IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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とうとう本編100話に到達しました。ルートが分岐しそうなサブタイです。
紅也の今後を左右する「取引」の内容とは……?


第100話 『Deal』 or 『Revenge』

 学園祭での方針が決まり、その日の部活は解散となった。

 和服の手配は、和服喫茶の発案者でもあったオブライエンさんがやってくれるそうなので、一安心。企画の詳細は次の部活のときに詰めるそうだ。

 

 ……で、今。

 俺は人生初の……かなり大きな選択を迫られていた。

 

 

 

 

 

 

 既にドアが修復されていることに驚きつつ、俺は部屋の鍵を開けた。

 今日は葵も部活の日だったからか、不在。ちょうど二日前とは逆のパターンだな……とか考えつつ、俺は8に記録された映像を再生した。

 それは、目を通していなかった戦闘記録……ダリル・ケイシー先輩のIS、『ヴェルデバスター』の映像だ。

 ベース機であるバスターを上回る、四門の砲口。追加され、強固さを増した装甲。そして、死の危険を感じるほどの高火力……。もしレッドフレームで戦ったら、左腕一本じゃ済みそうにねぇなぁ……。

 まあ、自虐はここまでにして。分析、分析……っと。

 

 ふーむ……腰に追加されたでかいビーム砲には、銃剣がついてるな。これで一応は接近戦ができるようになったわけだけど、間合いが難しそうだな。……それとも、武器としての役割じゃなくて、何か別の機能が?

 それに、よく見ると砲の側面にハードポイントがある……。左右でぴったりはまるような形だから、これも合体すんのか?単純な火力アップか、それともバスターみたいに能力が変わるのか……今の資料じゃ不十分か。もっと模擬戦してくださいよ、先輩。

とはいえ、自分からデータ収集に赴くのはもってのほかだ。デルタアストレイの性能を晒すことになるし、それに――

 

 ――それに、怖いし。

 

 だって、操縦者が違うっていっても、あの機体は俺に重傷を負わせた機体の強化版。

 ありえないとは分かっていても、今度は全身が蒸発するかもしれないと考えると、身体が震える。

 まったく……。身体は強くなったのに、今度は心が相当弱くなったみたいだ。情けねぇな、俺。

 

 ……ま、個人的な感傷は今は置いといて……。とりあえず、ヴェルデバスターの戦力評価と、いつのまにか8に保存されてた更識楯無に関するレポートをモルゲンレーテに送信しておこう。

 そう思って、ファイルの作成を始めたときだった。

 

《紅也、エリカから連絡だ。緊急事態が起こったと》

「はぁ!?緊急事態、って……それでなんで俺に連絡が来るんだよ?」

 

 一夏にも言ったように、別に俺はモルゲンレーテの要職についてるわけじゃない。

 まあ、開発主任と親しかったり、両親共にモルゲンレーテ所属だったり、師匠があの人だってことから、色々と意見を求められることはある。

 でも、それはあくまでIS開発に限定される。間違っても、『緊急事態』に対するものではない。

 つまり。

 

(プレアに異常が起こったか……それとも、『X』関係でのトラブルか……)

「……よし。8、通信を繋いでくれ」

《もう繋がっている。モニターに出すぞ》

 

 8の画面に表示されたテキストは縮小し、画面右上に追いやられる。

 代わりに正面に浮かび上がった大画面には、珍しく焦ったような表情のエリカさんの顔が映し出される。背後に見える風景は、通い慣れた研究開発室ではなく、エリカさん専用の事務室。それが意味することを瞬時に把握した俺は、思わず姿勢を正し、モニターへ向き直った。

 

「……紅也。今、葵ちゃんはどこにいるの?」

「今は部活で、しばらく戻りませんけど……そっちのほうが都合がいいんですね?」

「……ええ。まったく、いつの間にここまで勘が良くなったのかしら?」

 

 そう言って、どこか寂しげな表情で笑うエリカさんは、それなりに長い付き合いのある俺でも初めて見るものだった。……が、そんな表情も一瞬。すぐにいつも通りに戻った彼女は、手元の空中投影キーボードを操り、何かを入力していく。

 カチカチカチ……という音が伝わってくるかのような錯覚。それが止んだら、俺の手元に新たなウィンドウが出現した。タイトルのついていない、容量の小さなPDFファイル。

 

「それを開いて。そして意見を聞かせて欲しいの」

 

 言われるがままに画面にタッチし、ファイルを開く。

 画面に展開できるほどの隙間はないから、新たなディスプレイを空中に投影した。

 ふーん。モルゲンレーテへの協力依頼、ね。そんなバカなことを考える企業は、どこのどいつなんでしょ―――!?

 

「ノース・グランダー・インダストリーだと!?ふっ……ざけんなっ!!」

「落ち着きなさい、紅也」

「だって!あいつら、どの面下げてっ……!」

 

 ノース・グランダー・インダストリー……略称N.G.Iは、言わずと知れたアメリカの大手兵器開発会社だ。

 が……この名は、俺達モルゲンレーテにとっては特別なもの。

 馬鹿馬鹿しいほどの人材的・金銭的損害を与え、忘れ得ぬ傷と教訓を残していった、俺達の――敵。

 今となっては、GATシリーズの奪還によって多くの貸しを作り、険悪……というほど悪い関係ではないが、それはあくまで企業としての話。

 

 俺――山代紅也個人としては、彼らを許すことなど、できない。

 

「だから、いまさら協力要請なんて信じられるか!どうせまた、汚い手段で力を削ぎに来るに決まってる!エリカさんだって、そう思うだろ!?」

「――そうね。個人としての感情で言えば、私はN.G.Iのやったことは許せない」

「ならっ……!」

「でもね……」

 

 昔の……あの事件のことを思い出していたのか、愁いを帯びた表情。しかしそれはすぐさま霞みの如く消え去り、半ば睨むような双眸が、俺のまなざしをまっすぐに貫いた。

 

「でもね、“手段”の話をするなら、私達モルゲンレーテも同じよ。N.G.Iの離反は、私達の甘さが招いた事態。……馬鹿な話よね。自分が“買収”という手段を使ってるのに、相手はそんな手段を使わない、って思いこむなんて」

「それは……そうかもしれない、ですけど……」

「例えば、この間のデュノア社を併合したときの手段は、“脅迫”。向こうは対等な取引だと思ってたのにね?あのとき、あちらの社長が言ったこと……私があの事件で感じたことと、ほとんど同じだったわ」

 

 ――撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけ。

 戦争において。ケンカにおいて。その原則は変わらない。

 やられたら、やり返す。

 そんなことは、古代の法典にだって明記されるほどの、“当たり前”だった。

 

 ……でも。

 だからって……『受け入れろ』って言われて、「はい、そうですか」って納得できるか、って言われたら、俺の答えは一つ。

 

 無理だ。俺には、そんな我慢はできない。

 

 確かに、『やられたらやり返す』なんてことを繰り返したら、最後にどうなるかは決まってる。

 やった方かやられた方。どちらか一方だけが残って、そして誰もいなくなる。

 ……だけど。痛みをこらえるのは、俺じゃなくてもいいはずだ。他の誰かでも……いいはず、なんだ……。

 

「……話が逸れたわね。問題は、N.G.Iの協力要請そのものじゃないの。文書の内容もよく読んで」

 

 ……ダメだ。考えても、答えは出そうにない。

 今の俺に出来ることは、せいぜい感情を排して、機械的に判断することだけ……だな。

 言われるがままに書類に目を通しながら、俺はそう考えた。

 しかし、内容を読み進めていくうちに……これを『機械的』に判断することなど不可能だという結論に達する。

 なぜなら、この書類は――

 

「……どういうことなんですか?俺の引き抜きって!?」

「どうもこうも……。私だって困惑してるわよ」

 

 モルゲンレーテの技術者にして、『デルタアストレイ』の操縦者である山代紅也を、こちらに出向させて欲しい。我々は、彼の持つ先進技術に大きな関心を持っている。もちろん好待遇を約束し、モルゲンレーテの技術の強制的な開示は行わない。その代わり、守秘義務を守った上で、こちらのIS開発に協力させたい。

 

 書かれていたのは、こんな内容。

 つまり、これは。

 N.G.Iからモルゲンレーテへの協力依頼などではなく。

 

 ――N.G.Iから俺への……技術者、山代紅也への、正式な依頼。

 

 ……でも、実は、そんなことは問題じゃないんだ。

 正直、俺は今のモルゲンレーテでの待遇は気に入ってるし、人間関係にも不満は無い。

 だから、たとえどれだけ金銭を積まれようとも、どれだけの技術を提供されようとも、敵に手を貸すなんて気はさらさら無い。

 

 ……だけど。

 だけど一つだけ、どうしても見逃せない条件があった。

 

「……宇宙探査プロジェクト、『スターオーシャン』への参加……!」

「……ええ。その条件は、君にとっては魅力的でしょうね」

 

 

 

 

 

 

 唐突だが、俺は宇宙が好きだ。

 昼間は母さんの髪のように青く澄んでいて、夜は父さんの髪と同じく黒く輝いて。

 そんな闇の中にも、数え切れないほどの光が瞬く光景は、とても幻想的だ。

 ときには、そんな星々の一つひとつに、こことは違う生き物がいて、こことは違う世界を作っていると考えて、空想にふけったりもした。

 あるいは、流れ星を見て、星の光を掴もうと手を伸ばしたこともあった。

 

 ――そんなときだった。インフィニット・ストラトスというものが世界に現れたのは。

 

 宇宙空間での活動を想定し、開発されたマルチフォーム・スーツ。

 そんな夢のような発明に、俺の心は躍った。

 ……思えば、俺はこのときから、現在の進路を決めてたんだと思う。大人になったら、ISの操縦者になって、いつか宇宙へ行きたい……って。

 

 でも、それはまさしく『夢物語』だった。

 ISのコアは女性にしか反応せず、男性では起動することすら不可能だと分かったのだ。

 しかも『白騎士事件』以降、ISはその軍事的価値のみが着目され、宇宙開発という当初の用途からは外れ始めていた。つまり……俺が、ISを使って宇宙に行くという選択肢は、完全に閉ざされてしまったのだ。

 

 しかし、世界はまだ諦めていなかった。

 軍事兵器としてのIS研究の傍らで、宇宙探査用のIS研究もまた、確かに存続していたのだ。

 

 それが、『スターオーシャン』。アメリカ主導で行われた、遥かなる星の海へと漕ぎだすための計画だ。

 

 スターオーシャンのプロジェクトチームは、宇宙開発用のIS、『type-00』を開発した。

 この研究には多くのスポンサーがつき……モルゲンレーテの名も、その中にあった。

 そして、ある日。

 俺は父さんに連れられて、スターオーシャンの中枢である、宇宙開発センターに行った。

 その日は『type-00』の評価試験……つまり、宇宙での運用テストの日だった。シャトルからリアルタイムで送られてくる映像に、俺は興奮しっぱなしで、ひたすらはしゃいだのを覚えてる。あまりのうるささに、その場にいたもう一人の男の子は部屋を出てしまったけど、それでも俺ははしゃぎ続けた。

 

 ――爆音と共にシャトルからの映像が途切れた、あの瞬間まで。

 

 

 

 

 

 

『世界には、流れがある』

 

 父さんがそう言ったのを、俺は今でも覚えてる。

 

 あの爆発は、IS開発……ひいては、女性優位な世の中への変革を望まない者たちの引き起こした、テロリズムだった。

 男尊女卑という既存の流れと、女尊男卑という新しい流れ。

 急激な流れの変化が引き起こした“歪み”が、テロという形で現れたのだ……と、父さんは言っていた。

 

 でも、実はそんなことは、俺にとってはどうでも良かった。

 俺にとって意味を持っていた事実は、ただ一つ。

 

 ――この日を境に、ISを用いた宇宙開発計画は凍結された。

 

 たった、それだけ。

 

 

 

 

 

 

「今になって、『スターオーシャン』に進展があるなんて、ちょっと信じられませんね」

「N.G.Iが出資するらしいわよ?あっちにも『ジン』があるから、宇宙対応型のIS開発に着手しても不思議じゃないし、それに……」

「ええ。『デルタアストレイ』なら性能評価も済んでいるので、適任だと思ったんでしょうね」

 

 デルタアストレイはオーストラリアの静止衛星、アメノミハシラで設計された、正真正銘の“宇宙用IS”だ。この機体の技術……いや、技術は求めないって言ってるから、性能か。性能をあてにして、計画に参加させようとしてるのだろう。

 しかも……これは、俺の望みと一致する。

 確かにモルゲンレーテでも、宇宙開発事業に手をつけている。しかし、俺は年齢制限や資格無しといった理由から、参加することはできないのだ。

 ゆえに……早期の宇宙進出を目指す俺としては、この提案は十二分に魅力的なのだ。

 

 ――取引相手がN.G.Iということを除けば、の話だが。

 

「……確かに魅力的な提案ですけど、少し考えさせて下さい」

「そう。……拒否は、しないのね」

「……ええ。返答は……保留、でお願いします」

 

 こんな答え。所属が決まってる山代紅也なら、絶対にやってはいけないんだろう。

 でも、これはただの出向依頼であり、俺とN.G.I側だけの問題だ。

 そこに、モルゲンレーテが介在する余地は無い。

 それでも俺個人ではなく、モルゲンレーテにあのファイルを送った理由は……ただの、言いがかりをつけられないための『形式』ってやつなんだろう。

 

 そんな俺の考えを知ってか知らずか、気がついたらエリカさんは消えていた。

 後に残されたのは、オレンジ色を失った闇と、空色のディスプレイだけ。

 

 いつもと同じはずの薄い闇の中。今日はまだ、星が見えない。


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