逃げるように箒に背を向けた俺は、一度道場に戻った。
中に
俺が一夏を左手一本で持ち上げてたことに驚いた様子の箒だったが、義手にパワーアシスト機能があることを伝えたら、あっさり納得してくれた。
「……では、後遺症とか、そういうのは?」
「無いな。むしろ、前より調子がいい。力も上がって、出来ないことが出来るようになった。……だから、箒が気に病む必要なんてねぇんだよ」
「それとこれとは話が別だ。事実として、紅也は大怪我をしたんだ。だから、こうでもしないと私の気が納まらん」
「そう言われてもなぁ……。あの件に関しては、『帰ったら徹底的にしごく』ってことで決着しただろ?」
「それは、ことの重大性を知らなかったからだ!」
で、問題はこっちの方。
あのときと同じ。過ちを犯した気配を感じ取った俺は、箒を説得しようと四苦八苦してた。
……でも、なあ。
箒って、結構思いこみが激しい所とか、一度決めたことは最後までやろうとする所とかあるからなぁ。葵のとき以上に苦戦しそうな気がするぜ。
「重大性、って言ってもな。隠したのは俺だし、だから気付いて欲しく無かったわけだし、てなわけでお前が必要以上に気にするのは嫌なんだよ」
「だから、これは私の我がままだと何回言ったら……」
あーあ、ダメだ。これじゃ、まともに話が出来ねぇ。
人に相談できる内容でもねぇし、どうしたもんかね……と。
「箒」
「何だ?まだ話の途中なんだが」
「いや、保健室通り過ぎたぞ」
どうやら、話に夢中で目的を忘れてたようだ。
それを指摘された箒の顔が、少し赤くなった。
「わ、わかっている!行くぞ!」
「はいはい」
俺が先導し、ドアを開けると、ラウラを背負った箒が後に続く。
先生は……いないか。とりあえず二人をベッドに寝かせ、俺自身も付近の白い椅子に座る。
すると箒も同じように椅子を持ってきて、何故か俺の正面に腰かけた。
「……そういえば、一夏が何で気絶してるのか聞かないんだな」
「あ……。正直、忘れていた。
言われてみると、確かに気になるな。あの道場で、一体何があったのだ?」
忘れてた、って。
コイツ、一夏のことが好きなんだよな?
どんだけ思いつめてんだよ、俺のことで!
……まあいい。話題を逸らす意味も込めて、少し話しておくか。
「全校集会で、一夏が売り上げ一位の部に強制入部するって話、あったろ?
あれの件で一夏が更識先輩に文句を言って、なんやかんやで勝負することになったらしい。それも、『負けたら承諾する』って条件で」
「そうか……。ならば、一夏は……」
「ああ、強制入部は確定。そうなったら、お前らとの特訓の時間も減るだろうな」
「むう……それは困るぞ」
「文句なら本人に言え。あるいは……当事者に、な」
ぴっ。
人差し指を立て、ドアの方へと突きつける。
箒もつられてそちらを見ると、ドアの隙間から水色の髪がのぞいていた。
「…………」
「…………」
「…………」
室内が沈黙に包まれる。
誰一人言葉を発さず、誰一人として視線を動かさない。
ややあって。
「……バレちゃった?」
そんなおどけた声を上げ、更識先輩が保健室に入って来た。
「本気で隠れたわけじゃないでしょうに。ケガですか、先輩?」
「ううん。ちょっと一夏くんの様子見にね。で、何でラウラちゃんまで倒れてるの?」
「あれ?ラウラのこと知って……ああ、生徒会長なら当然か」
「あんな騒ぎまであったんだから、当然知ってるわよ」
「ですよねー」
はっはっは、と笑い合う。
お互いに、さっきの戦いについての遺恨は無い。あれはただのスポーツだ。ルールの下での決闘だ。
……そりゃ、多少は卑怯な手も使ったけどさ!
……え?全部卑怯?
だったらルールをもっとしっかり設定しやがれバーカ!勝敗条件以外にルールなんてねぇだろ!極論言えば、ISだってアリだぜ。あのルールなら!
まあ、そんなことしたら織斑先生に討伐されるのがオチだけど。
「あ、あの、先輩!」
なんてしょーもないことを考えていたら、事態の急展開にフリーズしてた箒が再起動。
更識先輩に向けて、文句を言い始めた。
「一夏の意志と関係なしに強制入部とは、どういうことですか!」
「しょうがないじゃない。一夏くんが部活動に入らないことで色々と苦情が寄せられていてね。生徒会としては一夏くんをどこかに入部させないとまずい状況になっちゃったのよ」
意外や意外。更識先輩の思いつきには、まっとうな理由があったのだ。
生徒会長。どうやら、ただ強いだけではだめらしい。
「で、ですが!強制入部などではなく、本人の意志を尊重して、どこかに入部させるべきでは……?た、例えば、一夏が昔やっていた剣道部など……」
「昔やってたからって、今も続けるわけじゃないでしょ?現に、入部したのはいいけど最近サボりがちな娘もいるし」
「うっ……」
先輩に痛い所を突かれ、黙りこむ箒。
箒は剣道部だが、ISを手に入れてからは一夏との訓練につきっきりになり、あまり部活に顔を出してなかったそうだ。
葵にそう聞いた。
……それにしても、いくら生徒会長とはいえ、一生徒の情報をここまで詳しく知っているとは思えない。
さては……一夏と接触する前に、俺達のことを調べたな?
あるいは、さらなる情報を得るために接触したか。
……いずれにせよ、後で調べたほうがいいかもしれない。彼女が何者なのか、より詳しく。
「さて、箒ちゃんは反論がないみたいだけど、紅也くんはどうかな?」
「お、俺っすか?別に、どうでも……」
「こ、紅也ぁ~」
自分の思考を隠すかのようにとっさに答えた俺を、箒がすがりつくような目で見つめる。
……ええい!そんなに一夏との時間が欲しいのか!
とはいえ。
俺とて男。美人の涙が最優先さ。
無い知恵絞って、ちょっと考えてみるか。
「……一夏がやりたい部活がないなら、自分で作ればいい。IS学園の校則では、5人以上いれば部活の申請ができますよね?」
「うん、もちろん。でも、IS学園の部活数は膨大。だからこそ、どんなにマイナーな競技でも部活は存在するのよ。……それでも、新しい部活なんて思いつくの?」
そう言ってニヤニヤ笑う生徒会長、更識楯無。
ぐっ……。そんな顔するから、妹に嫌われるんだよ!
だいたい、なんで妹に嫌われてるのに笑顔でいられるんだよ?
俺だったら耐えきれないね。
一度自殺して、地獄でもう一度自殺する。そして転生しても自殺する。
あるいは、怒り狂って、街中で『おにーちゃん、大好き!』とか言われてるリア充を抹殺したり、妹系のエロゲを買い占めたり、妹系の同人誌を買いあさったり……。
あれ?何の話してたっけ?
そうそう、部活の話だ。
「例えば、空を飛びたいと考える夢見がちな人たちが集まる『空をと部』とか……」
「ISがあれば飛べるじゃない。却下」
「田中姓の人が集まる『田中部』とか……」
「別にいいけど、一夏くん入れないわよ」
「う、そうだった……。じゃあ『織斑部』!」
「織斑って二人しかいないじゃない」
「くっ……ならば正統派!『お笑い部』!」
「もう設立されてるわよ」
「いいえ、ただのお笑いに興味はありません!俺が求めるのは、かつての勢いを失ったセシリアを中心とした、世界に轟く笑い!団体名は……そうですね。『世界を大いに盛り上げるためのセシリア・オルコットの団』!その名もSO――」
◆
〈side:織斑 一夏〉
強烈な光に閉じた瞼を刺激され、俺は目を覚ます。
俺……どうしたんだっけ?
確か楯無先輩と戦って、無我夢中で、レースをあしらったとても大きい――
「……って!違う!」
「うわっ!いきなり何事だ!?」
「え、箒?」
あれ?何で道場に箒がいるんだ?
そもそも、ここは道場か?それにしては床が柔らかいし、騒がしいような……。
「何で最後まで言わせてくれないんですか!」
「『会長権限』で却下よ!危険すぎるわ!」
「やれやれ。それじゃあ、一夏は……」
「ダメよ。私には、学園の皆を守る義務があるの。……こんなところで、この
よくよく耳を澄ませてみると、楯無先輩と紅也の声も聞こえる。
しかも、なんか俺のことで言い争ってないか!?
「ちょっと待ってくれ、紅也!俺は大丈夫だ!」
「! 一夏、起きたのか……。……本当に、大丈夫なのか?」
「あ、ああ!見ての通りだ!」
あれだけ蹴られたのに、目立った傷は残ってない。
起き上がろうと思えばすぐにでも起き上がれそうだ。だから、問題は無い。
「そうか……。じゃ、俺がこれ以上口出ししちゃいけませんね」
「そうね。本人からの同意も取れたし。『本人の意志を尊重』するのよね、箒ちゃん?」
「ぐっ……。そう、ですね」
あれ?何で、箒はそんなに残念そうな顔をしてるんだ?
そして、何で紅也はニヤニヤ笑いをしてるんだ?
あの顔はよくないぞ?経験上、なにかをたくらんでる顔だぞ?
楯無先輩の顔は……逆光で見えない!なんか怖い!
「じゃあ、一夏くんの強制入部は決定ね♪」
「そうですね。ああ残念だ!せっかく弁護してやったのに!!」
「え?え?」
分からない。
何でここで、その話が出てくるんだ?
『大丈夫』って、俺の身体のことじゃなかったのか?
何かを間違えた気がする。それも、致命的に。
「ちょっと待ってくれ!いったいどういう……」
「じゃあ、話もまとまったところで行こうか」
「そうですね。『善は急げ』ってやつですね!」
「まあ、一夏も紅也もそう言うなら、付き合うが……」
「だから、待てって!行くって、どこに?」
マジで話が見えねえ……っていうか、誰も話を聞いてくれねぇ!
だから、せめて目的地だけは教えてもらおうと思ったんだけど……。
「第三アリーナよ」
「へ?アリーナ……?」
目的地を聞いたところで、目的など分かるはずもなかった。
◆
「あれ?一夏」
「い、一夏さん?今日は第四アリーナで特訓と聞いていましたけど。
それに……紅也さん?姿が見えないので心配していましたのよ」
第三アリーナには、先客――シャルとセシリアがいた。
どちらも今は休憩中らしく、ISスーツを着たままスポーツドリンクを飲んでいる。
「心配ありがとな、セシリア。弓道部のトップ2にボコられて、ずっと気絶してた。
まさか授業が終わってるとは、夢にも思わなかったぜ。シャル子も新武装のテスト中だったか?悪いな、邪魔して」
「ううん、そんなことないよ。ところで、みんなどうしたの?一夏は鈴と一緒だと思ったんだけど、紅也に、箒に……生徒会長まで」
「ああ……。そういえば、どこかで見たような顔だと思いましたわ。で、その生徒会長さんがどのようなご用件ですか?」
うわっ、なんかセシリア不機嫌だな。
何か嫌なことでもあったのか?ため込むのはよくないぞ。
「まあ、そう邪険にしないで。あ、私はこれから一夏くんの専属コーチをするから今後も会う機会があるわね」
さらっ、と。まるで天気の話をするかのような自然さで言った楯無先輩。
ああ……そういえば、それも条件だったな。負けたら指導を受けるって。
でも、それは当然他のみんなにとっては寝耳に水だったようで……
「え?ど、どういうこと?」
「一夏さん!」
「一夏!説明しろ!」
「あーらら。お前のリスクって、『強制入部』だけじゃなかったのか」
シャル、セシリア、箒に詰め寄られる。
唯一この状況で動揺していない紅也も、面白そうに眺めているだけで、助けてくれる気配は無い。
「ぎゃあっ!待て待て!これは、その、勝負の結果なんだ!うん!」
だから、つい、こんな言い訳じみた言葉を発してしまった。
「負けたら言いなりっていう、ね」
「ついでに勝ったら小間使い――いや、奴隷にするって条件で」
ここで、今まで外野にいた先輩と、ニヤニヤ笑いを隠そうともしない紅也が口を出す。
……ああ、ややこしくしないでくれ!頼むから!
「一夏っ!なら僕と勝負して!同じ条件で!」
「一夏さん!奴隷ってどういうことですの!?……ま、まさか、チェルシーが言っていた特殊な……」
「ぶっ!!」
な、なんだ?本当にどうなってるんだ!?
シャルは勝負だと詰め寄ってきて、セシリアは『奴隷』発言に何故か顔を赤くして……っていうか、俺はそんなこと一言も言ってねぇぞ、紅也!
つーか、何でお前はそこで大爆笑してるんだよ!セシリアの奴、そんな面白いこと言ってんのか?スランプから立ち直ったのか?
「ならば紅也!私とその条件で勝負だ!私が勝ったら、黙って手助けを受けてもらう。負けたら私を好きに使え」
「どっちにしろ同じことじゃねぇか!却下だ、却下!」
「ちっ!」
箒は箒で、そんな紅也の方に詰め寄ってるし……。
……あれ?何で俺、残念に思ってるんだ?
「一夏っ!聞いてるの!?早くIS展開して!」
「く、首輪!?そんなものまでされたら、わたくしは……ああん!」
か、カオスだ……この状況。
もう、何が何やらわからない。
っていうか、なにしにきたんだっけ、俺たち……。
まあ、仮にISを使ったら楯無も当然使ってくるので、それはできません。