IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第136話 そして彼らは学園を去った

 簪に抱えられた紅也は、イージスの操縦者を抱きかかえる『白式』を見た。

 一夏の専用機である、白式。その操縦者は当然、敵を打ち破って駆けつけた織斑一夏である――はず、だった。

 しかし、ちらりと見えた長い黒髪。一夏と異なる外見的特徴を発見し、一瞬で認識を改める。

 

 ならば、倉持技研が秘密裏に開発した、白式の2号機とその操縦者……?それもノーだ。更識先輩――というか、こちら側の援軍だとしたら、挙動が明らかにおかしい。

 

 彼の視線に気付いたのか、白式は顔を上げる。

 

 日本人らしい黒髪と、やや赤みがかった栗色の瞳。ぱっと見た感じは、紛れもなく織斑一夏そのものだ。

 でも、輪郭が違う。鼻の高さが、眉の太さが違う。顔全体のシルエットはむしろ女性的で、しかも、どこかで見たことがあるような感じで……

 

 何より違和感を覚えたのは、その表情。

 

 イージスの操縦者を受け止めたそいつは、彼女を撃墜した張本人である紅也に向けて――まるで慈しむような、家族に向けるような、そんな表情を浮かべているのだ。

 

 何者だ?コイツは誰だ?

 

 得体のしれない、そして底の知れない乱入者は、恐ろしく不気味だった。

 

 ――しかも。

 

「ようやく会えたね、私の紅也」

 

 そんなことを言われた日には、あの紅也でさえ、混乱するのは致し方ないだろう。

 

 

 

 

 

 

「追いついたっ!!」

 

 乱入した白式と簪たちの睨みあいは、更なる乱入者の登場によって終わりを迎える。

 

 最終決戦にギリギリ間にあった鈴が、その場の空気を打ち崩すかのように衝撃砲を連射し、白式に躍りかかったのだ。

 

 向こう見ずな彼女の行動。しかしこの場合、それがいい方向に働いた。

 

 鈴の攻撃に引きずられるように、一早く混乱から立ち直った簪が〈春雷〉を構え、操縦者を抱えたまま逃げる白式に追撃を行ったのだ。

 

 両手に抱えた操縦者を傷つけないよう、白式は大きく弧を描くようにして回避行動を取る。荷電粒子砲なんて、生身の人間に耐えきれるものではないもんな。

 で、そんな至近距離で荷電粒子の渦に晒されていたもう一人――紅也はというと、普段なら軽口の一つでも叩くような局面だが、ただひたすらに相手の動きを観察してたようだ。

 まばたきもせず、全てを網膜に焼きつけるかのように、じっと白式を見つめる紅也。簪から楯無さんに引き渡されたことも気付いてないかのように、身動き一つしなかったらしい。

 

 ……簪が言うには、そのとき楯無さんと紅也が何事かを話してたという。

 しかし、それを観察する余裕などあるはずもなかった。セシリアが戦闘不能になったため、彼女と交戦していたIS『サイレント・ゼフィルス』が、白式の援護に駆けつけたのだ。

 

 これで3VS2――いや、楯無さんに戦闘継続能力は残ってなかったそうだから、実質2VS2。しかも、どちらも代表候補生を凌ぐ腕前を持った操縦者である。生徒たちの勝機は薄いかに思われた。

 

「二人とも、ここが正念場よ!」

 

 絶望的な空気がその場を包んだとき、紅也を地上に下ろした楯無さんの声が戦場に響いた。

 直後に、プライベート・チャネルで指示が飛ぶ。敵は二機とも生身の操縦者を抱えている。ならば、手に持つタイプの武装は使えない。

 〈雪片弐型〉しか武器がない白式は論外として、サイレント・ゼフィルスが操る6基のビットにさえ気をつければ、相手を倒すことは十分に可能だ、と結論付けたのだ。

 鈴も簪もそれを承諾。鈴はサイレント・ゼフィルスの、楯無さんは白式の相手をしている間に、簪がビットを撃墜し、敵を無力化することになった。

 

 

 

 

 

 

 その指示を、セシリアはぼんやりとした頭で聞いていた。そして、そんな作戦では勝てない、と確信していた。

 なぜなら彼女たちの計画には、決定的な要素が一つ欠けていたのだ。

 それが、偏向射撃(フレキシブル)。一射で中空に配置した〈ブルー・ティアーズ〉と腰部の弾頭型〈ブルー・ティアーズ〉を同時に撃墜した、曲がるビームの存在。

 イギリスが威信をかけて開発したその兵器は、予備知識がなければ対処不能であることを、彼女は知っていたのだ。

 

 だが、既に賽は投げられた。簪は48のミサイルを自在にコントロールし、ビットを牽制しつつ荷電粒子砲を構えている。

 周囲のビットの位置を確認し、全ての射線上から離れるような位置取りは流石と言えるが……そんなもの、偏向射撃の前では無意味だ。セシリアの目には、射撃準備を終え、滞空する深青のビットが映っていた。

 

 ここで寝ているわけにはいかない。そう思ったセシリアは、最後の力を振り絞って〈スターライトMk.Ⅲ〉のトリガーに手をかけた。

 放たれる渾身の一撃。しかし、それよりコンマ数秒早く、射線上に〈シールド・ビット〉が乱入してきた。

 

 ――そのときのことを、セシリアはよく覚えていないという。

 

 ただ、あのビットを潰さなければ、また自分だけが何も出来ずに終わってしまう。それが嫌で、ひたすらに念じていた。

 

 曲がれ、と。

 

 あの盾を突破して、ビットを撃墜しなければ均衡が崩れ、敵に逃げられてしまうだろう。

 いや、それだけではない。サイレント・ゼフィルスの女は、敵に手心を加えるようなタイプではなかった。下手したら追撃を避けるために、私たち全員を再起不能にするくらいはやってのけるだろう。

 

 ――曲がれ!

 

 運命の分岐点がここにあった。もし、この場で敗北することがあれば、彼らは取り返しのつかないものを失っていた可能性があったのだ。

 ある者は命を落とし、ある者は一生続く後悔に苛まれて表舞台から去り、またある者は復讐に取り憑かれて世界を敵に回す“悪”となる。

 だが、それらは全て“IF”の物語。今この瞬間、『ブルー・ティアーズ』は操縦者の想いに応えてみせた。

 

 

 

 

 

 

 虚先輩の指示を受けて現場に到着したラウラは、そこで奇妙な現象を観測したという。

 

 空中に出現した光の傘が、回転するビームに貫かれ、そのまま爆散したのだ。

 

 ビームの勢いは止まらない。セシリアの執念がこもった一撃は、狙い通り簪を狙ったビットをも貫き、そのまま空の彼方へと消えていった。

 

(ふふっ……一矢、報い――)

 

 セシリアの声は、そこで途切れた。残りの5基のビット全てがセシリアに向け、一斉に射撃を行ったのだ。

 エネルギーを失い、装甲を破壊されるブルー・ティアーズ。着弾の衝撃と熱によりもうもうと砂埃が立ち上り、意識を失ったセシリアの姿を覆い隠していく。

 その際に放たれた「曲がるビーム」は、この場にいた全員の視界に焼きつけられた。

 

 同時に動き出した者がいる。

 白式と、紅也だ。

 

 ビームの発射と同時、白式は抱えた操縦者を放り投げ、雪片弐型を装備する。

 一方、紅也は倒れたセシリアのもとへ一直線に走っていった。

 

 それをきっかけに、サイレント・ゼフィルスが動き出す。瞬時加速を使用して二人を振り切り、白式から放り出された女を抱えこんだのだ。

 むろん、それを黙ってみている鈴と簪ではない。鈴も瞬時加速で敵に追いすがり、衝撃砲の準備を並行して行う。

 簪は制御が甘くなった隙にビットを狙うが、結局破壊できたのは1基だけだった。

 

 放たれる衝撃砲。しかし、その射線に割り込んだ影がある。

 

 白式だ。

 

 白式は不可視のはずの弾丸を一刀のもとに斬り捨てると、そのまま鈴へと突撃していった。

 ……だけど、それは失敗に終わる。ラウラがレールガンを発射し、彼らの間に割り込んだのだ。

 

 振るわれるプラズマ手刀の嵐と、自在に動く6本のワイヤーブレード。接近戦での破壊力で白式を越える機体は存在しないが、接近戦での手数でシュヴァルツェア・レーゲンを上回る機体も存在しない。

 加えて、こちら側には鈴も、簪もいた。即興とはいえ遠・中・近全てにバランスのとれた、理想のスリーマンセル。この組み合わせに勝てるものなどいるだろうか?

 

 いるとしたら――それは、規格外のバケモノ。

 

 そして、目の前の相手は、そんな相手だった。

 

 白式に零落白夜を叩き込まれ、戦闘不能になった楯無さんは、その全てを目撃していた。

 ラウラがAICを使った瞬間、敵は一瞬だけ零落白夜を起動。最低限の手間でAICを無力化すると、そのまま雪片弐型を収納した。

 代わりに握られていたのは、楯無さんとの戦闘で使っていたアーマーシュナイダー。息をつかせぬ連撃が、右手を伸ばしたままのラウラを自由自在に切り刻む。その戦闘スタイルは、まるで――

 

 鈴は、いきなり自分に向けて飛んできたラウラを見て、驚愕する。何せ、敵の動きが止まった瞬間、突然ラウラが戦闘不能になったからだ。

 簪も動揺し、隙が生まれる。制御の甘くなった〈山嵐〉を抜け、生き残った4基のビットが自由自在に射撃を始めたのだ。

 

 鈴と簪は、もはや反撃どころではない。生身のラウラを庇いながら、身を守り、必死に攻撃をかわし続ける。

 

 やがて、光の暴力が収まったときにはもう――こちらは満身創痍、敵の姿ははるか彼方だったという。

 

 

 

 

 

 

〈side:織斑 一夏〉

 

 これが、俺が気を失ってから医務室で聞いた、この戦闘の顛末だ。

 

 話を整理するために一度眼を閉じ、未だにはっきりしない頭をフルに働かせて情報を整理する。

 当然、そんな芸当が俺なんかにできるはずもなく、俺は再び眼を開け、そこにいるみんなを見渡した。

 

 どこかバツの悪そうな箒、俺を心配そうに見つめる鈴、隣のベッドで安静にしているセシリア、悔しそうな顔のシャル、どこか落ち着かない様子のラウラ、沈んだ様子の簪、そして『終了』の二文字が書かれた扇子をもつ楯無さん。

 

 ……それが、この場にいる全員だった。

 

「……なあ、ひとつ聞いてもいいか?」

 

 俺が発した言葉に、数人がびくり、と体を震わせる。たぶん、俺がこれから何を聞くのか気付いて――その答えも知ってるんだろう。

 

「葵と、紅也は……どうなった?」

 

 その問いかけに、視界に映っていた全員が俯いてしまった。

 ……いや、一人だけ例外がいる。この場で唯一の上級生、楯無さんだ。

 

「二人は――」

 

 口の動きが、妙にゆっくりに見える。

 じらさないでくれよ、楯無さん。早く教えてくれ。

 あいつら、どこにいるんだよ?見舞いにも来ないで部屋で休んでるのか?

 それとも紅也のことだ。また『いい戦闘データが集まったぜ!』とか言って、葵を連れていろいろやってるのか?

 いやいや、ひょっとして、逃げたあの操縦者を追いかけてんのか?いくら葵と紅也とはいえ、アイツの相手は相当きついと思うぜ?

 それとも、考えたくはないけど、俺よりもっと重傷で、今は治療中とか?

 

 なあ、早く教えてくれよ。そしたら、みんなで文句つけに行ってやる。

 『で、あんたは何を隠してたのよ!』って鈴が怒るところから始まって、『何でもかんでも俺を疑うのはやめろっつーの!』って紅也が反論する。『だが、楯無さんと組んでこそこそやっていたのは事実だろう』って言いながら箒が紅也を睨みつけて、『まったく、嫁の癖に私に隠しごとをするとは』なんて言ってラウラが呆れて、紅也がツッコミを入れるんだ。

 きっと、そこに楯無さんも混ざるだろう。いつもの人を食ったような笑みで『そこはオトコとオンナの秘密よね、紅也くん』なんて言って場をかき回して、葵はポツリと『……私も知ってたんだけど』って呟く。

 蚊帳の外だった簪は、紅也を怒りそうだな。セシリアは、今回も扱いが悪かっただとか言いだしそうだ。

 でも、そこでは結局みんなが笑顔で、終わって良かったと笑いあってる。

 

 そんな、夢のような光景は――

 

「――もう、いないわ」

 

 所詮、夢でしかなかったのだ。




戦闘終結です。

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