死神教室≒暗殺教室   作:黒兎可

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第7話:片鱗の時間

  

 

 

 椚ヶ丘中学3-Eは「暗殺教室」である。

 だがそれ以前の問題として、3-Eはドロップアウトクラスだ。

 

 成績、生徒の傾向や教員によって完全に振り分けられているここの中学において、彼等は「他の生徒に悪影響を及ぼさないように」という名目で、隔離校舎に就学させられている。

 

 圧倒的な差別教育であり問題になりそうだが、実際の所成果を挙げているため黙認され、むしろ今後この方法が奨励される可能性さえある。

 おまけにもっと手続き的な話をすると、学校案内や入学関係の書類のチェック項目に、しっかりと明記されているのだ。

 

 ともかくそんなわけで。山の中腹ほどにある特別校舎(ちなみに経路は獣道すれすれ)の彼等が、学校のイベントに参加するために、温情措置など与えられはしない。

 本校舎の優秀な生徒に合わせろ、というスタンスがとられている。

 

 よって、学校関連の行事の際には、E組の生徒らは山から下りて行かなければならない。

 

 磯貝、前原、岡野の三人はとぼとぼ足を進める。

 

「急げ。遅れたらまたどんな嫌がらせされるか……」

「前は花壇掃除だったっけ。本校舎の」

「ありゃキツかったなー。ウチと比べて広すぎるっての」

「前原ほとんどサボってただろ!」

 

 会話する三人は、どこか力がない。流石に山から本校舎のある盆地まで下っているだけある。

 耐え切れなくなってか、岡野ひなたは叫ぶ。

 

「――もう、何で私達だけこんな思いしなきゃいけないの~~~~!!!!」

 

 絶叫は、酷く感情がこもっていた。

 

 なお注意すべきは、もし本当に山から下りてくるだけならば、E組の生徒たちもそこまでダメージを負わないという点だ。

 E組は規律を守るため、他のクラスより先に整列していなければならないという決まりごとがあった。

 

 無論、安全にゆっくり歩けば到底休憩時間ごときで間に合う距離ではない。

 

 例えば本来なら橋があるはずのルートは、崩れて生徒が流されていたり。

 あるいは道中で毒をもつ爬虫類と第一種接近遭遇したり。

 

 事情があって遅れた所で、情状酌量の余地はない。

 

 彼等が強要される回答は、常に肯定(イエッサー)只一つ。

 

「や~もう、勘弁してぇ……」

 

 茅野あかりをはじめ、渚、杉野、菅谷、神埼、奥田の以下六名。道中にて遭遇した危機的状況(野生動物)により、疲弊。

 なお、非情に可哀そうな状態になって疾走していた岡島によって窮地を救われるも、とてもじゃないがこのまま下りられるわけもない。

 

「大丈夫か」

「あ、烏間先生……」

「焦らなくて良い。今のペースなら充分間に合う」

 

 決して生徒らを落ち着けるための方便などではないだろう。酷く生真面目な態度で生徒に接するこの教師は、あくまで現実主義者。効率を考えて、無駄な嘘をつかない。

 

 とそんなタイミングで、絶叫しながらイリーナが転がるように走ってくる。

 

「だらしねぇなあ、ビッチ先生」

「ヒールで走ると倍つかれるのよッ! 大体、休憩時間終わってすぐ移動なんて、聞いてないわよ……」

 

 生徒たち同様、息絶え絶えだ。

 何とも言えない顔で見つつ、渚は烏間に確認を取る。

 

「烏間先生、ころせんせーは?」

「ああ、奴なら……」

 

――ヌルフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ!

――にゃああああああああああああああああああああああああああああああッ!

 

「……とまあ、ああいう訳だ」

「「「「「いやいやいや」」」」」

 

 会話をしていると、上空からころせんせーの笑い声と、あぐりの悲鳴とが木霊する。

 おおかた例のごとく、ハリウッド映画じみた立体機動を駆使して木々を伝い、山を下っているのだろう。あぐりを抱えて。

 

「流石に奴も、生徒たち全員の安全を見ながら移動する余裕はないらしい……。そうだな、そのうちパルクール系の技術も教えた方が良いか……」

「パルクール?」

「ああ。街中だろうと山中だろうと、どこであろうと自由に移動できる障害物競走から派生したスポーツ、と言えば良いか……。

 熱心だな。そのメモをとる習慣は、維持した方が良い」

 

 まっすぐ渚を見ながら言う烏間。さあ行くぞと全員に言い、先頭に立つ。

 諦めながらも肯定する生徒たちと、ふぇえええ!? みたいな声を上げて嫌がるイリーナが対象的だった。

 

 

 

「お疲れ様でした皆さん。ヌルフフフフ」

 

 例のごとく不気味な笑い声をあげつつ、ころせんせーは岡島の体から蛇だの何だのを引っぺがし、袋にまとめて放り込んでいた。珍しくアカデミックコーデではない普通のスーツ姿(ネクタイはそのまま)だが、生憎生徒たちも反応するだけの余力はない。

 疲弊し、体育館の入り口でくたばっている生徒達。そのまま休ませてあげたいところだが、残念ながらそうも行かない。

 

 特に体力のある生徒が主導になって、彼等を体育館へと促した。

 ダレながらも、寺坂グループ四名でさえ渋々追従するあたり、後のペナルティの面倒さが窺い知れる。

 

 しばらくしてから流れ込んでくる、A~D組の生徒達。

 皆一様に面倒そうに、私語につつまれて集る。

 

 E組は整列して言葉もほとんどないが、規則遵守を強く強制されているという他に、立っている以外にもう体力を使いたくないということが原因か。

 

「渚君、おつかれ~。わざわざ山の上からこっち来るの大変だったでしょ~」

「ヒッヒヒ」

 

 かつての級友、田中と高田の二人に、疲れた顔で少し溜息をつく渚。そんな様子も目に留めず、二人はげらげらと笑う。

 

(月に一度の全校集会。僕等の差別待遇はここでも同じ)

 

 渚だけではない。大半の生徒たちが周囲から嘲笑の対象とされている。

 特に寺坂あたりがヤバいと言えばヤバい。それでも堪えているあたり、後のペナルティが(以下割愛)。

 

(僕らはその状況に、長々と耐えなければいけない)

 

 なお生徒の方は別にして、教師間ではそこまで露骨に応対はされていない。

 わずかに距離をおき、ころせんせーがあぐりの壁となっているというのもあるかもしれないが。

 

 生徒がそろい、集会が開始される。

 学校長の松村が、はげた頭をなでながら演説する。

 

『――ええまあつまり、君達は全国から選りすぐられたエリートです。今後とも、社会に大きな影響を与える、強い人財となっていくでしょう。この私が、そして私の毛根にかけて保障します』

 

 体育館に笑いが漏れる。これはもはや、校長鉄板ネタだ。教育に毛根を捧げた、という本人の自称に偽りがないのは、歪ながらも学校が学校として機能していることそのもので証明されていると言える。

 ただし、残念ながら単純に学校が歪んでいることもまた事実であった。

 

『でも? 油断してるとどーしょーもない誰かさんたちみたいに、なっちゃいますよぉ?』

 

 人が良い人間に見えても、環境と与えられた役職では充分に歪む。

 スタンフォード監獄実験を例にするまでもなく、会場はE組差別が蔓延していた。

 

 わざとらしいほどの嘲笑が木霊する。生徒達は多くが俯いている。『ああ君達笑いすぎです、落ち着いて』と言いはするが、状況からして説得力はなかった。

 

「(なあ渚)」

「(菅谷君?)」

「(そういやカルマってどうした)」

「(サボリ)」

「(マジかよ、あのヤローだけ!?)」

 

 ちなみに、こんな面倒そうな場所に当たり前のように赤羽業(あかばね カルマ)はいない。停学組というか、以前から問題行動の多かった彼のことだ。今更一つ二つ罰則があったところで、痛くもかゆくもないのだろう。

 

「(成績良くて素行不良って、こーゆー時羨ましいよね)」

 

 力なく笑う渚は、視線を教員側に振る。

 

 あぐりは両手を握って、何かを堪えるような顔を浮かべていた。生徒達に近いもの“がある”が、どこかそれは己の力不足を悔いているようでもある。

 対してころせんせーはと言えば、両目を閉じて爽やかに聞き流していた。子守唄でも聞いているように、その態度に変化はない。

 

(やっぱすごいな、ころせんせー ……)

 

 流石にメモは取り出さず、渚は集会に集中した。

 

 

 

「(所謂、社会生活の予習。底辺部分を露骨に見せつけあげつらわせることで、そうはなるまいと危機感をあおり強く育てる。差別対象があった方が、人間何だかんだで伸びますからねぇ。生物的性質として)」

 

 ちなみにころせんせーはといえば、手に取るように理事長の考えを読みながら、体育館のカメラに微笑を送ったりしている。おそらく向こうなら、こちらの「わかってますよ?」というメッセージを受け取ることだろう。

 

「(――まあ、貴方が『合理』で動くのなら、私は『効率』で動くまでですがね)」

 

 ヌルフフフ、と気付かれない程度の小声で、彼は不気味な笑いを上げていた。

 

 

 

   ※

 

 

 

『続いて、生徒会からの発表です。生徒会は準備を――』

 

 集会の話が続く中、烏間が他の教師に頭を下げる。何を言うまでもなく礼儀正しい。

 酷く丁寧な応対に、婦人教師が頬を染める。アイドルでも見るような目だ。

 

「(あんな先生居たか?)」「(すごくシュッとしてる)」「(カッコいい……)」

 

 他クラスの声もわずかに聞こえる。

 

 と、E組側の女生徒二人に声をかけられて、なにやら怒っているらしい。

 背後にいる吉良八にも何か言うように言うが、どこ吹く風だ。

 

「(E組の先生?)」「(なんか仲良さそう……)」「(いいなー。ウチのクラス、先生も男子も顔面偏差値底辺だしぃ)」

 

 む、とした反応が返るが、件の言葉を言った生徒はどこふく風。

 と、再びどこからか会場がざわざわし出す。

 

 幾人かの男子生徒がそちらの方を見て、たまげた。魂消た、と書くのが自然なくらい、言葉を失った。

 

 歩いて来たのは、絶世の美女だ。それこそ映画や雑誌でしか見たことのないブロンドヘアの美人。スタイルは中学生で想像できないほどのもので、堂々とした歩き姿は、男性女性問わず視線を独占する。

 

 クールな眼差しがあぐりと交叉すると、軽く微笑んで手を振る。

 無論、イリーナ・イェラビッチだ。

 

「(ちょwwww)」「(何だあのものすげーガイコクジン!?)」「(やべー、やべー!)」

 

 烏間の時以上の反応の良さである。

 

 そんな彼女を見て、杉野が思わず愚痴る。

 

「(ビッチ先生、さっきまであんなにヘバってたのになぁ)」

「(プロだからってことなのかな)」

「(見栄っ張りなだけだろ)」

 

 渚たちからも散々な言われようであるが、まあこれも愛されてこそである。

 以前のように露骨に不機嫌さを巻き散らさない彼女は、今やE組になくてはならないビッチ先生だった。

 

 無論「ビッチ先生」と連呼されれば牙をむくが。

 

 あぐりと少し会話をしてから、彼女は烏間の隣に足を運ぶ。

 

「(あいつもE組の先生なのか……?)」「(かっこいい……)」「(ていうか、担任も爽やかだし)」「(ネクタイがダサいけど、それさえなければねぇ……)」「(なあ、あの美人と副担任の地味なのと、どっちの方が胸大きいかな?)」「(こら男子!)」

 

 椚ヶ丘中学3-E。四人の教師が並ぶ様は、どこか言い知れぬ存在感があった。

 

 となりのイリーナに、烏間は聞く。

 

「(もう大丈夫なのか?)」

「(あら、気遣ってくれるなんて、ようやくアンタも私の魅力が――)」

「(大分醜態を晒していたからな。立ち直りが遅いと後に支えるだろう)」

「(朴念仁ッ! あぐりにスポドリ貰って飲んだわよ。無駄に気がきくわよね、あぐりは)」

「(そうか。……で、何しに来た? 臨時講師は強制出席ではなかったと思うが)」

「(今更ぁ? 別に、私もここの先生じゃない)」

 

 自覚出てきたんですかねぇ、と烏丸の隣でころせんせーがにやにやする。

 

「(あと、本校舎の様子っていうのも見てみたかったし……。いまいち冴えないわね)」

 

 教師陣や生徒の浮かべている表情など。全体的に見渡して、どうやら彼女のお眼鏡には適わなかったようだ。

 ちなみにそんなこんなやっている隣で、あぐりの隣に移動してなにやら話し合って準備している。

 

『――はい、今皆さんに配ったプリントが、「生徒会行事の詳細」です』

 

 え? と声が体育館の隅側から上がる。

 磯貝が順番的に代表して質問するが、返答は案の定。

 

『……あ、ごめんなさい? 3-E組の分、忘れたみたい。

 すいませんけど、全部記憶して帰ってくださぁい』

 

 ははは、と会場中から嘲笑が漏れる。

 優しげな表情をするメガネの生徒だが、やはり言葉や態度には棘があった。

 

『ほら、E組の人は記憶力も鍛えた方が良いと思うし』

(自分だって出来もしないくせに)

 

 僅かに、渚の表情が陰る。

 

「何これ、陰湿じゃない」

「まあ、これだけで終わればな」

「?」

 

 烏間の言葉にイリーナが違和感を覚える。が、すぐにその答えが出た。

 

「渚、渚、はい」

「茅野?」

 

 と、隣の方からプリントが回される。よく見れば、それは「他のクラスに配られているもの」とほぼ同じプリントであった。

 どうやら後ろから横に流される方法で手渡されているらしい。

 

「――磯貝君。問題ありませんね? 丁度良いことに全員分予備(ヽヽ)があったようですし」

「……? あ、――あ、はい! 問題ありません、続けてください!」

 

 ころせんせーの微笑みを受けて、活気に満ちた表情を浮かべる磯貝。

 この手回しの良さは、流石ころせんせーと言うべきか。

 密かに「いえぃ♪」という具合に、あぐりと拳をごっつんこしあっていた。

 

 一本壇上は面を食らう。

 

『へ? うそ誰だよ、笑いどころ潰した奴ッ』

 

 見事に彼の笑いどころは、「死神」によって暗殺されたようだ。

 くすくすと忍び笑いが漏れる。どこからかは言うまでもない。

 

『あ、いや、ゴホン。では続けます。えー、生徒会の今後のスケジュールについて――』

 

「(何をやったんだ?)」

「(園川さんには感謝してます)」

「(……生徒たちの護衛(ヽヽ)に回してる方から引き抜くなら、事前に連絡を入れろ!)」

 

 烏間の言葉に、ころせんせーは悪びれずヌルフフフと微笑む。

 イリーナはよくわからなかったものの、おそらく烏丸の部下を使って事前に原本を入手していたのだろうと判断した。

 

 ちなみにE組に配られたプリントの右上には、あぐり手描きの「タコせんせー」の絵がプリントされている。

 

「(何ていうか、これでこそころせんせーだよね)」

「(……うん)」

 

 茅野の言葉に微笑む渚に、先ほどの陰りは見えなかった。

 

 

 

   ※

 

 

 

「先行ってるぞ~、渚」

「うん杉野、飲み物買ったらね」

 

 杉野と別れた後、渚は自販機へ向かうが、ぐい、と腕を引っ張られる。

 

「あれ、ビッチ先生?」

「渚ちょっといらっしゃい」

「へ? いや、僕これからヨーグルト――わああ!」

 

 周囲から見えないエリアまで連行すると、ビッチ先生はにやりと笑った。

 

「今ならあの男も居ないし、丁度良いわ? アンタさあ、あいつの弱点全部手帳に書いてあるらしいじゃない。

 その手帳、お姉さんに渡しなさいよ」

「うぇッ」

 

 あからさまに嫌そうな反応である。

 

「いや、役立つ弱点はこの間話した分だけだよ。後他にも色々メモしてるだけだし」

 

 以前イリーナがころせんせー暗殺に挑戦した際。彼女は彼の弱点を、渚から聞きだしていたのだ。

 三人組との話し合いがある程度終わった後、渚を職員室に呼び出して。

 

 もっともその時に話した分の「動きを封じないと意味がない」「五感がちょっと鋭い」というのが、どれほど生かされたかは定かではないが。

 

 だがイリーナは話を聞いていない。

 

「そんなこと言って、肝心なところ誤魔化す気でしょ。いいから出せってばこのッ! 窒息させるわよ?」

「うわッ!」

 

 ぐい、とイリーナに抱きすくめられる渚。

 単に胸に顔を埋めさせているわけでもなく、適確に首をロックして、呼吸器を押さえている。

 

「いや、苦しいから! やめてビッチ先生!」

「ほらほら、とっとと渡してしまいな――ぎゃふん!」

 

 ぱしぃん! とハリセンの音が響く。

 彼女の背後に、あぐりと烏間がスタンバイしていた。

 

 ぎゃーぎゃー文句を言う彼女の髪を掴み、デリカシーもへったくれもなく連行する烏丸。

 

「渚君、だいじょ――」

「渚、大丈夫? 巨乳の世界に洗脳されたりしなかった?」

 

 あぐりを押しのけて、茅野がわけのわからないことを言いながら渚に顔を近づける。

 別に色恋的な話でもなく、その表情は

 

(;゜Д゜)

 

 とでも言うべき、謎の危機感に満ち溢れていた。不破が居れば「ギャグ漫画顔」、竹林がいれば「萌キャラがしちゃいけない顔」と形容しそうである。

 

 ちょっと引きながら「何さそれ」と言いつつ、渚は立ち上がった。

 

「えっと……?」

「あはは……。茅野さんが、イリーナ先生に連れて行かれる渚君を見つけて、まあ、その流れで」

 

 ハリセンを折りたたみつつ、あぐりは苦笑い。さもありなん、他に浮かべる表情もない。

 茅野に礼を言うと、今度こそ渚は自販機へ向けて歩きだした。

 

 

 

「おい、渚」

 

 百円で買える牛乳を手にとったそのタイミングで、渚は後ろから声をかけられた。

 

「高田君と……、えっと……? ごめん、ど忘れ」

「田中だよッ! 何で俺の方忘れるんだよ! ポピュラーだろこっちの方が!」

 

 残念ながら、モブ度でいえば高田より田中の方がレベルが上のようだった(僅差ではあるが)。

 しばらく叫んだ後、高田の方がメガネをあげて言う。

 

「お前等さ、ちょっと調子乗ってない?」

「ほぇ?」

「集会中も笑ったりしてよ。周りの迷惑考えろよ」

(お、大きなブーメランだな)

 

 案外、渚は冷静に突っ込みを入れそうになった。

 

「E組はE組らしく、せいぜい下向いてろよ」「どうせもう人生詰んでるんだし」

「……?」

「おい、何だその不満そうな目」

 

 そんな渚たちの様子を、烏間とイリーナは遠くから見つける。 

 

「渚じゃない、どうしたのかしら」

「……全くこの学校は――」

 

 歩み寄ろうとした烏間の肩を、ころせんせーが掴んだ。

 

「何をする、吉良八」

「まあ見てなさい。たぶん大丈夫でしょう」

 

 あの程度で屈する渚君ではありませんから。

 

 何故かそう断言するころせんせーに、烏間は訝しげな目を向ける。

 烏丸の小脇に抱えられているイリーナも同様だ。

 

 ころせんせーは、にやり、と不敵に微笑んだ。

 

「まだまだ期間はそう長くありませんがね。私達と『つながり』を持てた彼等は、そうヤワじゃありませんよ」

 

 彼の言葉を受け、烏丸は一応は見守る体勢に入った。

 

 

「何とか言えよE組、殺すぞッ!」

 

 

 叫ばれ、掴みかかられる渚。身長が小さいこともあって、面白いように揺さぶられる。

 周囲の生徒は、それを見て鬱憤を晴らしているようだ。

 

 だがしかし――渚の脳裏には、ある疑問が涌いた。

 

(殺す?)

 

 普段、暗殺教室と称して担任と戦っている3-E。そこにおける今までの日々が。まだ短いながらも過ごしてきた、存外楽しい日々が、途端に彼の頭の中に流れ出す。

 

 生意気な相手に苛立ちを向ける。そんな目の前の二人の顔を見て――しかし、渚は動じなかった。

 

 脳裏に描くのは、カルマの笑い。

 

(物怖じしちゃ駄目だ。相手が誰だろうと、余裕を持って)

「ふふ――」

「……あん?」

 

 渚の微笑みに、田中が眉間に皺を寄せる。

 だが――そんなもの、この際何一つ関係なかった。

 

 

「――本当に殺そうと思ったことなんて、ないくせに」

 

 

 その一言を言った瞬間、渚の中で何かが「かちり」と、はまる音が聞こえた。

 ただ単に微笑んでいるだけ。だがしかし、今まで渚の中で見過ごしてきた「何か」が。先ほど体育館の中で胸にしまいこんだような「何か」が。ころせんせーにかわされて、褒められた「何か」が。家で塞ぎこんでいる自分の内にわだかまる「何か」が――。

 

 一つの殺意(ちから)となって、わずかに、その微笑から漏れた。

 

 呻きながら、飛び退く二人。渚の得体のしれない迫力に、気圧されたのだろう。

 進む渚の進路を、もう妨害しようとはしない。

 

「じゃ、またね。……はあ、飲んでも大きくならないんだよなぁ」

 

 手元の牛乳を見て愚痴を言う渚。だがしかし、田中も高田も、そんなこと耳に入っては来ない。

 

「……何だ、今の」

「……さ、殺気?」

 

 例えるならそれは、小動物だと思っていた相手の口から、まるで獰猛な蛇の毒牙が覗いたような――。

 

「――ほらね。言ったでしょう。我々の(ヽヽヽ)生徒は、何せ()る気が違いますから」

「「……」」

 

 烏間もイリーナも、これには言葉を失った。

 

 

 

   ※

 

 

 

「……エンドのE組が、一般生徒を押しのけて歩いていく。

 流石に『急』では、合理的とは言えない」

 

 窓ガラスから見える青空を背景とする、学園長室。

 逆行に照らされて、彼の顔は見えない。

 

 しかし鋭い視線が、学内に張り廻らされた監視カメラの映像より、とある一事件を映し出していた。

 

「多少、釘は刺しておく必要はある。『彼』を許可したのはある意味このためでもあるが、力関係が逆転しては本末転倒だ」

 

 私にとっては、何よりもの優先事項なのだから。

 

 そう言いながら学園長――浅野 學峯(あさの がくほう)は、鋭い視線を画面に向けた。

 

 

 




原作よりちょっぴり獰猛な渚君

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