シャルロット・デュノアの敗因はただ一つ。敵の戦力を見誤ったことだ。
C.E.最強と名高い傭兵組織のリーダーでさえ、伏兵の存在に気付かなかったが為に極北の大地で敗れ去り、致命傷を負ったことがある。
セシリア・オルコットが目にしたのは、まさにその瞬間であった。
◆
〈side:セシリア・オルコット〉
「シャルロットさん!」
具現維持限界を迎えたラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡが、粒子の露となり消えていく。
幸い高度が高くはなかったため大きな怪我はないようですが、このままでは戦闘に巻き込まれてしまいます。
友人としての私は、すぐにでもシャルロットさんを助けたい。
ですが……イギリスの代表候補生としての私には、彼女よりも優先すべき事柄があります。
(サイレント・ゼフィルス……!)
彼女を撃墜したIS――サイレント・ゼフィルスは、イギリスから強奪された試作型のIS。
そして……この私の専用機、ブルー・ティアーズの運用データを元に開発された、BT兵器搭載ISの後継機。
本国からは、発見次第即時回収、あるいは破壊の命令が出ています。
すう……っと息を吸い、センサーに映る敵を見つめる。
何故、サイレント・ゼフィルスがここにあるのか。それはこの際置いておきます。
今の私に必要なのは、余計なことは一切考えず、命令を遂行すること。それだけ。
最近は模擬戦でも負け続きですし、この戦いで今一度証明してみせましょう。BT兵器の扱いであれば、私がナンバーワンだということを!
――それ自体が「余計なこと」だとは自覚しないままに、私はライフルを放ちます。
レーダーやセンサーに乱れがありますが、この距離ならば外す要素はありません。
ですが、敵もまた“ブルー・ティアーズ”系統の使い手であり、スナイパー。既に視界に捕えた私からの射撃など、いともたやすく回避してみせました。
ですが、この程度で私の攻撃は終わりませんわ!
攻撃と同時に射出した、4基の〈ブルー・ティアーズ〉。敵の死角となる4か所に瞬時に移動したそれらが、レーザーを回避したサイレント・ゼフィルスを狙い撃ちます。
敵の頭上、正面、左右。反射的な回避行動で取りうる進路全てを同時にレーザーで塞ぎ、〈スターライトMk.Ⅲ〉で動けない敵機にトドメを刺す。葵さんを真似た作戦というのがシャクですが、これなら避けようがありません!
「これでっ!」
必勝を期して放った一撃。しかし、敵は回避するそぶりすら見せず、それどころか口元を三日月のように歪ませ……
私が放った
同時に、四か所で起こる爆発音。武器破壊警告――〈ブルー・ティアーズ〉4基、破損。
……なんということでしょう。私がトリガーを引くよりも早く〈シールド・ビット〉を操作した上、射撃ビットを使って私のビットを破壊したとでもいうのですか!?
5基のビットを同時に操るなんて。
この敵は――サイレント・ゼフィルスの操縦者は、私よりも――!
「格の違いを教えてやる」
私が敵の力量を感じとった、まさにそのとき。
どこか聞き覚えのある声をハイパー・センサーがキャッチした瞬間、ブルー・ティアーズの腰部で大爆発が起こり――私の世界は、光と闇に閉ざされました。
◆
ここで、今までの出来事を整理しておこう。
紅也はアメリカ製第二世代IS『アラクネ』と戦闘し、これを撃破。操縦者を捕縛するも、次いで現れた最後の強奪機体『イージス』に強襲され、壮絶な相討ちのすえコアの奪還に成功した。
一夏は、更衣室で謎のIS操縦者に襲撃され、現れた楯無と共に戦闘を開始。次々と人間離れした技を披露する相手に圧倒されるも、一矢報いることができた。
葵は紅也の援護に向かおうとするも、復讐鬼となった『デュエル』と遭遇。これを返り討ちにしたものの、立ち上がり続ける敵に戸惑い、未だに決着をつけられずにいた。
校舎の一角に身を潜めたラウラは、彼らの勝利を信じ、いずれ現れるであろう敵の増援を警戒している。誰かと会話中のようだが、その正体は定かではない。
楯無は一夏と共に未知の敵と戦闘を開始。敵の正体に心当たりがある様子で、一切の油断なく相手をしているが……誰かを守りながらの戦いでは、正直厳しい所だ。
その妹、簪は、不意打ちにより撃破された紅也を救出。彼と共に『イージス』に挑み、わけもわからぬままに勝利した。
シャルロット、セシリアの両名は、突如戦場に乱入したイギリスの最新実験機『サイレント・ゼフィルス』と戦闘。その圧倒的な戦闘力を前に、ついに屈してしまう。
……さて、諸君は誰かを忘れていないだろうか?
忘れているのなら、思い出せ。ここから先は、彼女の舞台だ。
◆
〈side:凰 鈴音〉
あたしが到着したときにはもう、全てが終わっていた。
臨海学校で味方してくれた、あのIS――『ストライク』の発展機らしき機体が、激しくうねる水の奔流に巻き込まれ、その装甲を散らしていく。
いくらPS装甲とはいえ、内部と外部からの同時攻撃には耐えきれなかったんだと思う。更識先輩の怒りがこもったかのような水の嵐が、敵ISを光の塵に変えるのは時間の問題だった。
慌てて駆けつけたのに、なんだか拍子抜けしちゃった。普段の訓練で分かってたけど、流石は学園最強で、唯一の国家代表よね。そこだけは認めてあげるわ……もちろん、一夏は渡さないけど!
で、その一夏はというと……どういうわけか制服の上着を握りしめたまま、ロッカーに背中を預けて気絶してる。ここまで派手にやられるなんて、災難だったわね……。仇を討ってあげたいけど、あいにくとっくに決着がついてるのよ。
……間に合わなくて、ゴメンね。
局地的な嵐が収まった。
湿気でベタつくロッカールームの中、なおもISを展開したままの更識先輩は、膝をついて彼女を見上げる敵の操縦者に、油断なく〈蒼流旋〉を構えながら口を開いた。
「さあ、終わりよ。おとなしく『白式』を返しなさい」
『白式』を……?疑問に思ったあたしは、一夏の右腕に注目する。
彼とは切っても切り離せない関係である、純白のガントレット。それは既に彼の腕から消えていて――他の部分よりわずかに白い皮膚だけが、かつてそこに何かがあったことを証明していた。
再び敵の姿に注目すると、彼女の手中におさめられた球形のナニカが目についた。
状況から判断するに、コイツが……どうやったか知んないけど、白式のコアを奪ったのね!
「年貢の納め時ってやつよ!今ならまだ半殺しで許してあげるわ!」
私も『甲龍』を展開し、〈双天牙月〉を突きつける。もちろん見えないように、衝撃砲の準備も万全だ。
ISで完全武装したあたしたちの姿を見て、コイツもとうとう観念したみたいね!がっくりとうなだれて、右手で握ったコアを差し出す。だらん、と重力に従って垂れ下がった長い青髪も、根元からゆっくりと黒くなっていって、すっかり燃え尽きたみたいね!
……って、ちょっと待って!?こういうときって、ふつう真っ白に燃え尽きるとか……そもそも、人の髪の色がこんな短時間で変わるなんて、あり得ない!
「――私は、誰でしょう?」
項垂れていたはずの女が、ばっと顔を上げた!
髪の色だけじゃない!さっきまで白かった肌の色も、やや色素が濃くなったような気がするし、眼の色まで文字通り変わってる!
しかもこの姿……この顔のパーツは……!
「一夏!?」
驚きのあまり声を上げたあたしは、行動が少しだけ遅れた。
一夏に化けたとしか言いようがない目の前の女が突如光に包まれたかと思うと、更識先輩も動き出してて……気がついたら、〈蒼流旋〉と〈白い剣〉が交錯し、決着がついていた。
「やられたわね……。あなたに、そんな隠し玉があったなんて……」
ばちゃん、という音と共に、大量の水が床を打つ。
少し遅れて響くのは、何か大きな金属が落ちたような、低い低い重低音。
「『隠し玉』なんて、下品ね。私、オカマじゃないわよ?」
いつの間にか出現していた、非常に見慣れたISは、振り下ろしたままの剣を構えたまま、的外れな発言をしたあと、あたしのことなんて眼中にないみたいに外へと飛び出していく。
――更識先輩の〈蒼流旋〉が斬り裂かれ、破壊されたのだと気付いたときにはもう、敵は脱出を終えていた。
あたしの馬鹿!
すぐに自分に活を入れ、風を斬って飛び去る白い背中を追いかける。
更識先輩を待っているヒマはない!全ての力を推進力に回して、追いついてやる!
(鈴ちゃん、聞いてる?)
更識先輩の声が、プライベート・チャネルを通じて脳内に響く。ちらり、と後方に意識を向けると、武装を持たない『ミステリアス・レイディ』があたしの軌道をトレースしてるのが見えた。
でも……どれだけ激しい戦いだったのかは知らないけど、武装もなくして、エネルギーも底を尽きかけてるミステリアス・レイディじゃ、やれることは少ない気がする。
(失礼ね。敵の動きを止めるくらいできるわよ)
おっと、考えが漏れちゃってたみたい。
(それより、何があったのよ!だって、あの機体!あれはどう見ても――)
(わからないわ。でも、断言できることもある)
遥か前方の“光”に向かい、全力で飛び続ける白い機体を睨みつけたまま、私は更識先輩の言葉を待つ。
(あれは――今の『白式』は、敵よ!)
水の鎧も、絶対防御も斬り裂いて傷つけられた、更識先輩の肌。
そんなことができる武器は、世界にただひとつ――『白式』が持つ、〈零落白夜〉だけ。
◆
これで、全ての欠片が揃った。
長きにわたるこの学園祭――その戦いにも、いよいよ終止符が打たれようとしていた。
IS原作中でも1,2を争う強さと思われる、エムが乱入。紅也とシャルの機体がエネルギーゼロになりました。