『さあ!ただいまからフリーエントリー組の参加です!みなさん、王子様の王冠目指してがんばってください!』
第二フェイズ開始を告げる更識先輩の言葉と同時、飛行を持たないクリーチャーに1点のダメージを与えてもおかしくないほどの衝撃がステージを揺らす。
『観客参加型』の名の通り、一夏や俺と同室になるためにエントリーした生徒たちが、一斉に進軍を開始したのだ。
「山代くーん!私はここよー!」
「私と幸せになりましょう、王子様!」
「紅也!観念してもらうぜ!」
「妹ちゃんは私の嫁ッ!」
一夏へ向かう軍勢とは別、俺との同居を望む同級生&先輩方が大挙して押し寄せてくる中、ラウラは勢いに押されて完全に俺を見失ったようだ。セシリアもまた、こんな混戦状態で俺を狙撃することができたとしても、王冠の回収など不可能。俺を狙える専用機持ちは鈴音くらいだが、彼女のターゲットは一夏に絞られている。
つまりこの軍勢をさばけば、俺は今まで通りの生活を続けられる。
……そして、それによって利益を得る人物は、俺一人ではない。
「その王冠……貰ったあぁァァ!……ぐふっ」
先手を打った女子生徒の一人が、突如飛来した弾丸によって脳を揺さぶられ、そのまま昏倒する。次いでビスッ、ビスッと乾いた音が鳴る度に一人、また一人。
「何コレ?どこか……らるッ!?」
「狙撃されてる!私たち騙され……どむっ」
「ええい、戦いは数だよ!みんな、が……がいあっ!?」
正体不明の狙撃手を相手に、勢いのままに行動していた生徒たちは戸惑い、立ち止まる。
もちろん、俺がそんな隙を逃すはずもなく……
「あばよ、とっつあ~ん!」
盾を構えたまま、全速力で離脱。とりあえず第一波は凌いだが……
「見つけた、山代くん!覚悟を……ぎゃん!」
「盾なんてずる……くべっ!?」
この勝負、まだまだ終わりそうにない。
◆
〈side:織斑 一夏〉
新たに出現した百人シンデレラ相手に、逃走中でもそうそうお目にかかれないような大立ち回りを演じていた俺の前に現れたのは、あろうことかラウラであった。
しかも、俺の王冠を奪ってから鈴やシャルと取引して紅也と同室になる、何て言ってるし……。同室、って何のことだ?アンタの仕業か、楯無さん!
「……一夏、こっち」
覚悟を決めてラウラと向き合おうとしたまさにそのとき、横合いから伸びてきたのは救いの手。その正体は、一年生最強のIS操縦者にして、唯一の第二形態移行を果たしたISを持つ少女。そして紅也の双子の妹であり、オーストラリアの代表候補生――葵だ。
葵も王冠目当てか?とも考えたが、よくよく考えると葵は紅也と同室だし、現状には満足してる筈。なら、頼っても大丈夫だろう。
「悪い、助かる!」
俺がその手を取ると同時、放たれたのは煙玉。もうもうと灰色の煙が立ち込める中、俺の道標は右手から感じる温もりだけだ。
力を込めて握り返すと、葵の手の温もりが強くなる。それに安心感を覚えた俺は、ようやく心から安堵することができたのであった……。
◆
〈side:山代 紅也〉
ステージの片隅で、突如立ち上った灰煙。
あれは害虫駆除に使う置くだけ殺虫剤の様なチャチなものではない。軍用の装備……スモークグレネードだろう。
なら、あそこにいたのはラウラか?でも、煙幕を使う意味が分からん。あんなものを使ったら、周りの生徒が予期せぬ動きを見せるから、余計にやりづらくなるだけだろうに。
そうそう、たった今、会場を走っていたレーザーサイトが一つ消えた。おそらく、今の騒ぎで動揺したセシリアが排除されたんだろう。これで、狙撃の心配をする必要が無くなったのはありがたい。
……そう思っていた時期が、俺にもありました。
「射撃部正規部隊、前へッ!」
「盾は気にするな!我々の目標は王冠だ!山代紅也の撃破ではない!」
「「「「イエス、マム!」」」」
エルシアさんを始めとする射撃部軍団が、手にしたマシンガンやらハンドガンでの面制圧射撃を開始する。葵が抜けているとはいえ、一人のエースよりもはるかに強力なのが群れの力。一般生徒がはけたのが幸いだが、ピンチには変わりない。
まさか、こんな余興で追い詰められるなんて思ってなかったぜ……。
幸い、こちらの装備は本物の銃弾すら耐える盾。模擬弾程度で壊せるはずもないため、俺は王冠だけ防御すればそれでいい。活路を開くため、俺は周囲を見わたし――
「……マジかよ……」
剣客浪漫譚の主人公すら退けることが出来そうな巨大なガトリング砲を発見した。
どうやら主力部隊が時間を稼いでいる間に、あの機動力皆無な砲台を持ってくるのが作戦らしい。排除を依頼しようにも、同じ部活の仲間を撃つのは気が引けるだろうし、そもそもあの人数を狙撃だけで片付けるのは無理があるだろう。こうなったら、可及的速やかにここを突破するか、物陰に隠れてチャンスをうかがうしかない。
だが、隠れたところで、あの火力の前ではセットなんて紙屑だ。ならば突破を考えた方がいいが、よく見ると彼女らの後方には柔道部や剣道部の面々が見える。俺と射撃部の共倒れを狙っているのだろう。面倒なことしやがって……。
こんな場所でおおっぴらに能力を使う訳にはいかないし、そもそも本気でやったら怪我人が出る。それは俺としても面白くないし、更識先輩にとっても同じだ。
さて、その楯無先輩だが、先程「見つけた」と一言を残したきり連絡を切っている。おそらく、敵がエサに食い付いたのだろう。少なくとも、これで彼女の目的は達成されたわけだ。
ならば、もはや無理して戦う必要はない。俺の選択肢は逃亡一択だ。
……いや、待て。逆に考えるんだ。
逃走はするが、隠れない。
ステージの中に隠れるんじゃなくて、ステージの外に逃げる。
一度人込みの中に紛れ込み、適当なタイミングで外側にはける。うん、完璧。
そうと決まれば、迅速に。迷いによる遅延は、作戦全体の成否を決定する因子になりうる。俺は盾を左腕に装着すると、シャル子から奪い取ったハンドガンを手に、黒い壁のようにしか見えない射撃部部隊へと突撃を開始した!
「来たわよ、マリー!」
「先輩の読み通りね!作戦Bで行くよ!」
正面から面制圧射撃を行っている生徒が突如しゃがみ、複数の影が立ち上がる。
その手に黒く光るのは、切りつめられた銃身を持つ、ポンプアクションのショットガン。
……うん、流石にマズいぜ。
「紅也くん、接近戦に頼る癖は直した方がいいよ?」
ショットガン部隊の指揮を執るのは、モルゲンレーテの先輩でもあるエルシアさん。
そこまで射撃が上手かった印象はないけど、この距離で外したらそいつの硝子体は真っ黒に濁っているに違いない。
「撃てーーーーーェ!!」
「「「「イエス、マム!!」」」」
嵐のような弾丸の嵐が、俺の盾の上で派手に暴れ、踊り狂う。
幸い装着部位は左腕なのでダメージやしびれを感じることはないが、本当の肉体に当たればあざぐらいはできるだろう。戦闘での怪我なら腕や足の一本ぐらい割り切れるが、こんなところでそれをやるのはただのアホだ。
さて、どうしてくれようかと俺が思案するも束の間。
「こちらへ」
退路にする予定だった足下から突如声が聞こえ、足を引っ張られる。
突然のことで対応できなかった俺は、成すすべもなくステージから落下した。
◆
俺の足を引っ張ったのは、学園内では見たことのないスーツ姿の女性。
そんな不審者に誘導されるがままに、俺はセットの下をくぐりぬけ、舞台から離れていく。
……それにしても、これだけ暗い中をよくもまあ歩けるな。暗視ゴーグルでもつけてんのか?スタングレネードがあったら試してえなぁ。
とか考えている間に、ASTRAYネットワーク越しにCALL。先ほどまで援護に徹していた葵からの連絡だ。
(……紅也、いまどこ?)
(敵が釣れた。舞台の下を疾走中だよ)
(了解。援護は必要?)
(……必要ない、と思うぜ。お前は何人かに声かけて、外の警戒に移ってくれ。また例の戦闘機が現れるかもしれねぇから)
(……信じてるからね)
通信が切れ、俺の脳内から妹の声が薄れていく。
……信じてる、か。俺、ちょっとは頼れる兄貴になってるんだな。
安心しろよ、葵。
今まで、俺たちは後手に回らされていた。
予測不能の襲撃や、極秘開発の機体。いつだって俺たちはその場その場で判断を下し、行動するしかなかった。
だけど、今回は違う。
この襲撃は予定調和で、不審者の混ざりやすい会場はただの罠。IS学園の門は侵入者を阻むためにあるんじゃない。中に入ってきた侵入者を逃がさないためにあるんだ。
それを教えてやるよ……スーツのねーちゃん。
人が集まるイベントですもの。当然無策ではありません。