IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第159話 ナンバー2

 自身の手の内を全て知る男、ダンテに翻弄される葵。その窮地を救ったのは、もはやアリーナを離れ、戦いの場所を市街地に移した『サイレント・ゼフィルス』を追撃していたはずの箒であった。

 箒の手に触れ「絢爛舞踏」によりエネルギーを回復した葵は、いつの間にか効果が切れていた単一仕様能力「オーバーリミット」を再度発動させ、ダンテの元へと舞い戻る。

 しかし彼女は、自身に浮かんだ紋章に起こった“とある変化”に、まだ気付いてはいなかった……。

 

 

 

 

 

 

 ダンテを足止めしていたのは、かろうじて動く右腕と〈スターライトMk.2〉のみで戦うセシリアだった。

 これは葵を始め学園サイドの人間は知らない話であるが、この戦闘を始めるにあたってダンテと組織の間で交わされた約束は、「自分と葵の戦いを邪魔する者たちの牽制」であった。エムはそのような方法を嫌い、自分一人で専用機持ち達――特に山代紅也――と決着をつけたがったため、彼女と戦いを繰り広げていた三人の行動で人質に被害が及ぶことは無い。ゆえにセシリアも、眼下の戦いに介入することができたのだ。

 しかし、それも限界が近い。もともと無理を押して戦闘継続を行っていた『ブルーティアーズ』のダメージレベルは既にDに限りなく近いC。これ以上損傷が進めば、本国でのオーバーホールが必要になるだろう。

 

 それはセシリアも承知の上だったのか、葵が戻って来るや否や、彼女はすぐさま戦場を離れ、ブルーティアーズを収納した。彼女に向けて「水色のストライカー」のスローターダガーが歩いていくが、もう葵にはどうすることもできない。目の前に立つダンテは、待ちくたびれたとばかりに武器を構え、いつでも戦える体制になっていた。

 

「エネルギーを回復できるのか、あの機体は!ニホンの技術はすごいな」

 

 なんでそれを、と思ったところで、まだアリーナのディスプレイが生きていた事を思い出す。こちらのエネルギー事情は筒抜けだったわけだ。

 相手を見る葵。セシリアは果敢に攻撃を加えていたが、相手の中身が生身の人間だと知ったせいか、直撃コースでの射撃は避けていたようだ。だからこそ、105ダガーの機体には傷一つないし、セシリアもあの程度の損傷で済んだのだ。葵は心の中で安堵すると同時、目の前の男を殺すかもしれない、という覚悟を決めた。

 

(相手は格上……だからこそ、全力で行く。力を貸しなさい、ブルーフレーム!)

 ――わかった!オレで良ければ、力を貸すぜ!

 

 機体に祈る。

 いつも紅也は「機械(メカ)にも心がある」って言ってるし、この日本にも、物に魂が宿るという信仰があると聞いている。だから私は、それを変なことだとは思わない。

 

 ……かといって、本当に返事が帰ってくるとは思わなかったけど。

 

(そういえば、前にも……)

 

 葵は思い出す。初めてこの能力を発動した臨海学校、福音事件の最終局面において、似たようなことがあったと。

 でもこの声と、あのときの声は違う、ような気がする。

 

「敵を前に考え事か?」

 

 気が逸れたのを勘づいたダンテは、踏み込むと同時にソードピストルを一閃!PS装甲の隠された胸ではなく、複雑な機動の核となっている左肩のフィンスラスターを狙った一撃を繰り出した。

 反応が遅れた葵は、とっさに右脚をはね上げ、迫る右手を迎撃した。力と力がぶつかり合い、一瞬の拮抗が生まれる。

 普段なら足技はあまり使わない。今だったら逆に距離を詰めて狙いを外すか、タクティカルアームズを使って防御している場面だろう。なぜ蹴りを選択したのか、彼女自身にも理由は良く分からなかった。

 

 そしてそれは、目の前の相手も同様だったようだ。

 

「おっと、外したか」

 

 日本刀と垂直に交差するように付けられた銃身から、ビームが放たれていた。

 いまの「外した」は、単に攻撃を外したという意味ではない。彼の予測を外したのだ、と葵は思った。

 

 理由は分からないが、いまは機体がもたらす“直感”を信じた方がよさそうだ。

 先程までは頼りなかった能力が、ダンテとの戦闘が始まった途端に引き上げられたような気さえする。

 普段とは違う能力。後で紅也と一緒に解析してみよう。ぼんやりとそう考えつつ、葵は感覚に従い両手を開いた。

 重力に抗わずに両手からこぼれおちるタクティカルアームズは、もう一丁のソードピストルと葵との間に割り込み、放たれたビームを受け止めた。そしてフリーになった彼女の両手には、アーマーシュナイダーではなくビームライフルとビームサーベルが握られていた。

 

 ビームサーベルならば、この姿勢でも振れる。

 ダンテは半身をひねってビームをかわすと同時、葵のバネを利用して刃をひっこめた。その判断は正しかったようで、彼はすんでのところでビームサーベルによる武器破壊をまぬがれた。

 

「戦い方が変わったか?」

「あら、これも私の一面よ」

 

 軽口ののち、戦闘再開。演舞のように噛みあった攻防が繰り広げられたかと思えば、イレギュラーな動きにより調和が乱され、もう一方がそれを防ぐ。先程までダンテ有利だったはずの戦いは、いつの間にやらどちらが勝ってもおかしくない、五分と五分の情勢となっていた。

 

 紅也以上の剣術と、経験に裏付けられた戦闘スキルによって相手を追い詰めるような戦いぶりのダンテと、強化人間として持つ動体視力や機体から与えられるヴィジョンによって数通りの戦法を組みあわせて戦う葵。ひとたび剣が打ち鳴らされる度、人質たちの中からも歓声が上がる。

 

 そしてついに、終わりの時が訪れた。

 

 足下を這うように飛び回る、ソードフォームとなった〈タクティカルアームズ〉を回避し損ねたダンテがよろける。その瞬間を狙ってアーマーシュナイダーを投擲した葵だったが、それはダンテのフェイクであった。

 

 アーマーシュナイダーを弾いたダンテは、振り抜いた姿勢そのままに葵に突撃する。その勢いは、彼女が想定していたよりもはるかに早いものだった。

 それもそのはず。ダンテは戦闘が始まってからずっと、〈ノワールストライカー〉のバックスラスターを手加減して吹かしていたのだ。

 一番得意な技は隠す。ダンテはそれを信条としていた。隠すことで、敵は対策を準備することもできず、技の効果がより高くなるからだ。

 不意を撃たれた葵は、機体ではなく自身の直感に従い、胸部装甲で刃を受け止めた。表層の発泡金属装甲に刃が吸い込まれると同時、その衝撃により深層のPS装甲に電圧がかかり、相転位により絶対の硬度を生み出す。

 

 結果、どうなったか?

 

 速度の乗った一撃を受けたブルーフレームは大きく吹き飛ばされたが、PS装甲を貫かれることはなく。

 ソードピストルは、過剰な負荷に耐えきれなかったためかミシリ、と小さくは無い音を立て、半ばから真っ二つになった。

 

「ちっ、ファントムタスクめ、ナマクラをよこしやがって……。やっぱ、どっかで技術を持ってる奴を探さねぇと」

 

 破損した右のソードピストルを収納したダンテは、ストライカーパックの“取っ手”を掴み、無造作に引き抜いた。漆黒の翼の中から現れたのは、グレーの刀身。そこに105ダガーがエネルギーを流した途端、〈シュゲルトゲベール〉と同じようにビームの刃を発生させた。

 

「さて、続きを……おっ?」

 

 武器の破損に動揺した様子も見せずにダンテが構えたところで、彼に通信が入った。

 

「エルザか。スコールからの命令?……まあ、こっちも十分だ。帰投する」

 

 通信を切り、武器を下げる。

 

「そういうわけで、アオイ。いいところだが、オレは帰る」

「あら、帰すとでも?」

 

 既にアリーナには更識楯無を始めとする専用機持ち達が突入しており、人質となった面々は紆余曲折あって救出されていた。それにより縛りが無くなった一夏たちはISを展開し、漆黒の機体を睨みつけていた。

 それでも、ダンテの余裕は崩れない。

 

「ではまた会おう、諸君!」

 

 ダンテの一言と同時に、見張り役だった「水色のストライカー」の機体のエネルギーが急速に高まる。かつてのバスターのときと同じ現象。エネルギーをオーバーロードさせて自爆する気なのだ。

 

「! みんな――!」

「はあぁぁぁぁっ!」

 

 一番機体の近くにいた鈴が、棒立ちのスローターダガーを殴りつけ、天へと吹き飛ばす。慣性による上昇と重力が釣り合い、機体が空中で静止したまさにそのとき、カウントがゼロとなり最後の量産機が爆散した。

 

「次は決着をつけよう、アオイ。オレは運命を信じる。デスティニーが引き合わせてくれるさ」

 

 そんなセリフを残し、ダンテは空へと消えていた。それは彼が追いつけない高みにいるかのような、葵にとっては気に障る演出であった。

 

「おーい、みんな!無事か?」

 

 ダンテと入れ替わるように現れたのは、紅椿の両腕に収まり、すすと血で少し汚れた紅也の姿。どうやら、あちらも無事に決着したらしい。

 

「紅也さん!心配しましたわ」

「あっちの機体はどうなった?倒したのか?」

「いや、逃げられた。というか、箒が来てくれなきゃヤバかったな」

「う、うむ、そうか?あれは間接的には葵のお陰だと思うのだが」

「葵の?ちょっと紅、一体何があったのよ」

 

 全員欠けずに揃って、何事もなかったかのようにしゃべる専用機持ち達を見て、葵は考える。

 自分より格上の敵。底の知れない戦力。

 彼らが本気を出して襲ってきたのならば、この日常も長くは続かないのかもしれない、と……。

 




毎週の更新を楽しみにされている方(がいれば)申し訳ありませんが、来週はお休みさせていただきます。

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