グレネードの直撃を受け、ブルーフレームが爆炎に包まれる。
弾頭の直撃、という外的ショックに晒されたせいか、紋章は掻き消え、私は通常の時間軸へと回帰する。
重力に囚われ、落下するデュエルアサルトの右脚。
敵は両腕を失い、かろうじて繋がっているのが左脚のみといった状況。まさに満身創痍だ。
でも、敵の闘志はいまだに衰えていない。
彼女はもはや機能しなくなった腕部装甲を排除と同時、武装を展開する。
生身の両手によって握られたそれは、一本の無骨なナイフ――アーマーシュナイダー。
一体、何が彼女をここまで突き動かすのか?
私の戦いは、まだ終わらない。
◆
ここで、また少しだけ時間を戻させて貰おう。
アラクネの操縦者、オータムを紅也が捕縛した、そのときに。
葵がイージスの操縦者、ブレイズを発見した、そのときに。
更衣室が爆発した、そのときに。
〈side:織斑 一夏〉
――俺は、馬鹿だ。
操縦者を倒したはずなのに、俺を離さないロケットアンカー。色を失っていないPS装甲。
その時点で気付くべきだったんだ。
敵のISがまだ機能停止してない、って。
「がああああっ!!」
突如アンカーによる締め付けがきつくなったかと思うと、全身を引き裂かれそうな激痛が俺を襲う。
物理的な力じゃない。電流に似た何かが、俺を構成する全ての部品を破壊していくような感覚。何らかの特殊兵装による攻撃だろうか?
……そういや、操縦者に直接ダメージを与えるような武器を開発してる国もある、って紅也が言ってたっけ。あの話を聞いたときは許せねえと思ったけど、実際に使われてみると、確かにこれは――効く。
朦朧とする意識の中で、身体が引っ張られた気がした。敵がアンカーを巻き取ったんだ、きっと。……ああ、苦しい。そんなに勢いよく引っ張らないでくれ。吐きそうだ、ちくしょう。
近くて遠いどこかで、ガチリ、と何かがはまる音がした。荷重が無くなったことから、アンカーの巻き取りが終わったのだと理解する。それと時を同じくして、全身を貫いていた激しい痛みも治まった。
ふらつく身体は、まるで俺以外の誰かのものみたいだ。動けと念じても動かないし、掴まれた部分も感覚が鈍い。
そもそも今、俺はどうなってるんだ?のろのろと首だけを動かして、見える範囲の全てを見る。
さっきの攻撃による怪我は、不思議なことに一切なかった。動かないけど手足はちゃんと付いてるし、ISスーツも傷一つついてない。
だが――足りない。俺の身体の一部と言っていいあるものが、今の俺には存在しなかった。
(白、式……?)
まさかさっきの攻撃で、エネルギー切れになっちまったのか。でも、左手を覆うガントレットは、見た感じではどこにもない。
(来い、白式……)
落ちつけ。もう一度、白式を起動するんだ。
さっきの攻撃による感覚のずれがまだ続いてるのか、白式を上手く感じとれないけど、早く起動しないとやられちまう!
「来いよ、白式ぃぃぃぃぃ!」
「――無駄よ」
ようやく感覚が戻ってきた。動くようになった口を開き、張り裂けそうな声で愛機の名を呼ぶ。
それでも、白式は起動しない。それどころか、白式の存在すら感じとれない。
さすがに焦りを感じる。もう一度声を上げようとしたとき、耳元で聞こえたのは、葵の声だった。
「これ、なんだか分かる?」
葵の声を聞いた俺は、まるで催眠術にかかったかのようにゆっくりと首を動かし、後ろを見る。
――俺を拘束してたのは、仮面をつけた女だった。
赤いVアンテナと、緑色に光るデュアルアイをあしらった仮面。それは、さっき爆散したはずの敵ISの頭部にそっくりだった。
灰色の胴体パーツは既に無い。でも、敵ISは健在だったんだ。操縦者のISスーツがところどころ断線して素肌が覗いているけど、身体は無傷……いや。
おかしい。
傷が……塞がっていく!?
「ふふ、私の身体に見とれちゃった?」
葵そっくりの声が、いたずらっぽく言葉を紡ぐ。
だが、その言葉に反応する余裕もないほど、今の光景は衝撃的だった。
そのとき。
「一夏くんを離しなさい!」
吹き飛んだ水蒸気の中から、楯無さんが現れる。その手に握られているのは直前まで使っていたランスではなく、複数の刃が連結した、鞭のような剣だ。
もちろん、離せと言って離す相手じゃないのは楯無さんも分かってるだろう。彼女は既に剣を振り上げ、俺を拘束し続ける敵を討とうとしてる。
だけどそのとき、葵の姿をした敵は、予想外の行動に出た。
「いいわよ。はい」
腕を振り、パンツァーアイゼンによる拘束を外す。俺は突如として空中に投げ出され、慌てて攻撃態勢を解いた楯無さんに抱きかかえられた。
……どういうつもりだ?
ようやく自由を取り戻した身体を動かし、俺が飛ばされてきた方向へと目を向ける。
そこに立っていたのは、通常のISと同様に、両手と両足だけに装甲を展開した敵ISの姿。さらに相手の右手には、クオーツのように光り輝く球体が握られていた。
「あ……あれ、は……!」
敵ISは、背中に存在する巨大なコンテナのような非固定浮遊部位に、それを収納した。
役目を終えたコンテナは、光の粒となって消滅する。代わりに現れたのは、赤と黒のツートンで塗り分けられた、戦闘機の翼のようなバックパック。
あれも知ってる。ストライカーパックの一つ、エールストライカー。
だけど、そんなことはどうでもいいんだ。俺の目に焼き付いて離れないのは、さっき奴が持ってた球体。
あれは……ISコア。それも、おそらくは、俺の――白式の。
「――間にあわなかったようね」
ぽつり、と楯無さんが呟く。
直後、楯無さんは敵から距離を取り、俺を安全地帯へと下ろした。まるで、役に立たない者は置いていく、とでも言わんばかりに。
「待って下さい、楯無さん!俺は、まだ……!」
「一夏くん」
敵から眼を逸らし、俺へと向き直った楯無さんの表情に、いつもの余裕は無かった。
「私があいつに斬りかかったら、全力で走りなさい。ドアを開いて、振り返らずに、まっすぐ走るの。……いいわね?」
最後のは疑問形だったけど、それは命令だった。
「そんな!俺にも、まだできることが――」
「いいから行きなさい!……ここから先、君を巻き込まない自信は無いのよ。私の攻撃で死にたくなかったら、早く出ていって!」
そう言い捨てると、彼女は瞬時加速を使って敵に接近。右手に握った蛇腹剣をしならせ、変幻自在の攻撃を仕掛ける。
が……敵の方が一枚上手だった。大きく後ろに下がったかと思うと、右肩に武装を展開。現れたのは、深緑の肩パーツ。そこに取り付けられた小型ガトリングから弾丸がばらまかれ、楯無さんの進路を阻む。
「今度はランチャーストライカーの!?アナタ、滅茶苦茶ね」
「あら、驚いてくれたみたいで嬉しいわ。じゃ、コレもいかが?」
そう言うや否や、非固定浮遊部位のエールストライカーの脇から緑色の砲身が覗き、楯無さんに狙いをつける。
放たれる、ビームなんかとは比べにならないほど強大なエネルギー。幸い楯無さんは余裕で回避していたが、攻撃の余波を受けて更衣室は半壊。光の柱が天へと昇っていく。
「まったく、冗談じゃないわね。ストライクによく似た機体に、いいとこどりのストライカーパックなんて」
「どういたしまして。パーフェクトストライカーっていうのよ、これ。いいでしょ?」
どこまでも軽口を叩き、ニッ、と微笑んで自慢をする敵の口元に、なぜか紅也の姿がダブって見えた。
「でも残念。そんな止まってる的用装備に当たってあげるほど、私は優しくないのよ」
「そう?じゃ、基本に立ち返ってみようかしら」
アームを畳み、〈アグニ〉を再びバックパックに戻したストライクもどきは、右手にビームサーベル、左手にビームライフルをマウントする。それに対し楯無さんはまたもランスを構え、ナノマシンによって制御された水を纏わせる。
先手を取ったのは楯無さんだった。俺と共闘していたときよりも高密度な水を纏ったランスを振り回し、あるときは剣のように、あるときは槌のように、思うがままに振り回す。
恐るべきはその攻撃力だ。あの水に何か仕掛けでもあるのか、ランスに触れたものは端から粉々になっていった。
「それが本気の蒼流旋ね!すっごい威力!」
相手は最初の一撃こそビームサーベルで受け止めたものの、その瞬間にビームが散って刀身が維持できなくなったのを見て感嘆の声を上げる。
その後は回避に徹しているが、全力で動き回る楯無さんの攻撃を回避しきることは出来ない。紙一重で回避するたびに装甲表面が粉砕されていき、金属の粒子がキラキラと宙を舞う。
さらに驚くべきことに、蒼流旋と呼ばれたそれはパンツァーアイゼンすら削り取ってみせた。いったいあれだけの水が、どれほどの破壊力を秘めているというのか。
「まだこんなものじゃないわよ?」
そう言った楯無さんは、ランスを横に振り抜いた。すると、その軌跡をなぞるように圧縮された水の刃が飛び出し、目標目掛けて一直線に飛んでいく。
「あら、紅也の真似?」
対する相手の行動は早かった。左腕のパンツァーアイゼンを手近なロッカーに射出したかと思うと、姿勢を低くして瞬時加速。水の刃を見事に回避してみせた。
倒すべき敵を失った水の刃は直進し、抵抗なく壁を斬り裂いた後に蒸発した。
ランスを振り抜いた姿勢の楯無さんの正面に、ビームサーベルを構えたISが出現する。
そんな危機的状況であるにもかかわらず、彼女は笑みを崩さない。
そして――光の剣が楯無さんを貫いた。ビームの熱を至近距離で受けた楯無さんは、俺の目の前で蒸発し、消えていく……。
「たてなし、さん……?」
嘘だ。
ビーム兵器が強力だってことは、紅也たちから聞いてる。
だけど、ISには絶対防御があるはず。操縦者を生命の危機から守る、束さんが造った完全無欠のシステムが。
なのに、楯無さんが死んだ?
こんなに、あっさりと?
俺の希望を裏切るかのように、楯無さんだったものは、水の粒子となって消え去った…
……かに思えた瞬間、空間内に満ちた水が一気に凝集し、ストライクもどきの全身を覆い尽くした!
水は、まるで意志を持っているかのように自在に動き回り、分子運動を停止し、内側から凍りついていく。
一瞬で起こったその変化に、俺はついていけなかった。
「これが私の切り札その2、『
そんな台詞と共に、ロッカーの影から楯無さんのIS、ミステリアス・レイディが現れる。
水の鎧こそ解いているものの、その身体は傷一つない。
「さて、一夏くん?私は『逃げろ』と言ったはずなんだけど」
「へっ!?いや、その……ごめんなさい!」
「ふう……本当は、こんな血なまぐさい戦闘は見せたくなかったんだけど、まあいいわ。
さて、後はこいつを教師に引き渡して、白式を取り返しましょう」
ため息を吐いた楯無さんは、絶対零度の氷像と成り果てた敵の姿を見て――表情を凍りつかせた。
釣られて俺も視線の先を追う。そこには氷漬けになって身動き一つ取れない敵ISの姿があり、おかしなところは何もない。
……いや、本当にそうか?
氷の中。身動き一つ取れないはずの停止空間の中で、何かが動いた気がする。
動いてるのは、口だ。何かを伝えようとしているような……?えーと……
さ
む
い
じ
ゃ
な
い
……え?
「一夏くん、しゃがんで!」
楯無さんの声を聞き、反射的に頭を庇ってうずくまる。
直後に響く、甲高い不協和音。ガンガンとロッカーに何かが当たる音がして、楯無さんが離れていく。
「あー、寒かった!さすがはロシアの国家代表。技も態度もツンドラね」
「おかしいなぁ。あれはアクア・ナノマシンを使って、常に内部を凍りつかせ続ける技なんだけど」
「考えだけはぬるいのね。あのまま超振動で私を粉砕すれば、あとくされなく解決できたのに」
楯無さんは再びランスを構える――けど、様子が変だ。
ランスに水を纏わせた〈蒼流旋〉状態にせず、身体に水を纏わず、無防備な状態で敵の前に立っているのだ。
……何かの作戦、だろうか?
それにしては、楯無さんの顔色は優れない。
「――焦ってるわね、生徒会長さん」
その表情を見た操縦者の女は、楽しげに声をかける。
まるで、自分の策に嵌った相手に話しかけるときの紅也みたいだ。ならあの仮面の下は、さぞかし悪い顔だろうな。
「来ないのかしら?来れないわよね?じゃ、こっちから行くわよ!」
妙に自信満々な声音で、敵は攻撃宣言をする。
だけど、あの状態でどうするっていうんだ?
楯無さんのあの冷凍攻撃によって、ビームサーベルもビームライフルも結露して使いものにならなくなった。何のつもりかロッカーに向けて発射したパンツァーアイゼンも、温度差によってワイヤーが切れたから使用不能。右肩のガンランチャーも多分イカれてるはず。なのに、どうしてああも自信があるのか?
その答えは、すぐに明らかになった。
敵が右手を上げる。
すると、先程まではあいつを拘束するのに使われてた水が彼女の身体に集まり、身を守る鎧となったのだ!
「「なっ…………!」」
絶句する。
敵はどんな魔法を使ったか知らないが、楯無さんから水という武器を奪い取り、自分のものにしたのだ。
「残念だったわね。ナノマシンを使うのって得意なのよ、私」
そんな意味不明なことを言いながら、彼女は挙げた右手を振り下ろす。
すると、鎧の一部が水の弾丸となり、未だに十分量の水を生み出し切れていない楯無さんへと襲いかかっていった……。
この敵の正体ですが、IS原作にもASTRAY作品にもいない作品独自のキャラです。
IS自体はDESTINEY ASTRAYで活躍したある機体です。