IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第112話 僧侶が走るほど忙しいのは12月。でも執事が走るほど忙しい今日この頃。

「みんなー、ただいまぁー」

「おかえり、三咲!」

「え、冬木くんも一緒なのね?」

「羨ましいわ~。あたいも先輩に、イイ男を紹介してもらえば良かった~」

 

 二年二組の教室。クイズ大会を行っている舞台裏で、数人の女子(+男子一名)が集まり、何かを話し合っていた。

 

「で、どう?手に入ったんスか?」

「とりあえず、やまぴーの分だけねー。織斑は無理だったー」

「そっか。どれ、現物を拝見……おおっ、いい感じじゃない!」

 

 取り出されたのは、先ほど『ご奉仕喫茶』でゲームに勝利し、手に入れた山代紅也の写真。

 ただし、奇妙なことに、そこに勝者二名の姿は無く。

 右側でピシッとポーズを決める紅也の姿だけが、写されていた。

 

「ゴメンね。もう一人の分もあったほうが良かったのかもしれないけど」

「冬木くんが気にすることじゃないッス!それに……既に別働隊が動いてるんスよ!」

「じゃあ、私はこれをスキャンしてくるわ。三咲、これであなたは仕事免除よ。残りの時間、全部デートに使いなさいこんちくしょー!」

「さんくすー」

「悪いね、皆さん」

 

 そう言い残して男女は去り、残った女子たちも慌しく動き出す。

 祭りの裏で、巨大な陰謀が始まろうとしていた……。

 

 

 

 

 

 

〈side:山代 葵〉

 

 開店から一時間。ようやく、この三組にも客が集まり始めた。

 宣伝の効果があったのだろうか?ずっと(・・・)ここから外の音を聞いてたけど、ちゃんとみんなの声は聞こえてたし。後は、一組の宣伝部隊が撤退したのも大きな要因かな?

 

「すみません!チップを買いたいんですけど」

「……20枚100円。1000円なら300枚」

「じゃ、1000円で」

「……まいど、どうも」

 

 気前よく野口を差し出した女子生徒に、この部屋限定の通貨(・・)を渡す。

 元値が1枚5円。割り引いても1枚3.3円程度なのに、売れ行きは好調だ。

 

「一位景品は500枚か……。ようし、頑張るよっ!」

 

 誰に向けてか、両手をぐっと握って宣言したその子は、そのままバニーガールたちの待つテーブルへと向かう。ブラックジャック……堅実な選択ね。

 

 ここまで言ったら流石に気づく人も多いだろう。私たちのクラスでは、カジノをやっている。

 もちろん、先生や生徒会からの許可も下りてる。後ろ暗い所のない、クリーンな企業だ。

 

「あーっ!またスっちゃった。葵、チップ20枚」

「……100円」

 

 頭をガシガシ掻きながらやってきたのは、一つ年上の同僚、クリスさんだ。これで、実に三回目のチップ購入となる。

 ……セコい先輩だ。

 

「よし葵。勝てないのは分かってるけど、とりあえず表に出ようか」

「……暴力反対」

「お前が言うか!?」

 

 すると、トラブルの気配を感じ取ったのか、カジノのSPたちが薙刀を持ってクリスさんを取り囲む。ちなみに、全員が薙刀部の部員だ。この数であたれば、クリスさんもただでは済むまい。

 

「お客様」

「当店での暴力行為はご法度となっております」

「場合によっては、武力による鎮圧を行いますが」

「どうなさいますか?」

 

 四人が代わる代わる言葉をつむぎ、クリスさんを睨みつける。そんな敵意に溢れた視線を浴びたクリスさんは、かなり居心地が悪そうだ。

 ……まあ、あっちも本気で言ったわけじゃないから、助け舟を出そうかしら。

 

「そこまで。ここはカジノです。トラブルは全て、賭け事で解決する……。それでいいでしょう?」

「「「「支配人(オーナー)がそう仰るなら」」」」

 

 私の一言で四人は矛を収め、そのまま会場の四隅に戻っていく。

 その様子を見ていたクリスさんは、ぽかーんとした、女の子にあるまじき表情でぼんやりと私を見つめていた。

 

「……で、どうするの?クリスティーナ・キャンベル」

「……あ、ああ、もちろん!その勝負……乗った!」

 

 その勇ましい宣言を聞いて、私の口角が釣りあがる。

 

「……いくら?」

全賭け(オール・イン)!」

 

 そして、彼女は四度目の追加購入を強いられることになった。

 

 

 

 

 

 

〈side:織斑 一夏〉

 

「いらっしゃいませ。こちらへ来い、お嬢様」

「ラウラ、違う!……失礼しましたこちらへどうぞ、お嬢様」

「は、はひ!」

 

 つっけんどんな……それでも、普段からは考えられないような態度で接客するラウラを、紅也が諌める。

 叱られたラウラは、客を紅也にとられたことが面白くないようで、ややむくれた顔をしてる。……その表情を見た一部のお客さんから、『メイドにご褒美セット』の注文が殺到した。理由は、うん、すごく良く分かる。普通に可愛かったもんな、今のラウラは。

 

「ねえねえ織斑くん、いつになったら来てくれるの?」

「私も注文してるのに~!」

「山代くん、まだぁ~?」

「申し訳ありません!……鷹月さん、今何人待ち?」

「ちょっと待って……織斑くんが4人、山代くんも4人よ」

「一夏!次はあのテーブルだ。『執事とゲーム』だぞ」

 

 おっと、指名がかかったみたいだ。急がないと、廊下で待ってるお客さんたちにも申し訳ないし、弾も放置することになっちまう!

 廊下には長蛇の列ができていて、気がついたら、もう二時間待ちになっていた。

 クラスの何人かはその整理に駆り出され、待ち時間苦情への対応におおわらわだ。

 

「お待たせしました、お嬢様。種目はいかがいたしましょう?」

「じゃあ、ダーツで!」

「かしこまりました」

 

 すぐにダーツセットが用意され、先攻の女子が投擲を開始する。

 赤い矢は真っ直ぐに飛び、ダブルスコアのポイントへ。あそこは18点だから……36点か。こりゃ、ちょっときついかな?

 集中力を高めるべく、静かに目を閉じ、意識を集中する。

 周囲の雑音がだんだんと消えていき、小さくなる、その瞬間。

 

「ちょっとそこの執事、テーブルに案内しなさいよ」

「……それは、業務命令ですか?」

「それがアンタの仕事でしょうが!」

「かしこまりました」

 

「だあぁぁっ!?」

 

 思わずずっこけた。最初に声をかけたのは、間違いなく鈴だけど……紅也!お前のその発言は、執事というよりむしろ家政婦の○タさんじゃねーか!

 

「あ……」

「へ……?」

 

 呆然としたような目の前の二年生の顔を見て、その視線の先を辿る。

 的には、ダーツが二本。一本は外周に刺さったこの先輩のもので、もう一本は――

 

「トリプルスコアの20……つまり、60点……」

「うそぉぉぉ!あの点数で負けるなんて!」

 

 がっくりと肩を落とし、先輩はとぼとぼと教室を去って行った。

 去り際に、『私が負けても、第二第三の私が……』なんて、ラスボスみたいなセリフを残して。

 

「なんだったんだ……?」

「一夏!こちらのyoung Chinese girlが、お前を指名してるぞ」

「お、今行く!」

 

 すぐさま思考を破棄し、紅也の声がした方へと向かう。

 そこにいた、俺を指名した客っていうのは、やっぱり鈴だったんだが……。

 

「何してるの、お前……?」

 

 鈴の格好は、いつものIS学園の制服ではなく……チャイナドレスだった。

 一枚布のスカートタイプで、腰の近くまでかなり大胆にスリットが入っている。真っ赤な生地に龍のあしらい。金色のラインと、かなり凝っているのがまたなんというか……。

 

「そんな言葉が出てくるほど余裕なお前を、俺は心から尊敬するよ……。じゃ、俺は行くぜ。俺のような健全な青少年にとって、その衣装は目に毒だ……」

「う、う、うるさい!うちは中華喫茶やってんのよ!」

 

 じゃあ、後で二組を見に行くかー。なんて呟いて、紅也は別のテーブルへ。

 憤慨する鈴を押し付けられた形になった俺は、とりあえず会話を継続することにした。

 

「そうなのか。飲茶(ヤムチャ)ってやつだな」

「発音が違和感あるのはまあ、いいとして……あたしがウェイトレスやってるっていうのに、隣のあんたのクラスのせいで、ほとんど客来ないじゃない!」

 

 セカンド幼なじみ、再び憤慨す。

 

「ん?あれ、鈴。お前いつもの髪型じゃないな。頭のそれ、丸いぽんぽんみたいなのってなんて言うんだっけ?」

「シニョンよ」

「そうそう、それ。相変わらず似合うな」

「う……。そ、それはまあ、中国人としてのたしなみっていうか、なんていうか……」

 

 ? 何で照れてるんだ、こいつは。

 まあ、怒ってないなら何よりだ。

 

「それで、ご注文は何になさいますか?お嬢様」

「お、おじょ……!?(ホン)にも言われたけど、やっぱり慣れないわね」

 

 そう言いながらも、どこかまんざらでもない様子でメニューを眺め始める鈴。ちなみに、メニューをお嬢様に持たせるわけにはいかないので、こうして俺やメイド班が手に持ってお見せしている。……なんか、だんだん慣れてきた自分が怖いぞ。

 

「この、『執事にご褒美セット』って何よ?」

 

 ……よりにもよってそれを選ぶか。

 

「当店おすすめのケーキセットはいかがですか?」

「おいこら、誤魔化そうとしたでしょ」

「とんでもございません」

「……そのしゃべり、やめなさいよ。気持ち悪い」

「お前なぁ!気持ち悪いってなんだよ!こっちは仕事だっつーの!」

「じゃあ『執事にご褒美セット』をひとつ」

 

 ……やっぱり、それを選ぶのか。

 

「お嬢様、こちらの『メイドにご褒美セット』はいかがでしょうか?」

「一夏。あんた、自分絡みでしょ」

 

 ギクリ。

 

「お戯れを、お嬢様」

「お、お嬢様だって言うんなら、言うこと聞きなさいよ。……『執事にご褒美セット』ひとつ」

 

 俺は上目遣いに睨んでくる鈴にさすがに三度目の抵抗はできず、しぶしぶ了解するしかなかった。

 それにしても、なんか恥ずかしそうにしてたな。メニューの名前か?甘いぞ、鈴。もっと恥ずかしいのがあるんだぞ。『湖畔に響くナイチンゲールのさえずりセット』とか『深き森にて奏でよ愛の調べセット』とか『燃え上がれ情熱の炎のボレロセット』とか。……うう、復唱させられたことがつらい。

 

「『執事にご褒美セット』がひとつですね。それでは、少々お待ち下さい」

 

 俺は腰を丁寧に折ったお辞儀をしてから、お嬢様――もとい、鈴の前から立ち去る。

 ちなみにオーダーをキッチンに通す必要はない。復唱のさいに、ブローチ型マイクから音声で通じているのだ。このへんのこだわりはさすが女子というか、なんというか。

 

「はい、どうぞ」

 

 キッチンテーブルに戻った俺に、すぐさま『執事にご褒美セット』が渡された。

 が……どうしても気が進まない俺は、最後の抵抗を試みる。

 

「な、なあ……この注文だけど、紅也に代わって貰えないかな?やっぱ友達相手だと、恥ずかしいというか、なんというか……」

「ごめん。それ、無理。だって、山代くんは……もう、いないもん」

「へ……?」

 

 言われてから改めて、俺はフロア全体を見渡す。

 そこにあったのは、パタパタと忙しそうに動き回る5人のメイドの姿。

 そう。

 赤い髪の執事の姿は、この部屋のどこにもなかった。

 

「どこに逃げたんだよ……紅也ぁ!」

「ちょっと!『執事にご褒美セット』、まだなの?」

 

 

 

 

 

 

〈side:山代 紅也〉

 

「お待たせしました、先輩方!」

「山代くん、いいタイミングです!お客さんが、そろそろ“本物”を出せってうるさくて」

 

 一組の『ご奉仕喫茶』を中抜けした俺は、弓道場にて行われている『和服喫茶』に合流した。

 執事一人ってのは多少不安だけど、こっちを手伝わないと明日からどんな無理難題を課されるか分かったもんじゃない。

 

「じゃ、早く着替えてください。今、更衣室は無人ですから」

「了解っす、天白先輩!」

 

 その言葉を信じ、即座に更衣室へと入り、自分の道着に着替える。

 なるべく急いだつもりだったが、それでも五分はかかった。

 今まで着ていた制服はシワが出来ない程度にたたみ、乱暴にロッカーにつっこむ。

 さて……接客開始だ!

 

「お待たせしました、お客様!」

「「「「出た!本物の山代くんよ!」」」」

「遅いぞ、馬鹿者!」

 

 弓を背中に固定し、そのまま接客スペースへと足を踏み入れる。

 すると、俺を迎えてくれたのは、ちょうど今来ていたお客さん数名と……俺と同じ声で罵声を飛ばし、俺を睨みつける赤い髪、日焼けした肌、黒みを帯びた碧眼の男だった。

 

「皆さん、お待たせしました。……8、お客さんに失礼な話はしてないよな?」

「もちろんだ。私を誰だと思っている」

 

 目の前の男は、一切表情を変えずにそう言い放ち、腕を組む。

 その動作にイラッとした俺は、いっそ殴り倒してやろうかと思ってこぶしを作るが……そんなものに意味は無いことを思い出し、即座に手の平を広げた。

 

「……はぁ。とりあえず、投影モード中止(キャンセル)

「がってんだ。そろそろ、バッテリーも心もとないからな」

 

 そう言い残すなり、目の前の男――8を使って投影していた、俺の立体映像(ホログラフ)は消滅し、後にはディスプレイ付きのコンピュータだけが残った。

 俺はそれを拾い上げると即席のカウンターへと移動し、画面を準備担当者たちの方へと向けた状態で置いておく。

 

「じゃ、これからは注文が8(コイツ)に表示されるので、もうちょっと効率良くなると思います」

《人をタブレットか何かみたいに》

「オッケー。じゃ、早速接客してあげて!みんな、キミを待ってたんだから」

「極めて了解っす!」

 

 先輩に促された俺は、こっちこっち!と手招きする女子生徒たちに向かい、やや急いで歩いていくのだった……。

 




体が二つ……楯無さんと勝負した時のように、8を使いました。

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