執事不在の御奉仕喫茶の明日はどっちだ!?
《あんみつと抹茶、二つずつだ》
「オッケ~!」
「そう、こうやって、弓を構えて……いいですね、決まってますよ!」
「なにをもたもたしているのです。早く注文を決めなさい」
「睡蓮ちゃん、つれないな~」
俺が援護に入って数分。既に噂を聞きつけた女子生徒たちが、徐々にその数を増やしていった。
最初はガラガラ……とまではいかなくとも、7人ほどしかいなかったこの店も、今や満員御礼。弓道体験をやってくれる人もいるので、なかなかホクホクな状況だ。
……まあ、あんまり部員が増えすぎても、一人当たりの練習時間が減って困るけどさ。
「ね~え、山代くん。もし私が弓道部に入ったら、こうやって手取り足取り教えてくれるの?」
「うーん、あなたがそれでいいなら、そうしましょう」
俺じゃなくて、先輩の誰かが、手取り足取り教えてくれるはずだ。
「そ、それじゃあ、私も――」
「力を抜いて、手を離してください」
「……え、えいっ!」
放たれた矢は、そもそも的に届くことすらなく……3mほど進んでから大地に刺さった。
「残念でしたね。またの挑戦を、お待ちしています」
「え、本当!?そ、それじゃあ……また来るね!」
弓道体験を終えたその子(リボンの色からして、同級生だろう)は、急ぎ足で会計を済ませると、顔を赤くしたまま去っていった。……またのご来店を、心よりお待ちしています。
「山代くん、罪作りだね」
「何のことやら」
「分かってるくせに」
女子生徒の背中を何となく見送っていると、先輩の一人にそうからかわれた。
……確かに、ちょっとホストみたいな態度だったな。
「……それにしても、大したジゴロっぷりね」
「言わないでくださいよ。……まったく、狙ってやるのと天然、どっちの方が重罪なのやら……」
「何のこと?」
「いえいえ、こっちの話です」
◆
〈side:織斑 一夏〉
「へくしょん!」
「どうしたの、一夏くん?」
「……いや、何でしょうね?誰かが俺の噂をしてたのかも」
突然やって来た先輩……楯無さんと
……え、メイドの数が合わないって?
いつの間にかリアーデさんが消えて、代わりに楯無さんがメイドになってたんだよ。だから、合わせて5人。
「そうそう、一夏くん。私、もうしばらくお手伝いするから、校内を色々見てきたら?」
「えっ、いいんですか?」
「うん、いいわよ。おねーさんの優しさサービス」
確かに、働いてばっかりだから、俺だって学園祭を楽しみたい。
だから、これは俺にとってかなり魅力的な申し出なんだけど――
「紅也に続いて俺までいなくなると、クラスメイトからお叱りが……」
「それも大丈夫。私が適当にごまかしておくから」
そこまで言われると、俺の心の天秤が傾く。
確かに、楯無さんなら十分に人気があるし、お客さんも怒らないかな?
「じゃあ、ちょっとお願いします」
「うん、行ってらっしゃーい」
着替えるのが面倒だったので、執事服の上着を脱いで、廊下に出る。相変わらずの長蛇の列だったが、楯無さんが手伝ってくれているおかげでさっきよりも回転が速い気がした。
「あ、織斑くんだー」
「ねー、どこ行くのー?休憩?」
「まあ、そんなところ」
声をかけてくる女子に返事をしながら、正面玄関へと向かう。
「ちょっといいですか?」
「はい?」
そんなとき、ふと、声をかけられた。それも、階段の踊り場で。
「失礼しました。私、こういうものです」
声の主は、スーツを着た大人の女性。左手で山盛りのポップコーンを持ったまま、右手で手早く名刺を取り出して渡してくる。
「えっと、IS装備開発企業『みつるぎ』渉外担当・巻紙礼子……さん?」
その人はふわりとしたロングヘアーがよく似合う、美人の女性だった。
声をかけてきてからずっとにこにこと笑みを浮かべている。なんていうか、『企業の人間』っていう感じだ。
「はい。織斑さんにぜひ我が社の装備を使っていただけないかなと思いまして」
ああ……、またこういう話か……。
今更だけど、
はっきり言って、世界で唯一ISを使える男子(紅也が使ってるのは、ISじゃないらしいから、俺一人で間違いない)である俺が駆る白式に装備を使ってもらえるというのは、想像以上に広告効果が高いらしい。
特に、白式の元々の開発室である倉持技研が未だに後付武装を開発できていないということで、各国企業から山のようにお誘いが来ている。
紅也曰く、そうやって装備を使わせることで、最終的に俺の身柄をも狙っているという話だ。大人って怖い。ついでに、そんな発想が出てくる紅也自身も、やっぱり企業の人間なんだな、と実感した。
(って言ってもなぁ。白式が嫌がるからどうしようもないわけだが)
白式のコアはかなりワガママらしく、射撃武器を取り込むのは無理だった。盾も嫌がるし、〈雪片弐型〉以外の格闘武器もノーだ。変わったところでは火炎放射器とか、フレイルとか、そういうのを提供した企業もいたけど……やっぱりダメだった。……というか、いらねぇよ、そんな変態武器!
「あー、えーと、こういうのはちょっと……とりあえず学園側に許可を取ってからお願いします」
「そう言わずに!」
スーツとポップコーンの女性こと巻紙さんは、見た目とは裏腹にえらくアグレッシブな交渉をしてくる。腕を思い切り掴まれ、その場を失敬することもできなかった。
「こちらの追加装甲や補助スラスターなどいかがでしょう?さらに、今ならもう一つ、脚部ブレードも付いてきます!」
「いや、あの、本当にいいんで……。ていうか人を待たせてるんで、悪いけどこれで……」
そう言いながら手を振り解こうとするも……思ったよりもはるかに力が強く、放してくれない。
さて、どうしようか。これ以上力をこめたら、せっかく買ったポップコーンをバラ撒いてしまうことになる。かといって、これじゃあキリがないし……
「あ、一夏くん!もう、いくら待ってても来ないから、心配したのよ?」
「へ?」
どうしようか、と頭を悩ませていたとき、どこかで聞き覚えのあるような女性の声が、俺の鼓膜を震わせた。
「ちょっと貴女、一夏くんから手を放してくれない?私のほうが先に約束してたんだけど」
「なっ、てめ……あなた、何ですか?」
「無礼者に名乗る名なんて無いわ。それ以上の強引な勧誘は、ルールで禁止されているでしょう?」
「くっ……」
厳しい表情で睨まれ、弾劾された巻紙さんは、ようやく諦めて俺を解放した。
な、なんだか知らないけど……助かった。
「じゃ、行きましょう一夏くん。まずはどこに行きましょうか?」
「え、あ、ちょっと!」
だけど、代わりに新たに現れた女性が俺の手首を掴み、そのまま階段の下へと引きずっていく。
いや、まあ、俺の行く方向もそっちだから、いいんだけどさ。
しばらく無言で歩き続け、巻紙さんを完全に振り切ったところで、俺は彼女の姿を見る。
サラサラしたブロンドヘアーを、肩甲骨の辺りまで伸ばしたスタイルのいい女性。
初めて会ったときの『軍人のような』印象を一変させるかのように、今日はスカートを履いて化粧をし、ブローチで着飾る『女らしい』服装をしている。
例の『銀の福音事件』のときに、大変お世話になった人。
その名は――
「エイミー・バートレットさんでしたっけ?」
「エイミーでいいわ、一夏くん。災難だったわね」
「ええ、まぁ……」
エイミーさんは立ち止まり、俺の手首から不意に温かみが消える。
「まったく、もう少し緊張感を持ったほうがいいわよ?キミや箒ちゃんを狙ってる組織は多いんだから」
俺を狙っている組織、と言われたとき、俺の脳裏をよぎった光景があった。
縛られた手足、冷たいコンクリート、光の無い暗闇。そして闇を切り裂いて現れ、自分を救った、ただ一人の家族の姿。
「ま、この学園にいる限りは大丈夫でしょう。それより、誰かと待ち合わせしてるんじゃないの?いいの?」
「……あ、そうだ!弾!」
いけね!さっきまでの一連の出来事のせいで、すっかり待ち合わせのことが頭から抜け落ちてたぜ!
「すみません、エイミーさん。俺、友達を待たせてるんで!」
「気にしないで。じゃ、また会いましょうね」
俺は彼女に背を向け、手を振って正面玄関へと急ぐ。
待ち合わせの時間から15分は過ぎてるはずだ。怒らせちまったかもしれない。
下駄箱で靴に履き替え、急ぎ足でグラウンドへ。あちこちで聞こえる宣伝文句をBGMにしながら、校門の方へとひた走る。
……といっても、人ごみもすごいし、道行く女子生徒たちに次々に声をかけられるため、決して歩みは速くない。
それでも、これ以上遅くならないようにと急いだ結果、ようやく所在無さ気に棒立ちする、一人の男の姿を発見した。
「お、いたいた。おーい、弾!」
向こうに聞こえるように、わりと大きな声を出して名前を呼ぶ。
そのせいで、周りから注目を浴びることになったが……このくらい、もう慣れた。
「おー……」
一方、待ち人たる弾はというと、蚊の鳴くような声でやるせない返事を返す。……何があったんだ?よく見ると、なんか半分死んでるような感じだぞ?
「ど、どうした?」
「どうもしない……。俺にはセンスがない……」
なんだ、そんなことか。
「そんなの、ホントに今更じゃない!……い、一夏さん。お久しぶりです!」
……え?
またしても聞こえた、聞き覚えのある声。
最後に聞いたのは、あの夏祭りの日だったか。
「あ、あの、一夏さん?どうしたんですか?」
『どうした』?まさしくその通りだ。
というか、それはこっちのセリフ。招待券は一枚だけだったから、俺が弾を招待した以上、
「どうしてここにいるんだ、蘭?」
◆
〈side:ラウラ・ボーデヴィッヒ〉
嫁と一夏の二人が消えた後、我々の『ご奉仕喫茶』は混乱していた。
「え~、執事いないの!?」
「そんなぁ……。せっかく、二時間も待ったのに……」
「せっかく、仕事サボってまで紅也くんに会いに来たのに……」
「さ、帰るわよエルシア。サボりの罪は重いわよ」
「酷い!広告詐欺じゃない!」
学園内に二人だけの男子生徒に、接客してもらえる。
それが売りでこれだけの客が集まったのだが、今となっては当の二枚看板は不在。故に、入場を果たした客からの苦情が殺到しているのだ。
しかし、苦情だけなら良かったのだ。
問題は……
「こうなったら私、執事が来るまで帰らない!」
「私、待つわ!いつまでも待つわ!」
「たとえあなた~が振り向いてくれなくて~も」
「チョイスが古いわ!」
「今まで何時間も待ったんスよ!今更あと一時間くらい、どうってことないッス!」
執事目当ての客が店に居座り、回転率が著しく悪くなっていることだ。
しかもそのせいで店内の雰囲気まで悪くなり、待ち時間が増えたことで列を作る生徒達も苛立つという悪循環。まさか、男手が抜けるだけでここまでの影響が出るとは……。
「ど、どうすればいいのだ、シャルロット!」
「え、ぼ、僕!?そんなの、どうしようも……そ、そうだ!更識会長!何かアイデアは?」
「ゴメン。正直、あの子たちの影響力をナメてたわ。打つ手なしね」
そ……そんな……。
このままでは、失敗してしまうのか?
私の提案した、この『ご奉仕喫茶』が?
私の、せいで……?
「ら、ラウラさん!そんなに落ち込まないでくださいませ!」
「そうよそうよ!諦めたらそこで試合終了よ!」
外でクレームに対応していたセシリアと飯田がフォローするように声をかけてくるも、既に私はいっぱいいっぱいだった。一夏がいつ戻るかは分からないし、嫁が戻ってくるのは午後一時以降。最長で後90分はこの状態が続くのだ。
もう、これ以上は無理なのか……?
そう、諦めかけたときだった。
「……まだ手はある」
今まで俯いて黙っていた箒が、唐突にそう呟いた。
「……だが、でも……いや、しかし……」
「篠ノ之さん?アイデアがあるなら、教えてくれない?何でもいいから」
鷹月が、落ち着いた口調で続きを促す。……一般人である彼女がここまで落ち着いているというのに、軍人たる私がこうまで取り乱すとは。自身の至らなさを実感させられるな、全く……。
そう内省している間に、箒は一度迷ったように首を振ると、顔を上げて私達全員を臆せずに見据えた。
「葵の手を借りよう。紅也の不在は、それでごまかせるはずだ」
「「「「「あ!」」」」」
「えっ!?」
その発想は無かった。確かに、あの二人は双子だ。
髪型と色をごまかし、胸を隠せば、入れ替わっても不自然さはあるまい。
ただ、気がかりなのは……ただ一人不満の声を上げた、シャルロットだ。
男装、というとあまりいい思い出も無いだろう。詳しい事情は知らないが、男のふりをしてIS学園に転入するなど、自分の意志で行うはずがない。
そもそも、シャルロットは優しい奴だ。自分から嘘をついて周りを騙すことなど、するわけがないだろう!
「シャルロットさん。葵さんを男装させることに抵抗があるのは分かりますが、今はそんなことを言っている場合では……」
「……そうじゃないんだよ」
セシリアも同じことを思ったのか、シャルロットの賛同を得るべく説得を開始する。しかし紡がれた言葉は、他ならぬシャルロット本人によって遮られた。
「僕、聞いたんだよ、葵から。葵がショートカットだった理由」
? なぜ今、葵の髪型について話す必要があるのだ?
「一夏が世界で唯一の男性IS操縦者になるまで、ISは女性でしか扱えない機械だった。
でも、レッドフレームとブルーフレームは一夏の出現前にはもう完成していて、テストだって何度も行われてた。――この意味、分かる?」
「それは……レッドフレームは嫁の専用機だったのだから、当然嫁が操縦して……」
――成程、そういうことか?
「え、え?どういうことどういうこと?」
唯一理解が追いついていないらしい飯田に対し、私は追加の説明を行う。
「つまり、一夏がISを起動するよりも前に嫁がISを起動したにもかかわらず――世界最初の男性IS操縦者、山代紅也の存在は認知されていなかった」
「正確には、モルゲンレーテが隠したんだよ。あのころは、ちょっと油断すればN.G.Iに乗っ取られちゃいそうな状態だったらしいから。
――だから、葵は髪を切って、紅也の身代わりになった。双子であることを利用して、世間の目から紅也を隠すための囮になったんだ」
……そういう、ことか……。
一夏の存在が公にならなければ、山代紅也が表舞台に立つことは無かった。
葵は、紅也という影を隠すために、一生光を浴び続ける必要があったのだ。
だが、一夏の出現により、葵はその役目から開放された。
それを今更、元に戻すことなど出来ない、ということだ。
……やはり優しいな、シャルロットは。
「だから箒も、あんなに迷ったんでしょ?」
「……ああ。だが、他に手は……」
そう力なく呟くも、箒の語尾はだんだんと小さくなっていく。
……全てを知った上で提案したのか、箒は。その決断力……恐れ入る。
「……そうだな。確かに、それ以外に手は無い様だ」
「ら、ラウラさん?今の話、聞いてましたの!?」
「ああ、聞いていた。だが、決断するのは葵だ。私は使える手があるのなら、諦めたくはない」
そうだ。
まずは、話してみないことには始まらない。
私にとって、初めての学園祭なのだ。
ドイツの一軍人ではなく、人間・ラウラ・ボーデヴィッヒにとって初めての学園祭なのだ。
アイデアも出した。クラスメイトと協力し、準備に時間をかけた。接客もした。
どれも、かつての私では考えられないような“らしくない”行動だ。
だが、かつて教官は――織斑先生は、こう言った。
『誰でもないのなら、ちょうどいい。お前はこれからラウラ・ボーデヴィッヒになるがいい。何、時間は山のようにあるぞ。なにせ三年間はこの学園に在籍しなければいけないからな。その後も、まあ死ぬまで時間はある。たっぷり悩めよ、小娘』
誰でもない、軍を構成する歯車の一つだった私のままなら、そもそもこんな騒ぎに意味を見出さない。
『まずは、周りを見渡してみろ。お前が拒絶しているものに、目を向けてみろ。
……そうしなきゃ、何も始まらないぜ?』
私の心の中にあったベルリンの壁は破壊され、人を受け入れることを知った。
お気楽な学生と見なしていたクラスメイト達から学んだことは、意外と多かった。少なくとも、軍隊とは全く違う“人間”のあり方を知ることが出来た。
そして――彼のお陰で、恋を知った。
歯車だった私にも、女としての心が生まれた。
それはきっと、私が“ラウラ・ボーデヴィッヒ”を始めるきっかけだったのだ。
だから――と、私は思う。
もし、クラスメイト達と協力して、この『ご奉仕喫茶』を成功させることができれば。
きっかけよりも、一歩先へ。
何かを変えられるかもしれないんだ。
それはくだらない、子供じみた執着なのかもしれない。
でも。それでも。
「やっぱり……諦めたくはないのだ」
これが、私の、偽らざる本心。
「……よし!じゃあその役目、おねーさんに任せなさい」
皆の反応を、内心でビクビクしながら待っていると、この場にいる唯一の上級生が明るい声でそう宣言した。
パンッ!と勢いよく開いた扇子には、『協力』の二文字が踊っている。
「あのトゲトゲしてたラウラちゃんが、こんなにやる気になってるんだもの。助けてあげたくなっちゃうのが人情ってものよ」
私の疑念に満ちた視線に気づいたのか、更識先輩はパチリ、と美しいウィンクを返しながら、言葉を続ける。
「そうだね。せっかくラウラがやる気になってるんだもん。とりあえず、聞くだけ聞いてみようか!」
「……ああ!私もラウラと同じだ。葵に迷惑をかけるかもしれんが、それでも成功させたい!」
「わ、わたくしは……せっかく用意した調度品を無駄にしたくないですわ!それだけですわよ!」
「クラスみんながまとまってるんだもの!成功しなきゃ嘘よ!」
「私も私も!出来ることはなんだってやるよ!」
一度は死んでいた空気が、再び蘇っていく。
そんなちょっとしたことが、今の私にとってはとても嬉しく感じる。
「そうだな。この状況……なんとしても打破するぞ!」
「「「「「おー!!」」」」」
ラウラ「歯車にも生まれるのだな、心というものが」
巻紙さん、ポップコーンなんて買う人でしたっけ?誰かからもらったのかな……。