セシリアたちを置いて食堂を離れ、さっきのやりとりのことで一通り笑ってから数分。
鈴音と別れた俺は一旦部屋に戻った後、次の授業の準備のため、男子専用のロッカールームへと向かった。
まあ、男子……っていっても、俺と一夏の二人しかいないわけだから、無駄に広い。
俺、ここに住もうかな……なんてバカなことを考えながら、俺は新調されたISスーツに着替え始めた。
デザインは今までと同じで、手足の先まですっぽりと覆うダイバースーツのようなもの。
これは装甲と皮膚の間の接触を防ぐためのものだから、変更しようがないのだ。
大きな変化は、その外見。
ヴォワチュール・リュミエールによる超加速に耐えるために造られたこのスーツの生地は二層構造になっており、二層の間には衝撃吸収のためのジェル状物質が存在するのだ。
つまり、なんていうか、その……。
身体が、ね。一回り大きくなったように見えるんだよ。
着ぐるみほどじゃないけど、見て分かるほどふっくらした自分の身体を見ながら、少し肩を落とす。
機能は知ってるんだけど、デザインって大事だよね。
「……と、いうわけで、再設計を提案する!」
《あきらめろ。これでも薄くした方だ》
さっき部屋からとって来た8に提案したところ、あっさりと棄却された。
「いや、モルゲンレーテが本気出せば、スーツの改良くらい……」
《これ以上薄くするとなると、お前の身体を改造する必要があるな》
「やだな、冗談だって。この年でリンクスにはなりたくねぇよ」
《La+プログラムも無いしな》
「一夏じゃあるまいし、そっちのリンクスじゃねえよ!」
機械相手にギャーギャー騒ぐ。このやりとりも久しぶりだ。
向こうじゃ、遊んでる余裕なんて一切なかったからな。あー、貧乏ってヤダ。
そんなことを考えていたときだろうか。
ロッカー室の入口。そこのドアの近くに、違和感を感じた。
何かが入って来たわけではない。
まるで、『ドアは開いたのに、誰も入って来なかった』ような、そんな違和感。
殺意も無く、意志も無く、圧倒的な『無』。
それが俺に向かって迫ってきているのを認識し、自覚したとき、それは姿を現した。
「あっ、バレちゃった?勘が鋭いんだね、キミ」
発せられた声により、『無』が『有』に変わる。
聞き覚えのある声だ。
新学期が始まる前に、電話越しに聞いた声。
IS学園生徒会長。
その名は――
「……
「何でそんな古文の作者みたいな名前で呼ぶのかは知らないけど、それで合ってるよ」
そう言って目の前の二年生は、『見事』と書かれた扇子をヒラヒラさせる。
あんなの売ってるんだ。日本って。
「……で、その生徒会長が、何で男子更衣室にいるんですか?実は男だったとか?」
「あ?そんなこと言うんだー。それじゃ、証拠でも見せて……」
「分かりました、覗きですね。今から織斑先生呼ぶんで、動かないでください」
「……やだなー、冗談だって」
学園最強の称号を持つ、生徒会長。
しかし、それはあくまで『生徒たちの間で』という限定がつくらしい。
「話を戻しますよ。……実は男だったとか?」
「そこに戻すんだ?おねーさんちょっとびっくり」
「冗談です。
さて、表向きの目的は俺の着替えを覗きに来たってことで合ってるとして……裏の目的は?」
「表も裏も無く、私の目的はただ一つ。キミとの顔合わせだよ」
うん、いじり甲斐のない反応だ。
さすがに、深い所で長く活動してるだけのことはある。経験も能力も、俺とは段違いだ。
「顔合わせ?何のためですか?」
「決まってるじゃない。あんな無茶なことを認めさせた厚い面の皮を、直接見に来ただけのことだよ」
「あー、モルゲンレーテのデモンストレーションですか……。あのときは失礼しました。本当は、電話じゃなくて直接交渉したかったんですけど、入院中でして」
「それは知ってるわよ?その原因も含めて、ね」
そう言って、挑発的な表情で俺を――正確には、俺の左腕を見つめる。
なるほど。どうやら、俺を驚かせたいらしいな。
確かに、部外者以外には秘中の秘である『俺の入院の原因』を知っていると言われ、俺は動揺してる。
その事実を突き付けて、悦に入りそうなところで悪いけど……斬り返させてもらうぜ。
「そうですか。妹さんにでも聞きましたか?事情を知ってる人となると、そのくらいしか思いつかないんですけど」
「ッ!ええ、そうよ。ISと戦って怪我した、ってね」
「まあ、それは隠すほどのことでもないんで、広めないでくだされば結構です。
……そろそろ、この話止めませんか?」
「ふふふ、そうね。ここでこれ以上話しても、時間の無駄でしょ?」
「はい。織斑先生に怒られちゃいます」
そう言ってから扇子を開くと、そこには『再見』と書かれていた。
……『ここで』、ね。一矢報いた代償は、どんな形で帰ってくるのやら。
一抹の不安を胸に抱きつつ、俺はアリーナへと向かうのだった。
……あ、もちろん時間には余裕があるぜ。
途中ですれ違った、全力ダッシュ中の一夏とは違ってな。
◆
「では、午後の実習を始めるが……織斑はどうした?」
実習開始時刻。
そこに一夏の姿が無いことに目ざとく気付いた織斑先生は、俺に向かってこう尋ねた。
「一夏なら、俺が着替え終わったころにロッカーに来ましたけど。おおかた、狸にでも捕まったんじゃないですかね?」
「……まあいい。とりあえず実習を始めるぞ。今日は空中制動訓練を行うから、各班、練習機を取りに行け。『打鉄』が3機に『ラファール・リヴァイヴ』が2機、それから――『M1アストレイ』が1機だ。早いもの勝ちだぞ」
「各班のリーダーは、専用機持ちが勤めてくださーい。班分けは出席番号順でーす!」
織斑先生と山田先生の言葉によって、女子たちが一斉に駆け出す。
彼女たちの狙いは、最近になって配備された1機。
そう。モルゲンレーテ製量産機、M1アストレイだ。
「山代。お前はM1の班を見てやれ。この中で一番M1に詳しいのはお前だろう」
「そりゃそうですけど。……いいんですか、そんなこと言っても?」
「何故だ?」
「そりゃ、あれ……」
言いながら俺が指さした方向を、織斑先生が見る。
その方向――山田先生がISを持ってきたカートのある所は、戦場のような様相を呈していた。
「新型、新型……」
「山代くんと同じ班になるのは私よ!」
「第三世代機、乗りたい!」
「山代君の機体……ハアハア」
うぬぼれる気はさらさら無いが、俺は貴重な男性操縦者(偽)。
そんな俺と無条件で同じ班になれると知った女子たちは、血眼になってM1を手に入れようとしていた。
「馬鹿野郎が……」
こめかみを押さえつつ、出席簿を片手に織斑先生は進む。
さあ、ドラを鳴らせ!将軍様の出陣だ!
「いい加減にしろ、馬鹿どもが!」
スパパパパパパパパパパパパパ…………
未だかつてない勢いで、千冬様のマックスコンボ数が伸びていく。これだけ当てたら隠しキャラとかフィギュアが解禁されても不思議じゃないな。
目にもとまらぬ、マトリックスな速さで振り抜かれる出席簿。
前に一夏が織斑先生を「関羽」と評していたが、「呂布」の方が正しいのではあるまいか。
ガチで一騎当千とかできるんじゃ……って、ミサイル相手にやってるか。白騎士で。
「……って訳で、織斑先生は呂布だと思うんだけど、そこんとこどう思うんだ、一夏?」
「げっ、気付いてたのか、紅也!」
俺が呟いた一言に反応するのは、どさくさまぎれにアリーナへの潜入を果たした一夏。
織斑先生にバレないように入ったつもりらしいが……俺程度にバレてるなら、何の意味も無い。
「――織斑。遅刻とはいい度胸だな」
ほら。
一人三国無双を終えた織斑先生が、仁王立ちして待ってるよ。
「お、織斑先生!じ、実は見知らぬ女生徒に話しかけられて、気がついたら授業が――」
「……遅刻の言い訳は以上か?」
「いや、あの……あのですね?だから、見知らぬ女生徒が――」
「ではその女子の名前を言ってみろ」
そこまで聞かれて、一夏が急に焦り出す。
……ああ、名前を聞いてないんだな。
「だ、だから!初対面の二年生……って待てよ。そういえば簪に似てたような……」
「簪?一年四組の更識か?」
「は、はい!そうです!」
「と、いうことは……。……分かった。織斑、白式を展開しろ」
「あ、はい!」
どうやら織斑先生には、それが誰なのか見当がついたようだ。
にしても更識先輩……帰ったんじゃなかったのか?
織斑先生の指示に従い、一夏が白式を展開する。
これにどんな意味があるのか?その答えを、俺はすぐさま思い知ることになる。
「デュノア、ラピッド・スイッチの実演をしろ。的はそこの馬鹿者で構わん」
それが遅刻の罰だった。
いきなりの指示を受けたシャル子は混乱すると思いきや、二つ返事でそれを了承。
――ああ、一夏が知らない女の子と楽しく『お話』してたのが気に入らなかったんだね。
すっごくイイ笑顔のシャル子を見て、俺はこの子を怒らせないようにしようと心に決めた。
「あ、あの、シャル……ロット、さん?」
「なにかな、織斑くん?」
うわぁ。なんか、某少年跳躍の不定期連載漫画を彷彿とさせる場面だ。
良かった、対象が俺じゃなくて。
「はじめるよ、リヴァイヴ」
「ま、待っ――」
一夏の言葉が終わる前に、放たれる弾丸。
これは両肩の部分に浮遊する〈シールドソード〉から発射されたガトリング。
それを避けつつ上空に逃げた一夏に対し、進路を塞ぐかのようにアサルトカノン〈ガルム〉を放つ。
一夏は回避に成功したものの、その足を止めてしまう。
その刹那、シャル子の右腕の〈ガルム〉は消失し、代わりに握られているのはアサルトライフル〈ヴェント〉。さらに左腕には連装ショットガン〈レイン・オブ・サタディ〉を構え、ぐんぐん一夏に接近する。
――うん、やっぱり器用だな。シャル子は。
マディガン氏が設計した複合武器を使いこなし、高速切替も行う。
これなら、安心してオレンジフレームを使いこなせるだろう。
武装を減らして、全部複合武器に変えれば、拡張領域はだいぶ空くはずだし。
そうすれば、あのシステムを組み込むことくらい……
「さようなら……一夏」
「シャル!話せば分か――」
状況終了。
一夏の懐に潜り込んだシャル子は、〈MCハンドガン〉を呼び出し、銃身の下に取り付けられたナイフ〈アーマーシュナイダー〉を『白式』の装甲に突き立て、銃を固定。
そしてそのまま……何度も何度も引き金を引いた。
……あれ、一応ビーム兵器なんだけど。オーバーキルじゃない?
しかも、とどめとばかりにシールドソードを掴むと、刃の部分で一夏を斬りつけた!
うわぁ、容赦ねぇ。
「さて、余興は終わりだ。授業を始めるぞ」
こっちも容赦ねぇ!!
◆
「えーと、じゃあまず機体の装着だけど、胸部の装甲の脇にボタンがあるだろ?それを押すんだ」
さて、実習中。
無事M1を手に入れた一組の田島さんの班に加わった俺は、早速M1の装着方法を教えていた。
「あっ、装甲が開いた!」
「こうしてみると、他のISと変わりませんね」
「ニールセンさん、大正解!後は普通のISと同じ。
脚部に足を入れて……ブーツを履くみたいな感じで。それから背中を背面に預けて。
……よし、起動した!」
「山代くーん?次はどうするの?」
「ああ、両腕を腕部装甲に通して。……終わったか?
なら次は両腕をぎゅっと握って拳を作ってくれ。そうすれば装甲が閉じる」
M1が操縦者の動きをトレースし、拳を作る。すると開いていた装甲が閉じて、操縦者である愛姫さんの姿が見えなくなった。
「……とまあ、これで後は自由に動かせる。次は武器だけど……そっちから見て右側にあるのがビームライフルで、左腕に装備されてるのがシールド。で、バックパックにマウントされてる二本の白い棒がビームサーベルだ。とりあえず、ビームライフル構えてみて」
「う、うん。分かった!」
立ち上がるM1アストレイ。
そのまま右手を下ろし、大地に置かれたビームライフルを掴んだ瞬間、銃口に緑色の光が集まり始め――
「……って!危ない!」
「えっ!?……キャッ!!」
声に驚いた愛姫さんは、ビームライフルを空へと向ける。
放たれる光。
それを
そしてビームの射線上に
そこにあるのは、もう一つの俺の相棒。
レッドフレームより受け継がれた、唯一無二の一振り。
「てぇい!」
――その銘は、ガーベラ・ストレート。
熟練者が使うことで、ビームすら断ち斬る刀。
「言い忘れてたけど、ビームライフルは引き金を引かなくても発射できる!
第三世代武装だから、イメージ・インターフェースで動いてるんだ!注意してくれ!」
「ご、ごめんなさいっ!」
「分かればOKだ!ビームってのは強力な兵器なんだ。それを扱ってるっていう自覚を持ってやってくれよ!……みんなもいいか!」
「「「「は、はいっ!!」」」」
ふう。
誰もいないから良かったものの、もし誰かに当たってたらちょっとした惨事だ。
俺の教え方も悪かったけど、『兵器』を扱ってるっていう自覚は持ってもらわないとな。
「やー、山代くん、怖かったぁ……」
「普段ふざけていますけど、やっぱり違いますよね」
「うんうん!今のも、すごく速かったし!」
「『プロ意識』ってやつかな。すごいよね~」
「……お前ら!ホントに俺の言ってること分かってるんだよな?」
……あるよな?自覚……。
原作デルタと違い、格闘武器はガーベラストレートを継承しています。