――今日も、勝てなかった。
更衣室でISスーツを脱ぎながら、先程の授業を振り返る。
〈ブルー・ティアーズ〉の制御は完璧。自分の思った通りに動いて、撃って、戻ってくる。
でも、相変わらず〈ブルー・ティアーズ〉使用中は動けないままで、〈スターライトMk.Ⅲ〉との連携もうまくはいかない。
――葵さんは、〈タクティカルアームズ〉と同時に自機を動かせますのに……。
いや……葵さんだけではありません。
鈴さんとの勝率は五分五分ですけど、持久戦に持ち込まれれば勝ち目はありません。シャルロットさんにも〈シールドソード〉で攻撃を防がれて、結局エネルギー切れになってしまう。
ラウラさんには最初から負けっぱなしですし……紅也さんにも勝てない。
それに……
(最近では……一夏さんや箒さんにまで……!)
一夏と箒。
機体が未完成の簪を含めても、おそらく専用機持ちの中では『最弱』と言ってもいい二人。
最近のセシリアは、その二人にさえ圧倒され……負けることはないものの、いつもギリギリの勝利を、泥臭く掴みとる形になっていた。
(何故っ……!わたくしは、イギリスの代表候補生……国を背負って立つエリートのはずですのに!)
無理もない。
エネルギーシールドによって〈ブルー・ティアーズ〉を無効化する『
しかし――
(『ブルー・ティアーズ』はBT兵器のテスト機ですから、実体兵器の搭載は認められない……だなんて!)
そう。対策なんて取れない。
国に打診しても、返事はその一点張り。
テストの名目下において、セシリアの意思など黙殺されてしまうのだ。
肌にまとわりつく不快な汗を軽く拭い、下着をつけ、制服を身に纏う。
後でシャワーを浴びないと、汗のにおいが残りそうだ……などと考える余裕もない。
どうすれば、みんなに勝てるのか?
今のセシリアの頭の中を脳内メーカーで表示したのなら、『勝』の一文字で埋め尽くされているだろう。
それほど、今のセシリアは追い詰められていた。
(選択肢は二つ……。〈ブルー・ティアーズ〉操作中にも『ブルー・ティアーズ』を動かせるようになるか、それとも――
理論上では、BT兵器が最大稼働すると、発射されたビームを自在に操れるという。しかし、国家代表候補生中最大のBT適性を持つセシリアでさえ成し遂げられないそれは、事実なのかどうかさえ疑わしい話であった。
(過去に一度もその制御に成功していませんし……本当にそんなことができるのでしょうか……)
「「はぁ……」」
意図せず漏れたため息。
しかし、同時にそれは隣からも聞こえてきた。
「「へ?」」
何となく親近感を覚えると同時、再び声がシンクロする。
そうしてまたも同タイミングで隣を見た二人は、ここに至って相手が誰であるかを認識することになった。
「あれ?セシリア?」
「こ、紅也さん?」
セシリアの隣で、まったく同時にため息をついていたのは……セシリアが『気になる男子』の一人、山代紅也その人であった。
◆
「ふーん、模擬戦成績の低下、ねぇ……。確かに、最近はセシリアが押されてることは多いよな」
「ええ、そうなんですの……」
何となく意気投合した二人は、そのまま何となく食堂へ移動し、何となくホットドリンク片手に、何となく雑談に興じていた。何となく。
ちなみに、今は放課後。先ほどの実習で授業は終わりだ。今日はHRの時間も無いので……断じて、サボっているわけではない。
「セシリアの役目って、BT兵器のデータ収集だもんな。そりゃ、他の装備を取り寄せられねぇか」
「国の人は、わたくしの模擬戦成績なんて、どうでもいいのでしょうね。……紅也さんは、このような思いをしたことはありませんの?」
「無いな……。俺と葵の役割は、ASTRAYっていう機体そのもののテストだからな。使ってて不備があったら、本社に申請すれば武器とか設計してもらえるし。……ホラ、葵が使ってるタクティカルアームズや、俺のガーベラストレートなんかは、そうやって発注した武器なんだよ。ビーム兵器だけじゃ戦いづらいからな」
そう言って、紅也はコーヒーを喉に流し込む。今日のように気温が低い日には、身体の芯から温める。それが紅也の習慣だった。
「『ビーム兵器だけじゃ戦いづらい』……今まさに、わたくしが直面してる問題ですわ」
「だろうな。BT兵器のビームは、ビームライフルのビームよりも出力が低くて、そのくせ性質は似てるから、アンチ・ビーム・コーティングされてる盾を突破できねぇ。そして鈴音とラウラ、簪以外の専用機持ちには、みんな耐ビーム能力持ちの装備がある。〈インターセプター〉と弾頭型の〈ブルー・ティアーズ〉は、一応、実体装備だが……セシリア、接近戦苦手だもんな」
うっ……と声を詰まらせ、誤魔化すように紅茶を口に運ぶセシリア。どうやら、その自覚はあったらしい。その証拠に、セシリアの白い肌はほんのり桜色に染まっていた。
「し……仕方がないではありませんか!わたくしの戦闘スタイルは、遠距離からのBT攻撃。しかも〈ブルー・ティアーズ〉使用中は、動くことが出来ないのですから」
「そうか?同時に6機のビットを操れるんだから、4機+本体くらいは可能だと思うんだが」
「自分の身体を、ビットと同じだと考えれば良いのですか?」
「ああ。ビットの動きをイメージするように、自分の身体を俯瞰するんだ。……ま、その状態で格闘戦は難しいから、回避くらいしかできなそうだけど」
紅也の言うことは、セシリアにも理解できる。
しかし、『理解できる』と『実行できる』は違うのだ。
もっとも、紅也自身はそれが『実行できる』と信じている。なぜなら、福音戦で意識を失い、ゴールドフレームに“憑依”したときの彼自身が、似たような状態だったのだから。
戦闘空域に辿り着く前は、意識と機体がズレていたため、三人称視点のような状態だったと言えば分かりやすいだろうか?
ゲームなどに馴染みがあればイメージしやすいのだろうが、あいにくセシリアはそういった娯楽とは無縁であった。
「それでは被弾率が減るだけで、状況は変わりませんわ!……と、なると、やはり
「フレキシブル?なんだそりゃ?」
「一応、機密なのですが……まあ、紅也さんならいいでしょう。BT兵器の最大稼働時に起こる……と、言われている屈折射撃のことですわ。これなら、シールドを避けて攻撃することが可能なのですが……あいにく、机上の空論なのですわ」
正面からでは防がれてしまうなら、側面なり背後なりから攻撃してしまえばいい。無茶苦茶だが筋の通った理屈であるし、そもそもビットとはそのための武器でもある。
……まあ、だからといってどこぞの
閑話休題。
「曲がるビームか……。理論だけならモルゲンレーテにもあったな」
「! そ、それは……どういうものですの!?教えてくださいませ!」
ポツポツと話していたセシリアであったが、紅也の言葉を聞いた瞬間に態度が一変する。
普段のお嬢様キャラはどこへやら。パックが凹むのを気にせずに飲み物を机に叩きつけ、空いた両手で紅也の制服の襟を掴み、がっくんがっくん揺さぶり始めた。
一方の紅也も、まさかセシリアがこんな暴挙に及ぶとは思いもしなかったため、目を白黒させて絶賛混乱中だ。いつもの飄々とした態度は無限の彼方に投げ捨て、声にならない叫びを上げている。
それでも左手に持った缶コーヒーをこぼさないのは、間違った執念としか思えない。……いや、もしこの光景を注意深く見ている人がいたのなら、左腕が微妙に肩から外れ、その場に浮遊していることに気付いただろう。しかし、あいにく他のクラスはHR中。一組の生徒もこの場にはいなかったため、目撃者はゼロであった。
「も……もちつけ!やない、落ち着け、セシリア!話すから!離せ!」
「……はっ!?わ、わかりましたわ。離すから話してくださいませ」
お互いに飲み物に口をつけ、同時に一息。そして、再び話が始まった。
「……詳しくは話せないんだけどな。アプローチは二通りあるんだ。一つは、直進するビームを反射すること。ビームを反射する素材を用いたドラグーン……あ、いや、ビットを使って、普通は届かない所にビームを放つんだ」
「成程……。ビームそのものを曲射するよりは現実的ですわね」
「だろ?だけど、そんな素材はまだ開発できねぇんだ……。完成したら、ダカール辺りで実験したいんだけどな」
実験場所はさておき、この方法は偏向射撃よりもはるかに現実的だ、とセシリアは思った。しかし、これは今すぐ用意出来るものでもない。だからこそ、紅也もあっさりと口を割ったのだろうが……。
「では、もう一つの手段とは?」
「決まってるだろ。ビームそのものを曲射するんだ」
果たしてそれは、セシリアの待ち望んだ返答であった。
もしかすれば、自分の目指す“究極”に近付けるかもしれない。セシリアの胸の鼓動は、嫌が応にも高まっていく。
「原理は明かせないけど、特殊な地場を使って、ビームの粒子を歪曲させるんだ。……もっとも、BT兵器とビームライフルは微妙に違うから、この方法がBT兵器の偏向射撃にも対応してるわけじゃねぇ。……これはあくまで推測だけど、BT兵器の偏向射撃ってのは、イメージ・インターフェースを使ったものだろ?なら、大事なのは技術よりもイメージだろ」
「イメージ……?」
紅也の答えは、自分が期待した物ではなかった。
その通りなのだ。BT兵器のビームと、ビーム発振器から放たれるビームは、似て非なるもの。ならば、同じ偏向射撃でも、アプローチが異なるのは当たり前だった。
「そう、イメージだ。WANTEDっていう映画を見たことあるか?あれだと、なんとイメージだけで銃弾の軌道を曲げるんだ。『ビームは直進するもの』っていうイメージを捨てて、『ビームが、曲がる!?』っていうイメージを持つといいかもな」
「簡単に言われましても……。光は直進するもの、というのはもはや常識です。そのイメージを捨てろ、と言われましても……難しいですわ」
「……そっか。じゃ、まずは『曲がらない』ものを『
ぼそり、と呟いたその言葉は、セシリアの耳には届かなかった。
紅也は突然8を取り出すと、USBをスロットに差し込み、何かの操作を始めた。いきなりの出来事であったため、セシリアは一瞬硬直するも、すぐに何をやっているのか気になり始め、紅也の後ろから画面を覗き込んだ。
「何をなさっていますの?」
「……それはこっちのセリフだ」
「?」
セシリアは気付いていなかったが、このときの体勢を考えてみて欲しい。
紅也の顔のすぐ隣にはセシリアの顔があり、セシリアの身体は紅也の背中に触れている。
つまり、何が、とは言わないが……当たっているのだ。
動揺を一切表に出すことなく、紅也は作業を続ける。どうやら、8の中にあるファイルを保存しているようだ。
作業の進行度を示す青いバーが、灰色の領域を侵食していく。その間、二人は言葉をかわさず、ひたすら画面だけを見ていた。
「……よし、完了。セシリア、時間があったらこれを見ておいてくれ」
「映像ファイルでしたか……。何が入っていますの?」
「……
そう言って紅也は
目と目が合って、初めて顔の距離が近いことに思い至ったセシリアは、慌てて紅也から飛びのき、持っていた紅茶を一気に飲み干した。
冷めていたのか、それともセシリア自身の体温が上がったのか。暖かかったはずの紅茶は、やけにぬるかった気がした。
◆
〈side:山代 紅也〉
……そういや、結局、俺の悩みは解決しなかったな。
急ぎの用でもあったのか、大急ぎで去っていったセシリアを見送った後、俺は残っていたコーヒーを一気に飲み干した。甘すぎず苦すぎる黒い液体は、俺の喉を潤すと同時、たるんでいた脳をわずかに活性化させる。
昨日の一件で、どうやら俺はずいぶんと弱っていたらしい。でなければ、部外者であるセシリアに『ビームの歪曲』の話など漏らさない。
……タダでうっかり情報を漏らすなんて。迂闊だな、俺。
まあ、少しは元気になれた。最後には役得だったし、ちょっとしたイタズラも成功したし。
アレを見たセシリアは、どういった方向に進むんだろうな?
偏向射撃を身につけるのか、別の方法を探るのか。あるいは――俺と同じ道を歩むのか。
楽しんでくれよ……『痛覚残留』を。
アニメ知識を参考にコーチしようとする紅也……。