IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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IS~RED&BLUE~の新章開始です。白式を奪われた一夏。学園を去った二人。王道から逸れた物語は、やがて世界のうねりに呑みこまれていく……


第140話 フリーダム・プロジェクト

 ――北アメリカ大陸北西部、第十六国防戦略拠点。通称『地図に無い基地』。

 

 

 本来ならば軍関係者でも、企業関係者でも知るものは少ないこの場所は……現在、銃声と喧騒に包まれていた。

 

 

「アッラーーーート!!」

 

「侵入者だ!敵は一人だが、女だ……油断するな!」

 

「支援要請!6-Dエリアに人員を回せ!」

 

 

 侵入者は一人の少女。武器もなく、丸腰で歩いているにもかかわらず、対応する男たちの表情は真剣だ。

 

 原因は、ISの存在。

 

 女である以上、装飾品に偽装されたISを持ちこむことは容易い。ISさえあれば、彼らの様な歩兵集団などひとたまりもない。

 

 故に、彼らは最大限の警戒をして対応するのだ。

 

 

 ……例え、それが無駄だと分かっていても。

 

 

「……展開」

 

 

 ビートを刻む火薬のリズムの中、澄み切った声が不思議なほどよく響いた。

 

 少女の体に光が集まっていき、やがて深青の装甲を形作っていく。突如発生した光に反応して男たちが瞬きをするよりも早く、少女はISを展開し終えていた。

 

 

「ISだ、クソッ!」

 

「こ、こいつ、まさか報告書にあった組織の者か!?」

 

 

 彼らの疑問に答える者はいない。返事の代わり、とでも言わんばかりにそのISは長大なビームライフルを構え、兵士たちへと狙いを定める。

 

 

「何が狙いだ、クソッタレ!俺たち米軍にこれだけのことをしておいて、ただで済むと思うなよ!」

 

 

 絶望的な空気を払拭するかのように、一人の兵士が声を上げる。

 

 が……それに対する返答は、意外な人物から発せられた。

 

 

 すなわち、襲撃者である少女――エムである。

 

 

「この基地に封印されているIS――『銀の福音』をいただく」

 

「何だと!?」

 

 

 声を上げた兵士は、次の瞬間爆炎に包まれ、吹き飛ばされた。

 

 エムがビームライフルを発射し、壁を吹き飛ばしたのである。

 

 

 数分前まで整然としていた通路は、今や炎と血液の二つの赤に支配され、見る影もない。

 

 それでも死者が一人も出ていないというのは、偶然にしては出来過ぎているだろう。

 

 

 ならばそれは、偶然ではない。

 

 

 エムはこのIS――サイレント・ゼフィルスを使う条件として、ISを使っての殺害を禁じられている。今回の結果は、あくまでその“命令”に従った結果に過ぎない。

 

 しかし、彼女が組織に対して従順なのか、と聞かれたら答えはノーだ。

 

 足代わりのあの男や、人を越えた力を持つあの怪物のように、組織にとって有用だがコントロールが難しい者には“首輪”が付けられている。

 

 それはエムとて例外ではない。彼女の枷は、体内に注入された監視用ナノマシン。今回の不殺指令を下した女はエムの動きを監視しているため、命令違反があれば数秒で脳中枢を焼き切られ、殺される。

 

 故に彼女は、命令に従うことを強いられているのだ。

 

 

「び、ビームによる強行突破……だと?」

 

「ぐっ……。まさかこいつ、1年前のジン強奪未遂の……!」

 

 

 覚えのないことを言っている、比較的元気な兵士を体当たりで吹き飛ばし、彼女は先に進む。

 

 目的地までの地図は頭に入ってくる。迅速に作戦を遂行すれば援軍の心配もない。

 

 現に今、生身の人間ばかりうじゃうじゃいて、ISは一機も存在しないじゃないか。

 

 

 彼女は、任務の成功を確信する。

 

 

 前回のIS学園襲撃任務では、試作機風情に遅れを取った。

 

 脱出時にはよりにもよってISを奪われた愚か者どもの子守りを任され、満足に戦うこともできなかった。

 

 結局あのとき手柄を立てたのはワイズただ一人。その劣等感が、彼女をこの任務に志願させたのだ。

 

 

 支援もなく、単独での、軍基地襲撃。

 

 

 その行為自体が慢心だった、と気付いたときにはもう遅かった。

 

 

 いつの間にか『サイレント・ゼフィルス』の右肩に刺さっていた光の矢が、盛大に爆発した。

 

 

 なんだ?どこから?

 

 目の前の女だ。武器を持っている。

 

 まずは体勢を立て直さねば。いや、何を恐れる必要がある。

 

 

 様々な思考が渦巻く中、彼女はスラスターを逆噴射させ、体勢を立て直す。

 

 しかし、その僅かな静止を狙って放たれた二本目の矢が、今度は脚部アーマーに刺さって爆ぜた。

 

 

「お前は……」

 

「ナターシャ・ファイルス。国籍は米国。ISテストパイロット。そして、『銀の福音』の登録操縦者よ!」

 

 

 叫びながらも、目の前の女――ナターシャは、攻撃の手を緩めない。

 

 両手に抱えた、個人が扱うには不向きな大砲――銀の福音に搭載された〈銀の鐘〉のバリエーション、『試作壱号機・ハンドカノンバージョン』を生身のままで振り回し、縦横無尽に飛び回るエムを狙い、撃ち続ける。

 

 

「あの子は渡さない……!」

 

 

 ISも纏わず、ISの装備を使用しての対IS戦。それを成し遂げているのは、二度と飛べなくなった相棒を守るための執念か、我が子同然の『銀の福音』への母性か。

 

 身に余る反動も、常に振りかかる命の危険も顧みず、彼女はただひたすらに撃ち続ける。

 

 たとえ増援がこなくとも、基地の人員が彼女一人になろうとも、彼女は抵抗を止めないだろう。

 

 

 それは面倒だ、とエムは思った。

 

 

「邪魔だ」

 

 

 いくら戦闘慣れしてるとはいえ、ナターシャは所詮生身の人間。〈銀の鐘〉の翼を『サイレント・ゼフィルス』に踏みつけられ、封じられた直後、彼女の体は宙を舞っていた。

 

 

「ぐっ……はぁっ……!」

 

 

 背中から派手に壁に叩きつけられ、ナターシャの肺から空気が漏れた。

 

 ぶつけた背中が焼けつき、視界がはじけて脳が揺れる。

 

 

 しかし、彼女が休む時間などなかった。

 

 

「雑魚が」

 

 痛みのあまり立ち上がれないナターシャは、接近してきたエムに頭を掴まれ、宙づりになる。

 

 腕も折った。脚も折った。ついでに、戦意も圧し折った。

 

 勝利を確信したエムは、その絶望に打ちひしがれた表情を見てやろうなどと邪悪な考えが浮かび、ナターシャの体を持ち上げたのだ。

 

 

 しかし……

 

 

「ふふっ……」

 

「貴様……何が可笑しい!?」

 

 

 そう。戦う術を失い、絶望しているはずの彼女は、なぜかうすら笑いを浮かべていた。

 

 その表情の意味が分からず、まるで自分が嘲笑われているような錯覚さえ覚え、エムは苛立った。激昂のあまり“命令”を忘れかけたエムは、彼女を掴む左手に力を込めていく。

 

 

「私の……役目は、ここで……終わり!でも……」

 

 

 直後、エムの体に衝撃が走る。

 

 慌ててセンサーを確認するも、付近に敵の姿は見られない。

 

 

 ……いや、違う。

 

 敵の姿は、センサーにも、彼女の目にも映っていない!

 

 

(まさか――!)

 

 

 漠然とした予感に基づき、彼女は瞬時加速を使用。やや遅れたタイミングで、見えない敵はサイレント・ゼフィルスの腰部アーマーを砕き……エムは、敵の手から逃れることができた。

 

 同時に、エムから開放されたナターシャも、見えない何かに受け止められていた。

 

 

「……目的は、果たしたわ!」

 

「ナタルは返してもらったぜ、『亡国企業』!」

 

 

 突如現れた増援。その正体が分からぬまま戦うほど、エムは愚かではない。

 

 離脱した勢いそのまま距離を取り、機体をランダム軌道で動かしながら、心当たりの一つを口に出す。

 

 

「〈ミラージュコロイド〉搭載機か……」

 

「鋭いな、お前。ご褒美に、コイツの姿を見せてやるよ」

 

 

 何もいないはずの空間がゆらり、と揺らぐ。

 

 すると無色だった空気が黒く染められていき、腕が、脚が――そして全身が露わになる。

 

 

 黒をベースとした機体色。左腕に装備された、刃のついた鋭い盾。右腕に装備された、開きっぱなしのクローアーム。

 

 そして頭部――俗にN.G.Iタイプと呼ばれる特徴的な形状は、エムにとってもなじみ深いものだった。

 

 

「『ブリッツ』の改修機か……。よもや、こんな所にいるとはな」

 

 

 地図に無い基地に、姿を消す機体というのは、皮肉が効いている。

 

 いや、しかし……とエムは思案する。

 

 何故、アメリカの軍事基地であるはずのここに、アメリカの民間企業のものである『ブリッツ』が配備されているのか?

 

 ……この基地に、N.G.Iの関わる何かが存在するのだろうか?

 

 

「じゃ、悪いけど後は頼むわ、イーリ!」

 

「おう!あとは任せろ」

 

 

 一方、エムが距離を開けた隙に、ブリッツの改修機――『ネロブリッツ』の操縦者は、ナターシャを解放した。

 

 全身装甲に覆われたその顔を見ることは出来ないが……闘志は十分だろう。意味もなくISの拳を打ち鳴らし、地面を蹴って『サイレント・ゼフィルス』へと飛びかかる。

 

 

「近距離型か……。ならば!」

 

 

 その挙動から、ネロブリッツが近接格闘型の機体であると結論付けたエムは、さらに距離を取りながら6基のビットを射出する。

 

 通常の通路より広く作られたこの空間を縦横無尽に飛び回るビット。そして、ビットから放たれる自由に曲がるBTビーム――偏向射撃。

 

 この二つがある限り、彼女の自信は揺らがない。まして、相手は近接格闘型だ。“姉”をも超えたと自負する彼女にとっては、姿を消すしか能の無い機体など敵ではない。

 

 

 光は直進する、という常識を覆すかのように、光の矢が舞い踊る。

 

 初見の相手には必殺となりうるその攻撃を、ネロブリッツは懸命にかわし続けるが……とうとう、一撃が無防備な背中を貫く。

 

 

 しかし、ここで予想外の事態が起こる。

 

 

 防御も、回避も間にあわないタイミングで放たれたBTビームが背中に当たる直前。

 

 ネロブリッツの背中が淡く輝いたと思うと……突如ビームが屈折し、サイレント・ゼフィルスへと狙いを変えたのだ。

 

 

「何っ!?」

 

 

 咄嗟のことで回避が遅れたエム。脚部アーマーを掠めたビームで体勢を崩した瞬間、ネロブリッツの右腕のクローに内蔵された6連ランチャーが火を噴いた。

 

 

「距離を取れば大丈夫だとでも思ったか?言っておくが私はつえーぞ」

 

 

 ネロブリッツの操縦者にして、アメリカの国家代表――イーリス・コーリング。

 

 彼女の戦いは、まだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いかがですかな?我らの新型、『GAT-X207SR ネロブリッツ』の力は」

 

 

 地図に無い基地のどこか。少なくともこの程度の戦闘ではビクともしない作りになっている会議室で、スーツの似合わぬ厳つい男が告げる。

 

 

「非PS装甲機ならば容易く粉砕するパワー。新規に採用した“パワー・エクステンダー”によるミラージュコロイド使用時間の延長。そして、ビームへの備えも万全。拠点防衛にも、拠点攻略にも使用可能な万能のISです」

 

 

 その言葉を裏付けるかのように、画面の中で踊るネロブリッツは、ビームをものともせずにサイレント・ゼフィルスへと追いすがる。

 

 

「成程、確かに強力ですな。しかし、“第四世代”には程遠い」

 

「そもそも、稼働時間が延長したとはいえ、“結晶化”には回数制限があるのだろう?まだまだ万能とは言えんよ」

 

 

 その場に集まった者の反応は芳しくない。

 

 なるほど、確かにネロブリッツは強力な機体だ。しかし遠距離攻撃力、稼働時間など、欠けている物が多すぎる。

 

 この程度では、軍事用ISの到達点とでもいえる“第四世代”とは言えない。それが、彼ら軍関係者の意見であった。

 

 

「……第四世代?何を勘違いなさっているのですか?」

 

 

 が、男はあくまで挑発的に話を続ける。

 

 

「この機体は、あくまで既存の機体を強化したもの。『N.G.Iプロジェクト』の一環にすぎません」

 

 

 男の言葉で、会議室が再びざわめく。どうやら興味を持ったようだ……と、男は鉄面皮の裏でほくそ笑んだ。

 

 

「わが社の目指す到達点――『フリーダム・プロジェクト』は、さらに先を行きます。

 

 一撃一撃が『ランチャーストライク』の〈アグニ〉を上回るプラズマ収束ビーム砲〈バラエーナ〉、現行のビームライフルの安定性と威力を強化したビームライフル〈ルプス〉、威力、速射性、携行弾数を大幅に強化したレールガン〈クスィフィアス〉、そしてあの〈零落白夜〉を超える破壊力を持ったビームサーベル〈ラケルタ〉!もちろん、機動力はあの『銀の福音』すら上回る、最強の機体です」

 

「馬鹿な……」

 

 

 もはや誰も、モニターの向こう側の戦闘に興味を持っていない。

 

 男は続ける。

 

 

「この機体の目玉となる〈マルチロックシステム〉も、日本の倉持技研からの技術協力により完成の目処がたちました。……この万能機は、もはや机上の空論ではないのです!」

 

「しかし、エネルギーの問題はどうする?仮にデータ通りのスペックを発揮できるとしても、稼働時間は5分にも満たないじゃろうて」

 

「そのために、あなた方アメリカ軍へと協力を要請したのです」

 

 

 男が取り出したのは、一枚の設計図。複雑な計算式や図面が書き込まれたそれは、どうやら設計図のようであった。

 

 それを見た関係者の表情は、形容しがたいものだった。

 

 

「核動力、だと……?」

 

「このサイズで実用化することが、本当に可能なのか……?」

 

「ええ!動力機関をISの〈拡張領域〉に収納し、エネルギーだけを本体に供給させ続ける……。理論だけは完成しましたが、我々には資金も、技術も……そして恥ずかしながら、操縦者も足りていないのです」

 

 

 この機体の操縦者となる予定だった女は、数日前の“取引”によりN.G.Iを去っていた。

 

 そこで彼らが目をつけたのが、軍事用ISを生み出したアメリカ軍と、その操縦経験のある女である。

 

 

「さて、我々N.G.Iとの共同軍事用IS開発……引き受けてはもらえませんか?」

 

 

 男の声が会議室に響く。『自由』の名を冠するISの開発が、今始まろうとしていた。




IS開発も次のステージへ。

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