IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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ちょっと文量を増やしてみました。


第157話 奴の名は

 そして、舞台は再び現在へ。

 

 

 

 

 

 

 「エール」、「ランチャー」、「バスター」装備のスローターダガー三機と、その隊長機らしき漆黒の105ダガーが葵を襲うシーンに、紅也の目は釘づけになった。

 ついでに彼の耳の中には、突然ASTRAYネットワークに流れ出した声が――ソフィアが決死の覚悟で発信した、自身の携帯が拾い続けている音声が、8の判断で今になって遅延再生されていた。

 

『そうね、『エルザ・ヴァイス』とでも名乗っておこうかしら?』

『適当だね。で、そのエルザさんは何の用?IS学園でこんな騒ぎを起こしたら、委員会ってのが粛正しにくるらしいよ』

『そ、ソフィアさん!ケンカ腰にならないでください!』

『わた、私なら大丈夫ですから!ソフィアっ!』

 

 ギリギリの戦いを続けてきた紅也は、そのときになってようやく観客席での異変と、専用機持ちたちが武装解除した理由を理解した。しかし、そんな考察よりも先に、彼にはやるべきことがあったのだ。

 

 彼は忘れていた。手負いの獣こそが一番の危険を孕んでいることを。

 想定外の事態が複数重なったことにより、彼の脳裏から敵――エムの存在が、一時的に消えていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 一方のエムはというと、自身の手元に残された四基の〈スノー・ピース〉に加え、先程老人が展開し、アリーナのシールドと『オレンジフレーム』に使用した二基を制御下に置いていた。

 本体からエネルギーの供給を受けたそれらは、獲物を求めて再び空に放たれる――かに思われたが、実際は違う。彼女が握った二振りのナイフの刃にまとわりつくように、各三基。三角形(デルタ)を描くかのように連結したそれらは、ただのナイフを〈零落白夜〉を纏う日本刀へと変化させたのだ。

 

 ――だが、足りない。

 

 両翼を破壊され、エネルギーも尽きかけた彼女が〈零落白夜〉を維持できるのは、持ってせいぜい十秒程度。その間に『ブルー・ティアーズ』と『紅椿』の不意を突き、山代紅也を殺害することは可能か?――否。

 

 逃げられない。追いつけない。戦えない。彼女の魂に刻み込まれた経験が、全ての選択肢を冷静に却下していく。

 ならばどうする?足りないのなら、よそから持ってくればいい。どうやって?

 

 無限へと引き延ばされたゼロコンマの時間の中で、彼女は過去へと遡る。

 東南アジアで戦った、有線式ビットを操る全身装甲機。鮮血の海に沈んだ操縦者を蘇らせ、自身もまた朱に染まった白式。生身のまま私を翻弄した奇妙な東洋人。「地図に無い基地」で交戦した、『ブリッツ』を強化したPS装甲機。

 

 目の前を通り過ぎていく戦いの日々を見る中、彼女の脳裏に銀色の天使の姿がよぎる。

 「地図に無い基地」襲撃は、何のためだった?

 第二形態移行(セカンドシフト)を果たした軍用IS、『銀の福音』を奪うためだ。

 

 そのブリーフィングで、ワイズは言っていたではないか。

 『一度は鹵獲した『銀の福音』は、第二形態移行により完全な回復と進化を遂げた』……と。

 

 方針は決まった。

 

 私も、それになればいい。

 

 

 

 

 

 

 ブルーフレームに蹴り飛ばされて損傷した『水色のストライカー』機は、倒れているシャルロットを回収するため前線から離れていく。

 それと入れ替わるように現れたのは、ラウラに睨みを利かせていた『エールスローターダガー』と、ほぼ無傷の『ランチャースローターダガー』に『バスタースローターダガー』。漆黒の『105ダガー』を身に纏う老人は、〈ソードピストル〉を構えて微動だにしない。

 

「さて、まずは小手調べだ」

 

 老人の声を受け、動きだしたのはエール機。ラウラに切り裂かれた盾は既に投げ捨て、代わりとばかりにビームサーベルを二刀に構えていたそいつが、ブルーフレームに襲いかかる。

 どうもこの男、自分で動く気は無いらしい。直感的にそう判断した葵は、つま先で地を蹴り大剣によるカウンターを決めようとしたが……ふと思いなおし、先程までより大きく間合いを取り、牽制用の〈イーゲルシュテルン〉をバラ撒く。

 

 彼女の直感は正しかった。エール機が薙ぎを放った瞬間、右手に握られたビームサーベルの刀身が延長し、ブルーフレームの胴体が残した残像を切り払ったのだ。

 先程までの交戦で相手の間合いを理解したつもりだった葵が、今まで通りのギリギリでかわして反撃する戦法を取っていれば、PS装甲とはいえ手痛い一撃を貰っていたのは間違いないだろう。

 

「動物のような勘だな!じゃあこれはどうだ?」

 

 敵はビームサーベルを振り抜いた姿勢のまま、〈エールストライカー〉の推力任せに突進を仕掛ける。自分と同サイズのISに衝突すれば、当然シールドエネルギーは消費されるし、発泡金属でできたASTRAYの装甲が無傷で済むとは思えない。

 だが同じように攻撃を仕掛けるにしても、ビームサーベルの方がはるかに威力が上。ならばこのタックルは本命の攻撃ではない、と葵は判断する。

 メインモニターに大写しになる敵機。その距離がゼロまで縮まる前に、葵は身を屈めるようにしてスラスターを吹かし、エール機の脇をすり抜けて背後に回るとそのまま腰に肘鉄をかます(・・・)

 たたらを踏み、一歩前進したその機体は、直後に着弾したガンランチャーとバルカンにより両足を失い、そのまま地面に崩れ落ちた。

 

「センサーを封じるための突撃でしょうけど――」

「ふむ、機転も利くな」

 

 着弾の音が聞こえるよりも早く、葵は〈タクティカルアームズ〉のスラスターを吹かす。

 漆黒の機体が現れてから、量産機の動きが明らかに良くなったことに彼女は気付いていた。それはつまり、後ろでふんぞり返っているあの機体こそが“指揮官”であり、この襲撃の犯人であることを示す。

 

 狙うなら、手足(ダガー)ではなく(ニンゲン)

 

 相手はどうだか知らないが、こちらを試すかのような攻め手に付き合うつもりはない。

 殺傷能力の高いビームサーベルは抜かず、しかし手足の2、3本は覚悟してもらおうなどと物騒なことを考えながら、葵はアーマーシュナイダーを構えた。

 

「私をナメすぎよ!」

 

 二重瞬時加速。そしてさらに三重瞬時加速。

 仮に相手が二重瞬時加速に反応できるほどの強者であっても……いや、なまじ反応できるからこそ、そこから更に一段加速したブルーフレームを捕えることは出来ない。四次元的なフェイントを加えた動きは、敵の迎撃態勢が整うよりも早く彼女の攻撃を届けるだろう。

 

 漆黒の機体の操縦者は、達人だった。二重瞬時加速によりブルーフレームがブレた瞬間、すぐさま身体の動きを補正し、予測進路へと〈ソードピストル〉を向け、引き金を引こうとした。

 しかし直後にもたらされた更なる加速により、その一撃は空を切る。慌てて右手側のソードピストルを構えたが、もう遅い。葵は既に彼の懐にいる。

 

「シッ!」

 

 横っ腹からアーマーシュナイダーを受けたソードピストルの刀身がぶれ、漆黒の機体がバランスを崩す。あとはどこかに獲物を突き立ててやれば、葵の勝利は決定的となる。

 葵を撃つべく伸ばされていた左腕が狙い目だ。利き手ではないことが残念だけど、順番なんて些細な問題。アーマーシュナイダーを振る。

 

 バキッン!

 

 耳が痛くなるほどの金属音が響く。

 ただしそれは、アーマーシュナイダーが腕を貫いた音ではなかった。

 

「あぶない、あぶない」

 

 葵の放った一撃は、不安定だったはず(・・)の姿勢から放たれた蹴りにより、右から左へ受け流された。渾身の一撃を逸らされた葵は体勢を崩し、一瞬のうちに攻守が逆転する。

 漆黒の機体はその隙を見逃さず、左腕を振り下ろして斬撃を見舞う。が、胴体を縦に引き裂くかのような一撃は、胴体装甲を薄く剥いだ瞬間に起動したPS装甲により受け止められ、葵の体を傷つけることは無かった。

 

 

 

 

 

 

「そんな、葵が……」

 

 友人を人質に取られ、戦うことを禁じられた織斑一夏に許されたのは、ただ戦いを見守ることだけであった。

 彼にとって、葵とは“強さの象徴”のような女だった。姉である千冬のような隔絶した相手ではなく、強いけど年相応の顔も持っていて、会話の返事こそ乏しいけれどよく観察してみると喜怒哀楽がちゃんとわかるような、不完全な人間。言うなれば、身近な強さを持った、わかりやすい目標となる少女だったのだ。

 特に格闘戦に関しては無類の強さを発揮し、剣の達人である紅也や好んで拳を使う鈴、そして二刀のプラズマ手刀を使いこなすラウラすら、一度でも懐に飛び込まれたら勝ち目がない。

 

 そんな少女が、必勝の間合いで敗北した。

 

 たとえ機体に目立ったダメージがなくとも、その事実は大きな衝撃を与えた。

 

「今、アイツは間違いなくフェイントに引っかかってたのよ。たまたま、振り下ろした刀が当たっただけかも」

「いや、それはねえ。日本刀ってのは、むやみに叩きつけただけじゃ斬れない、繊細な武器なんだ」

 

 鈴が指摘した通り、老人は間違いなくフェイントに釣られ、銃を構えていた。なのに葵の攻撃に完璧なカウンターを決めることができたというのは、あまりに不可解な現象だった。

 

「じゃあ、勘だけでやったとでも言うの?(ホン)みたいに……」

「そうとしか考えられねえ」

「あるいは……攻撃が読まれていたのかもしれん」

 

 葵が相対する敵の、隔絶した技量に絶句する二人の間に割って入ったのは、気絶したシャルを抱いたラウラだ。追撃もせずに一度後退し、再び無人機三機に指示を出す男を睨みながら、彼女は言葉を続けた。

 

「おそらく奴は、葵の攻撃でバランスを崩したように見せかけた(・・・・・)のだろう。そして、無防備な腕に攻撃を誘導してみせたのだ」

「わざと攻撃させたって?そんなの、無茶苦茶だ!」

 

 身体がバランスを崩したとき、人は反射的に両足を踏ん張って姿勢を保とうとする。だからこそ葵は、男がバランスを崩した時点で“蹴り”という攻撃手段を思考の外へ捨てていた。

 そして勝利を目前にした葵は、精神と肉体の二重の隙を突いた攻撃をなすすべなく受けてしまった。もし「第二形態移行」以前のブルーフレームであったのなら戦闘不能になっていてもおかしくなかっただろう。

 

「……無茶苦茶、か。確かにその通りだ」

「え、ラウラ?どうしたのよ?」

 

 何気ない一言で表情を曇らせたラウラの様子がおかしいことに気付き、鈴が心配そうな声をかける。が、彼女の表情は晴れることはなく、ぽつりぽつりと言葉が漏れる。

 

「あの顔……どこかで見た覚えがあったが、思い出した。ドイツの遺伝子強化試験体の製造工場。そこに、写真が残っていた」

「それって……ラウラが生まれた場所、だよな?」

 

 一夏の言葉に、こくり、と頷くラウラ。

 

「かつて、“アインス・イェーガー”に関わる情報を調べていたとき、奴の顔を見た」

「アインス……ってことは、一番目よね?」

「最初の被検体か……。あいつ、白髪だったしシワもあったし、結構な年だよな」

「そっか!その“アインス”っていう最初の遺伝子強化試験体が、アイツなのね!」

 

 道理で強いはずだわ、などと歯噛みする鈴であったが、ふるふると首を振るラウラがそれを否定した。

 

「いや、“アインス・イェーガー”は女だ。それは間違いない」

「何だって?それじゃ、あいつは……?」

「奴の名は、ダンテ。ダンテ・ゴルディジャーニ。最初期から第一計画に関わっていた、研究者(・・・)だ」

「「け、研究者!?」」

 

 予想外の答えに、動揺を露わにする二人。

 確かに一般的な研究者のイメージと、あの高度な格闘技術とは結び付かない。ラウラは続ける。

 

「奴は研究者であると同時に、アインスの戦闘訓練の教官でもあったのだ。戦闘技能に秀でていても不思議ではない。それに……」

「それに、何よ?」

 

 その問いに応えることなく、ラウラは沈黙してしまう。最初は話を聞きたそうにしていた二人だったが、やがて戦場にとある変化(・・・・・)が起こったことで、そちらに釘付けとなった。

 

(それに……紅也たちは否定したが、もしも“ヒメ・ヤマシロ”が“アインス・イェーガー”ならば)

 

 紅也と葵の母である、ヒメ。聞けば、彼らは幼少のころから、国家代表であった彼女にそこそこ鍛えられていたという。

 もし、葵の戦闘技術が彼女からもたらされたものだとしたら……葵の技は、すべてダンテに筒抜けだ。

 

 つまり、葵は、どうやっても勝てない。

 

 

 

 

 

 

 油断したつもりはなかった。

 

 それでも、第一ラウンドは葵の敗北だった。

 

 攻撃を完全にいなされ、クリーンヒットを受け、あげく見逃された。

 代わりに現れたのは、今度は〈アーマーシュナイダー〉を構えたエール機と、そこからやや離れた位置に陣取ったランチャー機にバスター機。相変わらず接近戦を挑むエール機に加え、中距離からガンランチャーと高エネルギーライフルを射かけるバスター機。ランチャー機は足止めされたブルーフレームに〈アグニ〉を当て、一撃で倒す算段だろう。

 

 ――気にいらない。

 

 自身へのふがいなさと、見逃された悔しさから、葵は単一仕様能力を発動させる。

 胸に翠色の蛇の紋章を宿したブルーフレームは、バックパック状にしていた〈タクティカルアームズ〉を大剣に変形させると、両肩のスラスターを使って思い切り踏み込んだ。

 

 ビームサーベルを使っていたときよりも反応が早くなったエール機は、大剣の進路にナイフを割り込ませるが――無駄だ。そもそも、足がなくて踏ん張れないのに格闘を挑むなど、愚の骨頂だ。勢いの乗ったタクティカルアームズは、黒い機体を軽々と両断し、ストライカーパックともどもジャンクへと変えた。

 そして彼女は振り抜いた勢いそのままに、タクティカルアームズを投擲する。その進路上にいたバスター機は、機械らしく突然の攻撃にも動揺せずに対処し、その場から飛び去りながらもブルーフレームへの攻撃を続行する。

 

 ――腹を突き破って青い刀身が現れる、その瞬間まで。

 

「ほう、ドラグーンも使うのか」

 

 ダンテが指摘した通り、葵は投擲した〈タクティカルアームズ〉をソードフォームのまま遠隔操作し、バスター機に突撃させたのだ。

 

 一方、無手になった葵が何もしていなかったかというと、そんなわけがない。

 無手となった右手に展開したのは、〈スナイパーパック〉のライフル。その場でくるりと回転した葵は、背後から〈アグニ〉を構えこちらを狙っていたランチャー機めがけて、先制攻撃をかけた。

 

 一射目で胸部を貫いたが、敵は止まらない。無人機であるからこそ、さながらゾンビのように、制御中枢を破壊しない限りは動き続けるのだ。

 放たれる極太の熱線を回避する術は無い。加速する思考の中、放たれたアグニを見た葵は、一度は収納した武装を再度展開する。

 

 ――フルアーマーフェイズシフト。

 

 当然、PS装甲でビームは防げない。

 しかしこの装備には、他の形態にはないある特徴が存在していた。

 

 展開を終えた装甲から、ドロドロとしたジェルが溢れ、機体の前面を覆っていく。

 これは融除材ジェルと呼ばれるものであり、機体表面を覆い、蒸発することで一定以上の熱量を遮断する効果を持つ。

 元はと言えば、ISで太陽表面を探査する、などというバカげた目的のために試作されたものではあるが、性能は折り紙つきだ。太陽や大気圏突入の摩擦熱すら遮断できるこのジェルは、耐ビーム性能も高かった。

 

 蒸発するジェルと、じりじりと装甲に迫るインパルス砲。その攻防が続いたのは、再び飛来したタクティカルアームズがランチャー機を串刺しにするまでのわずかな間だった。

 

「……さて、これで終わりかしら?」

 

 紋章を消し、デッドウエイトとなる装甲も収納した葵はダンテへと向き直り、地上へ下り立つ。

 

「そうだな、まあ、合格だ」

 

 強がってみせる葵だが、彼女には限界が近かった。

 たび重なる瞬時加速の使用により、推進剤は尽きかけている。単一仕様能力も、あと何秒発動できるかわからない。今のエネルギー量では、空から一方的に仕掛ける、というのも難しそうだ。

 

 あるいは、それすらこいつの狙いだったのだろうか?

 

 ようやく戦う気になったのか、ストライカーパックを展開し始めた漆黒の機体を見つめる葵の眼差しは、かつて無いほどに険しかった。




【簡単な用語解説】
・第一計画
 第44話参照。遺伝子技術、薬物投与、人体改造も含めた強化人間製造計画。ラウラのように受精卵の段階から手を加えるのではなく、幼い少年少女に後天的な強化を施した。
 のちに被検体の反逆が起こったため、研究は凍結。被検体は処分された。

・アインス・イェーガー
 第一計画の成功作にして、最初の一人。表向きには処分されたとされているが、実は……?

・ドラグーン
 量子通信で遠隔操作される兵器の総称。一部の登場人物だけがこの名称を使う。 

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