IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第98話 更識さんたら読んだら照れた

 打鉄弐式(うちがねにしき)

 私の専用機であるそれは、長い間『未完成』の状態で放置されてた。

 

 でも、やっと。

 やっと、この子は完成する。

 助けてくれたのは、やっぱり紅也くん。

 初めて会ったときもそうだった。誰にも頼らずに設計を続けてた私に手を伸ばして、助けてくれると言ってくれた。

 そして、今。

 またもや一人で立ち往生してた私を、紅也くんが手伝ってくれる。

 それ自体は、すごく嬉しい。だけど、同時に不安でもある。

 

 ……この機体が完成したとき、私と紅也くんはどうなるんだろう?

 

 さっき、紅也くんははっきりと言った。『今の俺は簪のための技術者』……と。

 じゃあ、その後は?

 紅也くんは、私から離れていくんだろうか?

 ……もしかして、将来の話って、そういうこと!?

 嫌だ。

 それだったら、私は……。

 

 ……いいえ、ちょっと待って!

 いつまでもネガティブに考えちゃダメ!本音も言ってたじゃない!「これは間違いなく愛の告白だよ~!」って!

 だから、信じる。私は自信がないけど、そう言ってくれた本音を信じる!

 そしていつか、私を信じる私を、信じられるようになる!

 そう決めた!

 

「……コホン!」

 

 決意を固めたまさにそのタイミングで、紅也くんがわざとらしく咳払いをした。

 紅也くんに目線を向けると、紅也くんも私をじっと見つめる。

 

 ……紅也くん、日焼けしてワイルドになったなあ。

 それに、雰囲気も変わった。どこか大人びてる。

 一方で、緊張をほぐすための深呼吸なんかは子供っぽくて、そのギャップのせいでいつもより魅力的に見えるというか……って、何考えてるの、私!

 真剣な表情をしておいて、頭の中は桃色なんて……恥ずかしい……。

 

「なあ、簪」

 

 ――来た。

 何を言われるんだろう。別れ話?いやいや違うまだ付き合ってもいないというか、キスはダメまずは手をつないでから、あれ違う。何を考えてたんだっけ?

 そうそう。ここで『機体の開発は終わったけど、これからも俺のパートナーでいてくれ』とか言われて、抱きしめられて、夕日が二人を照らす中……

 

「俺は、お前に聞きたいことがあって呼び出したんだ。もしかしなくてもこれは、答えにくいことだと思う。……だけど、一つだけ約束する。簪がどう答えても、俺の簪への気持ちは変わらないから……」

 

 ……えっ!?今、何て言ったの?

 紅也くんの……私への気持ち!?それって、もしかして、もしかすると、本音が言ったように……!

 

「分かった!つ、続きを……続きを聞かせて!」

「……そっか。ありがとな、簪。

えーっとな、その……聞きたいことっていうのは――」

 

『俺はお前が好きだ。お前は、俺のことが好きか?』

『もちろん、大好き。だから紅也くん……ううん、紅也。私を……』

 

「――お前の姉、更識楯無のことなんだ」

 

 その瞬間。

 幻想は、儚く崩れ去った。

 

 

 

 

 

 

 ……そっか。そうだよね。

 いつもそうだもん。みんな、私じゃなくて姉さんを見てる。

 なのに、私。

 勝手に勘違いして、勝手に浮かれて。

 本当に。

 

 馬鹿みたい。

 

 本当に、馬鹿みたい。

 

「悪いな、話しにくいことだってのは分かってるんだ」

 

 紅也くんの声は聞こえ続ける。

 聞きたくない。

 ここから先は、聞きたくない。

 

 これを聞いたら、全てが終わってしまう気がした。

 優しくしてくれた紅也くんも。

 完成に近づいた打鉄弐式も。

 それらを通して知り合った、他の専用機持ちも。

 

 全てが、台無しになってしまう。

 

「もちろん、答えたくなければ、そう言ってくれて構わない。こっちだって、無茶言ってるのは百も承知だ。でも、聞かなきゃいけない。だって、更識先輩は――」

 

 紅也くんは、そんな私には気付かない。

 それとも、気にもしてないのかな?

 だって、私に近づいたのだって、最初から……姉さんが目的だったんだから。

 

 そう自覚したとき、私の心の中のナニカに、ひびが入った気がした。

 ひびはどんどん広がっていって、それ(・・)を内側から壊そうとしてる。

 でも、それ(・・)は壊れない。

 きっと、それ(・・)が壊れるのは、外からとどめを刺されたときになるだろう。

 そして、そのときは……すぐそこに。

 

 紅也くんの口が動くのが、やけにゆっくりに見える。

 心は聞きたくないと叫んでいるのに、私の耳はその声を聞いてしまう。

 耳を塞ごうと思っても、身体が動かない。

 私の身体は、すでに諦めてしまっていた。

 

 だから。

 

「――危険だから」

 

 その一言は、あまりに予想外だった。

 

 

 

 

 

 

〈side:山代 紅也〉

 

 更識先輩の名前を口にしたとき、簪がなにかをこらえるような表情になったのは、すぐに分かった。

 でも、このときの俺は、たとえ簪にどう言われてもいいと思ってた。

 だから、はっきりと言うことにした。

 

「悪いな、話しにくいことだってのは分かってるんだ。もちろん、答えたくなければ、そう言ってくれて構わない。こっちだって、無茶言ってるのは百も承知だ。でも、聞かなきゃいけない。だって、更識先輩は……危険だから」

 

 罪悪感を捨て、ただ事実を、ありのままを伝える。

 そうしなければ、簪の話は聞けない。そう、判断したから。

 

「き、けん……?」

 

 簪は、先程までの痛みをこらえるような表情から一変、唖然とした顔になる。

 ……そりゃそうか。折り合いが良くないとはいえ、肉親について『危険』とか言われたら、まあ驚くよな。

 

「ああ。昨日、俺と葵は先輩から接触を受けた。そのとき先輩は、俺たち兄妹の事情をかなり詳しく知ってた。公開されてない部分も含めて、な。……そんなこと、普通の人間にはできない。だから、簪に聞いてみたかったんだ。更識楯無の素性を……」

 

 隠してもしょうがない。俺は考えていたことを、すべて話すことにした。

 その間、簪は表情を変えずに俺の話を聞いていた。

 

「……一つ、だけ……聞かせて」

 

 全てを語り終えた後、ぽつり、と。

 簪は、いつも以上にたどたどしく、しかし力のこもった声でそう呟いた。

 

「紅也くんが……私に、接触したのは……最初から、姉さんを探るため……だったの?」

「いや、違う」

 

 この言葉には、簪の気持ちが込められている。

 私を裏切ったのか?協力者じゃなかったのか?

 そんな心境だろう、と推測はできるが、俺は簪じゃない。だから、簪の気持ちは分からない。

 俺に出来ることはただ一つ。

 気持ちをぶつけてきた簪に対して、こっちも本音でぶつかることだけ。

 

「あの出会いは偶然だった。もちろん、そのときから簪に姉がいることは知ってたけど、そのときから今日のことを見越してたわけじゃない」

「……………」

「俺が簪に手を貸した理由は、ただ一つ。こんな未熟者の俺を頼ってくれたことが、嬉しかったからだ。……まあ、自分と相手の利益を考えて、ちゃんと交渉できたってことも加えれば、二つか。ああ、いや、マルチロックを試してみたかったってのも含めて三つ?あれ、結構あるな……」

 

 指で数えながら、理由を上げてみる。

 ……打算で動いてた部分もあったからなぁ。マルチロック技術を完成させて、エイミーさんを引き抜こうとか考えてたわけだし。取引できるほどの完成度じゃなかったから、公式発表はしてないけどな。

 見ると、簪は肩を震わせてる。呆れられたか?それとも、怒らせたか?

 無理もないか。自分を助けてくれた相手は、無償の善意で動いてたんじゃなくて、打算で行動してたなんて知ったら――ッ!

 

 ボスッ、と腹のあたりに衝撃を感じた。

 

 ……あ、朝倉……?

 

 じゃない、簪だ。

 簪が、俺に向かって突撃してきて、俺の腰をホールドしてる。

 同時に、そこに感じる違和感。

 汗をかいたわけでも、出血したわけでもないのに、腹が濡れてる。

 何があった?

 分からない。

 考えても分からない。――否、考えることが出来ない。

 

「うぅ……。グスッ……。良か……良かった……」

 

 ――そして、この声を聞いて、俺はようやく“答え”に辿り着いた。

 

 これは、涙だ。

 今、俺と接触してる簪は、泣いているんだ。

 

「……簪?何で、泣いてるんだ……?」

「グスッ……良かった……。紅也は……姉さんの……じゃ、なかった……」

「……はぁ。こう言う場合って、どうすりゃいいんだっけ?」

 

 何となく申し訳なくなった俺は、とりあえず簪が泣きやむまで、好きなようにさせてやることにした。

 

 

 

 

 

 

「……落ち着いたか?」

「……………」

「そっか。それなら良かったよ」

 

 あれから数分間、簪は離れなかった。

 そしてようやく泣き止んだと思ったら、現在の状況を思い出して赤面。そのまま跳ぶように俺から離れ、今に至る……と、いうわけだ。

 

「あー……なんだ。もしかし……なくても、泣いた原因って俺だよな?悪かった」

「え……いや、違う……。確かに、原因は……紅也、くんだけど、でも……悪いとかそういう意味じゃ、なくて」

「そうか。じゃ、ついでに理由を聞かせてくれないか?俺としても、何で泣かれたのか分からねぇと、困るんだ」

「……嬉しかった、から」

「……へ?」

 

 嬉しかった?何が?

 

「紅也、くんは……姉さんの差し金じゃ、ないって……分かった、から」

「更識先輩の?それって、どういう……?」

 

 俺が、更識先輩の差し金?

 いや、そもそも“差し金”って言葉はあまりいい意味では使われないはず。

 “手助け”とか、そういった肯定的な言葉じゃなくて、否定的な言葉を使った理由は、一体……?

 ひょっとしたら、俺が聞きたい話と関係があるかもな。

 

「……紅也、くんには……話しておく。姉さんのことと……私の、ことを……」

 

 簪は、ためらうように口を開いたり閉じたりしてる。

 正直、話すことへの葛藤が大きいんだろう。

 でも、俺には止められない。

 簪の決意を大事にするとか、そういういかにも主人公な考え方のせいじゃない。

 俺が、聞きたいから。

 そんな、自分本位な理由で。

 俺は、止めない。

 

 ……最低だな。

 

「……私の姉さん、更識楯無は……本物の天才。完成された美、優れた頭脳、常人を超越した肉体能力、多くの人心を掴んで離さない魅力……。……私は、それが……恐ろしかった」

 

 淡々と、感情を排したままに語る簪。

 でも、その様子こそが……彼女の心の奥底にある気持ちを表しているように思えた。

 

 ――それは、劣等感。比べるのも馬鹿らしいほど上位にいる存在に対する、嫉妬の気持ち。

 

 かつて俺が篠ノ之束に対して感じたものを、彼女はずっと抱えていたのだ。

 

「姉さんの専用機……ミステリアス・レイディは、姉さんが一人で組み上げたもの……。だから、私が……ひとりで『打鉄弐式』を組み上げたらっ……、やっと……やっと……姉さんに追いつけるかもしれない。そう、思ってた……」

 

 ……成程。簪が誰の力も借りずに機体を組もうとしたのは、そんな理由だったわけか。

 ……あれ?そうすると、何で俺に助けを求めたんだろう?

 

「だけど……駄目だった。武装どころか……機体の稼働、だって……おぼつかなかった。……そんなとき、紅也、くんが……現れた……。何でか分からない、けど……そのとき、『この人の助けを借りてもいいかもしれない』……って、思ったの……」

 

 『何でか分からない』って……。ただの偶然かよ。

 ずいぶんと(・・・・・)都合のいい(・・・・・)こともあったもんだ。

 

「その考えは……正しかった。紅也、くんがくれた……『クリムゾン』や、OSのおかげで……打鉄弐式は、戦えるようになった……。でも、さっきの……紅也、くんの話を聞いて……不安になった。今までのことは、全部姉さんが……根回ししてたんじゃないか、って」

 

 簪はそのことを思い出したのか、顔をくしゃっと歪める。その両眼は潤んでいて、今にも心の汗が溢れだしそうだった。

 

「でも……違う、って言ってくれた。紅也……くん、は自分の意志で、助けてくれた。……それが、嬉しかった。だから……嬉しくて、涙が出てきた……!」

「うっ!?そ……そうだったのか……」

 

 ヤバイ。

 今の俺は、どんな顔をしてるんだろう?

 自分で自分のことが把握できない。

 左腕のコントロールも忘れそうになる。

 

 そのくらい、今の簪の笑顔の威力は強かった。

 

 ついでに……そんなことを言われたもんだから、すごく恥ずかしい。

 

「? どう、した……の?」

「い、いやぁ、何でも……ないぜ?」

「怪しい……」

 

 こら、簪!近づくな!

 そんな無邪気な表情で、俺を見るな!

 これ以上……俺を動揺させないでくれぇ!!

 

「そ、そうだ。簪!話を最初に戻すけど、俺はお前に更識先輩のことを聞きたい。具体的には、異常な情報網とか、あの人のISのこととか……色々だ!」

「分かった……話してあげるけど、その代わり……どうして話を逸らしたのか、教えて?」

 

 くぅっ……。何だ、この強気な簪は?

 さっき一通り泣いたことで、何かが吹っ切れたのか?

 いずれにせよ、このプレッシャー……。思わずゲロっちまいそうになるぜ。

 

『お前の笑顔に見惚れてたんだよ』

 

 ……なんて、言えるわけねぇだろうが!!




……おや? こうやの ようすが……

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