死神教室≒暗殺教室   作:黒兎可

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ちょっとポケモンに浮気してました。そんなこんなで、テストの時間編です。



第8話:挫折と立ち直りの時間

椚ヶ丘中学教員紹介――私達が、夢の実現を応援します!

 

 生徒達の成長をバックアップする本学の教員一同をみなさんにご紹介します。

 高度成長教育を支えるスペシャリスト集団。生徒様と共に、今後より一層成長いたします!

 

 

 

○責任者

 

浅野學峯:椚ヶ丘学園創始者、現理事長

Profile :少人数の私塾講師から身を起こし、僅か十年足らずで本学を築き上げた、教育界の風雲児。その手法は海外からも注目を集め、日夜マスメディアでも精力的に活動している。時に自身が教鞭をとり、生徒達の成長に手を添える。

 

松村茂雄:校長

Profile :様々な学園で教鞭をとり、公立学校で教頭をしていた時代に浅野と出会う。以降彼の情熱に感銘を受け、自らそれを実現させる学校の校長となる。対外面に精力を注ぐ浅野に代わり、学園の顔として今日も努める。

 

飯山徳三:教頭

Profile :松村校長の信頼を置く、まさに本学の懐刀。生徒間、教師間の問題問わず、多くの事柄にチャレンジする姿勢が教師間でも高く評価されている。

 

 

 

○3年生

 

宍戸和彦:3-A担任

Profile :椚ヶ丘の中でもさらに選りすぐられた俊英が集う。そんなA組を時に優しく、時に厳しくまとめあげる。またトップ環境に追い詰められる、生徒達のメンタルケアに定評がある。

 

沢渡静江:3-B担任

Profile :生徒達とのチームワークに加え、教師間でのチームワークを強くする教師。文武両道をモットーに、A組に次ぎ高い成績を納めている。その懐の深さから、生徒達からは母親のように慕われている。

 

小林正夫:3-C担任

Profile :ベテランゆえ、堅実で充実した日々を生徒達に約束する。理念は、ずば抜けた成績や目を見張る実績などなくとも、こつこつと努力をする生徒達こそが宝。

 

大野健作:3-D担任

Profile :教育熱心で、指導力に優れた体育教師。子供達に親身になるその姿勢は、学業のみならず様々な面でも生徒たちの力になる。何事にも体当たりで望む姿勢は、椚ヶ丘中学の未来に新たな風を巻き起こす。

 

 

 

○2年生

 

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○スペシャリスト教員

 

矢野雄介:英語教師、テストアドバイザー

Profile :担当する学年多数。担任教師たちと相談しあい、作り出される問題は教師たちからの信頼も厚い。

 

安井直道:家庭科教師、椚ヶ丘学園食堂特別料理顧問

Profile :教科のみならず、本場イタリアで修業してきた手腕は時に給食でも発揮される。

 

黒川信夫:数学教師

Profile :何を置いてもスピーディーな授業は、生徒たちの理解力を鍛えることに成功している。

 

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寺井 清:体育教師、野球部顧問

Profile :技術特化型の教育は、顧問をつとめる野球部の経歴を、次々と塗り替える。

 

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○特別強化クラス(3-E)専属教師

 

吉良八湖録:3-E担任

Profile :成績不振者たちを集めたE組担任教師。赴任してまだ間もないが、幅広い知識や様々な手腕により、生徒たちの学力のみならず学生生活上の問題解決にもあたっていく。

 

雪村あぐり:3-E副担任

Profile  :前任のE組担任。浅野の意向で本年より副担任。担任のサポートできない範囲や、若手ながら複数の教科を受け持てるポテンシャルを使い、E組に手を差し伸べる。

 

烏間惟臣 :3-E体育教師

Profile :勉学特化の3-Eを、運動面、健康面からサポートする。その効率的な身体操作の教え方は、浅野でさえ舌を捲く。

 

Irina Jelavic:3-E外国語教師

Profile :英語を中心に、第二外国語以降も一人で教える事のできる教師。スピーキングに重点を置いた授業は、わかりやすく身になり易いと好評。

 

 

 

   ※

 

 

 

「……何、これ」

「職員室からくすねてきたんだけどさ。今年の学校案内だって。渚君、これどー思う?」

 

 カルマが手渡した椚ヶ丘中学のパンフレットを見つつ、渚は何とも言えない表情をした。

 渚の座席を中心に、生徒達が数人集ってパンフレットを覗きこんでいる。

 とりあえずー、と倉橋陽菜乃が一言。

 

「烏間先生はずっとかっこいいけどさー?

 ころせんせーも黙ってればイケメンなのにねー」

「「「「「うん、うん」」」」」

 

 周囲の生徒たちから、圧倒的な同意が得られた。

 パンフレットに記載されている写真は、黙っていること、優しげに微笑んでいること、特殊な笑いを浮かべて居ないことなどあいまって、全員が同意するレベルで二枚目だ。小さな写真ながらも、何人かぱしゃぱしゃ写真をとっている。

 

「雪村先生が美人なのは、まあ、わかるとして……」

「えっへん!」

「何で茅野っちが胸張ってるの……? というか、巨乳嫌いの茅野っちがご機嫌!?」

「それより、ビッチ先生がちゃっかり記載されてるのがすげーって」

「どのタイミングでこれ印刷したんだろ……」

 

 生徒たちの色々な感想が飛び交う中、渚はふとかつての担任や、理事長の部分に視線が行く。

 

「いやー、懐かしいよねぇ」

 

 カルマもそれは同様のようだ。むしろ彼の方が、元担任に注ぐ視線のぎらつき具合が強いが。

 

(……理事長の、浅野學峯。ころせんせーがケンカして、ここにやって来たという話だったはず)

 

 最初に吉良八が3-Eにやってきた時の事を思いだして、渚はふとメモを見返す。既にページが半分埋め尽くす勢いだ。

 

「……長いようで短いというか。そういえば、もう中間テストだったっけ」

 

 そんなタイミングで、がらがらがらと教室の戸が開けられる。

 入ってきたのは、彼等のターゲットたるころせんせーと、愛すべき副担任の二人だ。

 

「やあ皆さん、おはようございます。さあ席について――やっぱりカルマ君でしたか。一応確認サンプルなので、これから烏間先生やイリーナ先生にもこれで大丈夫か確認をとるものなので、返してください」

「……あの、せんせー、何ですか、そのプリントの山」

 

 位置的に近かった片岡メグが、思わず手を挙げ確認を取る。

 が、これは一度スルーするころせんせー。

 

「さあ皆さん。今日も始めましょうか」

「「「「「いや、何を?」」」」」

「学校の中間テストが迫ってきています。そんなわけで今日の午前授業は、テスト対策の強化勉強を行いたいと思います」

 

 高速で動ければ一時間で充分なのですが、と苦笑いをしながら、あぐりと共にプリントの山を配り始める。

 

「雪村先生と一緒に、毎週水曜日六時間目に小テストをしていますね? その感覚を応用して、皆さん一人一人に合わせた問題と解説、苦手科目の対策テキストを作りました。

 問題を解いても良し、解説だけ読んでも良し。

 分からないところがあれば、随時先生が勝手に対応していきます」

(((((勝手に?)))))

 

 要するに、遠目で見て生徒の手が止まってたらそっちに飛んでいくという宣言である。

 

 それぞれのプリントの表紙には、教科の名前が手書きで記述されている。しかも明朝体でだ。

 

「はい、寺坂くん」

「くだらねぇ。ご丁寧に表紙全部手描きまでして……。

 ――つーか、何で俺だけNARUTOなんだよ!」

 

 複数教科なためか、寺坂に手渡されたプリント束の表紙は、木の葉隠れのマークが書かれていた。フリーハンドっぽいのに、妙に慣れた手描きであった。

 

(マッハとかまではいかないけど、ころせんせーはどんどん早くなってると思う)

 

 ころせんせーの解説文を読みながら、問題を解いてみる渚。波形グラフの数値の条件について、確かに渚が分かり辛い部分が、話し言葉で「手描きで」書かれている。

 

(ビッチ先生たちが来たおかげもあるかもしれないけど、こうして僕等一人一人に対して問題を作る量や速度が、小テストの問題量の増え方とかから見ても、以前の倍できかないくらいになっている)

(この加速度的なパワーアップは……、パンフレットに書いてあった「赴任してまだ間もない」というところが、原因なのかな)

 

 渚のころせんせーに対する印象は、慣れているが、どこか手探りというようなものか。人に教える事、諭すことなどは酷く手馴れているのに、歪なくらいポテンシャルの発揮の仕方が手探りだ。

 

 まるで、今までレーシングカーに乗っていた人間が、急に軽自動車に乗り換えてレースに出ているような――。

 

(……何にしても、アサシン(ぼくら)には厄介なターゲットで――)

 

『ここまでわかりましたか? 渚君』

 

 あぐりが書いたと思われる「タコせんせー」の小さな絵から出ているフキダシの台詞に、思わず渚は微笑んだ。

 

(――テストを控えた生徒(ぼくら)には、心強い先生だ)

 

 

 

   ※

 

 

 

「――六面体の色をそろえたい。素早く沢山。誰でもできる方法で」

 

 職員室にて、かちゃかちゃとルービックキューブを弄っている。

 その相手を前に、烏間とイリーナは言葉を発さない。

 

「――あなた方ならどうしますか?」

「……そうですね。不可能でも、最後まで続ける。出来るまで続けるでしょうか」

 

 彼の言葉に、烏間が答える。「可能なら実行、不可能なら断行」が信条の彼らしいか。

 

「私は、できる相手に任せるかしら」

「ふふ、それぞれらしい答えですね。ですが、模範解答は違います」

 

 スーツの裏ポケットからマイナスドライバーを出し、彼はキューブのマスの隙間に突っ込んだ。

 

「――分解して並べ直す。合理的です」

 

 椚ヶ丘中学、理事長の浅野 學峯(あさの がくほう)。

 光のともっていない目で、彼は両者に微笑む。

 

 丁度そのタイミングで、職員室にあぐりところせんせーがやって来た。

 

「あ、浅野理事長!?」

「ニュル?」

「ん? 嗚呼、お久しぶりです、ころせんせー」

 

 学園長は、あぐりを一瞥した後にころせんせーへ満面の笑みを浮かべる。

 まるで旧来からの友人に対するような姿勢だ。

 

「んん~? これはどうもわざわざ山の上まで、浅野さん(ヽヽ)

 お疲れでしょうし、紅茶でも入れましょうか」

「頂きます」

 

 ころせんせーもまた友好的な笑みを浮かべ、流れるような動作でポットからお湯を出したりして準備。

 その間、あぐりが地面に散らばったルービックキューブを片付けようとしたり、「後で拾うので結構ですよ?」と理事長に言われたりする一幕はあったが。

 

 E組の教員全員が席につき、奥に理事長もつき。

 それぞれの手前に、ころせんせーの入れた紅茶が配膳された。

 

 ころせんせー以下、緊張に包まれているE組職員室。

 浅野は、そんな空気の中で紅茶に口を付けた。 

 

「んん……。これは、どこの紅茶ですか?」

「ニッセンです」

「インスタントですか。それにしては、こう……」

「下準備と手入れ次第ですよ。ちなみに、合成物は使っていません」

「また非合理なことを」

「お遊びの範囲ですよ。その上で、効率重視です」

 

 ハハハ、ヌルフフフ。

 そんな笑みを浮かべあう二人を見つつ、イリーナはあぐりの肩をちょんちょん叩いた。

 

「(何、あの二人。この間の集会的に仲悪いと思ってたけど、違うの?)」

「(えっと……、どうなのかしら。私もそこのところは。

 でもあの人、上司には下手に出る人だからたぶん……)」

 

「それに美味しい紅茶を買おうにも、予算的に少々……。是非とも私どもめの給料もーちょいプラスになりませんか? と。ほら、こうしてインスタントでもなかなか美味しく飲めるわけですし、是非とも浅野さんにも、もっと美味しい紅茶を飲んでいただければなーと」

 

 突如脈絡もなく傅きだす仕草をするころせんせー。

 苦笑いを浮かべるあぐりと汗を垂らす烏間。さらには嫌そうな顔をするイリーナ。

 

 なお、そんな様子を僅かに開いた扉の廊下側から、渚が覗き見ていたりするのは余談である。

 

「いえいえ、気を使わせてすみません。そこは『最初から』ある程度対等な関係ですので」

 

 なお、浅野は適度にころせんせーの話はカットして聞いていた。

 

 ふふ、と微笑む彼の視線が、一瞬渚の方へ向いた気がして、思わず身を隠す。

 渚は、以前ころせんせーから教わった「調査歩法」に書いてあった通り、耳を壁に付けて僅かに体を扉の手前に乗り出した。

 

「貴方の事情は防衛省やそこの烏間さんから聞いていますが……。

 まあ、細かい理論などを全部理解できるほど、私も学はないのですが。

 それでも、何とも悲しいお方ですね。貴方が負う罪はなかったとはいえ――世界を救う救世主が、今や世界を滅ぼす巨悪の魔物(フェノメノン)なってしまったのですから」

「「「……」」」

 

「……?」

 

 浅野の話に対して、イリーナだけが頭を傾げる。

 話の詳細は全く知らないまでも、どこか違和感を覚えたからだ。

 

 話題に上げられた烏間が、話しを聞いて複雑そうな表情を浮かべるのはわかる。

 話し相手たる吉良八が、微笑みに僅かに影りが見えるのも、なんとなくわかる。

 だがイリーナからして、全く関係なさそうに思える一般人、雪村あぐりが、思いつめたような顔をして吉良八を見つめるのは、どうしたことだろうか。

 

(救世主……? フェノメノン?)

 

 話を聞きつつ、渚は頭を傾げる。

 イリーナ以上に情報を持っていないため、理解へのハードルがはるかに高いからだ。

 

 ルービックキューブを器用に爪先で集めつつ、彼は続ける。

 

「……いえ、その話をしに来たわけではありません。私ごときがどう足掻こうが、『究極的な状況』というのは変えられませんし。余程のことがない限り、あなた方の行動にもノータッチです。

 充分な口止め料も頂いていますし」

「助かってます」

(く、口止め!?)

 

 音こそ立てなかったが、渚はより職員室での会話に意識を集中する。

 ここでの会話が、今まで全く開かされていない、かの先生のバックポーンに関わるのではないかと。

 

 メモを取り出しはしないが(音で聞いてるのがバレるので)、渚は目を閉じて、より聴覚に意識を集中した。

 

「随分と割り切ってらっしゃるのね。そういう男性、嫌いじゃないけど」

「光栄です。しかし、この学園の『長』である私が考えるべきは、皆さんにチェックしてもらったパンフレット同様、つまり来年以降も続く『かもしれない』という学園の未来です。

 単刀直入に言えば。

 

――ここE組の立場は、このまま(ヽヽヽヽ)でなくては困ります」

 

 その言葉に、渚の表情が緊張を帯びる。

 ころせんせーは微笑んだまま。あぐりは苦しそうに目を閉じ、何も言わない。

 

 しばらくの沈黙の後、ころせんせーは指を立てて話を続ける。

 

「……そこについては、色々話し合いましたよね? 私が、こちらに赴任する前に」

「ええ。皆さんは、働きアリの法則を知っていますか?

 どんな集団でも20%は怠け、20%は働き、残り60%は平均的になる法則です」

「貴方が目指すのは――その比率を95%と5%にすること」

「ええ」

 

 E組のようには、なりたくない。E組には行きたくない。

 

「生徒達がそう強く思うことで、この合理的で理想的な比率は達成できる」

 

 人の良さそうに見える浅野理事長。その口から出てくる言葉こそが、嗚呼、渚たちの現状を作り出している思想でもある。

 目の前でそれをありありと見せつけられて、渚は思わず唾を飲んだ。

 

「D組から苦情が来てましてね。ウチの生徒が、E組の生徒からすごい目で睨まれたと。一見して大したことのない問題のようですが、根本は違います。

 暗殺教室、でしたか。

 それなりの緊張感を持って日々過ごしているのでしょうから、度胸も身に付くことでしょう。それはそれで大いに結構。これも以前、意見のすり合わせをしましたね?」

「ええ」

「私が問題としてるのは――成績底辺の生徒が、一般生徒に『逆らうこと』。それは、椚ヶ丘学園(わたし)の方針では許されない」

 

 浅野の言葉に、烏間も息を呑む。字面通りに受け取れば、それは「生徒にポジティブな自立心を抱かせるな」というのと、同義だからだ。

 真顔で周囲を見つめる理事長。そこに宿る光は、己の信念に対する強い狂信だ。

 

 だがしばらくしてから、くすり、と微笑み、浅野は立ち上がる。

 

「以降このようなことがありませんよう、あなた方に注意しておきます」

 

 生徒に直接言わないのは、果たしてどのような意図からか。

 あ、そうそうと、浅野はころせんせーの方を向く。

 

「私は、必要がないと考えたことはしない。以前貴方が、私と面接した時に言った言葉でしたか」

「ええ、そうですね」

「ならば、私も一つ言っておきましょう。

 世の中には――スピードだけで解決できない問題の方が多いのだと」

 

 では、この辺で。

 立ち去る彼に、ころせんせーはふと呟く。

 

「……スピードがないと解決できない問題も、それなりにあると思うんですけどねぇ」

 

 その言葉に、あぐりは僅かに切なげな目をころせんせーに向けた。

 

 

 

「……ん?」

「あっ……」

 

 廊下に出た浅野は、渚と目が合う。入り口の扉に背を貼り付けていたのだから当たり前だ。

 渚は、思わず表情が曇る。

 

(……この、含みのあるような微笑が、僕は苦手だ)

 

 だがしかし、浅野の方は一変して、暖かみのある笑みを浮かべた。さきほどころせんせーたちと話していたような、含意のある表情ではない。まるで手潮にかけて育てた、愛すべき生徒に向けるような。

 

 少なくとも、さきほどの会話からは想像もつかないような、ころせんせーのような優しい微笑を浮かべた。

 

「やあ、潮田渚(ヽヽヽ)君。中間テスト、楽しみにしてるよ?」

「……へ?」

「精進なさい。なにせ吉良八先生、最初のテストだからね」

 

 ぽかん、とする渚の頭をやさしげに一撫でして、浅野は足を進める。

 

「……」

 

 渚の視界から顔が外れそうになる瞬間――その表情は、見たこともない程冷徹な無表情と化していた。

 

(とても温かな微笑み。でも口にした頑張りなさいは、どこか空々しくかわいていて――)

(一瞬で、僕は3-Eの生徒という立場に引き戻された)

 

 そんなやりとりを聞きつつ、烏間は考える。

 

(教室におけるコイツは、ほぼ無敵だ。内部の空気を完璧にコントロールして、支配できている。だが学校という枠で見るなら――ここには、より強力な支配者が君臨している)

「どうするんだ? 吉良八。ここの枠組は……、おそらくお前が考えている以上に、硬いぞ」

 

 烏間の言葉に、ころせんせーは反応を返さない。

 ただ、僅かに手を持ち上げ――ぐっ、と握った。

 

 

 

   ※

 

 

 

 翌日のことだ。

 

「――君達には暗殺者の資格が、あるとは言えません」

 

 珍しく断言するころせんせー。クラス中は不審げな目を向ける。

 切欠は単純なものだ。昨日と同じ要領で勉強をしていた時のこと。

 

「ころせんせー。正直、テストとか勉強はそこそこでいいよ」

「ニュル?」

「だってほら。テストに勝つより先生に勝った方が色々楽だしぃ?」「だねー」

「どうせ高校とかも良いところにはいけないんだし、そこそこ頑張っていればいいんじゃない?」

「み、みんな、何もそんな風に考えなくても……」

 

 あぐりの宥める言葉にも、クラス全体は同調する。

 すなわち、この学校を支配する、一つの強力なルールに。

 

「――エンドのE組だぜ? ころせんせー」

 

 岡島が言ったその言葉が、生徒達の空気を代弁している。

 あぐりの表情が、悲しげに曇った。

 

「テストなんかより、先生倒す方がよっぽど身近なチャンスなんだよなー。ぶっちゃけ受験の時に、最低限勉強すればいいんじゃね?」

「……」

 

 微笑んだ状態で何も言わないころせんせー。だが一瞬あぐりの方を一瞥して、彼は珍しく、重々しく言ったのだ。君達には暗殺者の資格が、あるとは言えません、と。

 

「なるほど、なるほど。よくわかりました。でも、今のままの君達でしたら、未来永劫私を打倒することは出来ないでしょう」

「「「「「……?」」」」」

 

 カルマがうろんげな目をころせんせーに向ける。が、大体の生徒たちは疑問を浮かべている。

 渚は、ふとカルマのメモページを見て思い出す。

 

(前にカルマ君は、「みんな暗殺以前の問題」だって言っていたけど……)

 

「皆さん、校庭に出てください?」

 

 促されるまま、全員外へ。以前ころせんせーが整備したおかげで、校庭は完全にグラウンドとして使える状態になっている。

 

「どうしたんだろ、ころせんせー」「急に不機嫌になったよねー」

「ちょっと何なのよ、急に来いって。私達まで……」

「ころせんせーがイリーナ先生も呼べって」

 

 生徒たちとは別に、残りの教師二人も外へと呼ばれる。ちなみにあぐりは、当然のように生徒達のしんがりを担当していた。

 整列したのを確認してから、ころせんせーは言う。

 

「……本学におけるE組のシステムが上手いところは、一応の救済措置が用意されてる点です。

 定期テストの点数で学内の上位26%以内に入る事。なおかつ元クラスの担任が復帰を許可すれば、この差別された待遇から抜け出せる。

 ですが、元々低い点数が多い上、劣悪な学習環境では、よっぽど(ヽヽヽヽ)の無茶苦茶でもしない限り、その条件を突破するのはかなり難しい。

 ほとんどの生徒は、最低条件すら満たせない自分に嘆き、差別待遇にも諦め、甘んじてしまう……」

 

 渚はふと、思い出す。浅野の渇いた言葉を。

 自分に突っかかってきたD組の生徒たちを。

 周囲でそれを見て、嘲笑っていた生徒達を。

 

「――イリーナ・イェラビッチ先生」

「?」

「貴女の本職、つまりプロ(ヽヽ)として伺います」

「な、何よいきなり……」

 

 直接「殺し屋」と言及しないあたり、生徒たちのことを鑑みてのことか。ころせんせーはイリーナが本職の殺し屋であることについて、コメントはさけている。彼自身、以前は飄々と名乗っていた暗殺者という身分にも、最近はノータッチなくらいだ。

 さておき。

 

「貴女はいつも仕事をする時、用意するプランは一つでしょうか?」

「ん? いいえ。本命のプランなんて、思った通り行く事の方が少ないわ。不足の事態に備えて、予備プランをより綿密に、より完璧に備えておくのが、仕事人の基本よ」

「次に烏間先生。ナイフや銃撃についてですが、重要なのは最初の一発だけ(ヽヽ)でしょうか」

(これは……)

 

 メモを取り出し、「烏間先生」のページを作る渚。

 烏間は、どこかころせんせーの意図を把握したように言った。

 

「……第一撃は無論最重要だが、次の動きに繋げることも大切だ。強敵相手では、第一撃は当たり前のようにかわされる。奇襲や遠距離攻撃でさえ、高く見積もっても四回に一回は失敗する。

 その後の第二撃、第三撃をいかに高精度で繰り出すか、論理的に組みあげていくことが勝敗を分ける。僅か一瞬の攻防だからこそ、それこそ余計にな」

「最後に雪村先生。私が来るまでの間、歴代E組をいくつか担任した貴女に聞きます。最初に担任したクラスの結果は、いかがでしたか?」

「……語るまでもないと思います。ここの学校のシステムに対して、私はすぐさま順応できませんでした。だからこそ、その反省を生かして次ぎに望んでます。続けなければ、意味がありませんから」

 

「「「「「???」」」」」

「結局、何が言いたいんだよ」

 

 前原の言葉を受けて、ころせんせーは運んできた台の上で、高速回転をし始めた。

 決して滑稽なものではない。その場から一歩も動かず、まるで頭から足まで軸が通ったかのように直立し、そのままローブのすそが舞い、風きり音が聞こえるほどに。

 

「先生方のおっしゃるように。初手で躓こうとも、自信を持って次につなげられるから、自信に満ちた暗殺者になれる。対して君達はどうでしょうか?」

 

 俺達には暗殺があるからいいや、と考えて、勉強の必要性を低くしている――。

 

「――それは、劣等感の原因から目を背けていることと、何が違いますか!」

 

 大きな声で、憤りを口にするころせんせー。ちなみに既に動きに残像がかかり、一秒間に三回くらい、ころせんせーの顔が見えたり見えなかったりを繰り返していた。

 シュールで言ってる言葉が、中途半端に頭に入らない。

 

「「「「「「うわッ」「きゃっ!」」」」」」

 

 どころか――彼を中心に、黄色い光が放射状に放たれ、生徒たちにぶつかる。

 目を被い、顔を背け。近くの女生徒は、案外と強く巻き起こる風にスカートを押さえる。

 

「もし先生が、なにかの拍子で教師を続けられなくなったら? もし先生が、何かの理由で死んでしまったら?

 『暗殺教室』という特殊な拠り所を失った君達には、何がありますか? 何が残ると言うのですか?

 ――劣等感だ。劣等感しかあるまいッ!」

 

 叫ぶころせんせーからは――普段全く窺い知る事のできない、深い感情と、真剣さが放たれていた。

 回転したままだが。

 

「さて、そんな危うい君達に、先生からのアドバイスです」

 

 回転が停止すると同時に、ころせんせーは大層良い笑顔で言い切った。

 

「――第二の刃を持たざる者は、暗殺者の資格なし!!」

 

 その言葉と同時に、何時の間にやっていたのか、彼等の頭上から「タコせんせー」指人形が、ぱらぱらと落下して来た。

 頭に手をやって避けようとする生徒達。と、渚は自分たちの胸ポケットにも、「タコせんせー」ペンライト(義丁寧に名前入り)が、点灯した状態でつけられていることに気付いた。

 

「『暗殺教室』なんて、どう考えてもターゲットに不利なゲームを設定するくらいです。

 この程度のお遊びは、私にとって児戯に等しい」

 

 珍しくころせんせーは、獰猛な笑みを浮かべていた。目をつりあげ、生徒一人一人を射すくめるように。

 彼の行動は――それこそ以前の「最強の殺し屋」という自称に並び、生徒達にある種の緊張感を齎す。

 

「もしも君達が、自信を持った『第二の刃』を示せなければ――『暗殺教室』をいくら続けても意味がありません。せんせーは、ターゲットではなく普通の吉良八先生として、君達に平坦な一年間を約束しましょう。何らチャンスもない、面白味もこころみもない、無味無臭な残りの一年を」

(((((……っ)))))

 

 僅かに、生徒達が息を呑む。

 それは、期間こそそこまで長くはないが、多くの生徒たちがこの「暗殺教室」に、僅かながらでも愛着を持っていたからかもしれない。

 少なくとも、渚はその言葉を聞いて、腕が震える。

 

「正直に言えば、先生はそこまで(ヽヽヽヽ)『暗殺教室』に拘っているわけではありません。

 君達と『対等に』張り合うのなら、これが適切であり、また私の得意分野に合致していたというだけです。

 だからこそ意味があるのですが――もし、『暗殺教室』を続けたいと言うのならば、成果を示しなさい」

「い、いつまでに……?」

「決まっています。明後日です」

「「「「「へ?」」」」」

 

 困惑する生徒たちに、ころせんせーは指を立てる。

 

 

 

「明後日の中間テストです。そこで、私に『第二の刃』を認めさせなさい」

 

 

 

 吉良八湖録は、今までにない程楽しそうな笑顔で、3-Eの生徒たちに宣言した。

 

 

 

 




次回がかなり大変です・・・ さーて、ちゃんと3-Eのキャラたちは、暗殺教室らしく振舞うことが出来るのか(白目)

※テストの日にちを明日→明後日にしました

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