IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第120話 彼と彼女の事情(二乗)

「遅い!罰金!」

「……いや、冒頭からなに言ってんだよ、ラウラ」

「む、喫茶店で待ち合わせたらこういうセリフを言わなければいけないと聞いたのでな」

「……誰に?」

「あの生徒会長に、だ」

 

 なにやってんだ、更識先輩。それじゃ会長じゃなくて団長だ。というか、ラノベ読むのかあの人。

 

 と、いうわけでラウラと合流した俺は、待たせていた間の飲食代をおごりつつ、ぶらぶらと校舎内を歩いていた。

 隣を歩くラウラは妙に上機嫌な感じ。……これ、俺と一緒に居るから上機嫌、っていう解釈でいい……んだよな?あれだけストレートに嫁嫁連呼されてると、妙にその言葉が軽い感じがして、真剣に受け取っていいものかと迷う。

 

「だが、本当に奢ってもらって良かったのか?」

「いいっていいって。こういうときは、男が奢るもんだ」

「……本音は?」

「臨時収入があったから、金には困ってない」

 

 いや~、あのチケットにそこまで高い値段が付くなんて思わなかったぜ!

 ……それにしても、学生であれほどの金持ち、ってことは……姫川みたいなリアルお坊ちゃんかもな。いや、あのキャラはどーみても不良にしか見えんが。リーゼント解けばイケ川なのに。

 

「で、どこ行く?アイデア無いなら、俺にもいくつか案が――」

「心配するな。私にも、私の計画がある。今日は……その、何だ。つ、付き合ってもらうぞ?」

 

 ちらり、と庇護欲をそそるような表情で見上げてくるラウラに、思わずドキリとする。

 が、普段は鋭い所のあるラウラも今は手いっぱいなのか、俺の動揺に気付くことなく話を続けた。

 

「せっかくだから、私は――」

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ……って、山代くん!おかえり~」

「えっ、山代くん生きてたんだ!」

「もう、駄目ですよ。女の人の悪口を言っては」

「そうそう!いくら織斑先生が男勝りで彼氏いなくて、性格ブスのせいでモテなくてもォォォォォゥ……」

「るかちゃん先輩ぃぃぃぃぃ!!」

 

 やってきた……というか、帰ってきたのは、俺が先程まで働いていた弓道部の、和服喫茶であった。

 行列は消え、ピークが去ったのかあんみつ目当てのお客さんがちらちら見える程度で、かなりヒマそうだ。

 

「やはり、賑やかだな。こういった場は」

「弓道部って練習中はおごそかだけど、それ以外は割とフリーダムなんだよ。ま、入ろうぜ」

 

 先程吹き飛んだ一名(せんぱい)を意図的に視界から外し、にわかに戦場の様相を呈してきた勝手知ったる店内を歩き、一番いい席を確保しておく。ちなみに『いい席』といっても、窓から出席簿で狙撃されたり、入り口から入って来た人間を見逃さない、といった相良○介的な意味での席だが。まあ、対面に座るラウラには景色も見えるし、いい席だと思う。

 

「あの的を狙って撃つのか?射撃訓練と大して変わらんな」

「銃とは違うんだよ、銃とは。ちょっとやってみないか?」

「……まあ、興味はある」

 

 わざわざ弓道部を訪ねた狙いは、どうやらこのあたりにあったようだ。

 

「……と、いうわけで天白先輩!」

「私に頼まないで、自分で見てあげた方がいいよ」

 

 とりあえずヒマそうにホ○ー・ジャパンをペラペラめくっていた天白先輩に指導を頼もうと声をかけたが、返事も聞かずに却下される。

 

「でも、せっかく本格的にやりたいって言うなら、先輩の方が適任のような……」

「そうかもね。でも山代くん、その子の顔を見て同じことが言えますか?」

 

 ちら、と今度こそこちらを一瞥した天白先輩につられ、俺も正面に視線を戻す。

 すると、そこには……

 

「う~~~~~……」

 

 視線を弓や的の方に向けつつ、時折チラッ、チラッと俺の方を探るように見ている眼帯の女の子の姿。

 ……ラウラってたまに、実年齢よりもずいぶん幼く見えるときがあるよな。

 

「えーっと、ラウラ」

「む。」

「……やっぱり、俺とやってみようか」

「! あ、ああ、よろしく頼む」

 

 俺が指導する、と言った途端に表情筋を緩めるラウラ。

 それみたことか、と言わんばかりに手元に視線を戻した天白先輩に軽く頭を下げつつ、俺たちは座ったばかりの席を後にする。

 周りからは「ひゅーひゅー!」だの「ぶーぶー」だの「こひゅー……こひゅー……」だのヤジが聞こえてくるが、それらはこの際完全無視。

 ……いや、一つ明らかにヤバい人がいたけど、まあどうにかなるだろう。

 

「じゃあ、コレ持って」

「ふむ……こうか?」

 

 弓を渡したら、ラウラはまるでボウガンのように弓を水平に構え、目線の高さに上げてしまった。

 

「違う違う。どっちかというと、アーチェリーに近い感じだ。ホラ、こうやって地面に垂直に弓を立てて」

「あ……と、こうか?」

 

 言われるがまま、一度床に弓を立てたのを確認し、次の段階に移る。

 

「聞き腕は右だよな?なら左足を半歩前に、右足は半歩後ろに動かして、顔は的の方へ」

「ナイフを構えるときと同じだな」

「物騒なたとえをするな。……で、次に弓の下を左の膝こぞうに乗せて、左手で弓を保持する」

「……むぅ、安定しない」

 

 とりあえず構える段階までは行ったものの、慣れてないせいかラウラの弓は妙にフラフラしている。

 ……懐かしいなぁ。俺も、昔はこんな感じだったか。

 

「ちょっとそのままでいろよ」

 

 一声かけ、ラウラの後ろに回る。

 ……確か、師匠が教えてくれたときは、こうやって……。

 

「!? い、いきなり何をする!」

 

 後ろからラウラの持つ弓へと手を伸ばし、彼女の手の上から弓を固定する。

 残った右手で同じくラウラの手首を掴み、右腰のあたりに持っていく。

 

「これが正しい構え方だ。こうすれば安定するはずだけど……分かるか?」

「い、いやっ、それより……この体勢は……」

 

 ……体勢?

 そこまで言われて俺は、はた、と気付く。

 今の俺の状態を、プレイヤー視点の俯瞰カメラで見てみよう。

 ラウラの背中に密着し。

 両手を掴んでいる。

 これでは、まるで。

 

 俺が、ラウラを抱きしめているみたいじゃないか。

 

「……………あ、成程」

 

 そりゃ、ラウラが焦るわけだ。逆にこの焦りっぷりを見ていると、本来焦るべき俺が冷静になっていく。

 さて、ここからどうしようか?

 今更慌てて離れたりしたら、周りに茶化されるのは間違いない。

 ならば、最後の手段。

 

「……次は、矢をつがえて……」

((((逃げたっ!?))))

「……それは、どうやるのだ?」

((((乗った!?))))

 

 革新者に進化したわけでも宇宙に適応したわけでもないのに、周りの心の声が聞こえたような気がするが、それすらもスルー。

 俺たちは何事も無かったかのように、矢をつがえ、構えさせる。

 

「後は、射ってみるだけだけど……片目じゃキツくねぇか?」

「銃を撃つときも眼帯をつけている、問題は無い」

「でもなぁ……半身を捻ってるわけだから、勝手が違うぜ」

「……な、なら、紅也がこのまま一緒に……」

 

 当たり前だが、弓は銃よりもはるかに精度が低い。それを考えて指摘してみたが、かえってラウラは意固地になってしまったようだ。しかも、それとなくこの密着姿勢のまま矢を射ろうとしている。

 

「悪い、ラウラ。……さすがに、恥ずかしい」

「むぅ……」

 

 やはりスネたような顔をされたが、こればっかりは譲れない。離れるタイミングは今しかない上に、このまま続けたら顔から火が出そうだ。

 握った左手をゆっくりと離しつつ、ラウラの手がしっかりと弓を握っているのを確認。次いで右脚を一歩下げ、今まで重なり合っていた身体と身体を引き離す。

 

「最初は力加減が難しいかもしれねぇけど……ま、気楽にやってみろよ」

「気楽に、だと?私を甘く見ない方がいいぞ、紅也!」

 

 華奢な見た目に反して、軍人らしい力強さで弓を引くラウラ。

 目線の先には的の中央が存在し、彼女の狙いは間違いなく正確であると確信できる。

 しかし……

 

「はっ!!」

 

 気合いの一声と共に放たれた一撃は、的を逸れて背後の土壁へと突きささる。

 

「馬鹿な……。……ならば!!」

 

 一度弓を置いたラウラは、封印された左目を解き放つ。

 露わになった黄金の瞳は、彼女が持つ特殊技能にして、彼女の転落と栄光のきっかけとなった切り札――ヴォーダン・オージェ。

 ……でも、視力や反応速度を向上させても、原因はそこじゃないんだよなぁ。

 

「何故当たらん!」

 

 案の定、二射目も的から逸れた。

 

「力み過ぎて、矢が真っ直ぐ飛んでないんだよ。狙いはいいんだけどな」

「銃とは勝手が違いすぎる!……そもそも、本当に真っ直ぐ飛ぶのか?」

 

 ピクリ、と部員の数名が反応した気がしたが、これも全力で無視。

 俺はラウラの腕から弓をひったくると、既に何度繰り返したか分からない射のプロセスをなぞりながら、的を見据えて矢を放った。

 狙いは的の中心……だったが、外郭ギリギリの淵に突き刺さり、なんとか命中といった様相であった。

 

「……とまあ、慣れてくるとこうやって命中するわけだ」

「そうか……私が未熟だっただけか……」

「そうですよ!」

 

 むしろ初心者がいきなり命中させたらすごいと思うが、ラウラは明らかに落ち込んだ様子。とりあえずフォローしようと口を開いた矢先、横合いから追い打ちをかけるような声が上がった。

 二人揃ってそちらを見ると、いつの間にやら道着に着替えた天白先輩の姿。

 対して気負った様子もなく弓を構えたかと思えば、速射。適当に放たれたかと思った一撃は、正確に的の中央を貫く。

 次いでもう一射。瞳の奥に仄かに赤い光を宿した先輩が、先程刺さった矢を正確に射抜き、二つの矢じりを的にめり込ませる。

 

「…………」

 

 弓道部員としては慣れた光景だが、ラウラは絶句している。

 

「練習すればその程度、誰でも出来ます」

 

 その一連の流れに触発されたのか、真打ち登場とばかりに現れる部長。流れるような動作で弓を構え、見るもの全てを虜にするような優雅な仕草で矢を放つ。

 ひゅっ、と風を斬る音が聞こえた次の瞬間、轟音と共に的と壁が砕け散った。

 

「……………………」

「いや、あの二人は別格だからな?」

 

 理解を越えた光景にフリーズしてしまったラウラだが、周囲はそれどころではなかった。

 

「部長!頼むからもうちょっと手加減してくださいって言ってるじゃないですか!」

「天白先輩も、焚きつけるような真似は止めてくださいよ!」

「あーもう、この力自慢は!」

「今のでるかちゃん先輩が!先輩がぁぁぁ!」

「な、なんですか!まるで私が悪いような……」

 

 土壁を修復する者、名護屋河先輩を取り押さえる者、衝撃で落ちた食器を片づける者、今度こそ完全に意識を失う者……。わいわい、がやがやと。お客さんがいないのが幸いだが、店内はてんやわんやの大騒ぎだ。

 

 ふと、隣に視線を移すと、ラウラはその光景をただ静かに見つめていた……。

 

 

 

 

 

 

「私は、な」

 

 ようやく騒ぎが一段落し、当店自慢のあんみつを食べていると、ラウラが唐突に切り出した。

 

「見てみたかったのだ。嫁や、他の生徒が所属している、部活動の雰囲気というものをな」

 

 視線の先には、先程の騒動によって集まってきた、複数の女子生徒の姿。そして、注文を受けて慌ただしく走り回る部員たちも。

 

「そっか。騒がしいだろ、ここ?」

「ああ。クラスとはまた違った雰囲気だな」

 

 そう言って、再び訪れる静かな時間。

 だがそれは決して不愉快なものではなく、まどろむような、穏やかな心地よさを与えてくれるものだと俺は感じていた。

 

「……にしてもラウラ、昔だったらこんな風景を見たら『子供のお遊び』だの言って馬鹿にしそうなモンだったよな」

「あれを見て『お遊び』と言えるほど、私は能天気ではなかったぞ」

「あれは……忘れてくれ。例外だ」

 

 とりあえずちょっとからかうつもりで告げた一言は、崩れ去った土壁を見つめる彼女によって真顔で否定された。

 そう言うことを言いたかったわけじゃないんだよな、とか思いつつも、こうして冗談を返せるようになったラウラの成長を嬉しく思う俺もいる。

 

「冗談ではないぞ。二重の意味でな」

「……………」

 

 もう、あの惨事のことは無視して欲しい。

 

「……確かに、あれらはかつての私にとって不要なもの……いや、むしろ邪魔なものだった。だが……」

 

 腕を組み、彼女は正面に座る俺を見つめる。

 

「自分に力があれば、つながりなど不要だと思っていた私は、お前たち兄妹と……私より圧倒的に弱かったはずの一夏に、敗北した。……しかも、VTシステムに心を呑み込まれるという失態まで犯して、な」

「ラウラ……」

「だが、あいつは……いや、お前はこう言ってくれたな?『まずは、周りを見渡してみろ。お前が拒絶しているものに、目を向けてみろ』」

「そうしなきゃ、何も始まらない……だよな?」

「ああ。それまでの私が間違っていた、とは思わない。だが、それ以外のあり方もあるのだと初めて気付かされた」

 

 そう言いながら、彼女らしからぬ柔和な笑みを浮かべるラウラの姿につられ、俺の口角も自然と緩んでいく。

 ……ああ、分かっていたよ、ラウラ。

 そもそも『ご奉仕喫茶』を提案したのだって、その準備で張り切っていたのだって、お前が周りと関わろうとした結果なんだ、って。

 軍人として造られ、育てられたお前だって、軍という閉ざされた世界から離れて様々な経験を積めば変われるんだ。

 俺たちの母さんと、同じように……。

 

「……それから、もう一つ気付いたこともあったな。……そういえば、そろそろ時間が……こ、紅也!」

「……ん、悪い。どうした?」

「もう一か所だけ行きたい場所があるんだ。……ちょっと、来てくれるか?」

 

 自分の考えに集中していたせいで、ラウラが前半何を言っていたのかはほとんど聞こえていなかった。しかし、確かにここに長居をしすぎた。もし次の目的地があるなら、急がないと間に合わないだろう。

 俺は素早く二人分の支払いを済ませると、慌ててラウラの後を追った……。

 

 

 

 

 

 

「おーい、ラウラ。そっちは校門だぜ?屋台は見ないのか?」

「それも魅力的だが、時間が無い!まずはこっちに来てくれ!」

 

 しきりに時間を気にしながら、なぜかラウラは学園の出口へと向かっていく。

 俺が覚えている限り、この屋台通りを越えた先には何もなかったはずだが……何か見せたい景色でもあるのだろうか?

 

「時間切れ……だが、シャルロットが来る前なら……」

「僕がどうかしたの?」

「!!」

 

 屋台にできる行列、見物客によって混雑する通りを急ぐラウラだったが、横合いからかかった声を聞いて静止する。

 姿を確認するまでもない。その声の主は、紛れもなく話題のシャル子本人に相違ない。

 

「いやあ、ちょっとお腹が空いてたから何かをつまもうと思ってここに来たんだけど、ちょうどいいタイミングだったよ。」

「……私としては、最悪のタイミングだったぞ……」

「どうして?……って、ああ。例のジンクス……」

「~~~~~!と、とにかく、こうなってしまったからには仕方が無い!嫁よ、また後で会おう!」

 

 ラウラは諦めたかのように首を振ると、まるで見逃された雑魚敵のような捨て台詞を残して去っていき、人波に呑まれた。

 ……後、か。今日これから、自由時間が取れる保証はないんだけどね。

 

 ニコニコと喜色満面の笑みを浮かべながら手招きをするシャル子へと進路を取りつつ、俺はこれから起こる……いや、起こすイベントへと想いを馳せていた。




弓道部の二人には元ネタがありますが、流石にこのネタを当てられる人はいないだろう……。

デートイベントはまだまだ続きます。

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