明日も早いのだ…
さて、片方がシャアザクと言う余りのインパクトで霞みがちだが、灯の搭乗する試作型ISもまたかなりネタ枠と言って良い。
装甲面積こそ一般的なISに比べて多いものの全身装甲ではない。
そのため、一見しては普通のISの様に見える。
しかし、知っている者は知っている。
生物的な丸みを一切持たず、直線で構成された無骨な兵器然とした灰褐色の装甲に、濃いブラウンの額当て。
その全身に設置された多数のハードポイントによる、バススロット(拡張領域)を使わない別種の多用途性。
そして何故か踵へと設置されている折り畳み可能な無限軌道。
ぶっちゃけ、フレームアームズガールの轟雷だった。
装甲とフレーム作ったのが有澤だから、こんな風に出来ない?と注文つけた灯も灯だが、実現する変態企業群もアレだと思う。
シャアザク程の知名度は無いものの、それでも知っている連中はいるらしく、アリーナの一部では爆笑と感動と興奮の嵐が起きている。
なお、版権に関してはブキヤとバン〇ムに宣伝行為として許可を貰っている。
後日、インタビューやイベントに参加せねばならないが、それは必要経費と割り切れるし、イベントには寧ろ参加したいので良し。
『渋い…渋いよ灯…!』
簪が感動した様に通信してくる。
気持ちは分かる。
しかし、ここから先は気を引き締めよう。
『簪、分かってるね?』
『うん。シャア専用なんだから、無様な真似は許されないよね。』
『じゃぁ掃除用具は任せたよ。』
『せめて名前で呼んであげようよ…。』
だが断る。
あんな人格破綻者共、絶対にお近づきになりたくない。
『じゃ、背中は任せたよ相棒。』
『うん、任せて!』
こうして、IS史上最強のネタ枠と後に言われるコンビの初の公式戦が開始された。
……………
(さっさと片づけなければな。)
ラウラにとって、この試合は織斑一夏を敗北させるための過程に過ぎなかった。
多少観客が煩いのが気になるが、そんな事は興味の範囲には無い。
彼女にとっての世界は基本的に織斑千冬と自分と、後は精々部隊の部下や副官のクラリッサ程度で完結している。
他は眼中にも無い。
なので、自分の方に向かってくる見慣れない灰褐色のISを見て、更にその相手が武装を一切出さずに接近してくるのを見ても、何の警戒もしていなかった。
当然だろう。
彼女の乗るISは第三世代の中でも屈指の完成度を誇り、更に彼女自身の実力も同年代の中では頭一つ飛び抜けている。
彼女が特に警戒せず、徐にレールガンを発射したのも特に間違った選択でもない。
ただ、後の展開を知っていたならば……彼女は、此処で全力で応戦すべきだった。
(な…!)
放たれた三発のレールガン。
牽制、追い込み、本命の三射は狙い違わず発射され、しかし目標へと至る途中で爆散した。
相手をよく見れば、何時の間にかその右手にアサルトライフルが構えられ、銃口から僅かな硝煙が燻っている。
つまり、相手は一瞬で武装を展開した後、早撃ちの要領で音速を遥かに超えるレールガンの砲弾を迎撃してみせたと言う事だ。
馬鹿な、と思う。
自分でも通常では出来ず、ヴォーダン・オージェを使って漸く出来るかどうか五分と言う程の神業だった。
だが、そんな世界大会でも滅多に見ない様な神業を披露した相手は、何の緊張も見せぬまま、ライフルの銃口をこちらに向け…!
「ッチィ!」
咄嗟にその場から後退して離脱するが、エネルギーシールドが突破され、僅かながら機体が損傷する。
幸いにもシールドで大半の威力が削がれた様だが、対IS用徹甲弾と思われるそれは早々当たりたくはない。
「舐めるな!」
ならばと第三世代兵装、AIC(慣性停止結界)を発動する。
光学兵器や多数を相手にしては効果が薄いが、こうした一対一の状態ならば反則ともいえる程に効果的だ。
だが、ラウラはまだ知らなかった。
世の中には彼女の尊敬する千冬の様に、そんな常識など知った事かと我が道を行くバグキャラが存在する事を。
「落ちろ!」
AICの発動直後、敵の動きが止まり、空かさずレールガンを連射する。
発射するのは高速徹甲弾、例えある程度動けて迎撃できたとしても、アサルトライフルよりも遥かに大口径のレールガンの砲弾、それも高速徹甲弾なら先程の二の舞にはならないと踏んでの選択だ。
この行動にラウラは敵の必殺を確信していた。
「えーと、こうか。」
至極あっさりと、敵はその場から動き、レールガンの砲撃を見てから回避した。
「は?」
余りに常識外の行動に、思考が一瞬の空白を産む。
しかし、これは仕方ないだろう。
なにせAICは完全に発動し、相手は確かに捕えられていた。
なのにあっさりと自由になり、混乱しながらも牽制として発射されるレールガンを適宜回避と迎撃を繰り返している。
『いや、そんなに驚かなくても。』
相手からの全方位通信に、つい耳を傾けてしまう。
それだけ今のラウラは動揺していた。
『AICって言っても、所詮はPICの応用でしょ?ならさ…』
迫り来るレールガンの砲弾を、しかし相手は迎撃せず…
『完全にマニュアルで動かせれば、PICでもその真似事程度は出来ると思わない?』
その場でピタリと静止した。
同時、アリーナにいたISに詳しい者達は戦慄を覚えていた。
AIC、高い技術力を持つドイツが散々に苦労して漸く実用化した第三世代兵装。
それは勿論PICの応用だが、その制御と使用には呆れる程の技術的蓄積と機体側からの補助、そして優れた操縦者による思考制御があってこそ初めて実戦で使用できる。
それを、目の前のコイツは単なるマニュアル操作だと言い切った。
それはつまり相手選手、即ち倉土灯が乗る限り、どんな機体であろうと最低限ISとしての機能を持っていれば、AICの使用も、拡張領域を利用した防御無視攻撃も可能だと言う事に他ならない。
ラウラとて、箝口令が敷かれた事件の詳細までは知らない。
しかし、その事件の最中に使用されたISの技は以後禁じ手とされ、競技中には絶対使用禁止とされた事は聞いていた。
ラウラは漸く確信した。
IS学園を襲撃したテロリストのISを、禁じ手とされた拡張領域の攻撃的使用によって一方的に撃破したと言う事件の当事者。
それが目の前のコイツだと言う事に。
『ま、いいけどね。そろそろ簪の方をゆっくり見たいし…』
目の前?
気づけば、相手は既にISにとって一挙手一投足の間合いへと入っていた。
何と、撃ち過ぎてレールガンが弾切れになっていた。
普段なら絶対にしないミス。
しかし、度重なる驚きに、心が隙だらけになっていた。
自身への罵倒を後回しにし、ラウラは必死に起死回生の一手を探る。
レールガン…間に合わない。そもそも効かないし、弾切れだ。
AIC…同上。
ワイヤーブレード…間に合わない。
となれば、後は接近戦用のプラズマブレードしかない。
起動させ、両手を構える。
しかし、しかしだ。
「終わらせる。」
目の前の、こちらを物を見る様な視線を向けてくる化け物に、敵う気がしなかった。
事実、プラズマブレードを構えた時点で、身体が動かない。
これは知っている。
AIC、自身が扱う慣性停止結界によるものだ。
「意外と便利ね。けどつまんない。」
そしてバッサリと、ラウラの乗るシュバルツェア・レーゲンは灯が取り出した実体ブレードによって逆袈裟に切り裂かれた。