IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

168 / 196
第153話 ひとひらの雪

「ああっ、コウヤの機体が!」

「まるで『絶対防御』でも発動したみたいです。コウヤさん……!」

 

 電光掲示板に表示されている「キャノンボール・ファスト」参加機体のエネルギー値。そこに表示されていた「ターンデルタ」の数値が一気にイエローゾーンまで落ちこんだのを見て悲鳴を上げる女性が二名いた。

 紅也たちの幼なじみであるソフィアと、葵の友人であるセリアーナ。共にオーストラリアのパブリックスクールに通う二人は、葵とセシリアの招待によってはるばる日本まで紅也の雄姿、もとい「キャノンボール・ファスト」の観戦に訪れ、不運にも今回の襲撃事件に巻き込まれてしまったのだ。

 

 ……最も、このIS学園における事件発生率の高さを考えると、ここに訪れた時点で騒ぎに巻き込まれるのは必然だったのかもしれないが。白式が奪われたことにより亡国機業がらみの襲撃が減るだろう、と考え招待を行った葵の失態と言えなくもないが、責めても仕方の無いことである。

 

「何も見えなかったけど、今、何があったかわかった?」

「私にわかるわけないですよー。でも、まるで何かにぶつかられたみたいによろけてました」

「よろけた?ビーム以外でアストレイがあそこまで傷つくなんて、考えにくいような……」

 

 そこまで言ったところで、ソフィアの体に誰かがぶつかる。非常口に殺到する人波の中、唐突に足を止めていたのだ。流れを留めているのだから、衝突が起こるのは必然である。

 自分よりやや幼い、小さな悲鳴が聞こえた。

 

「ごめん、大丈夫?」

「は、はい……」

 

 衝突した拍子によろめいた少女を、謝罪の意味も込めて受け止めたソフィア。転ばずに済んだ少女はとりあえず通路の端に体を寄せると、二人の視線の先に会った電光掲示板に何気なく目をやった。

 

「一夏さん……」

 

 心配そうに織斑一夏の名を呟いた少女の名は、五反田蘭といった。

 

 

 

 

 

 

 エムの呟きに合わせて放たれたのは、虚空から現れた四条の光線。四基の小型飛行物体に気を取られていた三人は、不意打ち気味のそれらに対する対応が遅れ、とうとう直撃を受けることとなった。

 

「くそっ、ちっこいのはカモフラージュか!?」

「しかし、紅也に直撃したのはこっちだ!」

「視えない一撃……。BT兵器に、こんな隠し技があったなんて!」

 

 初撃は譲ったものの、彼らもまたISの専門家である。追撃すべく飛び込んできた小型ビットを散開することで回避し、ダメージチェックを行いながらエムの動きを窺っていた。

 

「サポートのお陰で部位欠損こそねぇが、エネルギーが半分切った!箒、セシリア、そっちは?」

「〈雨月〉を折られた……!」

「肩とビットを数基、失いましたわ。でも、まだ!」

 

 敵は生き残った4基の攻撃用ビットとシールドビットを操りながら、小型ビットの制御をしている。本体が握っているのは、半ばまで両断されかけたナイフだけ。しかも片翼を吹き飛ばされ、誰が見ても満身創痍といった風情ではあるのだが、怯えや恐れはみじんも感じられない。よほどの自信があるのか、あるいはそれらを上回るほどの衝動(インパルス)に突き動かされているのか。そんなものは、対峙する紅也たちにとっては知ったことではない。

 

 そう、知ったことでは、ない。

 

「……さっきは動揺しちまったが、もう大丈夫だ。お前らも油断すんなよ!追い込まれた狐は、ジャッカルよりも凶暴らしいからな!」

「狐狩りのように、連携して追い込みますわよ!」

「奴の本体は無防備だ。行くぞ、紅也!セシリアは援護を頼む!」

 

 光の翼を全開にし、紅也はガーベラストレートを右腕に持ち替えた。空いた左腕にはカレトヴルッフを握り、射撃管制を8へと預け、自身の意識は相棒たる一振りの刃に向ける。

 追従する箒は、残された空裂を正眼に構え、速度重視の設定で空を駆る。手数こそ減ったものの、本来の彼女の型はこちらだ。格闘戦に持ち込むのであれば、勝機は十分にあるだろう。

 対峙するエムはというと、突然の接近に不意を打たれたかのようだ。IS本体を退避させるためのスラスター制御で手いっぱいであり、ビットの動きが目に見えて鈍っている。6基の攻撃用ビットとシールドビット、そして本体とを同時に操っていた腕前の持ち主とは到底思えない醜態であった。

 

「「はあぁぁぁぁっ!!」」

 

 気合を言の葉に乗せて放たれる、刀を修めた者たちの一撃。しかし刃が届くよりも先に、彼らに届いたものがある。

 

 それは、射撃武器を持たぬ敵機から放たれた、光の弾丸。

 

 〈ヴォワチュール・リュミエール〉により背部からの攻撃に備えていた紅也も、まさか真正面から攻撃を受けるとは思っていなかった。無防備な腹へと吸い込まれた一撃は発泡金属の装甲を易々とえぐり取り、操縦者である紅也へと達し絶対防御を発動させた。隣にいる箒もまた攻撃を受けたようだが、装甲の差のお陰かダメージはやや軽い。追撃も可能だが、紅也の直援を最優先とし防御重視のエネルギー分配を行う。

 

 紅也の前に立ち、彼を背にして展開装甲の盾を前面に張る。これでひとまず安全は確保されたが、敵には大きく距離を開けられてしまった。しかし操作の鈍ったビットの一基をセシリアが破壊したことを考えると、痛み分けと言ってもいい状況である。

 

「紅也、大丈夫だな?今、〈絢爛舞踏〉を」

 

 好きな人を背にし、守っているという現状が、箒の心から力を呼び起こす。紅色の機体は黄金の衣に身を包んでいき、自身のエネルギーを回復させていく。

 “力”の発動を確信した彼女は、紅也を回復させるべく彼の腹に触れ、無限にわき起こるエネルギーを注ぎ始めた。

 

「ぐっ、助かる……」

《シールドエネルギー回復……。しかし、またしてもデテクターに反応があった》

「何?8、ミラージュコロイドで隠れていたのはあの小型ビットじゃねえのか?」

 

 離脱中の「サイレント・ゼフィルス」は、電光表示された「ターンデルタ」と「紅椿」のエネルギーが回復していくことに気付いたのか、再びビットを動かそうとする。

 だがその隙を、二人の援護を行うセシリアが見逃すはずがない。動きを止めようとする度に放たれるBTレーザーにより翻弄されるエムは、またしてもビットを失ってしまった。

 

 これで、残り2基。

 

「くっ……このままではやられる……!」

 

 エムは攻撃用ビットとシールドビットをペアにして、ビットを守りながらセシリアを狙う。対する彼女は、すぐさまサイレント・ゼフィルス本体の撃破を諦めてビットを狙うべく、〈ブルー・ピアス〉を構えた。

 ここで武装を奪っておけば、敵の攻撃は小型ビットだけになる。そこに紅也と箒が戻ってくれば、自分の勝ちは揺るがない。自身の目で見た戦況を信じるのであれば、これは当然の判断だった。

 

「貫けっ……〈ブルー・ピアス〉!」

 

 放たれた一撃は螺旋を描き、シールドビットが開いた光の傘に命中する。

 拮抗は一瞬。だが〈ブルー・ティアーズ〉よりも、〈スターライトMk.2〉よりも強力なスパイラル・バレットを防ぐには、このシールドは弱すぎた。

 

「まだっ!」

 

 残りの一基に狙いを定めながら空を駆けまわるセシリアは、ここまで温存していた2機の弾頭型ビットを敵の下へと差し向ける。

 操作するビットの数が減ったためか、彼女にかかる負担は遥かに軽い。普段よりもよりシャープに動くそれは、数秒後にはサイレント・ゼフィルスの腹に突き刺さり、紅也が受けたダメージをそっくりそのまま返すことになるだろう。

 

 エムがそれに気付いたが、もう遅い。

 

「やられる―――ワケ、ないだろう?」

 

 そして、セシリアもまた、手遅れだった。

 

 彼女が放った一撃は、確かにビットを撃破した。

 しかし三度(みたび)虚空から放たれた4条のレーザーが彼女の銃を、腕を、足を、翼を撃ち抜き、遅れて爆炎が彼女の姿を覆い隠していく。

 

「セシリア!くそっ、やっぱりアレはミラージュ……ぬおっ!?」

 

 まもなく回復が終わる紅也は、突如として腹部に衝撃を受け、吹き飛ばされた。

 突き出されていたのは、先程まで紅也を癒していたはずの仲間、紅椿の掌底。味方からの不意打ちに混乱する彼は、思わず声を荒げてしまった。

 

「おい箒!一体どういう……」

 

 つもりだ、と口にする前に理解してしまう。

 彼女のもとに、小さな白い悪魔が群がっていくのを見てしまったがために。

 

「……これで、おあいこだな?」

 

 紅椿の掌に、紅也を狙っていたと思われるビットが激突。装甲が砕け散り、箒の細くて白い手が見えた。金色の輝きが消え失せ、〈絢爛舞踏〉が強制解除される。

 残りの3基は、彼女が展開したエネルギーシールドにそれぞれ受け止められる。急ごしらえながら全力で張られたシールドはビットと衝突するが、直後に不可解な現象が起こった。

 

 ビットから桃色の刃が発生した瞬間、まるでエネルギーをかき消すかのようにシールドが消失したのだ。

 守りを貫いた白いビットは、紅椿に衝突してわずかに体勢を崩させる。今度は刃は発生せず、金属がぶつかり合う鈍い音を立てるだけに留まったそれらは、真っ直ぐに「サイレント・ゼフィルス」の元へと帰還していった。

 

「……っ、シールドを破られたが、この程度では!」

 

 箒の無事を喜ぶべき場面だろうが、今見た一連の攻撃は、紅也の脳裏に焼き付いていた。未知の現象に対する観察結果が、戦闘中に拾い続けた手がかりが、彼を思考の渦へと引き込んでいく。

 

 エネルギーシールドをかき消した、桃色の刃。

 ――破ったのではなく、かき消した?ならば、これはビームではない。

 

 桃色の刃によって削られた、紅椿のエネルギー。

 ――俺が負ったダメージとほぼ同じ。何か法則があるはずだ。

 

 虚空から放たれたBTレーザー。

 ――衝撃砲と同じだ。砲のないところにレーザーは発生しない。

 

 絶えず反応するミラージュコロイド・デテクター。

 ――ミラージュコロイドを使われている。いつから?アレに衝突された時だ。

 

 たった4基のはずのビットの制御に手間取る敵。

 ――奴は6基のビットとシールドビット、さらに本体を同時に操れるはず。

 

 奴が呟いた単語、「スノー・ピース」

 ――武器か、技の名前か?それを日本語に直すと……「雪の欠片」……!

 

 加速する思考は、紅也の中で次々に形をなしていく。割れたフェイスカバーから覗く彼の瞳は、瞳孔が極限まで絞られているかのような奇妙な状態になっていた。

 

 見えないビットはミラージュコロイド。展開は小型ビットと同時。キャパ以上のビットを操作したから動きが鈍った。今は元通り。小型ビットは目くらまし、手品と同じでミスディレクション。見えないビットに注意を向けて、本命は小型ビット。なぜならその正体は、ISキラーの必殺武装!

 

 そして、全てが繋がった。

 

「小型ビットに触れるな!アレの正体は、全てのISの天敵――〈雪片〉だ!」

 




(Mを)強化しすぎたか……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。