九月三日。
二学期初の実戦訓練の日。
そして、俺が初めてデルタで戦闘する日……の、はずだったんだけど。
「でやあああああっ!!」
「くっ……!」
「逃がさないわよ、一夏!」
状況は見ての通り。クラス代表同士ということで始まったのは、一夏と鈴音のバトルだった。
二人がこういった「公」の場で対決するのは、実にクラス対抗代表戦以来だ。
そのため、両クラスの生徒たちは盛り上がっているのだが……。
「……一夏、押されてるな」
「ああ。機体性能では白式の方が上なのだが」
「でも、白式は燃費悪いからね。それに対して、鈴の甲龍は安定性重視。相性の差もあるんじゃない?」
先ほどまでは拮抗していた勝負も、今や流れは完全に鈴音のもの。
俺達実戦経験組から言わせてもらえば、既に勝敗はほぼ決まっていた。
「せめて、一夏にも遠距離武装があれば、状況が違ってたと思うが」
「仮にあったとしても、エネルギー配分を考えなければ同じことになりかねませんわ」
「そうだな。
アリーヤ以上の燃費の悪さと、月光以上の攻撃力。地上限定なら相当強いけど、空飛ぶとなるとなぁ……。文字通り、次元が違うというか」
そうこう話してる間にも、状況は動いていく。
五度目の瞬時加速をかけたところで、雪片弐型のエネルギーが切れたのだ。
「しまっ――」
「切り札を連発しすぎたわね!それがあんたの敗因よ!」
連発される衝撃砲。
それにより、一夏と鈴音の距離は開き始める。
そして白式のバランスが崩れた瞬間、鈴音は連結した大剣、月牙天衝を投擲した。
「だから、双天牙月だってば……」
「? 何言ってんの、シャル子」
「二度ネタはよくないって話」
「?」
うーん。シャル子の言うことは、たまによく分からねぇな。
投擲された双天牙月によって体勢を崩された一夏は、ついに鈴音を見失ってしまった。
姿を消した鈴音の居場所は、セオリー通りの後ろ……ではなく、一夏の直下。
三次元戦闘では、これが厄介だ。死角が非常に多い。
鈴音は一夏の足を掴み、そのまま地面に向かって放り投げる。
もちろん、そんなものに大したダメージは無いが……位置が悪い!
鈴音は、太陽を背に立っていた。
あれぞネメシス裏秘術!太陽落とし!
遮光機能を使わずに太陽の光を直視した一夏の目が眩み、襲撃者である鈴音の姿を一時的に見失う。
「もらい!」
「!?」
足を天に向けた姿勢のまま、衝撃砲の連射を受ける一夏。
それが立て続けに浴びせられ、すぐさま試合終了のアラームが鳴り響いた。
◆
その後一夏と鈴音はもう一度戦ったんだが、結果は変わらず。
二連勝を果たした鈴音は、一夏に昼飯をたかっている。
ここにいるのはいつもの面々。
……とはいえ、葵と簪は来てないけどな。
「ラウラ、それおいしい?」
「ああ。本国以外でここまでうまいシュニッツェルが食べられるとは思わなかった。
食べるか?」
「わあ、いいの?」
「うむ」
シャルロットとラウラは、聞いてた通り仲が良さそうで。
「あー、ドイツってなにげに美味しいお菓子多いわよね。バウムクーヘンとか。中国にはあんまりああいうのが無いから羨ましいっていえば羨ましいかも」
「ドイツのお菓子だとわたくしはあれが好きですわね、ベルリーナー・プファンクーヘン」
鈴音&セシリアコンビがその話題に乗っかって。
このへんはだいたいいつも通り。
そりゃそうだ。
彼女たちは、何も知らない。
知らないから。
知られていないからこそ、いつも通りに接してくれる。
「こ、紅也は……何か、好きな菓子はあるのか?」
「……ん、俺か?」
問題は、ここ。
チートな姉がいるせいで俺の秘密を知ってしまった、この子。
篠ノ之 箒。
「そーだな……。ジャーマンポテトとか好きだぜ」
「おいおい、それはお菓子じゃねえって」
「ま、まあ一夏。大学イモと間違えたのではないか?」
ほら、ここ。
俺を会話に参加させたがったり、不自然なフォローをしたり。
ここだけ、不協和音が生じてる。
今のところは、鈍感一夏が無意識にフォローしてるおかげで、かろうじて「いつも通り」だけど、どうなることやら……。
「いや、ジャーマンポテトだ。じゃ○りこの」
「スナック菓子かよ!」
「あはは……。今はスイーツの話をしてたんだよ」
「うーん、それじゃあ、ミルフィーユかな?」
「ミルフィーユか!うん、あれはいいものだ」
「嫁も、なかなかいいセンスをしているな!」
「だから、嫁になったつもりはねえっての」
軌道修正。
何で、こんなに会話に気を使わなきゃいけないんだよ。
「いつも通り」にしてくれ、って。言ったハズなんだけどな……。
「紅也さん?どうかなさいましたの?」
「え?ああ、女の子はみんな甘いもの好きだな、って思ってね」
「一概に女性=スイーツ好きとは言えませんが、そういう人が多いのは確かですわ」
ふうん。確かに、葵ってあんまり甘いもん食べないよな。
……というか、「甘い」とか「辛い」とか、そういう感覚を超越した物を好むよな。
お兄ちゃん、ちょっと心配。
「はぁ……。それにしてもなんで二回とも勝てなかったんだ……」
「だから、燃費悪すぎなのよ。アンタの機体は。ただでさえシールドエネルギーを削る仕様の機体なのに、瞬時加速までバカバカ使うから……」
「まったくだ。最大加速を使うとどんどん耐久力が減っていくから、慎重にな」
「それ、ゲームの話だよね?今真面目な話をしてるから、ちょっと自重してね」
「む、何の話だ?」
「デュバル少佐の話だ」
……と、冗談は言ってみたものの、確かに白式は使いづらい。
自分の体力を喰って起動する切り札、『零落白夜』を使うには、どんな敵にも接近できるような機体操作能力と、一撃を確実に決めるだけの腕前が必須だ。
織斑千冬にはそれがあり、織斑一夏にはそれがない。
ただし、『今のところは』という条件付きだが。
だってそうだろ?
織斑千冬がISを動かしてきた時間と、一夏がISを動かした時間。
それは決定的に違うのだから。
まあ、時間が全てとは言わないし、VTみたいな反則もあるけど、やはり経験というのは大きなファクターだ。
「うーん、白式にAICでも積んでみれば、それだけで問題解決しそうだけどな」
「白式が受け付けてくれればな」
「そうですわね。白式には、後付武装が一切ありませんし」
「機体の好みによって装備できない物もある。白式はよっぽどワガママみたいね」
「なあ、ひょっとすると、紅也の『ガーベラ・ストレート』ならいけるんじゃないか?」
そう言って、ちらり、と俺の脇に目を向けたのは、箒。
目線の先には、俺の愛刀が――あるわけねぇだろ!
どこぞのウェイトレスみたく、年中帯刀してないんだよ。俺は。
「……まあ、仮に白式が気にいったとしても、ダメだ。ガーベラはやらん」
あれは師匠から貰った、いわば免許皆伝の証。
そうやすやすとあげるわけにはいかんのだよ!
「ま、そうだよね」
「うむ。嫁といったらあの刀、だからな」
「だから嫁じゃねーっての」
ラウラのこの押しの強さは懐かしいが、やめてくれ。
恋愛ならともかく、学生結婚はごめんだ!
「エネルギー、か……。そういや、あの時――福音と戦ったとき、な。箒からエネルギーを貰ったことがあったんだ」
「え!?どういうこと?」
「わっ!いきなりどうしたんだ、シャル!」
ポツリ、と一夏が漏らした一言に、シャル子が大きく反応する。
そりゃ当然だ。エネルギーの移動ってのは、そんなに簡単にできることじゃない。
現に、VT-ISと戦ったときにシャル子が一夏にエネルギーを譲渡したときは、あんなに時間がかかってた訳で。
「――つまりIS間のエネルギーの譲渡っていうのは、そんだけ難しいのよ」
「……って!俺の説明&独白が喰われた!?」
鈴音に肝心なところを掻っ攫われた。
「こ、紅也さん?何か……?」
「いや、気にするな。
……悔しいから補足しておくと、シャル子がやったコアバイパス経由のエネルギー譲渡だって、普通じゃ出来ないことだ。それを、手を握っただけでやってのけた?石破ラブラブ天驚拳でも撃つ気か?」
まあ、完成したゴールドフレーム天なら手すら触れずにできるがな、と心の中で補足する。
だってこんなこと言ったら、絶対質問責めになるし。
「ら、ラブラブ……?一夏と、私が……?」
「ちょっと紅!今の言葉、訂正しなさい!」
「そ、そうだよ!それに、僕だってそのくらい……」
おっと、話が大幅に逸れてる。
「じゃあ結局、エネルギー問題を解決するには、一夏と箒が組むのが一番ってことで」
「いや、私が一夏と組むわけには……」
「じゃあ、あたしに譲りなさい!」
「ちょっと待てって!俺が組むとしたら、やっぱりシャルかな」
「えっ……」
その言葉は、一体誰が発したものだったのか。
だって、あの一夏が、『ペアの相手を指定』だぞ?
ありえるのか、こんなことが。
「え、えっと、ど、どうしてかな?」
どきどき。
そんな心境が完全に態度に出ているシャル子に対し、一夏は――
「前に組んだから」
――バッサリ。
無抵抗の相手を、後ろから零落白夜で斬りつけるようなマネをしやがった。
「あ、そう………………」
天国から煉獄の檻へ叩き落とされたシャル子は、とたんに虚ろな表情になり、食事を再開する。
カルボナーラの上に乗る半熟たまごをかき混ぜるシャル子は、なんというか……怖かった。
「あんたってひどいわね……」
「女心をなんだと思っているのだ、まったく!」
「一夏さんの唐変木ぶりは時折許せませんわね。」
「お前、ケリィ以上に酷い奴だな」
「シャルロット、カフェオレをおごってやろう。だから気を持ち直せ」
一夏に放たれる、誹謗中傷の数々。
悪いが弁護する気はない。むしろ俺も加わった。
……にしても、ラウラは成長したな。こんな気遣いができる子になるなんて。
きっと、ルームメイトのシャル子が、いい影響を与えたんだろう。
そしてリライブ完了して、今に至る……と。
「あ、ありがとう、ラウラ。それとみんなも」
感激した様子のシャル子は、一夏以外の全員に微笑みを返す。
うん、ヤンデレ化の兆しは完全に消えたようだ。
「べ、別にあんたのために言った訳じゃないわよ」
「王道のツンデレだな。……9点」
「
「……14点中?」
「何でそんなに半端なのよ!」
がーっ、と吠える鈴音。それを見た俺は、ふと『あること』を思い出し、隣を見る。
隣に座ってるのは、金髪縦ロールが似合うプロレス好きのお嬢様。
――あれ?情報が混線してる?
「……セシリア、いいのか?」
「? 何がですの、紅也さん」
「
「いつからわたくしがギャグ要員になりましたの!?」
いや、ねえ……。
帰ってきてからセシリアいじってないなぁ、って思ってね。
「……っていうか、あたしがいつからギャグキャラになったのよ!」
「ん、今ですかね?」
「何で丁寧口調なのよ!」
「気になりますか?」
「あと、なんで疑問形!?」
「なんででしょう?不思議ですね?」
「あーっ!イライラするぅ~!!」
「大丈夫ですか?薬を持ってきましょうか?」
「薬はいいから、そのしゃべり方をやめなさい!」
「わかった、これでいいのか?」
「疑問形も禁止!」
「今のは違うだろ!?」
……と、まあここまで話してから、俺と鈴音はセシリアを見る。
否、見つめる。
「ど、どうしましたの?わたくしの顔に何かついていますか?」
その様子にただならぬものを感じたのか、しどろもどろになるセシリア。
それを見て、俺達は――
「「はぁ…………」」
長い、長いため息をついた。
「え?ええ?」
「セシリア……俺達がボケ倒してるのに、何でつっこまないんだ?」
「はあ!?」
「あんたね……。そんなキャラじゃ、この先生きのこれないわよ!」
「え、えーと、先生……?」
お。ちょっとボケた。
これは……いい傾向か?
「思い出せ、セシリア!輝いていたあの日々を!栄光の日々を!」
「そうよセシリア!プールで踏み台になって、みんなの笑いをさそったあの日を忘れたの!?」
「で、ですから、わたくしは……」
「「くどい!!」」
「ひっ!?」
……はあ。どうやら、ダメだったようだ。
夏休みという長いブランクは、彼女の魂を完全に眠らせてしまったらしい。
「行こうぜ、鈴音。これ以上俺達ができることなんて、ない」
「そうね。じゃ、先に行くわよセシリア。……私の言葉の意味、考えておいてね」
「え!?ちょっ、紅也さん?鈴さん?」
騒ぐセシリアを置いて、俺達は昼食を片付ける。
その心の中に、形容しがたいモヤモヤを抱えたまま……。
◆
一方。
食堂に……というか、会話に置いていかれた者たちはというと――
「……紅也と鈴は、本当に仲がいいな」
「もう付き合っちゃえばいいのに」
「なっ!?そのような暴言、いくらシャルロットとはいっても許さんぞ!」
「まあ冗談はそれくらいにして……。確かに、息はピッタリだな。
さっきの話じゃないけど、もしまたタッグトーナメントを組むとしたら、紅也のペアは鈴が一番だと思うぞ」
「いや、ここは私だろう。紅也が言っていたではないか。AICと刀は相性がいいと」
「うーん、やっぱり葵じゃない?ずっと組んでるわけだし。ヘリックス姉弟以上にできるって紅也が言ってたよ」
「誰だ?ヘリックス姉弟って」
「さあ?」
「……私が組むのもやぶさかではない」
「箒?どうしたんだよ?」
「珍しいね。箒が一夏以外と組みたがるなんて」
「いや、なんとなく、だがな……。紅也の機体の両手を掴んで、命がけでエネルギーを渡しに行くというビジョンが……」
「何だよ、それ?」
こんな会話が繰り広げられたとか、なかったとか。
さらっと鈴を排除しようとするシャルさんェ……。
原作ラストの名シーンは本編に組み込めるのか?予定は未定です。