IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第122話 吊り橋が落ちるとき

 シャル子に感動的なねぎらいの言葉をもらい、直後にどこからともなく出現(ポップ)したMobによりバックアタックを喰らった俺は、地面と熱いヴェーゼをかました後に下手人……箒と共に校舎内を歩き回っていた。

 

「……にしても、いきなり蹴ることはねぇだろ。驚いたじゃねぇか」

「驚いたのはこっちだ!大体、あんな公共の場所で、あのように……ほ、抱擁など……」

「いやぁ、シャル子がすごい事言ったから、感極まっちまって……」

「だとしても、だ!全く……」

 

 メイド服のまま腕を組み、その豊満なナイスバディを強調してみせる箒。それを指摘してみたらどうなるんだろうな?俺は一夏じゃねぇから、あえて地雷を踏む気はねぇけど。

 懲りたんだよ、昼間の一件で。

 

「ところで箒、今どこに向かってるんだ?」

「何を言っているんだ、お前は。先導してたのはお前だろう?」

 

 きょとん、とした顔で答える箒。

 あるぇ?とでも言いたげな表情の俺。

 

 二人して見つめ合うこと数秒。目線を逸らしたのが同時なら、ため息をついたのも同時だった。

 

「ノープランか、お互い」

「……そのようだな」

 

 まあ、いくらこういうときはこっちがリードすべき、って分かっていても、これで5回目なんだからネタが尽きるのは勘弁して欲しい。

 2年生のロシアン喫茶は、一人で行くなら面白そうだが、女の子連れで行くにはギャンブルだ。ロシアンだけに。

 同様の理由で、射撃部のサバゲー大会も却下。鈴音あたりなら喜んで参加しそうだが、箒は難しいだろう。俺も……乱射狂(トリガーハッピー)なんて不名誉なあだ名は貰いたくない。

 では、剣道部……も、難しいだろうな。“紅椿”入手以降、箒はISの訓練に明け暮れ、幽霊部員状態になってるらしいし。まあ、これは一夏から聞いた話だが。

 

 さて、じゃあどうするかな……。

 俺は先程見たパンフレットの画像を脳内に展開しつつ、行き先の吟味を始めた。

 

 

 

 

 

 

〈side:篠ノ之 箒〉

 

 ……やはり、私と出歩くのは嫌なのだろうか。

 

 先程から黙りっぱなしの紅也を見て、私は内心戸惑っている。

 

 ――私と紅也の関係は激変した。

 

 臨海学校で起こった、あの『銀の福音』事件。

 私と一夏、そして紅也の3人は、三つ巴のIS戦を繰り広げ。

 

 結果、彼は左腕を失った。

 

 他でもない、私のせいで。

 

「………………」

 

 戻ってきた彼は、いつもと同じ彼だった。

 あの病室で、はっきりと私を遠ざけ……私にできることは沈黙することだけだ、と告げた『山代紅也』ではなかった。

 それを嬉しいと思うと同時、私は――不安になった。

 

 本当に、私には何も出来ないのか。

 力を望み、力を手に入れても、何も変わらなかったのか。

 ならば、私は……何なんだ、と。

 

 みんなにとって、そして紅也にとって、私は……何なんだろう、と。

 

 

 

 

 

 

〈side:山代 紅也〉

 

 とりあえず、ここからだと文化部の部室棟や、体育館が近い。

 今後のことを考えると体育館で待機するのが一番だろうが、あそこは今、軽音部のライブの真っ最中のはず。箒は音楽が好きだったか?それとも、嫌いだったか?少なくとも、普段から音楽を聞いているような様子は知らないし、好きな曲の話などしたこともない。

 文化部部室はあの美術部を始めとして、なかなか面白そうな企画が多そうだった。しかし、内容がマニアックだったり一般受けしなさそうだから、箒が気に入るかどうか。

 ……まあ、しょうがねぇか。とりあえず、こういうのは本人に聞くのが一番だ。

 

「とりあえず、手元にパンフがあるんだけどよ。これ見てどこか良さげな所を教えてくれよ。ホラ、俺と箒の趣味って、必ずしも一致してるわけじゃねぇだろ?」

「……あ、ああ。正直、私はそこまで技術や機械に興味を持っているわけではないからな」

「失敬な!俺だってメカいじり以外にも趣味くらいあるっての!そういうお前はどうなんだ?」

「私か?そうだな……ううむ……」

 

 こういうとき、日本のことわざでは売り言葉に買い言葉って言うんだったか?とにかくそんな勢いで質問をブーメランした俺の言葉への返答は、沈黙という形で返って来た。

 そういえば俺と箒で話すことといえば、大抵はISのことや戦闘技術のこと、それから剣術に関するあれこれぐらいか?箒の趣味、と言われても何も思いつかないのがその証拠だ。そこに思い至ると同時、どうやら俺は足下に仕掛けてあったN2地雷を踏み抜いちまったようだと気付くも、時すでに遅し。ニューラライザーもタイムジャンプ・マシーンも持っていない俺は、過去を変えることも発言を無かったことにすることもできない。

 

「……ま、まあ、適当に出店でも回らないか?ほら、そろそろおやつの時間だし」

「それでは、シャルロットと同じではないか!他に何か……」

「じ、じゃあ、なんか適当に……」

「私なら適当でいいと言うのか!」

「ええ~……」

 

 なんか怒られた。いいじゃん、別に他の奴と行ってたとしても、俺と一緒に行くのは初めてなんだし。

 

「ん~、そうだ!ここはどうだ?『憩いのひとときと真の平穏をあなたに』なんて、洒落ているのではないか?」

「茶道部か……あそこ、商売敵だからな。売り上げに貢献してやる気はあんまり起きねぇ」

「そうか……。なら、確かどこかでやっていたクイズ大会があったが、それは?」

「午後の二回目が始まったのが二時くらいだから、もう間に合わないな。後は……ほとんど喫茶店か。やっぱ、学祭といったら喫茶だよな。……あ、第四アリーナのステージ企画でバンドの演奏やってるけど」

「アリーナか……。少し離れ過ぎているな。それに、バンドにもあまり興味はない」

 

 色々と話しているが、これといって決め手になるようなものは思い浮かばない。

 えーと、喫茶店以外で攻めるなら、『空を飛部』のバンジージャンプや、『料理部』の和食試食、『帰宅部』のお化け屋敷……?どれも、いまいちピンとこない。

 

「……それにしても」

「ん?どうしたよ、箒」

「いいものだな。こうして、二人で行き先を話しあうというのも」

 

 照れくさい台詞を発したことが分かったのか、頬を赤らめつつ呟く箒。

 

「そうだな。なんつーか、普段からいろいろ雑談してるけど、こういうのはなんか違うっつーか、特別な感じだよな」

「と、特別!?……まあ、その通りだ。おかしいな?まだ、どこに行くかも決まってないのに」

「ま、お互いに祭りの空気に当てられてるんじゃないか?悪い気はしないけど」

「それだけではないが……」

 

 確かにこうしているのも楽しいが、せっかくだから何かやりたい。というか、こういうときは男がリードするものだ。

 

「……よし!じゃ、剣道部の剣道体験に……」

「体験も何も、私たちは経験者だろうが!それに、剣道部はちょっと気まず……」

「とかなんとか言ってる間に、そろそろ時間がねぇぞ!」

「し、しまった!じゃあ、えっと……」

「いずれにせよ、近くにしか行けねぇよ!校庭にUターンだ!」

「なっ、ちょっ、まっ、待て!」

「聞く耳持たん!」

 

 リード……と言えるのかどうかは非常に微妙な奇妙な行動だが、とりあえずここからは俺のターンだ。一度相手をすると宣言した以上、無趣味な箒でも楽しめるように演出せねば!

 とりあえず、女の子の好みといえば可愛いものと甘いもの!そこを狙っていけば、ストライクは難しくともスペアくらいは狙えるに違いない。

 

「と、いうわけで……これなんかどうだ?ソフトクリーム!」

「はぁ、はぁ……選択は悪くないが、ラインナップが微妙だな」

 

 箒に指摘され、テントにぶら下がるポップに目を通す。

 ……バニラにチョコ、ブルーハワイにあずき、モンブラン、アイスキューカンバー、しそにバオバブ、ソルトウォーターメロン……?定番はともかく、明らかに地雷っぽいのが数点混ざっていて、今更ながらに箒の言ってた意味を理解する。パンフを見る限り、まっとうなお店だと思っていたんだが……そこはイロモノ揃いのIS学園。生徒のセンスも普通じゃなかった。

 

「……ま、普通にバニラ二つ」

「山代くん、ノリ悪いっすよ~」

「ここはノッちゃいけない気がするんで、すんません」

 

 屋台を切り盛りする3年生の文句を聞き流しつつ、銀色の硬貨を二枚、白く古めかしい机の上に寝かせる。彼女は手なれた様子でコーンを手に取ると、これまた慣れた手つきで綺麗な白い渦巻を作り上げた。

 

「はい、じゃあまずは篠ノ之さんに一つ!山代くんはちょっち待ってね!」

「どうも……って、ストップ!俺、そんな山盛りソフトクリームは食べれません!」

「限界に、挑戦ッ……!」

「そんな福本漫画みたいな顔しても駄目!」

 

 ……と、まあひと波乱あったものの、ブツを入手した俺たちは近くの花壇の淵に腰かけ、残暑によって溶けだした白い甘味を慌てて食べ始める。口内に落ちる白い雫が、ほのかに熱を帯びた俺の身体に染みわたり、全身を冷やしていく。そんな感じがした。

 

「うん、普通に美味いな」

「そうだな。まあ、悪くはない」

 

 俺の独り言に反応したのか、隣で垂れたクリームを舐め取っていた箒が答える。

 

「……とか何とか言って、そんな嬉しそうな顔見せられたら説得力ゼロだぜ?」

「なっ!?べ、別に私は……」

「嬉しくない、とか言われたら傷ついちゃうぞー。ツンデレも大概にしとけって!」

「誰がツンデレだ、誰が!」

 

 むきになって否定する彼女は、せっかくクールダウンしたのにまたかっかと怒りはじめた。一体、何が箒をここまで突き動かすのか。幼なじみでツンデレという、テンプレ的なキャラ造りへと……。

 

「まあ、それはどーでもいいか。溶ける前に食っちまおう」

「まだ話は……っとと!」

 

 コーンの先端から雫が垂れたのを確認した箒が、慌てて残りを片付け始める。

 俺たち二人の間に会話はない。だけど、それは決して苦痛ではない。

 ただ、お互いが近くにいて、同じ空気を共有している。俺は、それだけで十分だった。

 

 だが、隣の女はそうではなかったらしい。

 

「――なあ、紅也」

 

 沈黙に耐えきれなくなったのか、はたまた別の理由があったのかは知らない。

 ソフトクリームを食べ終えた彼女は、空を見上げたまま呟いた。

 

「ちょっと、話があるんだ」

 

 

 

 

 

 

 にぎわう屋台の群れの中。俺は箒の背中を追い、ゆっくりと歩いていく。

 彼女がどこへ行くつもりなのか、俺は知らない。

 だが、表情を隠しながら呟いた箒に対し、俺は拒否する言葉を持っていなかった。

 わずかな変化の予感を感じながら、俺は静かに歩いていく。……騒々しく俺がリードしたさっきとは、まるで逆の展開だな。

 

 揺れる彼女のポニーテールを見ながら、ぼんやりと先のことを考える。

 「祭り」が始まるまであと20分足らず。段取りは頭に入っているが、いつだって不測の事態は起こるものだ。それをシミュレートしつつ、ただただ歩く。歩き続ける。

 

 やがて、彼女は足を止める。外と中とを隔てる、境界線の上で。

 

「……今日、わずかな時間だったが、お前と過ごせて楽しかった。まずは礼を言わせて欲しい」

 

 先程と異なり、正面から俺の目を見つめて、箒は口を開く。

 

「こっちこそ、結局いつも通りだったけど、楽しかったぜ。礼を言うのはこっちの方だよ」

「いつも通り、か……。そうだな。その通りかもしれない」

 

 だが……、と言葉を途中で切った箒は、一度軽く深呼吸をすると、再び口を開く。

 

「私にとっては、その“いつも通り”というのがいいんだ。紅也の言っていたことがようやく分かった。自分が自分でいられる場所、変わらずにいられる場所……それが、どれだけ救いになるか。篠ノ之束の妹ではなく、世界で唯一の第四世代ISの操縦者でもなく、ただの篠ノ之箒でいられることが、どれだけ……」

「……………」

 

 箒の様子は、普段と変わらない。だが、どこか様子がおかしい。

 何か、決定的なことが始まろうとしているのだろうか?そんな予感が、急速に俺の心を満たしていく。

 

「紅也にとってのそれがどこにあるのか、私には分からない。でも、ひとつだけ確かなことがある」

 

 ――既視感を感じる。

 

 7年前のオーストラリア。二人で出掛けた公園。風に揺れる、輝く金の髪。

 

「私にとっての“場所”は、紅也の隣なんだ、きっと……。それが今日、はっきりと分かった」

 

 この場面は――

 

「紅也。私は……お前のことが、好きだ」

 

 あのときと同じ、告白だ。

 




急転直下

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