の、シンプルな楯が姿を現した。

 

「「白式」が他の武器を!?」

「どうやら、ワガママ言うのはやめたらしいぜ!」

 

 気がつけば、無手の右腕にも粒子の光。振り抜かれた刃は束の竹刀を両断し、光を失った竹刀はくるくると宙を舞った。

 

「そら、お返しだ」

 

 フォンの攻撃は終わらない。「グランクチュリエ」の胴に蹴りを入れて距離を離せば、次の瞬間には両脚部にミサイルポッド、右腕にキャノン砲が現れている。

 息つく間もなく放たれた一斉射撃が、体勢を崩した束を襲う。当然、彼女に回避する術は無く、全弾直撃。炎と黒煙がもうもうと立ち上るが、その中心にいるはずの束に動きは無い。

 

「――おいおい、いつまで死んだフリを続ける気だ?」

「……あーあ、バレてるか」

 

 炎に包まれたはずの束の声音は、普段世間話をするときと何も変わらない、平静そのものだ。つまり、この不意を打ったはずの一撃は、彼女に通用していないということ。

 だというのに、束もフォンもその結果を微塵も疑っていなかったかのように、一切の動揺を見せなかった。

 

 煙の中から現れた「グランクチュリエ」は、またしても姿を変えていた。

 先程までの無骨な重装甲から一転、束はミイラになったかのように、前進を灰色の包帯の様なものに包まれていた。彼女自身のボディラインをくっきりと浮かび上がらせたそれは、他の3形態と同様、本当にISと定義していいのかわからないような見た目である。

 

「防御形態、「縛の装」。こう見えて最高の防御力を誇るモードなのだよ、えっへん!」

「けっ……それだけじゃねぇ。エネルギーも回復しやがったな」

「そのとーり!ダメージをエネルギーに転化して、責められれば責められるほど強くなる。そして――」

 

 彼女の体を覆う包帯状のパーツが一部外れたと思うと、そこに宿るは〈零落白夜〉の光。

 対ISにおいて絶対的な優位性を誇るそれが、複数本。触手のように、鞭のように自在に動き、「白式」に襲いかかった。

 

「これがカウンター、名づけて「死縛の装」!逃げ場の無い包囲攻撃に、一体どうやって対抗するというのかな!」

 

 束の表現は決して誇張ではない。すでに触手はフォンを囲むように広がっており、一秒後には彼を細切れにするだろう。

 彼女の見立てでは、「白式」の盾でこの攻撃は防げないし、回避もできない。触手を数本破壊することはできるだろうが、それだけだ。この包囲から逃げ出すには、速さが足りない。

 

 終わり、だ。

 

 コイツを始末したら、次はゴーレムⅢと戦ってる2人を潰す。ここまでコケにされたのは初めてだ。念のため脳から情報を引っ張り出して、裏にいる奴らにも永遠に退場してもらおう。亡国機業だろうがロゴスだろうが一族だろうが、関係無い。神の怒りを知るがいい。

 珍しく感情を表に出した束の動きは、まるで子供が駄々をこねるかのようであった。そう表現すると可愛いものだが、その“駄々っ子”がISすらも一撃で消し飛ばす力を持っているのだから性質が悪い。フォン・スパークがいた空間は見るも無残に破壊され尽くし、赤い粒子が塵となって舞っていた。

 

「あははは……はっ!?」

 

 どす黒い昂揚感に包まれた彼女が最後に感じたのは、腹部から広がる灼熱の如き熱。

 

「――けっ、テメェは『鍵』じゃなかったのか」

 

 吐き捨てるような男の声は、果たして夢か幻か。

 操縦者保護機能による、強制的な意識のシャットダウンに抗う術を持たぬまま、篠ノ之束は瞳を閉じた。

 




襲撃者5名のうち、4人はASTRAYシリーズに登場したキャラクターです。
束の専用機の元ネタはちゃんとあるのですが、ネタの鮮度が落ち過ぎたかも?

次回から7章開始。7巻の内容が終わったら、そのままオリジナル展開で完結予定です。

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