IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

156 / 196
第141話 全てが変わった日常で

 ――学園から2人の代表候補生が去って、もう3日。

 

 もはや襲撃事件など珍しくもなんともないと思っているのかどうかは知らないけど、IS学園は完全に落ち着きを取り戻していた。

 学園祭が終わっても、イベントはまだまだ残っている。今月の27日に行われる予定の『キャノンボール・ファスト』が最たる例だ。

 

 一方でその日――9月27日は、俺――織斑一夏にとっては、また別の意味を持つ日だったりする。

 

「えっ!?一夏の誕生日って今月なの!?」

「お、おう。27日の日曜日だ。ちょっと落ちつけって!」

「う、うん……」

 

 何気なく話題に出した一言に、予想以上に食い付いたシャルを落ち着かせる。

 そういえば、専用機持ちのメンバーと一緒に誕生日の話をする機会なんてなかったっけか。

 

「もう!そういう大事なことは早く言ってもらわないと困るよ」

 

 そんなに大事か、俺の誕生日。

 

「今急に言われても困るぞ。……まあ、お前だけが悪いわけではない」

 

 パスタをちびちびと口に運んでいたラウラは、そう言うと視線を横へと動かす。

 

「知っていて黙っていたやつもいることだしな」

「「うっ!」」

 

 ラウラの視線を受けた箒と鈴は、どこか気まずそうに固まっていた。

 

「べ、別に隠していたわけではない!ちょっと忘れていただけだ!」

「そ、そうよそうよ箒の言う通りよ!だってあんなことがあった後だから……あっ」

 

 言い訳のような文句から不意に飛び出た一言で、食事の席に似つかわしくない不穏な空気が流れ始める。

 

「……そうだな。たった3日前のことだ」

「なんだか、ずいぶん時間が経ったような気がするね……」

「…………」

 

 もちろん、鈴に悪気はなかったのはわかってる。でも、俺の心は自然とあのときの暗い気持ちを思い出していた。

 

 奪われた白式、傷ついた俺たち専用機持ちと、まんまと逃げおおせた襲撃犯たち。

 そして目的は果たしたと言い残し、オーストラリアへと帰っていった紅也と、葵。

 それから、それから――

 

「と、ところで一夏!アンタの専用機、いつになるって言ってたっけ?」

「え、あ、確か楯無さんが言うには、1週間以内には装甲の定着が終わるらしい。キャノンボール・ファストには問題なく出れるってさ」

 

 空気を変えてしまった責任感からか、鈴が話題を転換する。

 

 ……実は、白式を失った俺に、新たなコアが貸し与えられることになったのだ。

 「日本で唯一の男性IS操縦者」という特別な例だからか、既存の打鉄のコアに白式の予備パーツを定着させている最中だと聞いた。どうもこの件には、白式の開発にかかわった「倉持技研」に所属している簪も協力してくれたらしい。

 今はここにはいないけど、改めてちゃんとお礼を言わなくちゃな。

 

「まあ、その分調整とかはぶっつけ本番になるけど……みんなはどうなんだ?」

「幸い私の『紅椿』は、スラスター出力の調整だけで済むから問題はない。ラウラはどうなのだ?」

「姉妹機である『シュヴァルツェア・ツヴァイク』の高機動パッケージを使うことになるだろうな。装備自体はあっちの方が本国にある分、開発も進んでいる」

「羨ましいわねぇ。あたしのとこなんか、結局『甲龍』の高機動パッケージが間にあわないみたいだし。なんかを流用するしかないわね。シャルロットは?」

「『リヴァイヴ』は第二世代だし、増設ブースターで対応するよ。……でも、もしかしたら『アレ』が間にあうかもしれない」

「……『アレ』とは、あいつが言っていた例の――」

「それ以上はラウラでもダメだよ。機密だからね!」

 

 そう言ってシャルはウインクする。こういう細かい動作を取っても、やっぱ女の子だよな。なんであの時の俺はわからなかったんだろうな。

 

「……で、あいつは食事もとらずに部屋にこもっているのか」

「そうみたいね。機体のダメージレベルもDを越えたって言ってたし、色々忙しいんじゃない?」

「でもなぁ……。まだあったかいけど、そのうち身体壊すぞ?やっぱ、俺……」

「いや、大丈夫。自分の限界くらいわかってるよ!……多分」

「多分、か。確かに、私も断言はできないな」

「……ところで、そんな話より、もっと重要な話をしてたような気がするんだけど……」

「一夏の誕生日の話だろう?ちょうど、キャノンボール・ファストの日だな」

「じゃあ、その後に――」

 

 いくら学園が落ち着きを取り戻しても、戻って来ないものもある。

 だからこそ俺は、俺たちは、今日を大事にしていくんだ。

 

 

 

 

 

 

 部屋に戻り、鍵を開けようとして異変に気付く。

 閉めたはずの部屋の鍵が空いていて、中から人の気配がする。

 

 ……こんなことをする人なんて、一人しか思い浮かばない。

 

「おかえりなさーい。あ、お邪魔してるわよ」

「やっぱり楯無さんでしたか……」

 

 思わずうなだれてしまった俺は悪くない。なにせようやく別室になったと思いきや、こうして毎日のように部屋にあがりこまれてるんだから。

 勝手知ったる他人の家、といった感じでくつろぐ楯無さん。ベッドにうつ伏せになりパタパタと動かす足が、そしてその付け根にあるものが、嫌が応にも俺の意識を引きつけてしまう。

 

 もしかしてパンツ覗こうとしてる?なんて聞いてくるけど、ほとんど見せてるようなもんでしょうが!

 部屋に来るたびにこんな調子だけど、いつまで経っても慣れることはない気がする。

 

「さて、今日はちょっとお話があって来たのよ」

 

 楯無さんは姿勢を変えないまま、声のトーンだけを変えて話し始める。

 ……この声音には覚えがあるぞ?夏休み明けに道場で戦うきっかけを作った、あのときと同じだ。

 

「なんですか……」

「そんな警戒しないの。ちょっと真面目なお話。例の組織についてね」

 

 組織、という名を聞いて俺はさっきまでとは別の意味で身を引き締める。

 もはや疑う余地もない。先日楯無さんから聞いた謎の組織――亡国機業のことだろう。

 

「非公式な情報だけど、先刻アメリカのIS保有基地が襲撃されたらしいわ。どうやら保有戦力が減ったから、新しくIS本体を確保しようとしたようね」

「そんな!? あいつら、また……!」

「こーら、落ち着きなさい」

 

 記憶に残る虚しさ、無力感、怒り。それらすべてが混ぜ合わせになって声を上げた俺を、楯無さんはたしなめた。

 

「幸い、怪我人は大勢出たけど死者はゼロ。犯人も撃退したけど逃げられたそうよ」

 

 ……流石は、本職のIS操縦者だな。

 自分の機体はきっちり守って、組織の人間にも後れはとらない。

 

 それに比べて、俺は……。

 

 楯無さんの言葉も、耳に入らなくなっていく。

 全身を引き裂かれるような激痛。耳元で囁かれた葵の声と、消えていく傷。コンテナのようなものに収納され、それきり感じられなくなった白式との繋がり。

 水球を受けた腹部の圧迫感、背中をぶつけて肺から空気が漏れ、視界が黒くなり――

 

 額に感じた指の感触が、俺を現実世界に呼び戻した。

 

「おねーさんのお話し中に、居眠りとはいい度胸ね。お仕置きが必要かしら?」

 

 気がつくと、キスできそうな至近距離にある楯無さんの顔。女の子らしいほっそりとした白い指が俺の額をつんつん突き、ゆっくりと離れていく。

 

 ……かと思ったら次の瞬間!楯無さんの10本の指がワキワキと自由自在に動きだし、俺の全身をまさぐり始めた!

 

「まずっ……。楯な、しさん! それ、駄目……だめですって!」

 

 ラウラすら沈めた楯無さんの十八番、くすぐり地獄だ!

 息も絶え絶えになりながら、必死になって離れようとするけど……

 

「知らなかったのかしら?おねーさんからは逃げられない!」

「そ、んなドヤ顔!んっ!しないで!」

 

 割と本気で力入れてるのに、全然引きはがせない!

 情けない声を上げながら、俺はシミ一つない天井を見上げつつ、この地獄が一分一秒でも早く終わるように耐え続けた。

 

「闇雲に敵を恐れちゃだめ!今は難しいことを考えず、笑ってなさい!」

 

 少し手を弱め、楯無さんはそんなことを言う。

 

 ……もしかして。

 

 俺が気を落としてるのを見て、楯無さんなりに元気づけようとしてくれたのかな……?

 

「じゃあ私は帰るわね。二人とも、ごゆっくり」

 

 俺の調子が戻ったことを確認したのか、楯無さんは俺の上からどき、そそくさと退室する。

 不自然な台詞と引き際に違和感を持った俺は、呼吸を整えながら部屋の扉に目を向けたら――

 

「一夏、なにしてたの……?」

 

 ドアを開けた格好で固まってたシャルが、一切の表情を消して俺を見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

〈side:篠ノ之 箒〉

 

 食堂での一幕の後部屋に戻った私は、ふと夏の出来事を思い出していた。

 何年振りか分からない神楽舞を踊り、一夏や葵、それから……ええと、確か五反田蘭だったか。四人で祭りに行った、あの日のことを。

 年末年始の神社の手伝いが終わったら、また一緒に行こうと誘われた。

 確かにあの日は楽しかった。楽しかったが……紅也の秘密を知った直後でもあり、心の底から楽しめていたかと言われると、答えは微妙なところだろう。

 

 それに、一夏に対する思いもまた、あの頃とは違う。

 

 幼いころ、私を守ってくれた姿に、私は心惹かれた。

 今は、命懸けで私を守ってくれた紅也が、私の心の中にいる。

 

(そう考えると、私も単純なものだ……)

 

 守られることに憧れた。それではまるで、物語の中のお姫様みたいだ。

 

 ふと、脳裏に浮かぶ光景。

 着たこともないようなふわふわしたドレスを着て、退屈そうに外を見る自分。

 そこに突如現れ、囚われた私に手を差し伸べる男がいる。その姿は逞しく、強く、怜悧で鋭敏。信念は強く、邪気がない。まさに、私が憧れる理想の姿。

 

「――違う、違う!並び立つと決めたのだろう、私は!」

 

 妄想を振り払うかのように頭を振り、ポニーテールがぶんぶんと揺れ、私の背中を打つ。

 そもそも実際のあいつは、私たちの知らない所で勝手に全てを決めて、そのくせ散々私たちを振り回して、あげく勘違いを振りまいているような愉快犯だ!

 確かに強い信念もあるが邪気だらけ。……というか、ただのメカオタクではないか!

 ……だが、いざというときはとても頼りになるし、姉さんに食ってかかるような気合もあるし、それから、それから……

 

 結局、いつの間にか部屋に戻っていた静寐に窘められるまで、私は一人悶々としていたという。

 

 なんという失態だ……。後であいつに会ったら、文句を言ってやろう。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。