IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第151話 量産

「きゃああああっ!」

「何!? 何なのよぉ!」

「落ちついて! 皆さん、落ち着いて避難してください!」

「ちっ……おい野次馬バカ!」

「わかってる! みんな落ちつけ!流れ弾は来ない!誘導に従うんだ!」

 

 楽しいレースの最中に、突如として放たれた凶弾。

 歓声は悲鳴に変わり、キャノンボール・ファストの観客席は混乱と恐慌の渦に飲み込まれていた。

 僅かに聞こえる誘導の声も、彼らの不安を煽るだけだ。我先にと出口に向かう観客たちに統制はなく、結果として避難は遅々として進まない。

 

「蘭ー!どこだ、らーん!」

 

 人の波の行く先へ流されていく少年、五反田弾は、離れた席に座っていたはずの妹の姿を求め、必死に呼びかけを繰り返していた。

 しかし妹の姿はおろか影すら見えないこの現状。かき消された声が届かず、躓きそうになるたびに近くの席にしがみつき、速さを増す流れに抗う以外、彼にできることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 襲撃者からの攻撃は、一撃では終わらなかった。

 一射目を無事に防ぎきった紅也であったが、彼は直後に放たれた二基のビットを視認していた。

 そしてそれがヴォワチュール・リュミエールの死角――機体の側面に回り込んだことも。

 

 さて、彼は今シールドを手放し、ビームサーベルとガーベラストレートを握っている。通常であれば防御不能。絶体絶命の状況だ。

 しかし、彼は焦らない。

 

 彼は、一人ではないのだから。

 

「「させない!」」

 

 レーザーが放たれるまさにその瞬間、射線上に割り込む二つの影。

 ひとつは、オレンジフレームの固有武装、シールドソード。

 そしてもう一つは、水色迷彩の装甲に包まれた、四角いシルエット。

 

 ――先程までバックパックとして機能していた新たな装備、〈フルアーマーフェイズシフト〉を展開したブルーフレームセカンドだ。

 

 アンチ・ビーム・コーティングとフェイズシフト装甲。共にレーザーに対して高い耐性を持つそれらは、BT兵器ごときでは貫けない。かくして3人は初撃を防ぎ切り、ようやく乱入者の姿を確認した。

 

「ビットを使うってことは、あれは!」

「イギリスの……いや、亡国機業の「サイレント・ゼフィルス」!」

「俺のデルタにトドメ刺してくれた奴だな……。今更この学園に何の用だ!」

 

 彼らの言葉に応えることもなく、サイレント・ゼフィルスの操縦者はニヤリと口元を歪める。

 

 その姿を見て、誰よりも早く飛び出した者がいた。

 

「サイレント・ゼフィルス!また会えましたわね!」

「セシリア!?……くっ!」

 

 それは姉妹機である「ブルーティアーズ」。普段よりも大型のBTライフル〈ブルー・ピアス〉からビームを連射し、敵の待つ上空へと飛翔する。

 彼女と横並びになっていた箒もまたセシリアを追うが、出足が遅れたため追いつけない。

 

「今日こそは逃がしませんわ!」

 

 弾幕を囮に、本命の一撃を叩き込むセシリア。螺旋を描き直進するビームはしかし、やや傾斜をつけて展開されたシールドビットにより弾かれ、やがて大気中に散乱した。

 

「残念だったな。その攻撃は一度見ている」

「セシリア!援護する!」

 

 追いついた箒が〈雨月〉の拡散レーザーを放つも、別のビットに阻まれる。

 操縦者の技量が高いのか、はたまた機体の性能が高いのか。学園祭のときも実感したものの、彼らとの力の差は歴然であるようだ。

 

 ――にもかかわらず、セシリアは笑みを浮かべていた。

 

 高速機動用パッケージ「ストライク・ガンナー」を迷いなくパージすると、四基のビットを自身の背後に、アルファベットのXを描くかのように展開し、待機させる。

 

「やんちゃな“妹”には、お仕置きが必要ですわね!」

 

 花弁が散るかのごとく四方に放たれたビットと共に――ブルーティアーズ本体もまた、空を駆けていた。

 

 

 

 

 

 

「セシリアのやつ……自分も動けるようになったのか!」

「ただサボってた訳じゃなかったのね!あたし達も行くわよ!」

「――いや、待て!」

 

 援護に駆けつけようとする一夏と鈴を、ラウラが静止する。

 彼女の視線は、アリーナの入り口――いや、その先にあるピットルームに向けられていた。

 

「……ラウラ、さん」

「ラウラ!」

 

 そこへ遅れてやってきたのは、スラスターを再配置して通常機動程度ならば問題なくこなせるようになった簪と、全身をPS装甲の鎧で包んだ葵だ。

 

「葵!簪も。アイツは……「サイレント・ゼフィルス」は?」

「紅也とシャルロットが向かってるわ。それより……」

「何か出てくるわよ!」

 

 鈴の言葉に呼応するかのように、ピットから飛び出してくる機影があった。

 灰色の全身装甲に身を包んだ、二本角のアンテナを持つ機体。全体的なシルエットは、かつて敵対したGATシリーズによく似ている。

 中でもダークレッドの胸部装甲や肩アーマーなどの意匠は、N.G.Iに残された最後の一機、ストライクに酷似していた。しかも、その機体が背負っていた物は、カラーリングこそ違えど紛れもなく〈エールストライカー〉であった。

 

「あれは、新型!?」

「まだ出てくるぞ!」

 

 一夏が指摘したように、現れた機体は2機、3機……とどんどん増えていく。

 装備はバラバラだが、どれも同じ機体である。ソード、ランチャー、ライトニングなどの既存のストライカーだけでなく、N.G.I製ではないオリジナルのストライカーパックを背負った不明機。それが、全部で7機。

 

「あれ……って、「ストライク」……なのかな?」

「知らないわよ!でも……」

 

 不明機は、まるで機械の様な一糸乱れぬ動きで右手の銃――ビームライフルを構え、空中の5人を狙う。

 

「正体などどうでもよいが、あれは敵だ!各機、散開!」

 

 ラウラの号令に従い、密集隊形を解除して上空にバラける4人。

 そんな中、葵だけはビームの雨に逆らうかのように突撃し、敵陣の真っただ中へと潜り込んでいった。

 

「ちょっと、そんな重そうな装備じゃ!」

「無茶だ、葵!」

 

 鈴と一夏の声などどこ吹く風といった様子で、葵は「ライトニングストライカー」を装備した一機を狙う。

 彼女を突き動かすものは、正体不明の焦燥感だった。全身装甲、やや拙い動き、そしてもう一つの違和感。だからこそ彼女は、セオリーである面制圧射撃ではなく、懐に飛び込んでの格闘戦を選択した。

 

 ――誤射を恐れた仲間たちが、援護射撃を行えないように。

 

 もしこれが、葵の考えている通りの機体であるのなら、彼女たちが取り返しのつかない過ちを犯してしまうから。

 

 飛び込んだ葵を迎え入れたのは、突きつけられた複数の銃口。狙われた「ライトニング」搭載機は、後退のそぶりを見せつつ右腕のカノン砲を構え、「ランチャー」機は右肩のバルカン砲が動き始めている。他にも「エール」機と、それに良く似た「水色のストライカー」を装着した機体はビームライフルを構え、残りの「二つの砲を搭載したストライカー」の機体と「機体と同サイズの大筒」を背負う機体は背面の武装を展開しようとしている。

 残る一機の「ソード」機は、ビームライフルを収納し、シュゲルトゲベールを抜き放つ。臨戦態勢だ!

 

 既知の兵装を持つ4機と「水色のストライカー」の機体の動きは滑らかだが、残りの二機の動きはややぎこちない。葵はそれを視界の隅で認識しつつ、彼女は両腕を装甲の内側に忍び込ませた。

 

 直後に放たれる、ビームと実弾の雨。しかしそれは、装甲を収納しつつ身を屈めたブルーフレームの上を素通りし、遥か遠方のアリーナ外壁へと吸い込まれていった。

 

「シッ!」

 

 浅く鋭く息を吐き、両手に握られたアーマーシュナイダーを薙ぐ葵。しかし踏み込みが足りなかったのか、奇襲じみたその一撃は、「ライトニング」機の前腕に浅い傷を入れたのみだった。

 

「葵!」

「外したのか?いや、あれは……成程、そうか」

 

 何かを思いついたらしいラウラが、戦場に向けて右手を構える。すると、無防備なブルーフレームの背後を狙っていた「ソード」機の動きが不自然に停止した。AICを使ったのだ。

 

「ちょっとラウラ、何一人で納得してんのよ!」

「……私たち、も……援護を……!」

「駄目だ!今は攻撃するな(・・・・・・・)

「何を言ってるんだ、ラウラ!訳わかんねえよ!」

 

 彼らの視界の先では、遅れて兵装を展開した二機が、今まさに閃光を放とうとしていた。そして上空にいる4人は、それが放たれるよりも早く二機に攻撃を加えることができたのだ。ラウラによる静止さえなければ、の話だが。

 

 無情にも放たれた砲撃。ビームによる一撃は先程のビームライフルによるものよりも出力が高そうに見えるし、シュバルツェア・レーゲンのレールカノン「ブリッツ」と同等の速度で迫る弾丸も、PS装甲を捨て去った今のブルーフレームでは受け切れまい。さらに逃げ場を奪うかのように、拡散弾までも放たれている。

 それに相対するブルーフレームは?

 胸元に蛇の紋章を宿し、両肩のフィンスラスターによる強引な加速(クイックブースト)で速度を保ったまま真横にスライドし、見事に射線から逃げ延びていた。

 一方、逃げ遅れた「ライトニング」機は拡散弾の余波を受け、左前腕の装甲が損傷していた。もしかしたら操縦者の腕にまで弾丸が命中し、絶対防御が発動したかもしれない。

 

「――ん?」

 

 そのとき異常に気付いたのは、いましがた砲撃を行った二機を狙っていた鈴と簪ではなく、葵の軌跡を追っていた一夏であった。

 削れた装甲。そこから覗いているはずの、そこにあるはずのもの――操縦者の腕が、どこにも見当たらなかったのだ。

 

 遅れて鈴と簪も異変に気付く。操縦者の姿が見えないこの機体は、一体何なのか。

 

「これ、は……」

「やはり」

「「無人機か!」」

「え、そんな、あり得ないって……」

 

 無人で動く機体。故に無人機。

 そんな技術を聞いたこともない、ISの常識にとらわれていた鈴だけは、その結論を受け入れることができないでいた。

 

 しかし、残りの三人はそうではない。

 

 ISのことを学んで半年。「プロ」と呼べるほどの知識もなく、また「レッドフレーム」という例外を見続けていた一夏。シュバルツェア・レーゲンのシステムの奥底に鎮座する、紅也のプログラムの残滓から予測を聞かされていたラウラ。紅也が手掛けた戦闘支援AI、クリムゾンから情報を得た簪。彼らは葵の突撃の意図を理解したと同時に、眼下の敵機に向けて攻撃を開始した。

 

 山代葵は、七機もの機体が地上を歩いてきた時点で違和感に気付いていた。

 全身装甲。飛行しない。通常のISではまずないイレギュラーが、二つも揃っていることになる。

 そこで連想されるのは、自身の兄弟機――レッドフレーム(パワードスーツ)ゴールドフレーム(無人機)

 ゴールドフレームと同じ無人機だったら、まだいい。5機がかりで遠慮なく叩きつぶして、紅也たちの援護に向かうこともできるだろう。

 でも、もしあれがレッドフレームの同類――操縦者が存在するが、絶対防御を搭載しないISもどきであったのなら?

 知らずに撃破した友人たちは、その手を血で染めることになる。

 だから彼女は、たった一人で挑みかかったのだ。敵の正体を見極めるために。

 

 手を汚すのは自分一人で十分なのだと。そんな思いを胸に秘めて。

 




Fだと思った?残念、Mでした!

今回新規で登場した3つのストライカーは、ASTRAY本編で登場したもののプロトタイプです。

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