IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第147話 ニブンノイチ

 セシリアが帰って来た1年1組だったが、特にこれといった変化は見られない。

 別に彼女が嫌われているとか、高飛車な性格が目につくだとか、男に媚びている様に見えるだとか、そんな陰湿な理由ではない。国家代表候補生である以上、数日の公欠など珍しくないと知っているからだ。

 一年生だけで6人もいるため感覚が麻痺しがちだが、本来代表候補生とは文句なしのエリートであり、国家の顔である。そのため新兵装のテストや機体の改良などのISがらみの仕事や、モデルやインタビューの仕事などメディアに露出する機会も多いのだ。そうした仕事は一個人の事情や学業以上に重要視されるため、別段驚くべき事象ではないということだ。

 

 それでも休み時間のたびの質問攻めや、昼休みに彼女がうっかり漏らした地元における紅也の友人たちとの交流の話などで大いに盛り上がりはしたのだが……これは本編には関係しない出来事なので割愛する。

 

 

 

 

 

 

 時間は進み、放課後。

 一夏とセシリアが連れだってテニスコートへ向かうのを見送った一組の専用機持ち達は、各々訓練のためにアリーナの割り振りを決め、それぞれの方向へと去っていた。

 友人同士とはいえ――いや、友人だからこそ、手の内を隠して全力で戦いたい。それが少年少女に共通する願いであった。

 

 しかし、例外というものは常に存在するわけで。

 

 専用機持ちの中でも、モルゲンレーテ所属である紅也とシャルロットは二人して第4整備室へと向かい、現地で葵と合流を果たしていた。

 

「で、葵。例のモノは持って来てくれたか?」

「もちろん。……はい」

 

 葵の右手にはまったブレスレットが輝き、量子化されたパーツを実体化させる。

 光の奔流に目を細めたのも一瞬。0.1秒にも満たないような僅かな時間の間にそこに頓挫していたのは、2カ月近くの間離れ離れになっていた彼の“相棒”の体だった。

 

「レッドフレーム……」

 

 アストレイ・レッドフレーム。

 かつて『銀の福音』ならびに『デュエル』、『バスター』との交戦時に中破した、ISの模造品。正真正銘のISである『デルタアストレイ』を受領した後はモルゲンレーテに残され、問題点の洗い出しと改良を続けられていたこの機体は、ようやく紅也の元へと帰還を果たした。

 ……とはいえ、存在するのは胴体部分と、背中に付属する逆三角形のフライトユニットのみである。修復が不完全だったのだろうか、と紅也が疑った矢先、葵が伝言を告げた。

 

「これとデルタの胴体を差し替えて、かつ〈ヴォワチュール・リュミエール〉のパワーユニットをこのバックパックに移植するように……だって。このユニットなら、レッドフレームに合わせたパワーバランスで“光の翼”が使えるみたい」

「そうか……」

 

 大破したデルタを継ぎ接ぎ(パッチワーク)の部品で修復した『ハーフデルタ』の手足は、レッドフレーム達のデータを元に生産された『M1アストレイ』のものだ。当然レッドフレームとの互換性は十分である。

 

「じゃあ早速……。……悪ぃな、シャル子。少し待っててくれ。……あ、いや……」

 

 早速ハーフデルタを実体化させた紅也だが、作業の手を止め逡巡する。

 

「葵、ついでに『オレンジフレーム』も見せてやってくれ。装甲の定着だけなら、8と協力すれば進められるだろ」

「分かった」

 

 言うなり自分の作業に熱中しはじめる紅也を尻目に、葵は再びブレスレットから何かを具現化させる。

 今度の光は先程よりも多く、巨大であった。粒子が溢れ、結合し、鋼の巨人のシルエットが浮かび上がる。

 

 きっかり5秒の後、そこに立っていたのは一機の全身装甲型ISの姿であった。

 最近は特徴的な頭部のフェイスカバーに、橙色のVアンテナ。白と橙を基調にした手足。そして灰色を基調(ベース)にした胴体には、ところどころ橙色の排気孔が覗いている。

 一言で表すならばこれは、シャルロットのイメージカラー、オレンジの骨格を持つASTRAYであった。

 

「MBF-P06『オレンジフレーム』……それが、この機体の名前」

「オレンジフレーム……そっか、この機体が……!」

「うん、シャルロットの新しい……第三世代機」

 

 いつの間にか手元に呼びだした覚え書きを見ながら、葵は続ける。

 P-06『オレンジフレーム』は、P-04『グリーンフレーム』、P-05『パープルフレーム』と同様に次世代ASTRAY『M2アストレイ』のテストベットとして制作された機体である。グリーンがレッド、パープルがゴールドの性質を受け継いでいる様に、オレンジフレームはブルーフレームと同様のコンセプト、すなわち汎用性と多様性を持たせることを主眼としている。

 同時に、紅也発案の新機能であるトレース・システムを組み込むことでシャルロットの希望に沿った仕上がりになっていること。今はASTRAY用のバックパックを背負っているが、先日手に入れたデータを元に〈マルチパック〉の装着も視野に入れていること。武装としては従来のものがほとんど使用できることなど、説明が続く。

 やがて説明を終えた葵が紙をしまうと、シャルロットは静かに目を閉じ、自身の愛機を実体化させる。

 

 第二世代機でありながら、仲間たちの第三世代、第四世代機とともに数多の戦場を駆け抜けた『ラファール・リヴァイブ・カスタムⅢ』。

 彼女がそれを装着する日は、もう二度と訪れないのかもしれない。

 

「じゃあ、しばらくお別れだね、ラファール……」

 

 展開された機体からISコアを抜き取り、葵に渡す。葵はコアを受け取ると、展開したオレンジフレームや、8とを何本ものコードで接続し始めた。

 8には剥離剤(リムーバー)を応用し、発展させたプログラムがインストールされている他、出自不明の様々な機能を持っている。その機能を十全に使うことで、コアと装甲の定着を促進しているのだ。

 

《これなら一時間程度あれば、展開が可能になるはずだ》

「終わったら、最適化しなきゃ……」

「まあ、元々そのコアには僕の戦闘データが蓄積されてるから、そこまで時間はかからないんじゃないかな?」

「じゃ、その間に最終段階を進めようぜ」

 

 しんみりした気分に水を差すように、作業を終えた紅也が現れた。彼の愛機もまた、装甲の定着を行うためしばらくは動かすことができない。どのみち8(ハチ)の手が空かない限り、作業は進まないわけだ。

 

 彼の視線の先にあるのは、コアを抜き取られた一機の全身装甲機。既に役割を終えたはずのそれに端末を接続し、複数のディスプレイを操作し始める。

 

「臨海学校の頃より速くなってるね」

「ま、簪とか篠ノ之博士には負けるけどな。最近慣れてきた」

「慣れ、というよりは……最適化っぽい?」

「おまっ、人を機械やプログラムみたいに……」

「……ごめん。ベニといたときの癖で」

 

 二人と雑談を交わしながらも、彼の手は止まらない。仲間である少女の願いを叶えるべく、できることを全力で。なにせキャノンボール・ファストまで、もうあまり日が無いのだから。

 

 ――そして。

 

 全力を尽くしているのは、無論彼らだけではない。

 

 

 

 

 

 

 IS学園、第一アリーナ。

 

 そこでは一人の少年が、自身の新たな“相棒”と再会を果たしていた。

 

 ――「新しい」のに「再会」とは、こはいかに。

 

 そもそも少年――織斑一夏――の相棒である「白式」は学園祭での亡国機業において、正体不明のIS操縦者、ワイズの手により強奪されている。そして、東南アジアでの運用試験の最中に組織の“反逆者(トレイター)”により持ち逃げされ、現在は行方不明となっているのだ。

 

 では、この機体は――色違いの白式としか思えない機体は、一体なんなのだろうか。

 

「……瓜二つだな、「白式」と」

「……当たり前、でしょ。同型機……なんだから」

 

 少年が漏らした呟きに、彼の隣に立つ水色の髪を持つ少女はそう答える。

 少女――更識 簪が告げた通り、この機体はかつての愛機、白式の2号機。倉持技研に残された資料から新造された、新しい白式。その名も――

 

「開発コードは「白式弐式」だそうだ。今度こそ、失うなよ」

「まあ、そうさせないために私たちがいるんだけどね」

 

 二人から一歩引いたところで対面を見守っていた織斑千冬と更識楯無。倉持技研のISを駆る二人とその肉親の計4名がこの場に揃っていた。

 

「元の運用データ、をコピーしてある……から、フィッティングは……いらないはず」

「いつまでも呆けていないで、早く装着せんか、馬鹿者」

 

 千冬の声に背中を押され、青いラインの入った白式――白式弐式に触れる一夏。

 するともう何年も前の様な、しかし実際は半年も経っていないあの頃と同じように、様々な情報が脳に入ってくる不思議な感じがした。

 

「……零落白夜は、使えないんだな」

 

 初めに気付いたのは、自身の必殺技であり、白式の唯一にして最大の武器であった単一仕様能力〈零落白夜〉が存在しないことだった。

 

「あれは束が作ったプログラムで、完全なブラックボックスになっていた。仕方あるまい」

「代わりにビームサーベル……があるはず。最大出力なら、同じようなことが……できる、と思う」

「そもそも、単一仕様能力は本来第二形態から出るものだから、仕方ないわよ」

 

 三人の意見を聞きながら、彼は自身の新たな機体の性能を確認していく。基本的な出力に差はないようだ。雪片弐型こそ無くなったものの、代わりにビームサーベルや荷電粒子砲、アンカーにミサイルなど、かつての白式とは比べ物にならないほど多種多様な武装が存在していた。

 

「白式が後付武装を受け付けなかったのは、例のプログラムが容量デカかったのと、コアの好みのせいだったからな。コアが変わると、ここまで変わるのか」

「そうよ。白式とは勝手が違うんだから、早めに慣れないと大変よ?」

「わかってます。俺はもう、絶対に――大切なものを、守ってみせる!」

「オーケー。じゃあ、早速始めましょう!武装面でのレクチャーは簪ちゃんが、近接戦闘は織斑先生が、そして戦闘の心得はおねーさんが教えてあげるから、覚悟してよね」

「ははは……お手柔らかに……」

 

 気圧されたように冷や汗を流す一夏であったが、その瞳に迷いは見られなかった。

 

「まあ、それ以前に今日はテニス部に出向なんだけどね」

「忘れてたぁぁぁ!」




白式弐式
白式の2号機。武装面のバランスは簪の打鉄弐式のデータを元に造られているため、実質打鉄弐式の兄弟機とも言える。コアが変わったためか、様々な武装を登録可能。雪片弐型が存在しないため、分類上は第三世代機となっている。
最大の武装は、ビームクローを発生させることのできる左腕の大型クローアーム(荷電粒子砲も内蔵。イメージは「コードギアス」に登場する紅蓮弐式)

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