IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第99話 これぞ日常。これぞ青春。

 時刻は午後7時。

 射撃部の活動を終えて帰ってきた私は、なんとなく部屋でダラダラしてた。

 ……8に言って、紅也が送ったメールを見せてもらったけど……酷い内容。

 「お前は結婚詐欺師か!」って思わずつっこみを入れちゃった。

 

 それにしても、紅也、遅いわね……。せっかく、一緒に夕飯食べようと思って待ってるのに……。

 

 ガチャッ。

 

 ドアが開く。この部屋の鍵を持ってる人間なんて、私以外には一人しかいない。

 

「……お帰り、紅……」

 

 そこまで言いかけて、紅也の顔を見て、私は二の句が継げなくなる。

 紅也の様子は、まさしく疲労困憊……いや、そんな言葉すら生ぬるい。

 例えるなら、その状態は、「沼」を攻略された直後の一条。

 あるいは、「17歩」で負けた村岡。とにかく、そんな感じだった。

 

「……大変、だったの……?」

「……ツカレタ」

 

 しゃべり方まで片言だ。

 

「……ご飯に行く?それともシャワー?」

「……ネル」

 

 ふらふら、とまるで糸の切れた凧のように歩き、ベッドに向かう紅也。

 ……あっ、そっちは私の……。……まあ、いっか。

 

 

 

 

 

 

 「更識 楯無」に関する新着情報が1件更新されました。参照しますか?

 

 ――YES。

 

 レポート:簪の証言

 『楯無』というのは、代々の当主が受け継ぐ名前。生徒会長は17代目の楯無である。彼女の専用機『ミステリアス・レイディ』は、ロシアで設計されたIS『モスクワの深い霧』の機体データを元に組み上げたもの。簪は一人で組み上げたと言ってたが……さあ、どうだろうな?

 『ミステリアス・レイディ』最大の特徴は、搭載された2機のアクア・クリスタルである。衛星で観測したあの大爆発は、これを利用して水蒸気爆発を引き起こす技のようだ。その他にも、大気中の水分を凍らせる、水によって敵の動きを鈍らせる、等の使い方もできるだろう。万が一敵対する際は要注意である。

 更識家は、対暗部のための暗部とでも言うべき存在であり、その情報網はかの『一族』に匹敵しうる。もしくは、彼女自身が『一族』の一員である可能性もある。

 更識楯無は、生まれながらに更識家の当主としての教育を施された。あの身体能力、状況判断力はそうして身に着いたと類推。これは完全に余談だが、簪本人は、そんな「完璧な姉」に対して大きなコンプレックスを持つ。姉妹間の対立は、それが原因だと類推できる。

 

 「簪の証言」を本体に保存しますか?――No.

 「簪の証言」をファイル1から削除しますか?――No.

 「簪の証言」をファイル2にコピーしますか?――No.

 「簪の証言」をファイル3にコピーしますか?――Yes.

 

 ……警告。接続が不安定です。

 

(あれ、この天井……見覚えがあるぞ。昨日は疲労困憊だったけど、部屋で寝たのは間違いないはずなのに)

 

 同調率低下……ネットワークとの接続、不安定です。

 

 覚醒脳波を検知。警告。システムを再起動して下さい。

 

 ……………。

 

 ……………。

 

 リンクを確立しました。システム再起動。前回の終了時点から再開します。

 予期せぬトラブルにより強制終了が発生したため、正常な読み込みが行われなかった可能性があります。

 

 ……………。

 

 ……………。

 

 

 

 

 

 

〈side:山代 紅也〉

 

 外部音声が……ががが、音が聞こえる。

 音じゃない。これは、声だ。

 声が聞こえる。

 じゃあ、誰の声?

 耳を澄まして聞いてみる。

 

「……うや、起きて。もう、朝」

 

 認しょ……分かった。これは、葵の声だ。

 寝過したか?状況が分からない。

 長い間眠っていた気もするし、ずっと起きていたような気もする。

 

「あおい……か。おはよ~……って!おわっ!?」

 

 目を開けた。

 葵が近くにいた。それも、すごく近く。具体的には、お互いの呼気がかかるくらいの距離に。

 状況把握……できるわけがない。とりあえず飛び起きて、ベッドから離れる。

 そして自分の服装をチェック。IS学園の制服姿だ。うん、一安心。

 ちなみに、ここまでにかかった時間は3秒以下。強化された身体能力が無駄に発揮された瞬間だった。

 

「紅也、寒い。布団がずれた」

「ああ、悪い……じゃ、なくて!何で一緒に寝てたんだ、俺達!」

 

 正直、昨日のことはよく覚えてない。

 確か、簪を呼び出して、泣かせてしまって、誤解を解いて、笑顔が綺麗だったけど黒くて……あれ?

 俺、いつ部屋に帰って来たんだっけ?

 

「……紅也が、私のベッドで寝たから」

「そうなのか?全然思い出せねぇんだが……。…というか、それだったら葵が俺のベッド使えばいいじゃんか」

「……たまには、甘えたかったっていう理由じゃ……ダメ?」

「ダメじゃないです」

 

 ダメなのは俺の方だった。

 ……しょうがないだろ?俺だって最近、葵とからむのが少なかったんだから。

 

「にしても……汗臭ぇな。俺はシャワー浴びるから、良かったら先に朝飯食っててくれ」

「……待ってるから、いい。一緒に食べよ?」

「そっか。じゃ、手早く済ませるぜ」

 

 葵のありがたい言葉を聞いた俺は、シワのついた制服をその場で脱ぎ捨てる。

 予備はもう二着あるから、今日洗濯すれば十分にローテーションを回せる。ついでに下着類もこのままじゃ気持ち悪いんで、一緒に洗おうか。秋とはいえ、二人で寝てたらそれなりに汗はかくからなぁ……。

 

「葵、パンツ取ってくれ。臭いが気になるから着替える」

「……ん。はい」

「さんきゅ。ベッドは俺が直すから、そのままでいいぜ。葵も着換えろよ」

「……私も、シャワー浴びるから。後でいい」

 

 何気ない会話だけど、それだけで十分だ。

 眠っただけでは取れなかった二日間の疲れが、すうっと軽くなった気がする。

 ……いいよな、家族って。

 

 

 

 

 

 

 ――ザザッ。

 

『! エネルギーがッ!?』

『――え?』

 

 夕焼け空に、紅い雨。そして、二つになって落ちてくる、ダレカの体。

 

 

 

 

 

 

 ――何だ、今の光景は!?とびきりの悪寒は!?

 あり得ない場面を見せつけられたような気がして、耳の奥がぐわんぐわんと鳴り響き、一瞬倒れそうになる。

 突然の白昼夢に意識を持っていかれた俺を、現実に引き戻したのは――

 

 バキャアッ!という、扉が悲鳴を上げた音だった。

 

「ええい、もう我慢ならん!嫁よ!私というものがありながら、何をやっているのだ!?」

「……俺としては、お前の方が何やってんだって感じなんだけどな。ラウラ?」

 

 状況を説明しよう。

 シャワーを浴びようとしてたら、突然部屋のドアが吹き飛んで、『シュヴァルツェア・レーゲン』を部分展開したラウラが入り込んできた。

 それも、上記のような意味不明発言のオマケ付きで。

 

「とぼけるな!『同じベッドで寝た』だの『一緒にシャワーを浴びる』だの……兄妹とはいえ、これ以上は許さんぞ!それに……その格好は何だ!?」

「格好、って……ぬおぅ!」

 

 そうだった!さっき制服脱いだから、半裸状態じゃねぇか、俺!

 

「何を考えてるか知らねぇが、それはきっと誤解だ!落ちつけ!」

「これが落ち着いていられると……」

 

 どうどう、と。両手を前に突き出し、ラウラを押しとどめる。

 でも、ラウラは憤怒の形相のままに俺に近づき、漆黒の腕を俺へと伸ばす!

 

 ……が、その前に俺の左手がラウラにタッチ。そんでもってそのまま放電。

 勢いを失った彼女はしぶとく抵抗を続けるものの、直後に葵が放った一撃によって静かに昏倒した。……最近、こんな役回りばっかりだな。哀れラウラ。

 

「……じゃ、俺はシャワー浴びるから。とりあえずラウラを縛っておいてくれ」

「……その後、どうするの?」

「織斑先生に引き渡す。いつもの潜入くらいなら見逃すけど、今日はドア壊されたからな。許してやんない」

「……同感」

 

 ……にしても、何故にラウラはこんな真似をしたんだ?

 部屋の前にいたのは分かる。どうせ、俺の寝床に忍び込もうとしたんだろう。最近はあんまり無かったけど、休み前はしばしばそういうことがあったし。

 でも、ドア壊されたのは初めてだ。……まあ、葵との戦闘の余波で壊れたことはあったけど、それは別だ。

 ……まさか、良からぬ想像(あるいは妄想)をして、慌てて踏み込んできた、とか?

 そうだとしたら、ラウラの変化を喜べばいいのか、嘆けばいいのか。

 少なくとも、初期の『寄らば斬る』って感じの空気よりはいいけど……うーん……。

 

 そんなことを考えていた俺は、先程の悪夢のことなど不自然なほどすっぱりと忘れていた。

 

 

 

 

 

 

「……ってことがあったんだが、一夏はどう思う?」

「うーん、わかんねえな。俺もよくドアを壊されたりするけど、理由はよく分からんし。

 ……修理代はかかんないんだけど、直るまで時間がかかるんだよな……」

「あー。それ、困るぜ。部屋ん中、人に見られちまうもんな」

 

 場面は変わって昼休み。珍しく女子メンバーを誘わず、俺と一夏は二人で飯を食ってた。

 というのも、まあ、俺が朝のことを話したかったって理由だけじゃなくて、更識先輩のことを聞きたかったってのが当初の目的。

 もう一つ……これは、一夏側の理由なんだけど、鈴音から離れたかったとか。

 なんでも、昨日鈴音が更識先輩に「訓練に参加させなさい!」ってカチこんで、「ダメ♥」って断られたから、恐ろしく虫の居所が悪かったらしい。

 昨日の夕飯の最中も、ずっと小言を言われ続けたとか……。ひぇぇ!

 

「へえ、意外だな。紅也の部屋って片付いてるから、見られても平気だと思ってた」

「それとこれとは話が別だぜ。機密資料(笑)とか置いてあるし、部屋に入られても困るし」

「機密、ねぇ……。前から気になってたんだけどさ、紅也ってモルゲンレーテでは上の立場だったりすんのか?」

「いーや?ただのテストパイロットさ。まあ、新装備の発注とかはやるけど、それは葵も同じだし、他の代表候補生もやってるんじゃないか?」

「そういうもんなのか?俺、専用機はあるけど代表候補生じゃないからなあ。そもそも、白式に追加装備がつかないし……」

「……ああ。今は遠距離用の練習をやってるんだっけ?」

「そうなんだよなあ。俺は近距離武装しかないのに、楯無先輩も何を考えてるのか」

「まあまあ。敵の戦闘スタイルを知ることで、得られるものもあるんじゃねぇか?自分で使ってれば、弱点とかにも気付くはずだし」

 

 一夏のやつ、そのへんのことは分かってんのかなぁ?

 ……分かってねぇんだろうな。そもそも、何で自分が鍛えられてるのかも分かってないようだし。

 まあ、無理もないか。近いうちに襲撃がある、なんて最近まで一般人だったコイツが予想できるはずはないからな。

 え?何で俺には予想できるか、だって?

 ……襲撃する側だったからな、俺。どういうタイミングで仕掛ければいいのかは心得てる。

 

「とにかく!せっかく学園最強殿の指導を受けられるんだ。全て……とはいかねぇけど、なるたけ多くを吸収できるといいな」

「あ、ああ。まあ、やるだけやってみるぜ」

 

 ごちそうさま、と呟いて食堂を後にする。残った時間で向かうのは、寮。

 ドアの修理を頼まねぇと……。

 

 

 

 

 

 

 時間は進んで放課後。俺は弓道場にいた。

 しかし、練習をしてるわけではない。今日集まったのは他でもない――学園祭の件だ。

 

「全員揃ったようですね。ならば、みーてぃんぐを始めましょう」

 

 部長である名護屋河先輩が上座に座り、会議の始まりを告げる。

 それによって弛緩していた空気が張り詰め、俺を含めた全員が正座した。

 

「今回の議題は、ずばり、学園祭の出し物の話です。幸い、山代くんの弓道部脱退は免れたので、今後は積極的に一位を狙っていく方針ですけど……そのためのアイデアがありません。……と、いうわけで何か意見がある人は、どんどん挙手をお願いします」

 

 堅物の部長に変わって議事進行を担うのは、それを補佐する副部長。ひとり立ち上がって眼鏡をキラン☆と光らせながら、指示棒を持ってホワイトボードを叩く。…普段が普段だけに、違和感あるなぁ。

 

「はいっ!みんなで和服着て、和服喫茶!」

「いいと思いますけど……茶道部とかぶりそうですね。他には?」

「弓道部なのです。射を見せればいいでしょう」

「睡蓮さん……。……他には?」

「む。何故不満そうなのですか、天白花果菜」

「いえ、別に……」

 

 ……和服喫茶に、射を見せる、ねぇ……。アイデアとしては悪くないんだけど、良いとは言えないレベルだよなぁ。

 

 ……待てよ?見せるんじゃなくて、体験させるなら?

 

「はい」

「山代くん、どうぞ」

「弓道体験はどうでしょう?弓道部の宣伝も兼ねて、一石二鳥だと思うんすけど」

「意外とまともなことを言うではないですか」

「うーん……マトモ系の意見ですね。……山代くんなら、オタク系の意見をくれると思ったんですけど」

「天白先輩、自分の趣味を部員に強制しないでください」

 

 ……これだからなぁ。天白先輩、見た目は真面目そうなのに、中身はがっつりオタクだもんなぁ。何とも言えないがっかり感があるんだよね。

 将来は自衛官になる、とか公言してるし、いつ秋葉原に異世界へのゲートが開いてしまうのかヒヤヒヤしている俺は、多分彼女側(オタク)の人間なんだと思う。

 

「先輩センパイ!それなら和服喫茶も、弓道体験も、両方やりましょう!」

「両方?どうやるの?」

「例えば、お客さんに的当てをやらせて、見事命中したらドリンクサービスとか!」

「ああ!それなら面白そうですね」

「それは思いつかなかったぜ……。愛姫さん、ナイス!」

「えへへ、どういたしまして」

 

 いいセンスだ!

 これなら利益も発生するし、独自性があるから集客効果もある!ひょっとすると売り上げ順位も、けっこういい線行くんじゃねぇか?

 他のみんなもそう思ったのか、一斉に部長の方を見る。

 

「……まあ、いいでしょう」

「「「「やったぁーー!」」」」

 

 ……それにしても、喫茶店か。そういや、ウチのクラスも『メイド喫茶』だったな。

 見事にネタが被ったわけだけど……

 

「行ける……。狙えるわ、一位!」

「よーし!みんなで力合わせて頑張って、織斑くんを獲得するぞーっ!」

「男子を独占するのは私達……弓道部よ!」

「利益を上げて、私の射にも耐えられる的を買いましょう」

「あはは……。無理だと思いますよ、睡蓮さん」

 

 ……まあ、いっか。楽しければ。


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