「……と、いうわけで、俺と葵は先に休むから」
「ち、ちょっとお待ちください!わたくしも、朝からずっと働いているので、お休みが欲しいのですが」
「待て、セシリア。私も、嫁と一緒に学園祭を回りたい」
「ラウラ、正直だねぇ……。でも、僕もちょっと疲れたかな」
「それを言うのなら、私も……少し、休憩したいな」
「待って待って!みんなが一斉に抜けたら、いよいよお店が回らなくなっちゃうよ!」
俺が休憩に入ると告げた瞬間、この騒ぎ。
みんな、どんだけ休みたいんだよ。……ラウラは、明らかに俺と一緒に回る気だろうけど。
……いや、待てよ?そういえばみんな、俺が抜けたときも働いてたような……?
「も、もしかしてみんな……今まで、ずっと働いてたの?」
俺の一言に対し、一斉に『こくり』と頷く4人。……マジか。
「鷹月さん……」
「分かってるわ。私も、そろそろ休んでもらおうと思ってたし。……よし!メンバー交替よ。田島さん、ラスカロフさん、大平さん、リアーデさん、代わりに入れる?」
「じゃあじゃあ、私も……」
「飯田さんはもうちょっと頑張ってね」
「……はいは~い」
とりあえず話がまとまり、一夏を除く専用機持ちには休憩が与えられることになった。……いや、ぶっちゃけ四時間以上連続労働はどうかと思う。昼もまだ食べてないだろうし。
「なんか、悪いな。俺、こっちではロクに働いてないのに」
「気にしないで、山代くん」
「男手だったら、織斑くんがいるし!」
「山代くん人気無いから、いてもいなくてもあんまし変わんないし!」
「でもでも、せっかくだからお店の宣伝してきてね!」
う……最初のラスカロフさんはいいとしても、後の3人は微妙に傷つくことを……。
ていうかリアーデさん、『人気無い』って今この瞬間のことだよな?いつも人気が無いって意味じゃねえよなぁ!?
「まあ、細かいことは気にせず、行こうではないか」
「……ラウラ、どうして紅也の腕をとるの?」
「そういう葵さんも、手を繋いでいるではありませんか」
「セシリアも、二人がいなければそうするつもりだっただろうが……」
「そうだね、箒。でも、君だって……ふふふ」
葵と繋いだ右手の反対側に、足音一つ立てずに滑りこんできたラウラ。腕をからめてるつもりなのかは知らんが、その締め方だと完全に関節が極まってる。ていうか、義手じゃなかったら痛みで悶絶してるレベルだ。さすがは軍人。
……そうだ。『人気が無い』とか言われても、俺にはこうやって慕ってくれる女の子がいるんだ。
俺は、ここにいていいんだ!
おめでとう、おめでとう!……と、俺の脳内でデフォルメされた人々がパチパチと拍手喝采を始める。その内訳はモルゲンレーテ4割、IS学園3割、知らない制服の小学生2割、残りはSDサイズのASTRAYとエイミーさん。……シュールだ。
「……で、紅也がトリップ中だから、とりあえず先にどうするか決めようか」
「ここは公平に、くじ引きなりじゃんけんなりで決めればいいだろう」
「よろしい、ならば戦争だ。勝者が紅也の処遇を決めればよい」
「ラウラさん、箒さんの話を聞いていましたの?」
「……時間を決めて、順番に回ればいい。学園祭は、まだ終わらないし」
「そうだね。じゃあ、その順番を決める方法を決めようか」
「ここは公平に、くじ引きなりじゃんけんなりで決めればいいだろう」
「よろしい、ならば……」
「ちょっと!会話がループしてますわよ!
セシリア、あのNINJA漫画読んでるのか。ああいうのを外人が読んで、間違った“NINJA”像を持ったまま日本に来るんだよ。本物の“忍者”はもっとこう、地味で、裏方で、汚れ仕事で、でも主人のピンチには必ず駆けつけて、風車やクナイで派手に立ち回るものだろ!
……まっ、俺も外人枠だけどな。忘れがちだけど。
「まあ、待ってくれよ。とりあえず、俺と葵は今から一緒に回る予定なんだ。時間が無いから、俺たちは先に行く。戻ってくるまでに順番を決めておいてくれ!」
「ま、待て、紅也!」
「時間が無い、って……。まだ、三時間近く残ってるけど」
投げっぱなし、というのは男として非常に申し訳ないと同時、自分が(技術的分野以外では)ひどく優柔不断だということを再認識させられるが、とにかく今は時間が無い。
なにせ、更識先輩が提示した“期限”まで、もう二時間を切っているのだ。大事なイベントの前に、少しでも精神をリフレッシュさせておきたい。
だからこそ、俺は葵の手を取り、ラウラの拘束から抜け出し、箒とシャル子の声を背中で聞きつつこの場を去る。
「ちょっと、紅也さ……って、速過ぎですわ!」
「……………」
「ん、どうしたの、ラウラ?」
「……いや、先程一瞬、紅也の腕が細くなったような……?」
(あの馬鹿め……)
◆
〈side:山代 葵〉
ちょっと強引に紅也に手を引かれ、いつもより急ぎ足の兄に歩幅を合わせる。
それだけのことが、なんだかとても懐かしい気がして、少しだけ胸が高鳴る。
しっかりと握られた左手に感じる、確かな暖かさ。そこから感じるのは、赤く熱い鼓動により生み出される生命の息吹。
生きている。
紅也は、生きている。
触れ合うだけで、近付くだけで、それを知ることができる。
それが、こんなにも安心することだなんて……『福音事件』以前には、想像もできなかった。
「……い、……おい、葵!」
「…………あっ、どうしたの、紅也」
「どうしたの、じゃねぇだろ。そんなにボーっとして……。転ぶぞ?」
「……転ばないもん」
なのに、なんでこの兄は、感傷をだいなしにするようなことを言うんだろう。
私、もう、子供じゃないのに。
……。
………。
…………。
……もちろん、大人の階段を登っちゃったわけではないわよ。念のため。
そもそも、そういう相手もいないし……。
「……疲れてんのか?だったら、俺は一人で」
「疲れてない。ちょっと、ぼーっとしてただけ」
こちらを気遣ったつもりかもしれないが、とんでもないことを言い始めた紅也に対し、やや食い気味に返事をする。あまりの剣幕に「びくっ!」と身体を震わせた紅也は、それでも動揺を表に出すまいとこらえながら――まあ、バレバレだけど――言葉を続けた。
「そっか。じゃ、どこに行く?とりあえず腹は減ってねぇから、どっかで遊ぼうと思うんだけど」
「じゃあ……」
ゴソゴソ、とスカートのポケットから取り出したのは、一枚のパンフレット。デフォルメされた、まるで妖精のようなISが描かれた、5ページもないような小さな冊子。
「学祭のパンフか。どこで貰ったんだ?」
「……クラスで配られなかった?」
「……あのバカ担任」
ぼそっ、と呟いた直後、紅也は大層慌てた様子で周囲を見回す。
警戒しすぎよ。ここに織斑先生はいないわ。
……外の方から、どえらい殺気を感じたもの。
「…それより、これ見て決めよう」
「そうだな。じゃ、とりあえず近場から……おっ、これなんかどうだ?」
「これ?……紅也がそれでいいなら」
「よっしゃ、決まりだ!」
言うが早いかパンフレットを放り出し、また私の手を握る紅也。
わたしはひらひらと舞うそれに手を伸ばし、瞬間的に掴み・折りたたみ・しまい込む。
それに要した時間、わずかに1秒。
こんなことをするなんて、私も浮かれてるのかな?
◆
「失礼しまーす」
「芸術は爆発だ!」
「…………」
「え、スルー?スルーなの!?」
と、いうわけでやってきたのは美術部の出店。
どうやら、成功すれば豪華景品がもらえる!という触れ込みのゲームをやってるみたいだけど……最初の一言と、部屋の中央に鎮座する巨大なパイナップルを観た瞬間、何をやるのか察しが付いた。
「へえ、爆弾解体か。こいつは面白そうだ。技術者としての腕が鳴るぜ!」
「おっ、淡白な反応に見えたけど、実は結構ノリノリ?おねーさん嬉しいぞ!」
部長、と書かれた腕章を身につけた上級生が、部屋の中央に鎮座するタワーボムを指差す。どうやら、これを解体しろということらしい。
「くぅ~っ!……と、葵!どうする?俺が先にやってもいいか?」
「……別に、いい」
「よっしゃ!じゃあ、景品は山分けな!」
言うが早いか、自前の工具を指の間にはさんだ紅也は、巨大構造物に向かって突進していく。私はそれに呆れつつも、水を差すようなことはせず、静かに観戦させてもらうことにした。
「山代さん……で、合ってるよね。お兄さん、いつもああなの?」
「……はしゃぐと」
「ふーん。同じ男の子でも、噂に聞く織斑くんとは全然違うのね」
静かに見ていようとしたのだが、私はあっという間に美術部の女子に取り囲まれ、話の渦中に引きずりこまれる。
忘れがちだけど、紅也は学園内にたった二人しかいない男子の一人で、私はその妹。こっちが知らなくても、向こうが私を知っているなんてことはざらなのだ。
「……それより、あれ、誰が作ったの?」
正直、今でも知らない人と話すのは苦手。
だから、せめて会話の主導権だけでも握ろうと、私はあのフザケタ爆弾もどきについて尋ねることにした。
「あれ、ねえ……。部長の暴走の結果、というか……」
「それに便乗した私たちの作品、というか……」
「本当はこのくらいの大きさだったんだけど……」
そう言って奥から引っ張り出されてきたのは、ごくごく標準的な設置型爆弾。授業でも扱ったことのあるタイプだけど、細部のデザインや配置を変えてあるあたりに美術部としてのこだわりを感じる。
「でも、あれはそんなチンケな量産品とは別物よ!」
手に取り、しげしげと爆弾を眺める私の頭上から、まるで音爆弾でも破裂させたかのような大声が響く。
どうやら、先程まで紅也にルールの説明をしていた部長が戻ってきたようだ。
「山代くんには悪いけど、あの爆弾はそんじょそこらの技術者ではどうにもならない代物なの。制作に半年もかけた超大作!」
半年前から学園祭の準備をしてたのかしら?
いや、それよりも。
「……あまり、紅也をナメないで」
そんじょそこらの技術者?こいつは、何も分かってない。
生まれながらに『作ること』に対する適性を持ち、中学入学直後からモルゲンレーテで働き……気にいらないけど、腕は確かな“あいつ”に弟子入りして研鑽を積んだ紅也が、並みの技術者ですって?
「紅也は……あんなの、すぐに無力化する」
「すぐに?時間をかければ大丈夫かもしれないけど、それは無理よ。
あれは、持てる技術の全てを注ぎ込んだ完璧な爆弾よ。光センサー24基、対解析用コンピュータ3台、装甲を開くたびに噴出するガス、杭などの仕掛けが数十個!無数の基盤と配線、さらに内部構造の一部は完全にブラックボックス化してあるの!だから……」
なんだか、長くなりそうな話を始めた美術部の部長だったけど、それはすぐに中断された。
爆弾から響いた、断末魔の様なアラーム音によって。
「……え、嘘……。私の傑作が、こうもあっさりと……」
これは想定外。
紅也は、私が思っていたよりもはるかに早く対処したようだ。
……やっぱり、すごい。さすがは、私の自慢のお兄ちゃん。
「……受け入れなさい。これが、現実よ……」
「そんなっ……。あり得ない!だって、こんな短時間なら、外装だって外れないのに!」
叫びつつ、現実を否定する女は、最後の意地とでも言わんばかりに勢いよく回れ右。そのまま、あのタワーボムを処理していたはずの紅也の方へと目を向ける。つられた私もその目線を追い、紅也の雄姿を見ておこうと思ったところで――固まった。
私の……いや、私たちの目線の先に居たのは。
どこから取り出したのか分からない日本刀を両手で持ち、それを爆弾に突き立てている馬鹿だった。
「へ……。何で、爆弾の制御中枢があの場所にあるって……」
うん、とりあえず『解体』ではなかったにせよ、爆弾を無事に無力化したのは確かな事実。
でも、部長さん。驚くポイントがズレてない?
「心臓部の場所は……外装を外した上で念入りにケーブルの流れを追って、ある程度時間をかけないと分からないはずなのに……。それを、あの一瞬で、一体どうやって!?」
その声を聞き、静かに日本刀を抜き取った紅也は、血糊を払うかのような仕草をしてから刀を鞘におさめ、私たちの方を見る。
「えっ?どうやってかって?部長さん」
そして。
「そりゃあ、言いにくいな……」
ゆっくりと、こちらに歩み寄りながら。
「しかし、その言いにくい所をあえて説明するならそれは……」
右手を握り、親指を上げて――
「カン……だぜ」
ビシィ、とでも擬音が出そうな、見事なサムズアップを決めたのだった。
……とりあえず、一つだけ言わせて欲しい。
「私の感動を……返せ!」
「うぐぅ!?」
“技術者”、関係ないじゃん!
戸田先生版ロウも好き。