IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第142話 歩み続ける少年少女

 物音ひとつ響かない、薄暗い部屋の中。一切の表情を消し去った女が、息も絶え絶えにベッドに横たわる男を見下ろす。

 半死半生となった男の虚ろな眼光は今となっては何も映さず、ただ波間を漂う船のようであった。

 

 彷徨う男の視線と、光の失せた女の視線が交錯する。

 女の瞳に映るのは、乱れた上着から覗く肌を隠そうともせず、薄く開いた口から光の糸を垂らし、焦点の合わぬ目を向ける男の姿。

 

 というか、俺だった。

 

 

 

 

 

 

 種が割れたのかどうかは知らないが、ハイライトが消えた瞳で俺を見下ろすシャルをなんとかなだめた俺は、隣に腰かけた彼女に怒った理由を聞くもはぐらかされ、よくわからないままに訪問の理由を尋ね始めた。

 

「アクセサリー、ねぇ」

 

 恥ずかしそうにモジモジと指を弄び、それでもずずいと顔を寄せてまでシャルが言うには、夏にプレゼントしたブレスレットのお返しとして、俺に誕生日プレゼントを贈りたいとのこと。

 誕生日のプレゼントって普通、本人にバレないようにこっそりと選んで、当日にサプライズ的に渡すのが常だと思っていたけど、外国では違うのだろうか?

 

 それにしても、アクセサリーか。

 ちらり、と制服に隠れた右手首に目線をやる。俺と“ここ”とを繋ぐガントレットは、今となっては存在しない。

 

「あ……ご、ごめんね?そんなつもりじゃ……」

「い、いや、悪い!こっちこそ、別にそんなつもりじゃ……」

 

 一瞬の目配せを見咎めたシャルは、すぐに俺の行動の意図を察してしまったらしい。

 楯無さんにも笑ってなさいと言われたばかりだったのに、何やってんだ俺!

 

 ああくそ!沈黙が痛い!

 こういうときはそうだ、何か小粋なジョークでも言って場を和ませないとな!

 えーと、今の話の流れで考えると、テーマは「アクセサリー」とか「ガントレット」とか……あ、そうだ。

 「白式」の後継機があるとしたら、「白」の次だから一を足して「百式」。その待機形態もガントレットだとしたら……?よし、これで行こう!

 意を決してシャルへと向き直った、まさにそのとき。

 

「ぷっ……くくく……」

 

 気まずげに目を伏せていたはずのシャルが、突然笑い出した。

 

「ああ、いや、ゴメン!なんか、一夏の顔を見てたら……ふふっ」

 

 目尻に涙を浮かべた彼女に、先程までの物憂げな様子は感じられない。普段のキリッとしたシャルの姿と無邪気に笑う今の彼女の姿のギャップに、不意に胸が高鳴った。

 

「だって、僕と同じこと言ってるし、いきなり百面相したと思ったら、なんか……ぷふっ、変なギャグを思いついたような顔になるし。面白くって」

 

 まじか。

 そんな変な顔だったのか、俺!?

 

「ふふふ……しかめっ面より、今の顔の方がずっといいよ、一夏!」

「シャルまでそう言うか……」

 

 落ち込むよりは笑ってろ、なんて言葉を短時間に二度も言われるとは思わなかった。

 

「こんなときだからこそ、外に出ようよ!プレゼント選びだけじゃなくて、駅舎をうろついてもいいし、思い切り遊んで、おいしいご飯を食べて、それから……」

 

 弾む声で週末の予定を語るシャルの様子を見てると、なんだか胸が温まってきた。

 買い物といえば、臨海学校前にも行ったっけ。あのときもシャルと一緒に出かけて、途中で葵や千冬姉と会って、なぜか鈴とセシリアまで乱入して、なんだか騒がしかったな。

 紅也は……うん、嫌な事件だったね。

 

 あのころは、楽しかった。

 

 そう断言できる。

 

 だけど、今は?

 

「……いいな、それ」

 

 気がついたら、俺はそうこぼしてた。

 あのころの俺は、まだ覚悟もなにもできてない、ISが動かせるだけの、ただの高校生だった。無邪気に毎日を楽しんでるだけの、子供だった。

 

『だけど、今は?』

 

 ISという兵器の光と影に触れた。俺が狙われてる現実も知った。そして、ISが動かせても、誰ひとり守れなかった。

 

 ……それがどうした!

 

 俺は、まだ高校生だ。ISが動かせても何も出来ない?なら、ISがない今と変わらないじゃないか。

 決めた。

 今は、難しいことは考えない。休みがもらえた、くらいの認識で十分だ。

 

「じゃあ、急だけど今週末でいいか?来週になったら、また『白式』の調整で忙しくなるし、キャノンボール・ファストの準備もしないとヤバいし」

「え、いいの!もちろん、ボクはいつでも行けるよ!」

「おう、約束だ」

「じ、じゃあ……」

 

 そう言ってシャルは、もじもじしながら右手の小指を差し出した。

 俺がそこに自分の小指をからめると、彼女も同じように指をからめてきた。

 

 そして……

 

「指きりげんまん、ウソついたらクラスター爆弾のーます♪ 指切った♪」

 

 なんてことはない。ただの指きりだ。

 前に日本の風習で教えてからというものの、妙に気にいったみたいだ。約束事をするとき指きりをするのも、これで何回目になるか。

 

 ただし、毎回決まり文句が怖い。針の本数が増えたと思ったら、いつの間にか鉛玉や、爆弾になってた。

 シャル……恐ろしい子っ!

 

「えへへ、週末が楽しみだなぁ」

 

 まだ月曜日なのに、気が早いなぁ。

 ……まあ、俺も楽しみにしてるけど。

 

 

 

 

 

 

 閉め切られた扉を片手でノックする。

 

 コンコン、と2回。返事はない。

 

 ちょっと強めにドンドン。やっぱり返事がない。

 

 こうなったら、衝撃砲でも叩き込んでやろうかしら。などと物騒なことを考えた鈴であったが、すぐに脳内で却下する。

 普段とは状況が変わってしまった今そんなことをしたら、絶賛ひきこもり中の友人は激怒するに違いない。

 

 ……でも、散々心配かけておいて顔も見せないんだから、ちょっとぐらいは……。

いやいや。

 一瞬よぎった邪な考えを振り払い、片手で持ったトレーを机の上に置く。

 

「修理に集中するのもいいけど、食事くらいちゃんと食べなさいよ!」

 

 結局、そう声をかけるだけに留めて、鈴は部屋の前から去った。

 彼女とて、暇ではない。

 キャノンボール・ファストに向けた調整が、まったく進んでいないのだ。

 これは彼女が怠けているから、とかそういう理由ではなく、中国における高機動パッケージの開発が難航しているせいだ。

 

(まったく、ウチの国にも、アイツの所の半分でも開発速度があればねー。企業と国家っていう違いはあっても、一月にひとつくらいのペースで新兵器ができるとか反則でしょ)

 

 最近姿を見ていない一人の男の姿を思い出し、心の中で愚痴をこぼす。

 そもそもアイツ、いつでも連絡してくれ、とか言ってたくせに、何通送っても返事なんか返さないじゃない!

 そんなに今やってる作業が楽しいわけ!?それにしたって、返事や礼のひとつくらいよこせっていうのよ!

 

 ……あ、いけないいけない。今はあの馬鹿のことなんてどーでもいいのよ。

 

 必要以上にグチグチせず、パッと思考を切りかえられるのは、彼女のいいところだ。何も生まないマイナス思考を捨て、これからのことを考え始める。

 

(高機動装備……確か、シャルロットは増設ブースターを使う、って言ってたわね。私もその線で国に打診してみようかしら?確か、ツィマッド社の新製品EMS-10は、直線加速だけで言えば『白式』クラスのスピードが出せるはず……)

 

 自分の考えに没頭した鈴は、いましがた通り過ぎた一夏の部屋から聞こえる喧騒に、ついぞ気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 IS学園、第六アリーナ。

 

 高速機動実習が可能なこの場所において、鈍色のシルエットが自由自在に空を舞う。

 頭部を包むように存在する、キャノピーのようなスラスター。その左右に陣取り、青白いジェット炎をふかす大型のウイングスラスター。そして腰のあたりからスラっと伸びる、8基の独立ウイングスカート。

 操縦者をすっぽりと覆い隠すようなその姿は、戦闘機のようにも、獲物を狙う猛禽のようにも見える。

 白い雲をたなびかせ、さながら彗星のようなその機体の名は、『打鉄弐式』。

 あの『白式』を開発した倉持技研が開発した、日本国産専用機だ。

 

「かーんちゃん、一度止まって~」

「ん……分かった」

 

 管制室からの通信を聞いた戦闘機は、突如空中でその姿を変える。

 両翼となっていたスラスターは肩へ。ロックされていたスカートが開き、色白でほっそりとした素足と、アフターバーナーの役割を果たしていた無骨な脚部が露わになる。

 最後に、頭部を覆っていたキャノピーは背部に収まることで現れたのは、量産機『打鉄』によく似た姿の、人型のISである。

 

「空中へんけ~い。どう、くりむん?」

《ウイングスラスターへの負荷が大きすぎます。腰部、脚部のロック解除にもラグがあり、実戦での使用は非現実的です》

「でも、両手がフリーに……なるから、〈山嵐〉をマニュアルコントロール……できるのは、ありがたい」

《『飛翔形態』自体は有用なのですね。現行の設定でよろしいでしょうか?》

「〈春雷〉も〈山嵐〉も飛行に干渉しないね~。〈夢現〉はどうする~?機首につける?」

「だ、駄目……!縁起が……悪い」

《必要な時だけ展開すればよいでしょう》

 

 会話を交わす3人は、『更識』に仕える使用人兼IS整備師、布仏本音。日本の代表候補生である更識簪。そして『打鉄弐式』に搭載された疑似人格搭載型AIのクリムゾンである。

 倉持技研と“ある男”が共同で設計を進めていた追加パーツが届いたため、このアリーナで試験飛行を行っていたのだ。

 

「これ、使っても……いいの、かな」

《クリエイターが設計した既存パーツと、モルゲンレーテの次世代機のデータが一部流用されているようです。技術的にはグレーゾーンギリギリでしょう》

「でも、倉持技研から正式に送られて来たんだよ~?なにかあっても、かんちゃんはだいじょーぶ!」

「本音……」

 

 この子、こんなに腹黒だったっけ?などと簪は考えるも、すぐに頭を切り替える。

 

「じゃあ、次は人型から飛翔形態へ……の変形を、試そう……」

 

 簪は加速し、再び空へ舞い上がる。

 堂々としたその姿には、内気で臆病な少女の面影など、全く見当たらなかった。

 

 

 

 

 

 

 学園祭の事件、それに続いた二人の消失。

 つらい現実を突きつけられても尚、少年、少女たちは立ち上がり、前を向く。

 前へ、前へ――。がむしゃらに歩き続ける彼らが辿りつく先は……?


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