IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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ここから20話以上学園祭編です。


第110話 祭りが始まる。今こそ、狂宴の時。

 やや過保護な箒を引きはがしたり、簪と模擬戦をしたり、鈴音の愚痴を聞いたり、弓道部の出し物を準備したり、訓練でヘバった一夏に一杯奢ってやったり、小遣いがピンチだったからネトオクでチケットを売ったり、取るに足りない出来事がいろいろあった。

 今日までの数週間。面倒なこともあったし、胃が痛くなるようなこともあったけど、それでも――楽しかった。

 キッチンを手伝う、手伝わないでもめるセシリアと鷹月さんを仲裁したり、ラウラと葵の戦闘の余波で部屋が半壊したり、届いた執事服が3着だったせいで涙目だったシャル子を慰めたりしたのも、今ではいい思い出だ。

 多少のトラブルはあったものの、全ては今日のため。

 

 そう。これから始まる“祭り”のための、前菜のようなものに過ぎない!

 

「……と、いうわけで……一年一組、『ご奉仕喫茶』、開店するぜぇ!」

「「「「「オオオォォォ――!!!」」」」」

「え、えーっと……始まるよ☆」

 

 

 

 

 

 

「二年四組、ロシアン喫茶やってまーす!」

「二年二組、クイズ大会!豪華景品もあるよー!」

「三年四組、喫茶店!」

「一年二組、中華喫茶!」

 

 宣伝の声がやかましいグラウンドを、燕尾服を着たまま歩く。

 秋とはいえ日は高く、夏よりもやや柔らかく感じる日差しが、俺の体力を容赦なく奪っていく。

 時刻は午前9時。まだまだ祭りは始まったばかりだが、一般客の姿もちらほら見られる。

 やはり招待制というだけあって、外部からの客もほとんどが女子だ。

 だからこそ……俺達は、ここに来た。

 

「なかなか騒がしいな……」

「そりゃそうだ。一年に一度のイベントだから、騒がなきゃ損だろ?」

「ふっ、それもそうだな。では、私達も……」

「ああ、目一杯広告しておこうぜ!」

 

「「一年一組、ご奉仕喫茶!あの男性IS操縦者、織斑一夏の接客が受けられるぞ!」」

 

 ラウラと二人、周りの喧騒に負けないように声を上げ、宣伝を始める。

 うぬぼれるつもりはないが、突如響いた男子の声に周囲の女子が注目し、黄色い声を上げ始める。

 

「ねえ、あれ、山代くんじゃない?一組の!」

「燕尾服着てるよ、燕尾服!私にもご奉仕してくれるのかなぁ!?」

「え、男!?ここ、女子校じゃなかったの!?いけない、殴っちゃう!」

「あの織斑くんの接客が受けられるの!?」

「紅い髪に赤いネクタイ……アリだわ!」

「隣の子も可愛いわね~。……じゅるり」

 

「喫茶だけでなく、各種ゲームやフォトサービスも御座います!」

「早いもの勝ちだ。急ぐがいい」

 

 こちらに注意を向けることに成功した俺達は、さらなる宣伝を始める。

 拡張領域にしまっていた、矢印の形をしたプラカードを取りだし、一年一組の方へと先端を向け、他との違いをアピールした。

 さて、効果はどれほどだ!?

 

「行く、行く!私が一番乗りよ!」

「私が先よ!」

「あ~ん、私も行く~!」

「エルシア!あんた仕事中でしょうが!キリキリ宣伝しなさい!」

 

 ……よし!目的地を決めかねてた客が一気に校舎へ向かった!

 この調子なら、全品完売も夢では……ッ!

 

 そう、思った瞬間。

 

 俺の掲げたプラカードに“ナニカ”が直撃し、その向きを大きく変えた。

 

「……ハッ!何だ、今のは!?」

 

 一拍遅れてラウラが気付き、それが飛んできた方向へと目を向ける。

 一方……俺は、“ナニカ”の正体を確かめるべく、無理やりベクトルを変更された矢印マークを観察することにした。……吸盤付きの矢?一体誰が……?

 

「弓道部、弓道喫茶。そこの矢印の先が弓道場です」

 

 ……まあ、そうだよね。

 これだけ人がいる中で、弓で狙撃できるような人なんて、あなたしかいないと思ってましたよ。部長様。

 

「……部長。後で、ちゃんと弓道部にも顔を出しますので……怒らないでください」

「む、何ですか山代紅也。わたくしが、たかだか後輩が自分のくらすを優先した程度で腹を立てるほど狭量だとでも言いたいのですか」

「いえ、そういうわけでは……」

 

 言い訳をしながらも俺は、目の前に立つ緋色の巫女を直視することが出来なかった。

 ……だって、モルゲンレーテに依頼した“予備ボディ”が届いていれば、両方に顔を出すことも可能だったのに。何だよ、エリカさん。『モルゲンレーテの技術を、学生の遊び場で晒すわけにはいかないわ』……って。それ、モルゲンレーテじゃなくて俺の発案した技術じゃねぇか!……確かに、万一壊れたら弁償なんてできないほど高額なシロモノだけど。

 

「まあ、どうしても手伝いがしたいと言うのなら、十一時から二時間、馬車馬のように働きなさい」

「え、それ、一番忙しい時間帯じゃ……」

「いいですね?」

「……ハイ」

 

 言いたいことだけ言ったら、名護屋河先輩はすたすたと歩き去っていった。

 

「……ハァッ!嫁よ、今の女は誰だ!?身のこなしといいあの気迫といい、一般人とは思えん!」

「あ、ラウラもそう思うか?でも、正真正銘一般人だったぜ……」

 

 あの身体能力……俺やラウラみたいに、遺伝子単位で改造されてるって言われても信じられるぜ。

 

「……っと、宣伝、宣伝!一年一組、ご奉仕喫茶!」

「ん、これを読めばいいのか?『美人なメイドと、イケメン執事がサービス、サービスゥ!』」

「一組に負けるか!一年二組、中華喫茶~!」

「茶道部、抹茶の体験教室やってまーす!」

「軽音部、バンド演奏は十時から!私の歌を聞けぇ~☆」

「クイズ大会、まもなく参加締め切りでーす!」

 

 

 

 

 

 

〈side:山代 葵〉

 

 ついに来た、学園祭当日。

 私達一年三組の出し物は、事前準備が必要無いタイプのものだったから、この日が近づいてるという実感はあんまり無かった。

 だけど、日に日に高まるお祭りムードや、毎日帰りが遅くなる紅也の姿を見て、嫌が応にも期待は高まっていった。

 

 でも……。

 

「……客、来ねえな……」

「みんな一組目当てだねー」

 

 そう。教室の位置が悪いのか、宣伝の仕方が悪いのか、今のところ来客数はゼロ。

 鈴音の中華喫茶ですら人が入ってるのに……ハア。

 

「私達も、四組みたいに外でやればよかったかな?」

「……これは、室内専用。外は無理」

「つーか、今宣伝やってんの誰だよ?全然声が聞こえねぇけど」

 

 目の前のやさぐれバニーガール……もとい、メリッサがそうつぶやき、不機嫌そうな表情を作って足を組む。こんなの、ジュニアハイ時代に『女子校に行ってみたい!』とか妄言を垂れ流してた男子が見たら、きっと幻滅するでしょうね。……いえ、むしろ狂喜乱舞する?

 

「この時間の宣伝役は……真与(まよ)ちゃんね」

「……ってミニマムかよ!」

「何てゆーか……」

「……人選ミス」

「うっ……。で、でも、あんなにけなげに『やりたい!』って言われたら、断れなくて……」

「「「あー」」」

 

 確かに、その表情は反則だわ。思わず撫でたくなっちゃうもの。

 ……どこかのミニコンとうっかり出会ったら、大変なことになりそうね。

 

「とはいえ、宣伝は必要ね。誰か、やりたい人はいる?」

 

 シーン……。

 

 私の代わりにニールセンさんが希望を聞くも、見事に総スカン。

 教室内は音一つない静寂に包まれ、外のにぎわいがよりはっきりと聞こえてきた。

 

『一年一組、ご奉仕喫茶!』

『美人なメイドと、イケメン執事がサービス、サービスゥ!』

 

「「「「「私、ちょっと宣伝に行ってくる!」」」」」

「……ハァ」

 

 男子……というか、紅也の声を聞いただけでこの反応。なんと分かりやすいクラスメイトたちだろう。

 というか、ラウラ。もうちょっと感情込めなさい。なんという棒読み。

 

「えっと……どうしようか、葵さん」

「……メリッサ以外で、じゃんけん」

「ぶーぶー。なんでだよ、葵!」

「……その服、接客用」

 

 

 

 

 

 

〈side:一年一組〉

 

「いらっしゃいませ♪ こちらへどうぞ、お嬢様」

「二名様、御案内ですわ。」

「湖畔に響くナイチンゲールのさえずりセットだな?分かった」

 

 ところかわってここは一年一組、ご奉仕喫茶。

 メリッサやりんごが三組でぼやいていたように、開店直後にも関わらず、店は大盛況だった。

 

「織斑くん、『執事にご褒美セット』が入ったから、あのテーブルに行って!」

「分かった。じゃあ、こっちの片付け頼む!」

「また『執事にご褒美セット』よ!山代くんを呼び戻せる?」

「5分で戻ってくるって!愛姫さん、宣伝役交替よろしく!」

「10時まではオッケーよ。それ以降は田島さんに!」

「押さないでー!今、30分待ちですよー!」

 

 世界で二人だけ――いや、厳密には紅也は違うが――のIS操縦者というネームバリューに惹かれたのか、次々に客がやってくる。

 しかし、二人だけの執事では回転率が悪く、なかなか客がはけなかった。

 

 結果――

 

「一年二組、中華喫茶です!待ち時間に飲茶(やむちゃ)でもいかがですか?」

「急がなくても執事は逃げませんよ~。でも、おいしい軽食は逃げちゃうかも?」

 

 一組目当ての客の一部を、二組に奪われることとなった。

 さらに、行列の客を相手にする移動販売や、他クラスの宣伝も続出。今や人の流れの中心は、この一年一組であった。

 

「とはいえ、これだけ人がいるんだ。間違いなく売り上げNo.1は狙えるだろ」

「そうだね。だから、突然後ろに現れるのは止めてくれないかな?すごくドキドキするんだけど」

 

 そんなとき、外で宣伝を行っていた紅也が、シャルの背後に現れる。

 これで、現在店内には執事が2人とメイドが4人。少しは一人当たりの負担も減るだろう。

 

「紅也!あそこのお客さんが『執事とゲーム』希望だ!種目はダーツ!」

「おっけ。……お待たせしました、お嬢様。それでは私、山代紅也がお相手しましょう」

「一夏さん!あちら、ツーショット写真希望ですわよ」

「し、指名!?わ、私にか?」

「いらっしゃいませー。お嬢様、二名御案内でーす」

 

 ……いや、まだまだ忙しい時間は続きそうだ。

 

 

 

 

 

 

〈side:グラウンド〉

 

「一年一組、ご奉仕喫茶だ」

「噂の男性IS操縦者、織斑一夏と山代紅也が、貴女にご奉仕!」

「え、え~っとぉ~」

「弓道部、弓道体験喫茶をやってます!みなさん、お誘い合わせて弓道場へ!」

「三組ぃ~……じゃ、どこか分かんないよね」

「三年四組、普通の喫茶店!ウチはイロモノじゃないよ!」

「……うぅ……」

 

 一方、グラウンドの方の勧誘合戦も、さらに白熱していた。

 こちらは主に、校舎から遠い場所……特に、部室でなんらかの出し物を行う集団がしのぎを削っている。

 そんな激戦区に……

 

「あ、いたいた!真与ちゃん!」

「私達も宣伝手伝うから、一緒に頑張ろ!」

 

 一年三組からやってきた、呼び込み隊がカチ込みをかけた。

 

「……って、アレ!?山代くんがいない!」

「もう一組に引き返しちゃったのかなぁ……。ショック……」

「み、みんな!それよりウチらも宣伝しようよ!」

 

 こんな面子で大丈夫なんだろうか?

 

「……一年、四組……ホットスナック。あなたの心も即ホット!……うう、恥ずかしい」

「更識さん、その表情、すごくいいわ!……じゃ、なくて!いらっしゃいませ。手作りのホットスナックはいかがですか?カロリー控えめですよ!」

「四組に負けるな!二組、中華喫茶やってまーす!」

「一年三組は、食べ物系じゃありませーん!まっとうなお店です!ちゃんと許可もらってまーす!」

「ちょっと!その言い方だと、ウチが何やってるのかわからないじゃん!」

「射撃部、サバゲー大会!参加受け付けは12時までですよ!」

 

 新たな乱入者に危機感を覚えたのか、各クラスの勧誘合戦は白熱していく。

 そんな、IS学園に。

 

「ふー、到着。……さすがに混んでるわね」

 

 一人の女性が、姿を現した。

 

「ようこそ~。外部からのお客様ですか~?」

「ええ、そうよ。これが招待券」

「チケットをは~いけ~ん。……むむむ、企業の方ですね~。お一人ですか~?」

「そうなのよ。今は……ね」

 

 いつもと同じ、ダボダボの制服を着て走ってきた本音にチケットを見せたその女性は、男女問わず魅了するような笑みを浮かべ、何食わぬ顔で学園内への潜入を果たす。

 

「さて……彼はどこにいるのかしら?積もる話もあるし、早めに会いたいんだけど……」

 

 そこまで言って、彼女は周囲を見渡す。その頭部の動きに合わせ、豊かな金髪がさらり、と肩を撫でた。

 

「……せっかくのお祭りだもの。少しくらい寄り道したっていいわよね?お腹も空いてるし」

 

 ここにはいない上司に言い訳を呟くと、一面に並ぶ屋台の群れの中へ、彼女は突撃していった。

 

(……今のは……)

(ん?どうしたのだ?)

(いや、今あそこでわたあめ買ってる人……)

「ボーデヴィッヒさん!宣伝宣伝!」

「あ、ああ。一年一組、ご奉仕喫茶だ!執事とメイドが接客するぞ」

「弓道部、和服喫茶です。来ないと射ますよ」

「すいません、なんでもありません!ホントに射ったりしないので安心して下さい!」

「からあげ、お買い上げ……ありがとう、ございます」

 

 エネルギー溢れる十代女子が騒ぎ、盛り上がる学園祭。

 時刻は午前9時30分。事件は、リアルタイムで起こりつつあった……。

 




ところどころ、変なモブがいますねぇ……。
本編に深く関わることは無いので、無理して探さなくても大丈夫ですよ?

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