来週も遅れるかもしれません(汗)
〈雪片〉とは、かつて世界最強の座へと輝いたIS操縦者、織斑千冬の機体「暮桜」に装備された一振りの刀にして、彼女の代名詞である。この刀を媒介として発動する単一仕様能力“零落白夜”は、相手の絶対防御を強制的に誘発することで莫大なエネルギーを消費させる一撃必殺の技。
時は流れ、新たな〈雪片〉を手にしたのは、彼女の弟である織斑一夏。姉から弟へ、機体を越えて受け継がれた力は少年を戦士へと変え、新たな伝説の礎となる――はずだった。
予期せぬ介入により崩された、天才のシナリオ。余白に書き足された異物は行間を侵食し、本文を犯し、そしてとうとう文章を破綻させた。
〈雪片弐型〉は少年の手を離れ、敵の手に渡る。最強の力を欲した敵は、知識と技術、人材を惜しみなく投入し、ついに力の断片を手中に収めた。
そこから紆余曲折あり、“力”は三つに分裂した。
“本物”から造られた、力を宿さぬ模造刀。
力を奪う過程で砕かれた、力の欠けた“本物”。
そして、砕けた破片から生み出された、力を宿す“本物”の欠片。
紅也たちが対峙するエムは、力の欠片――〈スノー・ピース〉を持っていた。
◆
「いいか、アレは〈雪片〉の力――零落白夜を使えるドラグーンだ!接触により零落白夜を発動し、あらゆるエネルギー防御を無効化して絶対防御を誘発する!ただし、一度発動すれば本体に戻ってエネルギーを供給しなければ使えないはずだ。そして――」
箒によって庇われたことで、〈スノー・ピース〉の四連撃を間近で観察する機会を得た紅也は、ついに敵の攻撃の正体を看破することができた。
ひとつは、最初に紅也自身に大打撃を与えた白色の小型ビット〈スノー・ピース〉による零落白夜。現在確認できているだけで四基あり、サイズもあいまって視認しにくい、厄介な武装だ。
だが、視認しにくいどころか、目視不可能な武装が、この場にはもう一つ存在した。
不意に紅也の左腕が跳ね上がり、〈カレトヴルッフ〉からビームの一撃が放たれる。虚空に向かって進んだその不可解な一撃は、空中のある地点で“爆発”という結果を引き起こし、そのまま霧散した。
「“ミラージュ・コロイド”対応型ビット!デテクターの反応で気付くべきだったが、コイツが見えない砲台の正体だ!これもおそらく全4基!熱源センサーなら動いた瞬間や、レーザーを撃つ前に捕えられるはずだ!」
正確な射撃によって、ビットを撃破してみせた紅也――厳密には、彼の左腕を制御している8の仕業だが――の姿は、戦場に立つ仲間たちを鼓舞し、敵を威圧する。フェイスカバーの破片により傷ついたのか、額から血を流しながらも見えない敵を追い求める様相は、月の下で吠える狂犬のようだ。
「なあに、完全な兵器など無いさ……。行くぞ、てめえら!」
彼の叫びに応えたのは、爆炎の中から放たれた閃光。
「まだです……。まだ、終わりませんわ!」
貫かれた装甲。半壊した機体。しかしそれでも、「ブルー・ティアーズ」は生き残っていた。セシリアは意識の外から放たれたレーザーを、自分の直感に従って装甲で受け止め、シールドエネルギーだけは守り切ったのだ。
学園祭、そしてあの東南アジアでの戦いを経て、エムとの対峙は三度目となる彼女は、エムの攻撃や操縦のパターンをなんとなく掴んできたのだろう。特に、敵を撃破したと思った瞬間に浮かべる慢心の笑みは、まるで油断すると手を開閉する癖のあるどこかの誰かを連想させる動作だった。
破損した〈ブルー・ピアス〉の代わりに構えたのは、ブルー・ティアーズ本来の武装である〈スターライトMk.2〉。弾頭型ビットの軌跡をなぞるように空を駆けるBTレーザーは、「サイレント・ゼフィルス」の腹部に空いた穴へと真っ直ぐに吸い込まれていった。
「ぐふっ……!」
たまらず、苦悶のうめき声を上げるエムだが、追撃は終わらない。
「今度はこちらの番だ!」
背後に迫る「紅椿」が、手にした刀を唐竹に振りかぶる。自失から立ち直り紙一重で回避してみせた彼女であるが、その軌跡をなぞるように出現した紅色のレーザーに身を焼かれ、とうとう残された翼をも失った。
「貴様っ、貴様っ!山代、紅也ッ!」
瞳に殺意を宿したエムは、ビットによる乱れ撃ちを行いながらも三人から距離を取る。
同時に唯一残された近接武装であるナイフを両手に握り、見せるのは徹底抗戦の意志。
しかし、意志だけではどうにもならない現状は常にある。未だにビットを残すとはいえ、満身創痍のエムがこの三機を相手取ることはもはや不可能であった。
「こっちは決着だな。さて、下はどうなっているか……なっ!?」
自らの戦場がひとつの区切りを迎えたと判断し、ようやく地上で続く戦闘を見る余裕が出た紅也。専用機持ち六人が集まっているのだから、そろそろあのストライク
ISを解除し、生身の姿で立ちすくむ五人――シャル、簪、ラウラ、一夏、鈴。
彼らに武器を突きつけて立つ、「水色のストライカー」を装備した灰色の機体。
そして、唯一ISを展開している葵を攻め立てる、「エール」、「ランチャー」、「二つの砲」の三機と、その中に混ざった明らかに動きの違う、漆黒のストライクもどき。
一体、彼らに何があったのか。
それを知るためには、少し時間を巻き戻す必要がある。
*
「らーん!……くそっ、どこにいるんだ」
方向性の定まらない人波の中、五反田蘭の兄である弾は妹を探し、必死に抗っていた。
自身の身の安全も確保しないうちに妹を優先する姿勢は、紅也をして“同類”と言わしめたシスコンぶりの賜物である。
名前を呼んだ後は、このトラブルの中で自身を探して焦り、必死に声を張り上げている(※想像です)蘭の声を聞き逃さないように、喧騒で潰れそうな聴覚に意識を集中する。避難を呼びかける若い男の声や、焦りを含んだ放送の音声もこの時ばかりは邪魔物だ。
そうして何度も声を張り上げた後、彼はようやくか細い女の声を掴んだ。
ようやく見つけた妹の痕跡。じんじん痺れる耳を頼りに、声の主の元へと急ぐ彼は、やがて人の流れが乱れている場所があることに気付く。
そこに彼女がいるに違いない!そう思い込んで進んだ彼の前にいたのは、妹とは似ても似つかぬナイスバディの金髪のお姉さんだった。
なんだ、他人か……と思い、女の姿に見覚えがあることに気付く。確か、開会前に蘭がぶつかってしまった女性が、こんな感じの人だったような気がする。あの場所にいた、ということは、蘭の近くに座っていたのかもしれない。一縷の望みを抱いた彼は、未だにアリーナを見続けているその女性に話しかけてみることにした。
「あ、あの、すみません!」
「……ち回るものだわ。……あら、何かしら?」
「この辺りで、俺と同じような髪色で、紫がかったヘッドバンドをつけていた女の子を見ませんでしたか?背格好は、このくらいで……」
「ああ、その子なら近くの席にいたわね。あのISが乱入したときに席を立って、出口に向かっているはずよ」
「そうですか!ありがとうご……」
軽く頭を下げ、立ち去ろうとする弾。しかしくるりと背を向けた彼の肩に、柔らかな肌を持つ白い手がそっと置かれた。
「まあ、待ちなさい。今闇雲に動いても、いいことはないわよ。今は少し、ここでやり過ごした方がいいわ」
「そ、それもそうか……ですね」
年上の金髪美人に声をかけられて舞い上がり、それもそうかと納得し、彼はこの場に留まる事を選んだ。
彼は知らない。彼女の年齢が、見た目通りではないことを。
彼は知らない。彼女が“スコール”と呼ばれる、『亡国機業』の幹部であることを。
彼女が一方的に五反田弾を知っているということを、彼は知らない。
◆
時は少し進み、観客席。ソフィアとセリアーナ、そして蘭が出会ったその場所に、二人の人物が迫っていた。
「お嬢ちゃんたち、こんなところで何をしているんだ。早く逃げないか」
「こんな混雑に割り込んだら、かえって怪我をする」
彼女たちに声をかけたのは、まるで喪服の様な漆黒のスーツに黒ネクタイをした初老の男であった。真っ白な髪と髭から受ける老いのイメージに逆らう矍鑠とした佇まいだが、一方で赤茶色の手袋をつけるなど寒がりな印象を受ける。一緒にいる緑色の髪の少女は孫だろうか?外見は似てないけど、雰囲気は親子みたいだな、とソフィアは思った。
「それもそうだな。にしても、なんでこんな危ない所にいるんだか」
「それが、ちょっと弾き出されてしまって」
やや困ったように口にするセリアだが、その目線はちらちらとアリーナの中へと向いていた。両手に武器を構えたレッドフレームと、もう一機の紅色の機体が襲撃者の青い機体に接近戦を挑もうと、ハイスピードチェイスを行っている。その軌跡を追うことすら難しい彼女は、知らず知らずのうちに両手をきゅっと握りしめていた。
「あそこに知り合いでもいるのかしら?」
その様子に目ざとく気付いた緑色の髪の少女が、三人に向けて問いかける。
「えっと……かれ……じゃなくて、友達が、はい」
恥ずかしそうに俯き、ぼそぼそと呟く蘭。そこに込められた思春期の少女の敏感な感情を察知した彼女は、まるで噂好きな近所のおばさんのような表情になると、何事か言いかけた男の声を遮り話し始めた。
「はあー、若いっていいわね。私、そういうの大好きよ」
「い、いえ!お姉さんもお若いじゃないですか!」
テンパってかなりピントのずれたツッコミをする蘭。真っ赤になって両手を振る彼女は、目の前の女が浮かべた複雑な表情に、ついに気付くことは無かった。
慌てる蘭と、それをからかう女。二人の間には周囲の混乱とはそぐわない、独特な空間が形成されていた。
「……なんか、アレだよね」
「うん、見覚えのあるやりとりだよね」
そんな光景を見て、思わず顔を見合わせるソフィアとセリア。
「おいおい、どうしたんだ?」
「いえ、あの、こんなときに不謹慎なのは分かっているんですけど」
「なんか、友達のお義母さんが私をからかうときそっくりで」
「わたしって、普段あんな風になってるんだー……」
「なんだそりゃ」
いぶかしげに眉をひそめる初老の男は、二人から目線を外し、さりげなくアリーナの方へと意識を傾ける。上空を駆けるターンデルタがサイレント・ゼフィルスに迫り、カウンター気味にBT射撃を受けた様子が、男にははっきりと見えていた。
(エムは大丈夫そうだが、「スローターダガー」隊は押されてるか?流石はヒメの娘だ、格闘のセンスがずば抜けてんな)
地上で繰り広げられる戦いを見て、男は自身の手袋をなでる。戦場でのんきな様子を見せる「コウヤとアオイの友人」と、「織斑一夏の友人」に向ける眼差しの奥には、冷徹な光が宿っていた。