IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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東南アジア編の3話がなかなか書けません、すみません……。

今回の話で微量のネタバレがあります。


第145話 東南の蒼い風は日本に疾風を生む

「男でも使えるIS……。こいつがあれば、オレ様の目的も達成できる」

「飼い主の手を噛もうとする犬なんて……いらないわ」

 

「――そうだな。師匠の技を託されたお前になら、コイツを任せられる……」

「オレには守るための力がある。その力をオレは信じる!」

 

「わたくしの新しい力、見せて差し上げますわ!」

《終わりにするよ、ドレッドノート!》

「調子に乗ってんじゃ……ねぇぇぇ!」

 

「その機体……ブルーフレーム!ならやはり、貴女は!」

「今度は万全よ!絶対に逃がさないわ――ワイズ!」

 

 

 

 

 

 

「まあ、長い4日間だったわ……」

「わたくしは周辺監視とバックアップだけでしたけど、緊張しましたわ……。

 それから、その……お師匠様のことは、残念でしたね。お悔やみ申し上げます」

「ああ、まあ、なんとか心の整理はつきつつある感じだな。それから葵、口調」

《潜入していたときの名残りですね。大人の女性って感じです》

《大人、ねぇ。その割によく俺のボディをげしげし蹴ってたが……あ痛っ》

「グリーンに痛覚なんかないでしょ?」

「……マヤさんモードが抜けるのには時間がかかりそうですわね……」

 

 課外授業と言う名の尋問を終えた紅也は、就寝前にASTRAYネットワークを通じて今回の件の報告を受けていた。

 『白式』の目撃情報があった東南アジアの施設の調査。

 村を守り、敵を退け、施設に踏み込んだときにはもう、彼らがいた痕跡はすべて破棄されていたという。

 ISの研究施設も、あの戦闘用個体を生みだしたはずの設備も、兵器生産工場も。

 つまり、調査任務としては完全に失敗という形になる。

 

「まあ俺としては、『トレースシステム』や『Xアストレイ』の実地試験ができたこと自体が収穫だと思ってるぜ」

「敵が破棄しそびれた設計図と、図面も回収。ただ、白式は行方不明」

《ボクも、力になれて良かったです。セシリアさんも、ありがとうございました!》

「こちらこそ、貴重な体験をさせていただきましたわ、プレアさん。……それにしても、この『ASTRAYネットワーク』というものは便利ですわね」

《ISのコア・ネットワークの模造品だからな……。敵に傍受されない、ってのは利点だと思うぜ》

「いずれ研究を進めて、声以外にも色々送ってみたいぜ」

 

 かつて、ISである『ブルーフレーム』と、パワードスーツである『レッドフレーム』、そして完全な無人機である『ゴールドフレーム』を繋ぐために開発されたASTRAYネットワーク。ISでないものをISに近づけるために造られた機能は、いつの間にか文字どおりモルゲンレーテのアストレイ達を繋ぐ絆となっていた。

 現状の使い道が「無料国際電話」だけというのは、あまりに情けない話である。

 

(まあ、実際はもう、人の意識ぐらいなら相手に送れるんだけどな……)

 

 臨海学校の折、無人機のはずのゴールドフレームに意識を宿して戦った経験のある紅也は、この機能が秘める可能性に気付いていた。声というデジタルデータを飛ばし、意識と言うアナログデータを飛ばせるのであれば、量子も、きっと……。

 まあ、現時点ではすべて机上の空論である。

 

「ともかく、お疲れ様。報告を済ませたら週末はオーストラリアでゆっくりして、月曜までに帰ってきてくれ。セシリアも葵も帰ってこないもんで、他の専用機持ちがピリピリしてやがる」

「……それは、自業自得」

《あ、しゃべり方が戻りましたね》

《レーゲンの中の奴に聞いたが、ああ見えてラウラのやつ、久々にお前とじゃれて嬉しかったみたいだ》

「そう……」

《あ、あれ?なんか、もっと冷たくなってませんか?》

 

 危険な任務ではあったが、誰ひとり欠けることなくこうして馬鹿話に興じることができる。そんな当たり前の喜びを味わう3人と2体の姿がここにあった。

 

 

 

 

 

 

 さて、激動の金曜が終わり、今日は土曜日。

 紅也はシャルを伴い、第1アリーナに来ていた。

 

「悪いな、急にこんなこと頼んじまって」

「ううん、今日なら別に構わないんだけど……どうして僕に?」

「同じモルゲンレーテの関係者だからな。それに先輩方だと、厳しい意見は言ってくれないだろうし」

「なにそれ。まるで、僕が辛辣みたい」

「客観的ってことだよ。一夏のコーチをしてたときも、かなり丁寧だったし、俺なんかよりよっぽど教師に向いてるぜ。……そうだ!卒業したら一組の副担任になるのもいいな!」

「あはは……山田先生が泣いちゃうよ」

 

 そんな話を続けながら、二人はアリーナの中央で向かい合う。

 これから行われるのは、紅也とシャルによる機体の動作テストである。しかし両者の間に漂う闘気は、テストのための模擬試合とはいえぬほど濃密であった。

 

「じゃあ……山代紅也、1/2(ハーフ)デルタ!」

「シャルロット・デュノア、リヴァイブカスタムⅢ!」

「「出る!」」

 

 紅と橙の粒子を纏わせながら、紅也とシャルは大地を蹴る。両者の足が地上を離れた一瞬の間に、胴体が、両腕が、両脚が、そして頭が金属の装甲に覆われていく。

 

 紅也の機体は、『デルタアストレイ』の胴体に、『M1アストレイ』の腕と脚部を貼り付けた改修機、『1/2デルタ』。〈ヴォワチュール・リュミエール〉こそ発動できるものの、互換性の無いユニットを組み合わせた代償は大きく、機体を分解させずに出せる出力は元のデルタの7割といったところ。しかし元々膨大な加速力を持つデルタを元に組み上げたため、通常装備の『ブルー・ティアーズ』と同程度の機動力を持つ。

 

 対するシャルロットの『ラファール・リヴァイブ・カスタムⅢ』だが、これは性能上の大きな変化はない。しかし紅也によって全身装甲型に改造されており、外観から操縦者の姿を垣間見ることは出来ない。

 

「「はあっ!」」

 

 初手は、互いに格闘戦だ。紅也は〈ガーベラストレート〉を、シャルは〈MCハンドガン〉のナイフを互いに打ち合わせ、つばぜり合いになる。

 

「どうだ?装甲は干渉してないか?」

「肩部に余計な負荷がかかってるよ。もう少し削ってくれると動きやすいかも!」

「じゃ、後で見とく……ぜっ!」

 

 拮抗は一瞬。紅也が超高速で真後ろに逃げると同時に、銃を振り切ったシャルも実体弾を放つ。

 

「じゃあ、次は対格闘戦だ……。俺に近づかれるなよ!」

「甘く見ないでね!」

 

 両手の〈MCハンドガン〉を格納したシャルは、得意のラピッド・スイッチで武装を中・遠距離に適したものに切り替える。

 左手には55口径アサルトライフル〈ヴェント〉、右手には61口径アサルトカノン〈ガルム〉。アサルトライフルでばらまかれる弾薬は、PS装甲を持たない1/2デルタにとっては十分な脅威である。しかも方向転換のために一瞬でも動きを止めれば、〈ガルム〉のバースト弾で大きく装甲を削られるだろう。

 

 しかし、バーニアではなく力場を利用して変幻自在の機動を可能とする〈ヴォワチュール・リュミエール〉に、移動の硬直など存在しない。銃口を観察し、複雑に機動アルゴリズムを変更しながら空を滑る紅也は、じわじわと距離を詰めていく。

 

 そしてあと一息、踏み込めば刀の間合いという領域に紅也が立ち入った瞬間……サイドアーマーが稼働し、アームに保持された二丁のショットガン〈レイン・オブ・サタディ〉が火を噴いた。

 たまらず回避しようとするも、反応が追いつかず、左肩アーマーを吹き飛ばされる1/2デルタ。お返しとばかりに加速姿勢をとるが、その隙に〈ガルム〉による追撃を受け、今度は左脚を消し飛ばされた。

 

「ちっ……技量で負けたか」

「紅也は、相手の効き手の反対側に逃げる癖があるから。それを知ってれば、大雑把な先読みくらいできるよ」

「そうかい。気付いてなかったぜ……」

 

 フェイスマスクに隠れて見えないが、紅也の表情は本当に悔しそうだった。いくら引きこもり生活のせいで鈍っているとはいえ、誰も追従できないはずのデルタの動きを先読みされ、小破させたのだから。

 

「シールドエネルギーは残ってるけど、まだやる?」

「……いや、予備パーツもないし、ひとまず終わりってことで」

 

 互いに機体を地上に降ろし、ISを解除する。

 

「ふー……。全身装甲って、なんか違和感があるね。リヴァイブの動きを肌で感じない、っていうの?変な感じ」

「始めはそうかもな。でも、慣れれば装甲の動かし方とか、感覚で分かるようになる。車の運転してると、車幅がなんとなく分かってくるようなもんだ」

「紅也、未成年だよね?運転したことあるの?」

「エレカぐらいなら、少し」

 

 会話しながら、この模擬戦のデータを取り続けていた8の下に歩み寄り、記録を見る。

 ……とりあえず、これだけデータが集まれば十分か?

 

「協力ありがとよ、シャル子。後はこのデータを元にしてOSを組んでみる」

「自分のことなんだから、いいって。それより、本当に今日で終わり?」

「ああ、多分大丈夫だ。もしデータが足りなくても、休みはもう一日あるし……」

 

 そこまで口にして、紅也は気付く。

 ニコニコを絶やさないシャルの笑顔。わずかに開いたその瞼から、極めて冷たい光を宿した瞳が、自分を射抜いていることに。

 

「もう一日、って……日曜日のこと?」

「あ、その、ですね……ハイ」

 

 突然サツバツとしたアトモスフィアを漂わせるシャルを前にして、紅也は失禁寸前だ!

 

「やめてよね。明日予定なんか入れたら……」

「い、入れたら……?」

「……クラスター爆弾じゃ、すまないかも」

 

 先月のアメリカ放浪修行旅行中に何度も味わったこの感覚は、憎悪と殺気。

 返答を間違えたら、この場で俺は17分割されてしまう!そう確信した紅也は即座に両手両膝を大地に付け、そのまま深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 そんな週末が終わって、月曜日。

 

 学園を去った2人が、一週間ぶりに帰って来た。

 


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