「うそ!?一組であの織斑くんの接客が受けられるの!?」
「しかも執事の燕尾服!」
「それだけじゃなくてゲームもあるらしいわよ?」
「しかも勝ったら写真を撮ってくれるんだって!ツーショットよ、ツーショット!これは行かない手はないわね!」
「続報!外で宣伝やってた山代くんも、教室に戻ったわ!今ならもれなく、
「きゃ~~!両手に薔薇!憧れるゥ!」
噂が噂を呼び、ご奉仕喫茶は大盛況。
今や校舎の内外問わず、学園内のあらゆる場所でこんな会話が交わされていた。
「ふ~ん、一組……ね。いいこと聞いちゃったわ」
その噂は。
「ようやく再会できるな……。待ってろよ」
招かれざる客たち。
「それより、三組は何をやってるのかしら?何も噂を聞かないわね……」
その全ての耳にも、しっかりと届いていた……。
◆
「ふはははは!初めましてだな、お嬢様方!あえて言わせて貰おう!山代紅也であると!」
「紅也、ちゃんと接客して!」
「邪険にあしらうか。ならば、君の目を釘づけにする!盟友から受け継ぎし、このダーツの奥義で!」
三つの指で掴んだダーツを構え、手首を最小限に動かして投擲する。
弓道を通して培った抜群のコントロールによる補正がかかった俺のダーツは、ブレることなく真っ直ぐに飛び……その中心の、赤き
「あーあ、負けちゃった~」
「惜しかったね。じゃあ、あたしはじゃんけんで勝負させてもらうよ」
「いいでしょう。この
「山代くん。執事に余計な設定を増やさないでね」
……とまあこの通り、俺は現在教室に戻り、執事兼盛り上げ役として大活躍中だ。
え、真面目にやれって?無理無理。それは一夏の担当だから。
「「最初はグー!じゃんけん……ポン!」」
目の前の上級生と共に掛け声を上げ、同時に閉じた右手を開く。
俺はパー。相手はチョキ。
つまり……
「あたしの勝ちよ、山代くん」
「ああ、そして……私の敗北だ」
というわけで、写真撮影。
撮影役のグローリーさんがどこからともなく出現し、二人の上級生に挟まれた俺の姿を写真に収め、そのまま音も無く消えていった。
……ただの変な日本語を話す女の子だと思ってたけど、こんな特技があったとは。彼女に対する認識を改めるべきかもしれない。
「きゃー、山代くんとのツーショット……じゃ、ないけど、写真ゲット!」
「ちょっとは感謝しなさいよ、まったく。……それじゃあ、私達はもう行くわ。会計お願いします」
「かしこまりました、お嬢様」
そのまま伝票を持ち、レジへと誘導。会計担当の女の子に伝票を預け、一礼してその場を去る。
ここまでが俺の仕事。というか、メイド&執事の仕事。
なんて回転率が悪いんだ。一人当たり1000円ちょっとは使ってくれるといっても、どこまで利益が上がるものか……。
「紅也、次はあのテーブルだ」
「かしこまりました、お嬢さ……箒」
「ぷっ……。わ、笑わせるな!」
「悪気は無かったんだって!それに、恥ずかしいのはこっちだ!」
学校で先生を『お母さん』と呼んだかのような気まずさを感じたまま、俺は指定されたテーブルへと急ぐ。
またしても『執事とゲーム』の注文だ。一回100円で、勝てば執事と写真が取れる。もちろんツーショットも、さっきみたいな複数人での撮影もOK。ただし、
「お待たせしました、お嬢様にご主人様。……って、
「なーにー?ウチが来たらいけないのー?」
「
「モルゲンレーテの後輩ー。つーか、前に話したじゃん?」
珍しく男連れがいると思ったら、まさかの知り合いだった。
観布子さんと一緒にいるこの人は……噂の彼氏さんかな?
「そうか。俺は
「ええ、話は聞いてますよ、色々と。会う度にノロケられていたので」
「それは……すまん」
おっと、そろそろ周りの視線が痛くなってきた。仕事しないと。
「……では、ゲームの種類はどれにいたしましょう?」
「じゃー、100枚ポーカーでー」
「そういうのは三組でやってください!」
思わず素の口調に戻ってしまった。周囲からの無言の圧力がいっそう強くなる。
「なら、ウチはパス。冬木ー、何にする?」
「ここで俺に振るのか……。じゃあ、神経衰弱で」
「かしこまりました、ご主人様。……誰かある!」
「ハッ、ここに」
「戦の準備じゃ!トランプを持て!」
「御意」
というわけでノリノリな田島さんにトランプを持ってきてもらい、裏返しにしてテーブルに広げていく。
今回は短期決戦モードということで、トランプセットの半分を使っての勝負。流石にフルセットでやってたらキリがないからな。
「……あのさー。『ご奉仕喫茶』よりも『忍喫茶』の方が向いてるんじゃねーの?」
「しっ。三咲、聞こえるぞ」
聞こえてますよ、二人とも。
カードを並べ終え、机を挟んで二人と対峙する。
今回は変則ルールで、相手は二人一組になって戦うようだ。
……観布子さん、あんなナリでも頭はいいからな。8がいない今の俺じゃ、ちょっと不利……かな?
先攻は俺。右端と中央のカードをめくり、7とKの存在を確認する。
次は深山さん。自分の近くにある二枚をめくり、Aと5を引き当てた。
そして順番は俺に移り、さっきとは別の場所で6と7を発見。――しまった。
今度は観布子さんが二枚の7を回収し、次に3と5をめくったところで、手順が俺に移る。
「そういえば、さ」
「何ですか?言っておきますけど、手加減はしません……よ!」
5を即座に回収。次にめくったカードはJだ。ふむ、見たことが無い。
「ウチと冬木が出会ったのー、この学園祭なんだよー」
「それは初耳ですね……っち、8か」
トントン、とカードを揃え、手元に引き寄せる。すると今度は深山さんが、真剣な表情でめくる札を選び始めた。
「先輩が中学の後輩って言って連れて来てねー。で、一目惚れ」
「おいおい三咲。今、ここでそんな話をする必要はないだろ?……おっと、新顔だな」
選んだカードは10。そろそろ、このゲームも決着だろう。
「祭りが終わったときにさー、校門のところで告白して」
「ああ、あれには驚いた。いきなりだったもんな。……おお、当たりだな!」
「げっ……じゃ、なかった。流石です、ご主人様」
なんと、初見で10を揃えやがった。なんというリアルラック。半分くらい分けて欲しい。
「さっすがウチの冬木!……実はー、あのときー、あそこで告白した恋は必ず実る、なんていうジンクスがあったんだよねー」
「そうだったのか。女の子って、そういう話が好きだよね?」
ぺらり、とトランプをめくる音が響く。
あれ、急に静かになったな。周りの人もこっちの話に耳を傾けてるような気配がするし……ああ、あれか。彼氏持ちが気になるんだろうな。
さて、絵柄は……Qか。今度こそ……いや、またしても……?当てるのか、それとも外すのか。これで当てたら、この人はホントに“持ってる”と思う。
「あっ、そこはもうめくったー。あるとしたらー、そこか、そこか、あそこじゃない?」
「あれ?まだのような気もするけど……じゃあ別の所がいいか」
観布子さんの指示は的確だった。黒いAに指を置いていた深山さんは、少し考えるようなそぶりを見せてから手を動かし、別のカードを開放する。……ダイヤのA。これはチャンスだ。
「残念でしたね。では、次は
「えっ、あっ、ちょい待ち!」
「待たない!リバースカードオープン!A、ゲットだぜ!」
「あちゃあ、しまった」
これで二対二。互角……ではないな。出てないのは2、4、9の三枚。
つまり……俺がそれ以外を引けば、全て揃えられるってことだ!
「ふはははは!これぞ約束された勝利だぁ!」
大して考えもせず、めくられていないカードをひっくり返す。……ダイヤの4。
……そういうこともあるさ。
前向きスイッチを入れて次のカードを手に取る。……スペードの9。何故だ。
「じゃあー、ウチのターン!ハイハイハイハイハイッ!」
めくる、めくる。2以外の全てのカードを。
あっという間にカードのペアが積みあがっていき、小さな丘を形成する。
約束された勝利は、今となっては全て遠き理想郷へと失われ、目の前のカムランの丘から見えるのは、顔を見せない恥ずかしがり屋の二枚のカードだけ。
俺の王国は、今ここに滅亡した。
◆
〈side:更識 簪〉
私達四組の屋台、ホットスナック売り場は、入り口の近くという場所を確保できたことも手伝ってなかなかのペースで売り上げを伸ばしていた。
「ゴメーン!からあげ二つ、頼める?」
「……はい!」
こうしてる間にも、新たな注文が入る。
紅也くんや、あの専用機持ちのいる一組には負けるかもしれないけど……ここら一帯なら、間違いなく四組がナンバーワンだ。
今までは、そこまで積極的にクラスと関わろうとはしなかった私。
専用機の完成を優先し、出来すぎた姉の影に怯え、人とのつながりを絶っていた。
でも、今なら分かる。
それは、すごくもったいないことだった。
「からあげ……そろそろ、無くなっちゃう。補充を……お願い」
「了解!任せて、代表!」
「お待たせしました~!」
こうしてみんなで力を合わせて、一つのことに取り組む。
それだけのことが、こんなにも楽しいと、知ってしまったから……。
「……ポップコーン2つ、持ち帰り」
「あ……はい。……って、葵さん……」
からあげ二つをクラスメートに手渡し、再びカウンターに戻った私の前にいたのは、なんと紅也の妹、葵さんだった。
「……私がいたら、いけない?」
「……ううん、そんなことは……ない」
「そう、良かった。じゃ、後ろもつまってるから手早くよろしくね」
「あ……」
そうだった。待ってる人もいっぱいいるんだから、急がないと。
「ま、簪がそう言ってる間に出来てるんだけどね。ポップコーン二つ、お待たせしました!」
「……ありがとう。じゃ、またね、
手を振る……ことはポップコーンのせいでできなかったから、バイバイ、と口頭で告げて葵は去って行った。
山盛りにされた右手のポップコーンを、一粒もこぼさずに歩く姿は、完璧さを感じると同時、どこか滑稽だ。
「……何であんなに、山盛りに?」
「だって、あの子山代くんの妹でしょ?二つ買ったってことは、もう一つはもちろん……」
「山代くんの分、だよね!」
「……そう」
サービスしたところで、顔も名前も伝えてないなら、意味はないと思うんだけど……。
◆
〈side:織斑 一夏〉
「ただいま!私、弓道部の方に行くから、交代お願い!」
「私も接客だ。宣伝要員二名、補充を頼む」
時刻は午前10時。宣伝のためにメイド服を着て外に出ていた愛姫さんとラウラが、帰ってきた。
「宣伝はもういいから、こっちを手伝ってくれ!」
「みかんちゃんは着替えて!リアーデさん、代わりに入って!」
「わたくしも交替の時間ですわ、棗さん」
「オルさん、了解!じゃ、休憩入るね!」
「よっしゃ!代表候補生、そろい踏みよ!」
現在の接客メンバーは、箒、セシリア、シャル、ラウラ、紅也にリアーデさん。そして、俺。働ける人は全員働いてる、総動員体制だ。
……まあ、その、執事服が一着余ってるけど、着る人はいないだろうし……ノーカウントで。
「一夏、『執事にご褒美セット』が来ているぞ。紅也ばかりに働かせるな」
「なっ、俺だってちゃんとやってるだろ!?」
何だよ、箒のやつ!
最近、ことあるごとに紅也、紅也って……。七月のこと、まだ気にしてるのか?
「箒、内輪もめしてる場合じゃないぜ」
「そうだよ。一夏も早く!」
「お、おう!……サンキュー、紅也、シャル」
ぷりぷりと怒る箒をどうにかスルーし、キッチンテーブルでアイスハーブティーと冷やしたポッキーを受け取る。
……これ、恥ずかしいんだよ。提案した田島さんを恨むぜ。
(しかしまあ、なんというか……)
メイド服を翻して働く一同を見ると、なんだか言いようのない高揚感を覚えてしまう。
前に弾が言ってたが『メイド服とスク水とブルマ!これに反応しない男はいない!』らしい。……うーん?
そういや、今日は弾も呼んだけど……そろそろ来るころか?迎えに行った方がいいんだけど、時間がなぁ……。
「一夏よ、客が待っているぞ」
「悪い!すぐ行く!」
どこか冷めたラウラの声で、ようやく我に返る。今のを箒に見られてたら、また怒られるに違いない。
考えるのは後だ。もう少しでピークも過ぎるはず。そうすれば、休憩が――
「まだなの~?」
「ホントに執事いるの?」
「今しばらくお待ちください。ただいま、一時間待ちです」
……休憩、できるかな?
人が多いと、個々の動きが把握しづらくなりますね。
おかしな所があっても気づかないかも?