簪へ
機体のことと、将来のことで大事な話がある。
ちょっと人前では話しづらい内容だけど、聞いて欲しい。
放課後、18時に俺達が初めて会った場所に来てくれ。
紅也
◆
『打鉄弐式』の調整をしながら眠っていた私がそのメールに気付いたのは、朝食を食べ終わった直後だった。
このタイミングで良かった。
もし食事中に見てたら、行儀悪く吹き出してたかもしれない。
だって、こんな内容……紅也くんが送ってくるなんて信じられなかったから。
あ、でも、嫌な内容って訳じゃなくて……嬉しいというか……緊張するというか……恥ずかしいというか……。
将来のことって何だろう?何で人前じゃ駄目なの?
いや、分かってる。内容に見当は付く。
でも、やっぱり信じられない。
紅也くんと二人っきりで話すような時間なんて、最近は無かったし。
紅也くんの周りには、葵さんとか箒さんとかセシリアさんとか鈴音さんとか……いっぱい可愛い子がいるし。
私なんて可愛くないし、おっぱいも小さいし、地味だし、眼鏡だし……何で?
でもでも、もちろんそれでも私を選んでくれるなら嬉しいし……。
そういえば、前の臨海学校でも私のことを『特別な存在』って言ってくれたし……。
私が困ってるときに助けてくれた、私にとっての……
……ダメダメ!これ以上考えちゃ!
恥ずかしくて、紅也くんと顔を合わせられなくなっちゃう!
うう……。今の私、絶対顔が赤くなってる。
なんだか、みんなに見られてるような気もするし……。
きっと、変な子だって思われてるよね?こんなところ、紅也くんに見られたら……!
……と、とにかくっ、今は部屋に戻る!!
◆
〈side:織斑 一夏〉
ん?今食堂から出ていったのは簪か?
なんだか真っ赤な顔になってたけど……熱でもあるのか?
それにしても、慣れないな。こうやって、食堂に入るたびに注目されるのは……。
「一夏。何を立ち止まっているのだ。後ろがつかえてるぞ」
「そうよ!早くしないと、時間が無くなっちゃうじゃない!」
「あ、ああ、悪いな」
箒と鈴にせっつかれ、慌てて食堂の中へと入る。
箒の態度はいつも通りだけど、鈴の態度はどこか刺々しい。
……まあ、原因は分かってるんだけどな。昨日は楯無先輩に乗せられて生徒会室へ直行。そのまま決闘して、負けて、情けないことに気絶して。
かと思えば第三アリーナに直行して、セシリアとシャルの動きを見てたら、二人に怒られて、箒まで乱入して、気がついたら朝になってた。
――そう。鈴と一緒に訓練するという約束を、完全に放置して。
言い訳はしたいけど、俺、前にも鈴との約束を破ってるからな……。そんなに強くは出られない。
代わりに何でもする!と申し出たところ、「じゃあ、今日は三食おごりなさい!」とのこと。まあ、そのくらいなら問題は無い。それに、この時点では鈴の機嫌は良かったはずなんだ。
だけど……途中で箒と合流して、一緒に食事することになったら、急に不機嫌になった。二人とも、喧嘩でもしたのか?うーん、謎だ。
まあ、考えても仕方がない。さっさと朝メシ食って、余裕を持って教室に行かねぇとな。千冬姉に怒られちまう。
「で、一夏。昨日のことについての言い訳はある?あたし、あんたを探してあちこち回るハメになったんだけど」
各自料理を持って着席すると、いきなり鈴が口火を切った。
うーん、怒ってたのは昨日とは別の理由のような気がしてたんだけど……思い違いだったか。
「本当に悪かった!楯無先輩に問答無用で連れまわされて、倒れるまで訓練させられたんだ!わざと約束を破ったわけじゃない!」
「ふぅん、『楯無』先輩ね……。いつの間に名前で呼ぶほど仲良くなっちゃったのかしら?」
「へっ!?いや、その、成り行きでだな……」
「成り行き?アンタはいつもそうね!あたしとの約束より、初対面の先輩の方が大事なの!?夏休みのことといい……ほんっと信じらんない!」
うわっ、やばい。鈴の奴、本気で怒ってる。
どうにかしてくれ、箒!……って箒さん!?何で「我関せず」のスタンスなんだ?
頼むから、俺を一人にしないでくれ!
「とにかくごめん!あのときは、他に方法が無かったんだ!」
「はぁ?方法って、一体何の……」
「一夏は、強制入部の件について生徒会長に文句を言いに行ったんだ。なあ、一夏」
「そ、そうだ!それで色々あって勝負することになって、鈴に連絡する時間が無かったんだ」
おお、助かるぜ、箒!
鈴も、さっきまでの変なオーラが薄くなった気がする。もう一息だ!
「……ま、そういうことならいいわ。その代わり、今日こそ訓練に来なさいよ!」
「あー……それなんだけどな……。その勝負に負けた条件として、俺は楯無先輩の指導を受けることになったから……お前と一緒に特訓するのは無理になった。ゴメン!」
両手を合わせ、鈴に頭を下げる。
二日続けて約束を破るわけだから、心から申し訳ないけど、しょうがないんだ!
「………………………………なら、文句無いでしょ」
「へ?今、何て言ったんだ?」
「だから!あたしも一緒に訓練受けるなら、問題ないでしょ!」
「あ、ああ!先輩に聞いてみないと分からないけど、多分……」
「決まりね!じゃ、あたしは先に行くから、また昼に会いましょ!」
「鈴!……って、行っちまった」
元気になったのは良かったけど、食べるの速すぎだろ……。せっかく作ってもらったんだから、もうちょっと味わって食べないともったいないだろうが。
「箒も、悪いな。今日はお前と訓練する番だったのに」
「確かに残念だが……気にするな。あの先輩に逆らえないのはよく分かる。私は紅也たちと練習するから、一夏も頑張ってくれ」
「え?あ、ああ……」
箒は、なんかすんなり納得してくれたな……。
昨日の顛末を知ってるからか?素直に納得してくれたのはありがたいけど、箒って、こんなに柔軟なやつだったっけ?
「……一夏。何か失礼なことを考えてないか?」
「な、何でもない!」
◆
〈side:山代 紅也〉
「紅也。昨日は道場で何をやっていたのだ?」
「生徒会長殿と勝負してたんだよ。俺が勝利条件を満たせば、昨日の発言を撤回するっていう条件付きでな」
「そうだったのか。良かった」
「『良かった』?何がだ?」
「な、なんでもない!」
良かった、はこっちのセリフだよ……。
目を覚ました、って葵に聞いてたからよかったものの、あのときのお前はマジでヤバかったぜ、ラウラ。しかも、都合よく記憶が消えてるし、気絶した理由は出席簿で殴られたからだと思い込んでるし……。
まあ、これで箒とラウラが対立することはないだろう。今日もまた、学園の平和は守られた!……なんてな。
「……で、どうだったの?勝負。生徒会長って、学園で一番強い人なんでしょ?」
「一応勝ったぞ」
「どんな手を使って?」
「……ルールの範囲で、できること全てを。」
《そもそも、勝利条件が『相手を床に倒すこと』で、ルール無制限。それも一夏が挑んだ直後に仕掛けたんだ。今のコイツなら、負ける要素が無い》
「こら、8!」
「やっぱり搦め手だよね……」
「だが、何が何でも勝利する、というのも大事なことだ」
ぬう、シャル子め。聞かなくてもいいことを……。
そもそも、正攻法がそんなに上等か?俺はカーパルスに帰ってくるノブリス・オブリージュに正面からコジマキャノンを撃ちこむような男だぜ?
暗闇だってASミサイルには関係ねーぜ!
……コホン。話が逸れた。
「へっ。もしあの話を撤回させなければ、今頃俺は穴だらけだ。勝たなきゃいけなかったんだよ。……それに、会長の本命は一夏だったようだし……」
「えっ!?一夏が本命、って……どういうことなの、紅也!説明して!」
不用意に『本命』などと口にしたのが悪かったのか、シャル子は血相変えて俺の両肩を掴み、がっくんがっくん揺さぶってきやがった!
ちょっ、おまっ、目が……うおぉぉ……。
「みなさん、御機嫌よ……な!何をしてらっしゃいますの!?」
「セシリア……助け……」
「だらしがないぞ、嫁よ」
「ねえ、紅也!どういうことなの!?教えてよ!」
「『どういうこと』がどういうことなんですの!?」
《
その後、一夏と箒が揃って教室に来るまで、シャル子による俺への尋問は続いた。
……覚えておけよ、シャル子?明日あたりに模擬戦で勝負だ。
◆
昼休みは特に変わりなく、いつものメンバーで食事を取った。
せっかくだから簪も誘おうかと思ったんだけど、教室にはいなかった。クラスメートに話を聞いてみると、どうも朝から様子がおかしかったらしい。……俺のメールのせいか?そこまで身構える内容じゃなかったはずだけどな。
ちなみに、警戒してた更識先輩の襲撃も無かった。
まあ、昨日の今日で問題を起こす人物じゃないのは分かってる。そもそも、接触する理由もねぇし。途中で近寄ってきた布仏さんは……まあ、関係無いだろうな。平常運転だったし。……でも、俺の方を見てニヤニヤしてたのは何でだ?
で、授業は割愛して、放課後。
俺はメールに書いたとおり、IS整備室で簪を待っていた。
そういや、あのときはレッドフレームが壊れて、それを直しに来たんだっけ。奇しくも、現在レッドフレームは修理中。状況まであのときと同じってわけだ。……いつ直るんだろうなぁ。直るといいんだけど……。
《……ん、来たぞ》
「オーケィ。ビーム発信機の設計図、スタンバイしておいてくれ」
ほどなくして、整備室のドアが開く。そこにいたのは、8が予告した通り……更識簪その人だ。
「よっ、簪。待ってたぜ」
「う……うん!ま、待たせて……ゴメン!」
「ちょっ、ちょっと待て!そんなに本気で謝られても……。そこまで待ってねぇから気にするな!本当は今来たとこだ」
俺の挨拶に対し、本気で頭を下げた簪を見て、俺は思わず慌ててしまう。
いや……元々気弱な娘だけど、ここまでひどかったか!?
「ほ……本当、に……?良かった……」
「ああ!だから落ちつけ。そして、話を聞いてくれ」
「!? は……話!そ、それって……メールに書いてた、あの……?」
「そうだ、まずは機体の話だな。……簪。お前、モルゲンレーテがビーム発振器の技術を公表してから、あんまり寝てないだろ」
「……うん。でも……何、で……」
「目の下のクマ。それから、放課後会わなかったから……かな」
そう指摘された簪は、恥ずかしそうに顔を伏せる。……慌てたり、テンパったり、忙しいなぁ。まあ、無理もないか。いよいよ専用機が完成するんだ。興奮しないはずがない。
「忘れたのか?今の俺は簪のための技術者。……だから、一人でやるなよ。俺を誘えって」
「え……?でも、あのとき……モルゲンレーテの技術は、使えない……って」
「状況が変わった。ビームは、もうモルゲンレーテの独占技術じゃねぇ。つまり、俺がここで手を貸しても、それは契約の範囲内だ。……作ろうぜ、荷電粒子砲」
「……うん」
うつむき、はにかむ簪の手を取り、がっちりと握る。
……こいつは、なんでも一人でやることにこだわりがあるのかねぇ。更識先輩絡み、ってことは前に聞いた気がするけど、今日はそのへんも詳しく聞いてみるかな。
「まあ、ビーム発振器は俺が安価で仕入れるから、当面の問題は出力だな。粒子のスピードを上げるか、種類を変えるか……。そうだ!いっそのこと陽電子砲にするか?」
「それは……駄目。大気への、影響が……心配」
「……ですよね」
「……そもそも、荷電粒子砲……なんだから、普通に荷電粒子を……撃ち出すべき……」
「そうだな。それなら、発振器の調節だけでどうにかできそうだ」
「……後は、砲の本体……も……」
「もちろんだ。デザインは二人で考えようぜ。
そしたら、俺が設計するから、倉持技研に発注してくれ。……これで、『打鉄弐式』は完成だ。」
「……分かった。……ちょっと、寂しい……ね」
「そうだな……」
そのまま二人、立ったまま沈黙する。
簪と会って、初めて機体製作を依頼されて、クリムゾンを開発して。
そこで中座してた、打鉄弐式の開発。
そのままの状態で福音との戦いに出撃して、マルチロックが使えることも確認して。
そして今。最後の武装……荷電粒子砲の完成の目処が立った。
……そりゃ、感慨深くもなるか。初めて手掛けた機体がロールアウトするんだ。娘を送り出す父親の気持ちってのは、こういうもんなのかねぇ……。
まあ、完成はもうちょい先だ。しんみりした考え方を振り払うかのように頭を左右に軽く振り、コホン!と咳払いを一つ。
簪がこちらを向いた。
俺も、簪を見つめる。
……ここからが本題だ。多分、簪にとっては話しにくいことを聞くことになる。
すー。はー。
息を整える。同時に、覚悟を決める。
その様子にただならぬものを感じたのか、簪も真剣な表情になった。
「なあ、簪。俺は――」
エネミー・オブ・アメリカとか、すれ違い系のネタが好きな作者です。
二人の逢引は次回に続きます。