IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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少し遅れてしまいました。


第148話 弾丸のように、速く

「はい、それでは皆さーん。今日は高速機動についての授業をしますよー」

 

 火曜日の実習内容は、いよいよ週末に迫ったキャノンボール・ファストに向けた高速機動演習である。山田先生の元気のいい声が響く中、専用機持ちたち――特に白式弐式の調整を終えたばかりの一夏と、レッドフレームと再会を果たした紅也は、意気揚々と準備を進めていた。

 

 それもそのはず。

 

 実習に先駆けて専用機持ちたちが見本を見せることとなっており、抽選の結果先鋒を任されたのが一夏と紅也、学園に二人だけの男子なのであった。

 なお、意外なことにこの二名の直接対決というのはクラス代表決定戦以来であり、お互い機体を新調したばかりということもあってか妙にそわそわしているのだ。

 

「一夏、昨日は忙しかったみたいだが、機体の調整は間にあったのか?」

「おあいにく様。元の設定と大して変わらねぇし、出力も調整して高速機動に対応済みだ。そっちこそ、根詰めて修理してたデルタは直ったのかよ?」

「俺を誰だと思ってやがる。修理どころかバッチリ改修済みだぜ!」

 

 威嚇なのか心配なのか、よくわからない啖呵を切った後は、話すことはない。スタート地点に並び、どちらともなくISを展開する。

 

「――行くぞ、白式弐式!」

「レッドフレーム・ターンデルタ……オープン!」

 

 一夏は右腕のガントレットに手をやって叫び、紅也は頭に巻いたヘッドバンドを握りしめ、引き剥がす。音声と行動をトリガーとして二人は粒子の翠に包まれ、彼らの愛機が姿を見せる。

 

 元々白一色だった装甲に、幾何学的な青いラインの入った「白式弐式」。元々左右一対だったウィングスラスターは4基に増設され、単純な加速力は倍以上に跳ね上がっている。

 さらに目を引くのは、左腕に装着された巨大な“腕”だ。切れ味のよさそうな爪が4本生えており、掌にあたる部分には凶悪そうな砲口が顔を見せている。右手にはマシンガンを保持しており、それだけでも〈雪片弐型〉しか使えなかった過去の「白式」とは別の機体なのだと実感させられる。

 

 一方のレッドフレーム――いや、「ターンデルタ」は、本体となるフレーム部分はかつての愛機「レッドフレーム」と大差はない。しかし、本来の標準武装であるビームライフルが存在せず、代わりに銃と剣を一体化させたような、奇妙な武器を持っていた。

 白を基調とした銃身と、その上下を挟みこむ巨大な刃。それらの根元には銃身を囲むように黒いコーン状の部品(パーツ)が4基存在している。この武器の名は、カレトヴルッフ。紅也の師匠が設計した多目的ガジェットの試作機である。

 ターンデルタの特徴をもう一つ上げるならば、名前の由来となった逆三角形のバックパックである。これは、モルゲンレーテにおいて新造された〈ヴォワチュール・リュミエール〉を発動可能なユニットだ。本体とスラスターが直結していた「デルタアストレイ」のものよりも整備性が向上しており、なによりノーマルのM1アストレイにも装着できるのが最大の強みである。

 

「準備はできましたか?」

 

 山田先生の声を受け、白式弐式の“4枚羽”にエネルギーが集中していき、ターンデルタのバックパックが開き、Vの形となる。

 

「では、……3・2・1・ゴー!」

 

 カウント終了と同時に、二機は光の弾丸と化して飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 4基のスラスターを最大出力で吹かし、常時イグニッション・ブーストを行っているに等しい加速を得ている「白式弐式」と、デルタ時代よりも強化された光の翼を展開する「ターンデルタ」。両者の直線での加速はほぼ互角、といったところであるが、中央タワー外周で方向転換を行ったときからじわじわと差が広がり始めた。

 スラスターの方向と出力を制御して回転半径や姿勢、速度を制御する従来の方式と、力場を制御することでフレキシブルな機体の制御が可能となるヴォワチュール・リュミエールの差が顕著に現れた形だ。

 

「それと、年季の差ってやつかもな」

「言ってろ!前に出たこと、後悔させてやるぜ」

 

 先を行く紅也の背に狙いを定める一夏。右手に握られたマシンガンから、無数の弾丸がバラ撒かれる。

 が――それらはターンデルタの光の翼に触れた途端、ドロドロに溶けて消滅してしまった。

 

「シールドも兼ねてるのかよ!」

「そりゃそうだ!無防備に背中を晒すわけねーだろ?」

 

 紅也の師匠が作り上げたこの新型バックパックは、改良されたヴォワチュール・リュミエール発生装置である。今までは機動力の強化のために使われていたこの“光の翼”に、試作機「ハイペリオン」でデータの収集ならびに試験運用を行った光波防御帯(アルミューレ・リュミエール)を組み込んであるのだ。

 “光の盾”をヴォワチュール・リュミエールで包み込んだ“光の翼”。これが、マシンガンを防ぎきったカラクリであった。

 

「ならっ……!」

 

 一夏が今度は左腕の大型クローアームを紅也に向け、エネルギーを溜め始める。

 

「狙いが甘――」

 

 当然、それを座して待つことを良しとしないのが紅也である。直線加速度を下げないままに機体を横滑りさせ、射線から逃れようとするが……動いた先に飛来した“爪”と、そこから伸びたワイヤーにからめとられてしまう。

 

「ワイヤークロー!砲撃は囮か!」

「その通り!」

 

 カレトヴルッフの銃身の下に取り付けられたビルドカッターを使いワイヤーを即座に切断するも、超音速の世界でそのロスは致命的であった。

 

「お先!」

 

 ターンデルタを掠めるように前へと飛び出した一夏は――次の瞬間、スラスターの一基が爆発炎上したことで機体バランスを大きく崩す。

 

「油断大敵!ってな」

 

 訓練の成果か、すぐさま姿勢を立て直した一夏であったが、直後にターンデルタに追い抜かれた挙句足蹴にされ、再びバランスの調節に四苦八苦することとなる。

 目まぐるしく変化する視界の中で彼が見たのは、展開したV字のバックパックの先端から伸びた、一本のビームの刃であった。

 

「あんなところに武器とか……ははっ、確かに油断したな」

 

 スタート地点に着地した紅也を見て、一夏もまたゴールへと急ぐのであった。

 

 

 

 

 

 

「ふたりとも、私、言いましたよね!」

 

 地表に着地した二人の男子を待ち受けていたのは、若干涙目となった彼らの副担任の姿であった。

 

「実習だから、危ないことをしちゃだめですよ~!」

「「ごめんなさい……」」

 

 熱くなりすぎた自覚があった彼らは、言い訳することなく謝罪を口にし、頭を下げる。心から申し訳なさげな表情の二人を見た麻耶はようやく落ち着いたようで、「もうこんなことはしないでくださいね!」と告げてから、成り行きを見守っていた生徒たちに向き直った。

 

「さて、最初の目的とは違いますけど……実際のキャノンボール・ファストというのは織斑くんと山代くんがやったように、武器の使用も許可されている高速機動下のレースです」

「機動力と攻撃力へのエネルギーの分配、絶え間なく変化する状況の判断と対応など、普段のIS操縦よりもはるかに多くの情報を、より素早く処理する必要がある。専用機持ち以外は訓練機での参加となるが、今のうちに存分に学んでおくように」

 

 麻耶の言葉を引き継いだ千冬がそう纏めると、例によって生徒の間から黄色い歓声が上がった。そんな中、衆人環視の上ロリっ子教師に叱られるという得難い経験をした二人はというと、早速演習中の反省点について話し合いを始めていた。

 

「さっきは勝たせてもらったけどよ、正直驚いたぜ。その「白式」は、今日初めて使った機体だろ?」

「まあ、事前にシミュレータで演習だけはやってたんだ。最初から高速機動用の調整もされてたし、準備は完璧だったのに」

「そこは年季の差か、身体の作りが違うんじゃねぇの?咄嗟の判断や周囲の異常を嗅ぎわける力は、一朝一夕で身につくものじゃないぜ」

「経験、か……。それを言われると弱いな」

 

 紅也はこう言っているが、彼の勝因はそれだけではない。

 彼自身の遺伝子レベルで強化された神経伝達速度だけでなく、本来操縦者を必要としないコアによる独自の判断、さらに義手の制御を補助する8。正味三人分の頭脳により観察・判断・対応を行うターンデルタの不意を突くには、それこそ隠し兵装を使うか飽和攻撃を行う必要があるだろう。

 統合された3人分の脳というのは、一般兵に高度な空間把握能力を持たせるほどの力があるという実例(ペルグランデ)は、こことは違う世界において証明された理論でもある。

 なお、どれも真似できるものではないのは言うまでもない。

 

「そうとわかれば、エネルギー分配の見直しだな。今回は攻撃、機動力に半々に振ってたが、機動力メインのアセンでも問題ねぇか?」

「防御力はゼロかよ……」

「そこは全身装甲型の利点だな。ビーム以外は多少は防げるし、そもそも敵の前にいるだけで〈ヴォワチュール・リュミエール〉が盾になる」

 

 そんな話をしながら、エネルギー分配に頭を悩ませる箒の元へと移動する。

 展開装甲という第四世代のギミックを搭載する「紅椿」を持つ彼女に、スラスターの増設やパッケージは必要ない。装甲の配置や出力を変更するだけで、調整が事足りてしまうからだ。

 唯一にして最大の欠点は、まともに運用するにはピーキーすぎるエネルギー量くらいか。

 うんうん唸りながら空中投影ディスプレイを眺める彼女は、来訪者たちに気付かぬほど集中していた。

 

「おーい、箒」

「………………」

 

 片手を上げて一夏が話しかけるも、無反応。剣道の試合中以上に集中しているな、という呑気な感想を持った紅也は、足音を殺して彼女に忍び寄る。

 そして……。

 

「ほ・う・き!」

「ぎゃあっ!?……こ、紅也か!脅かすな!」

 

 ニタニタ笑いを浮かべながら、耳元で囁き肩を叩く。

 ゴーストじみた所作のせいで女子にあるまじき悲鳴を上げる箒だったが、相手の正体を看破するや否や助けを求めるような目で彼を射抜いた。

 

「丁度良かった。やることがないのなら、紅椿のエネルギー分配を見てくれ!」

「相当煮詰まってるな……。どれどれ……」

 

 姿勢はそのままに、箒の後ろからディスプレイを覗きこむ紅也。〈展開装甲〉に関しては彼の知識の及ばないシロモノではあるが、この機体の抱える問題点はすぐに理解できる。

 

「展開装甲を満遍なく展開した場合は12秒、脚部限定展開で54秒……雪片弐型以上に燃費が悪いな、コレは」

「そうなのだ!これだから、あの人が作るものは……」

「とっさに思いつく解決方法としちゃ、〈マガノイクタチ〉みたいにコロイドを介してエネルギーを奪うか、あの「バスター」みたいに外付けの動力を使うかだなぁ。あとは事前にエネルギー供給パターンをいくつか組んでおいて、普段は速度に極振りするとか?」

「特別な機器が必要なものは無理だ……。となると、速度にものを言わせて逃げ切るしかないか?」

「なあ……」

 

 紅椿の仕様に頭を悩ませる二人に助言をかけたのは、なんと一夏であった。

 

「あれは使えないのか?ほら、福音と戦ったときの、エネルギーを作るやつ」

「何ぃ、エネルギーの生成!?供給じゃなくてか!」

「あ、ああ……。だが一夏、あの力はあのとき以来使えな……」

「それを使った状況は?そのとき何を考えてた?生み出せるエネルギーはどのくらいだ?」

「こ、紅也……!近い!顔が近いぞ!」

「! あ、ああ……悪い」

 

 エネルギーを生み出す、という前代未聞の現象を前にして興奮する紅也は、箒との距離をさらに縮めていた。ふと我に返った彼が目にしたのは、鼻と鼻がくっつく距離で、羞恥の混ざった箒の瞳。

 興奮のせいか、はたまた照れか。髪だけでなく顔まで真っ赤になった紅也も箒の背中から離れ、なぜか正座をして咳払いを一つ。

 

「コホン……。単一仕様能力を制御できるようになった葵が言うには、能力の存在を意識するとある程度自由に使えるらしい。一夏の零落白夜みたいにな」

「な、成程……。では、意識できない場合はどうするのだ?」

「使ったときの感覚や気持ちを思い出して再現するのが一番、だそうだ」

「感覚、思い……あのときの……」

 

 箒は、はじめて“力”を使ったときの感覚――忘れもしない、あの日。自分のせいで紅也が一生消えぬ傷を負った日のことを思い出す。

 

 あの戦いの元凶。自分の敗北の象徴。銀の福音。

 紅也の援護により満身創痍になったあの機体を倒すのは、自分たちでなければいけないと思った。最初の戦いで無様に生き残り、あのときも結果的に再び紅也の手を借りてしまった、自分たちでなくてはならないと。

 

 あのとき、胸から湧き上がった衝動は――怒り?悲しみ?勇気?

 おそらく、どれも違うのだろう。

 ならば、義務感?責任感?――違う!

 あと一歩、を踏み出す力。もう少し、に手を届かせる力。

 理屈を超えた、精神から沸き起こった力だった。

 

「……言葉にするのは、難しいな。だが、何かを掴めたような気がする。ありがとう、紅也」

「……おう」

 

 悩みに悩み、額にしわの寄った少女の表情が、まるで氷が溶けて春が来たかのようにほぐれ、笑みを浮かべる。

 不意打ちの様なその変化に見惚れたのか、紅也の返答は少し遅れていた。

 

「じゃあ、本番ではそれを当てにした調整をしてみるか。箒、一緒にやろうぜ」

「い、一夏! では、紅也も……」

「あ、ああ。まずはいくつか展開パターンをデフォルトでセットして……」

 

 どこか妙な雰囲気を漂わせる3人組は、先程までの出来事を忘れるかのように作業に没頭していった。

 


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