IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第104話 不器用な二人

「まったく、紅也のやつは……。最近、私の扱いが酷くないか?」

(……この間のは、どう考えてもお前のせいだろ)

「う……。た、確かに、そうかもしれんが、最近はあまり話もしてくれないし、上の空だし……わ、私が悪いんだろうか?」

(いや、そんなことはねぇよ。可愛い子に好意を寄せられて無視できるほど、あいつはヒネてねぇって。……ありゃあ、何かトラブルがあったとみていいだろうな)

「トラブル……。そういえば確かに、どこか思いつめたような様子だったが……」

「誰が思いつめてるって?」

「!!! ……何だ、シャルロットか。脅かすな」

「僕としては、独り言をぶつぶつと呟いてたラウラに驚いたんだけどね」

「~~~~~! わ、忘れてくれ!」

(ハハハハハ!やっちまったなぁ)

 

 

 

 

 

 

〈side:山代 紅也〉

 

 部屋に帰ったら、葵がいなかった。

 

 ……あれ?おかしいなぁ。

 今日は部活もIS特訓も無いって言ってたのに、何で放課後に部屋にいないんだ?

 ……あ、そうか。学園祭でのクラス企画の準備か。

 そーだよなー。もう少しで学園祭だもんなー。

 

 ……でも、一言くらい言ってくれてもいいじゃん。寂しいぜ。

 

 とりあえずやることもないので、8の中にあるファイルを閲覧する。

 もう何度目になるかも分からない、この行動。2日前にエリカさんから送られてきた文書ファイルを前に、ただひたすら思考を繰り返す。

 

 ――これに協力すれば、俺は卒業を待たずして、宇宙開発に参加できる。

 ――でも、そうなったとき、葵がどうなるかが分からない。

 ――そもそも、N.G.Iからの協力要請など、どんな裏があるか分かったもんじゃない。

 

 疑問はループする。何故、俺なんだ?モルゲンレーテには、俺以外の技術者なんて山ほどいるし、師匠を筆頭にしたスゴ腕集団だっている。

 俺は特別なんかじゃない。確かに、男なのにISを動かせる(ことになっている)俺を得ることは重要だろうが、奴らが狙っているのは俺の持つ“先進技術”。

 

 ――ヴォワチュール・リュミエールのことか?

 ――それとも、男でも動かせるIS?

 ――あるいは、ビームカードリッジ技術?

 ――もしくは、各国代表候補生から盗んだデータ各種……って、これはバレてねぇよな。

 

 とにかく、それをはっきりさせないと、俺自身やモルゲンレーテに迷惑がかかることになる。だからこそ、俺は、どうすれば……

 

 コンコン。

 

 頭がハツカネズミになりかけていたタイミングで、それを中断するかのごとく響く、ノックの音。慌てて現実世界へと意識を帰還させた俺は、即座に8に画面を消させ、同時に散らばる衣服を片付ける。……と、いっても、入り口からは見えない場所へとキックしただけだが。後でたたみ直さないとなぁ。

 

「誰だ?今開けるぞ」

「む。いたのか、紅也」

 

 ……箒か?本気で、何の用なのか見当つかないんだが。

 ……ま、まさか、昼間の鈴音みたく、一夏についての愚痴を出張デリバリーしに来たとか?

 

 ……どうでもいいことだが、『出張デリバリー』って言葉にはそこはかとなくエロスを感じるな。……ホントにどうでもいいな。何言ってるんだろ、俺。

 

 そんな馬鹿なことを考えていたなんて微塵も表に出さず、俺はドアのロックを外す。

 外に立っていたのは、箒一人。しかもその顔は、どこか思いつめたような様子であり……前にもこんな状況があったな。あのときはシャル子のトンデモ告白が来たけど、今度は何だ?

 ……ていうか、最近こういうシチュエーション多くないか?いつから俺は神父になった?俺は移動式お悩み相談室か?

 

「入るか?今葵もいないから、少し散らかってるが……」

「いや、ここでいい。ちょっと紅也に聞きたいことがあったんだ」

 

 ホレ、来た。

 いや、ね。昨日はセシリア、今日の昼は鈴音ときたから、これで一巻ヒロイン勢ぞろいですね~……って、メタ発言は自重して、っと。

 

「……で、一夏と会長の同居をどうすれば止めさせられるかって?残念だが、それは難しいだろうな。……そうだ!鈴音と組んで会長を闇討ちしたらどうだ?」

「待て待て!確かにそれは気になるが、そんな話をしに来たわけではない!」

「……え?悩みの相談じゃ……ないの?」

「何故そういう結論になったんだ?……やはり、だいぶ追い詰められているようだな」

 

 箒は僅かに眉をひそめ、腕を組んで右手をあごに当てた。名探偵の推理ポーズみたいだが……胸元の規格外兵器(オーバードウェポン)を強調してるようにしか見えない。

 で、箒さん。一体何をお考えでしょうか?

 

「……紅也。お前は最近、何をそんなに悩んでいるのだ?」

 

 ――空気が、凍った。

 

 見抜かれていたのか?俺の奇行の原因が?

 気付いてたのは、一緒に暮らしてる(けど、最近は避けてしまっている)葵だけだと思ってた。

 だって、セシリアも鈴音も自分の悩みで精一杯で気付かなかったし、シャル子は一夏のことで精一杯だったし、ラウラは……ゴメンね。

 簪は自分の専用機のことで浮かれてるから、気付かないよな。……そういや、ビーム発振器が届くのは明日か明後日って聞いてるけど、荷電粒子砲の制作にはどのくらいかかるんだろうな。後でシミュレートしとこう。

 

「……紅也?聞こえているのか?」

 

 ……ああ、気付いてるよ。ちょっとショック受けてるだけだ。

 お前の発言が、あまりに予想外だったから。

 ダ○テ・カーヴァーじゃなくてもこう言いたい。

 

 予想外デス。

 

「…………悩みなんて、ナイヨ」

「ならばその沈黙は何だ。……なあ、紅也。前にも言ったような気がするんだが、何故、お前はいつも一人で突っ走るのだ?」

「……それは、俺一人でもなんとか出来るというか、むしろ俺が考えないといけないから……」

「そうは見えなかったが。かなり露骨に、悩んでいるオーラが出ていたぞ?」

「……そうかい」

 

 そんなに露骨……だったよな、改めて考えてみると。

 ため息ついたり、授業中上の空だったり、いつも気がついたら朝になってたりとか……。そう考えてみると、葵よりも先に同じ一組の箒が気付いたのにも納得だ。

 

「その……なんだ。ずっと見てたから、な」

「見てた、って……。なあ、箒。あんまりお前が挙動不審だと、周りが変に勘ぐる可能性があるから、止めてくれねぇか?前にも言ったけど、俺は大丈夫だからよ」

「そうは言っても……心配なのだ。……それに、先日もラウラにバレそうになってたではないか」

「ぐぬぅ……」

 

 身体の心配じゃなくて、義手バレの心配かよ。

 確かに、あれは迂闊だったよな。更識先輩が選んだ場所だから、人払いは完璧だと思って油断したぜ。

 もしあそこでバレてたら、俺は数えで10歳の子供先生と同レベルかそれ以下ってことを身を以って証明することになっただろう。恐ろしや ああ恐ろしや 恐ろしや

 

「……それを言われると、弱いな。あのときは、確かに箒のおかげで助かった」

「そうだろう。……私だって、紅也の役に立つことはできるのだ。だから、今回も――」

 

 ――頼ってくれないか?

 

 俺の目をじっくりと見つめたまま、箒は言外にそう匂わせていた。

 

 ……まあ、その、何だ。

 そこまで言われたのなら、相談して……やらなくもない。

 一人で考えて、行き詰ってたのも事実だし。

 それに……気付いてくれたことは、やっぱり嬉しかったし。

 

「――今から例え話をする。時間があったら、中で聞いてくれないか?」

「! あ、ああ!では、失礼するぞ」

 

 俺の言葉に……その意図する内容に気付いた箒はその表情を一転。まるで久しぶりに散歩に連れていってもらえる犬のように喜んだ表情を浮かべ、トコトコと部屋の中へ入ってきた。

 

「季節外れな気もするが……麦茶でいいか?緑茶は置いてないんだ」

「ああ、任せる。……ふむ、葵が一人で使っていたときより汚れているな。掃除はしてるのか?」

「忙しいんだよ。俺も、葵も。部活の方で学祭準備とか、デルタの慣らしとか。……箒もそうだろ?」

「あ、いや、私は……」

「そういや、最近はサボってるんだって?前に、保健室で、更識先輩に指摘されてたな」

 

 ポットに入れておいた冷たい麦茶を、プラコップに入れて二杯用意する。

 環境には悪いかもしれないが、使い捨てってのはかなり便利だ。洗いものをする必要がないし、何より管理が楽でいい。ストックが切れたら学内で買えるってのも大きなファクターだな。

 さて、サボリを指摘された箒はというと、照れたか怒ったかどちらかの原因で顔を赤くしている。いくら一夏が大事だからといって、部活サボったらイカンだろ。俺だったら射られるぞ。絶対。

 

「そ、それは今は関係ないだろう!」

「それもそうだな。……ほい」

「うむ、頂こう。……水出しなのか?」

「ああ。味は落ちるけど、こっちの方が楽でいい」

 

 コップを手渡し、俺も自分の分をぐいっと呑み込む。いつの間にかからっからになってた俺の喉が、冷えた液体によって濡らされ歓喜に震える。

 一方の箒はそこまで喉が渇いていなかったようで、ちびりと麦茶を口に含んだ後、すぐさまコップを机に置いた。

 

「……で、どんな話を聞かせてくれるのだ?」

「ちょっと込み入った話だけどな……。

 取り立てて特徴のない、ある男の話だ。昔、その男はある組織と共同で研究を行っていたが、唐突に組織から放り出され、持っていた技術や研究成果をかすめ取られたんだ」

「信じていたのに裏切られた、というわけだな。……続けてくれ」

「それからしばらくして、組織はトラブルで力を失った。そこで男は組織に恩を売り、元は自分のものだったはずの“研究成果”を取り戻そうとしたんだ。結果は……まあ、成功と言っていい。男は組織に対して優位に立ち、組織はもはや、強引な手段を取れるほど強くは無い。

 そのとき、組織は男が“本当に欲しいもの”を与え、男を再び引き込もうとした。男の方は組織を信用できず、狙いも分からない。しかし一方で、自身の“望み”は組織に加担することでしか叶わないと知っている。……さて、その男はどうすべきかな?」

 

 そこまで一気に言いきって、手元の茶を飲もうとして……それが残っていないことに気付く。

 早速二杯目を取りに行き、一瞬箒に対して背を向ける。再びそちらを見据えたとき、彼女は未だに腕を組んでいた。

 

「……一つ、質問があるのだが」

 

 俺が席に着き直すと同時、箒の腕がゆっくりと解かれ、静かに机の上へと置かれた。

 

「その男は、組織に関与せずに“望み”を叶えることはできないのか?」

「……いいや。時間はかかるが、可能……だと、思う」

 

 父さんのコネもあるし、頼めば宇宙に行くことは可能だろう。

 ただし……それは、俺がもっと成長してからの話。今すぐにそういったことができるか、といえば……無理だ。俺以上に優秀な宇宙飛行士候補はいくらでもいるし、IS操縦者に限定しても、三人娘さん達より先に行くのは不可能だ。

 

「でも……目の前にチャンスが来たから、その男はそれを……掴みたいんだろう」

 

 二杯目も空になる。それでも、喉の渇きは一向に消えない。

 

「そうか……。紅y……その男は、裏切られるのが怖いのか?」

「……いや、確かにそれもあるが……そいつには、自分が支えてやらないといけない奴がいるんだ。自分がいなくなったとき、そいつがどうなるか分からない。……裏切られるより、そっちの方が怖い。怖いんだ」

 

 今の俺の心配事は、他でもない葵のことだ。

 俺が去って、葵が昔みたいに不安定になったら困る。

 しかし、俺が残ることで葵が俺に依存するようになったら、俺は夢を追いかけることが出来ない。

 

 まさに二律背反。今すぐタッチミー。……なんて、余裕かませるんだろうな。普段なら。

 

「それは……本人に聞いてみるしかないのではないか?」

「聞いたって、何も変わらねぇよ。結果が出るのが前倒しになるだけだ。なにせ、ネタバレするのと同じことだからな」

「そうか、そうだな……。ところで、紅也。最後に、一つだけ聞いておきたいのだが――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その男自身はどうしたいのだ?私には、そいつが『支えるべき人』というのを言い訳に使っているようにしか思えないんだが?」

「―――――!」

 

 ……言い訳にしてる?俺が、葵を?

 

 フザケンナ。

 

 冗談じゃない。俺は本気なんだ。

 どうやれば葵にとって一番いい結果になるのか。それを考えて、二日間ずっと悩んでる。

 なのに……それが『言い訳』だと!?

 それは……それだけは……

 

 許せない!!

 

「箒!」

「! あ、いや、その……」

 

 許せない、のだが……。

 俺が名前を呼んだだけでビクリ!と身体を強張らせ、急に縮こまって俺を見つめる彼女の姿を見ていると、怒りが急激に霧散していくのを感じる。

 

「……今日は帰ってくれ。それから、ここで聞いたことは他言無用だ」

「あ、ああ、分かった。……紅也、その、今のは――」

「帰ってくれ。……でないと、お互いに嫌な思いをすることになる」

「そ、そうか……。……出過ぎた真似をした。済まない、紅也」

 

 そう言い残し、箒は静かに退室していった。

 後に残されたのは、椅子にかけたまま俯く俺と、半分ほど中身が残ったコップだけ。

 

 ……ハハハ。勝手に相談して、勝手にキレて……箒を、あんなに怖がらせて。

 

「最っ低だな、俺……」

 

 唯一の理解者を拒絶した俺は、向かいの水面に映る男の情けない顔を、ただひたすらに眺めているしかなかった。

 

 ……俺自身の意思、か。

 




一方、紅也はまだ少し不安定。……このままじゃ姉弟になっちゃうぞ。

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