死神教室≒暗殺教室   作:黒兎可

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現時点だと、そんなにあぐり先生を烏間先生たちと絡ませられない・・・

それから、ある理由からそんなに修羅場りません


第5話:大人達の時間

  

 

 

「お、イケメンの先生さん久しぶりだねぇ!」

「ええ。久々に給料に余裕が出来ましたので」

 

 早朝、学校が始まる前の時間帯。

 大手コンビニエンスストア、6sixから出てくる長身のシルエット。アカデミックコーデに太い三日月が縫われたネクタイ。

 

 聖者のような微笑は、きっと見るものすべてを安心させる。そんな整った微笑を浮かべる青年だ。

 もっとも見た目から年齢が分かり辛い容姿を、彼は、吉良八湖録はしているのだが。

 

「日本の駄菓子のクオリティはやはり素晴らしい。健康無視してでも買いに来る価値はありますねぇ……、ニュル?」

 

 ――止めて下さい!

 

 そんな女性の声を聞けば、足を止めるは自然な流れ。

 状況を見守りながら、口元に手を当てる。

 

 助けるために思考しているように見えるのは、流石は聖職者だからか。

 それとも、柄の悪い男達に囲まれて、車に押し込まれようとしている女性の胸元に目が行って鼻を押さえているからか。

 まあ、ここは彼の名誉のために前者ということにしておこう。

 

「わ、私、これから赴任先の学校へ行かないと――」

 

 ブロンドヘアの美女である。白いスーツ姿で、胸元はやや広く開いていた。

 そんな彼女をいやらしい目で見る男たち。

 

「へぇ、アンタ先生なんだ……。うらやましいな生徒たち」

「俺たち頭めっちゃ悪ぃからさ。放課後色々(ヽヽ)補習して――」

 

「――では車ナンパの正しい手順を教えてあげましょう」

 

 そして、当たり前のようにその場に吉良八は乱入する。

 

 あっという間に全員の背後に回りこみ、てきぱきと折りたたんで車につめる。

 ここまでで普通に素人は意味が分からない。がしかし手馴れた様子で、彼はドアの窓を明けて指を立てた。

 

「補習その1、基本的なマナーは守りましょう。嫌がられたら距離を置く。断られれば諦める」

「ああ? てめぇ何を――」

 

 ――スパァンッ!!

 

 突如、吉良八が車のドアを叩く。

 表からみれば軽く小突いた程度にしか見えなかったが、しかし内部はそれで済まない。

 運転席から全員、耳を押さえて黙り込む。

 

 音が響いた瞬間、車内はまるで拳銃でも突きつけられたかのように黙り込んだ。

 

「補習その2、ナンパしない人間にも迷惑をかけないこと。周辺にいる人達を不愉快にさせず、万が一なったらフォローに回れる、節度と余裕のある大人になりましょう。いいですね?」

 

 にこりと微笑みながら、ころせんせーはノックするようにジェスチャーで右手を動かした。

 

「補習その3。社会道徳は守りましょう。ナンパはゲームです。力技で勝利したところで、それは自分の無能さを露にするだけに他なりません。連行や送り狼など三流、三流。一流を目指すならば、送られ狼を目指しなさい」

 

 何を言ってるか分からないと言う顔をしていたが、しかし何度か繰り返されるノックの仕草に、彼等はただ頷くほかなかった。

 

 退散する車を背後に、吉良八は微笑みながら彼女に手を差し伸べた。

 

「大丈夫ですか?」

「――あ、ありがとうございました!」

 

 思わず、といった風に抱きつくブロンドの女性。

 両肩に手を置いて、密着されない程度に吉良八は距離をとっていた。

 

「You are very cool guy! I'll never forget your kindness as long as I live!」

「ニュル……、Not at all. It's no big deal」

 

 流暢な英語でえらく感謝されたことに一瞬驚くも、すぐさま流暢な英語で謙遜を返す吉良八。

 

「あのところで……、椚ヶ丘中学への行き方、ご存知ですか?」

 

 彼女のその言葉に、吉良八は「やっぱりか」と言わんばかりの表情を浮かべた。

 

「何と言うか、やはり避けられないのでしょうね。ある種運命的といいましょうか」

「……? あ、あの、口説かれてますかひょっとして」

「あ、いえ、誓ってそんなことはありません」

 

 

 

「……あれ、ころせんせー何やってるんだろ」

 

 学校に向かう途中、潮田渚はころせんせーこと吉良八を見つけた。なにやらブロンド美人に、英語を使って応対している。

 

 道案内か何かだろうか。でもあの様子を見る限り、格好つけようとして失敗したような慌てっぷりだ。

 

「おっはよー渚! 何メモとってるの?」

「か、茅野!? お、おはよう」

 

 手元に「ころせんせー用」と書かれたメモ帳を取り出して、色々と記入していると、クラスメイトの茅野あかりが声をかけてきた。メガネをくいっとあげて、渚の手元を注視する。

 距離が近かったため、渚は半歩後退した。

 

「いや、先生の弱点とか書き留めてるんだ。そのうち、何かヒントになるかと思って」

「ふぅ~ん」

 

《ころせんせーの弱点その1:カッコつけるとボロが出る》

 

「その弱点、役に立つの?」

 

 ぺらりと他のページもめくる茅野。

 

《身長:背筋を伸ばしたら180cm超えるかも》

《特技:超身体能力。映画みたい》

《体重:見た目より重いっぽい》

《座右の銘:文殺両道》

《生年月日:不明》

《弱点:雪村先生》

 

「……あんま役、立たなそうだね。暗殺」

「そ、そのうちそのうち。杉野の時とか、少しは役立ったし」

 

 困ったように微笑む渚だが、メモを書く手は止まらない。

 

(僕等は殺し屋。椚ヶ丘中学校3-Eは――『暗殺教室』)

(そして僕等以外は……名だたる進学校のエリートたち)

 

 今日もまた生徒と教師の、狙い、狙われの一日がはじまる。

 

 

 

 

   ※

 

 

 

「防衛省から通達済みとは思いますが、本日から私も体育教師として、E組のサポートに入らさせていただきます。彼等(ヽヽ)の警護および監視は勿論ですが、あちらの事前契約にあった範囲に準じる形で、生徒達には技術面、精神面のサポートをする必要があります。

 教員免許は有していますので、そこのところはご安心を」

「ご自由に。二人共(ヽヽヽ)、生徒達の学業と、安寧を大事にね」

「……では、失礼致します」

 

 烏間 惟臣(からすま ただおみ)の言葉に、椚ヶ丘中学理事長たる浅野 學峯(あさの がくほう)は鷹揚に答えた。背を向け窓を見下ろし、表情が窺えない応対ではあったが、拒否されなかったという事実を踏まえ、烏間はその場を後にした。

 

 いつものごとく黒服の烏間とその部下。以前ころせんせーと話し合っていた、隊長のような男だ。

 

「物分りの良い理事長ですね」

「見返りとして、それなりに金は積まれたからな。『奴』から我々との契約に提示された条件と、それがなかった際に発生しただろう費用に比べれば、はした金ではあるんだろう。

 だが都合が良いのは確かだな」

 

 通路に誰も居ないからか、部下と話す烏間の口調はいっそう饒舌だ。

 

「――『地球を滅ぼせる怪物』が居て、しかもそいつは軍隊でも殺せない上に、世界中を未だ彷徨い歩いている。

 こんな秘密に対処するのは、我々国と、『あの男』くらいで良い。

 だからこその、保険ではあるんだろうがな」

 

 烏間の一語一語には、事の重大さに対する本気度合いが伺える。正面を見据える姿勢は、やはりどこか堅物だ。

 だからこそ、不意に聞こえた声に、彼は耳を疑った。

 

「――やっば! このまま落ちたらE組行きかも……」

「マジかッ!? あそこに落ちたら絶望しかないぞ!

 学食もない。便器は綺麗になったらしいけど、設備も整ってない隔離校舎で、学校中からクズ扱い。

 超絶頭良い成績出さないと戻ってこれないッ!」

 

――まさにエンドのE組だぜ。

 

「落ちるくらいなら死んだ方がマシなんじゃないか?」

「だ、だよなぁ……。あいつらみたいにならないよう、頑張らなきゃ」

 

 窓から外を見下ろしてみると、登校中の生徒たちが、誰一人として地面を向いて顔を上げていない。否、向いているのは地面ではなく、手に持った教科書やノートからか。

 

 切迫した危機意識に、少年少女らが突き動かされている。

 

「……聞いていた通りだな。極少数の生徒を激しく差別し、大半の生徒へ優越感と緊張感と持たせ、専念させると。合理的で、我々としても隔離校舎は『極秘任務』には打ってつけだが……」

 

 言葉には出さなかったが、烏間が言わんとしていることを、隊長の男も理解していた。

 

――切り離されたエンドの彼等は、たまったものではないだろうな。

 

 その後、隊長の男が任務のためチームと合流するまで、両者の間に会話はなかった。

 色々と今の状況に思うところがあるのだろう。烏間は難しい顔をして、山道を登る。

 

「あ、烏間さん、おはようございます! ひょっとして今日から?」

 

 見覚えのある生徒だ。まだクラスの顔と名前を完全に把握し切れていない烏間だが、茅野あかりのことは、ある事情から一番最初に覚えた。

 竹の先端に「訓練用特殊ナイフ」をくくりつけたものを数本もつ彼女に、烏間は挨拶する。

 

「嗚呼おはよう。今日から俺も教師として、君達に教える事になる。よろしく頼む」

「そーなんだ。じゃあこれからは烏間先生だー」

 

 呼びなれないその末尾に、烏間は反応が数瞬遅れた。

 

「……ところで、吉良八はどこだ」

「あー、それがさあ? ころせんせー色々あってクラスの花壇荒らしちゃったんだけど、そのお詫びとして――」

 

――ニュルッフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ!!!!!

 

「ハンディキャップ暗殺大会を開催してるの」

 

 響くころせんせーの笑い声に、烏間は額を軽く押さえた。

 

「ほぅら、お詫びのサービスですよぉ?

 こんなに身動きできないせんせーは滅多に居ませんッ!

 手足を縛って木から吊るされて、八分間とはいえど大幅に制限されて、しかも一発でも当てた生徒には駄菓子袋一つ進呈!

 さあ、誰か勝ちとる猛者はいないかー!」

「「「「「条件に駄菓子(それ)つけてる時点で、当てさせるつもりないじゃんッ!」」」」」

 

 生徒達の反応をよそに、酷くニタニタ笑いながら楽しそうなころせんせー。

 なめている。なめくさっている。

 

「ど、どぉ渚」

「う、うん。見た通りかな……」

「あの状態でBB弾すらかすらないのか……。というか、もはや暗殺と呼べるのか?」

「あ、烏間さん……。って、待てよ? せんせーの弱点からすると……」

 

「ヌルッフフフフフ! 無駄ですねぇE組の諸君ッ! このハンデをものともしないスペックの差! 君達が私を倒すなど、夢のまたゆ――あっ」

 

 ばきり、ところせんせーの頭上で枝が折れる音が響く。

 どさり、と落下するころせんせー。

 

 生徒たちと、ころせんせーとの時間が止まること約一秒。

 

「「「「「……今だやれええええええええええッ!」」」」」

「ヌニャ!? し、しまったッ!」

 

 ごろごろ転がりながら、生徒達の私刑(リンチ)をぎりぎり回避するころせんせー。

 未だかつてない程の慌てっぷりである。

 

「な、なんでこれで当らないんだよ!」

「槍外れちゃった!」

「ていうかせんせー、飛び跳ねないでキモい!」

「あ、私当った!」原寿美鈴がすっとサムズアップをして、銃の画面を高らかに掲げた。

 

「弱点メモ、役に立つかも……」

「う、うん……。よし、どんどん書いていこう!」

 

 ころせんせーのメモを取り出す渚。ちなみに烏間は、目の前の情景にちょっと白目剥いている。

 

「ふ、服とロープとガムテープが絡まって……、嗚呼ちょっと! こうやらないで! こうなったら――超・軽業ァ!」

 

 生徒のナイフの一撃を交わし、そのナイフに足のロープを引っ掻け解くと、吉良八は即座に飛びあがり、ひょいひょいと生徒たちの間を抜ける。

 そのまま何と恐ろしい事に、校舎の壁を蹴って上って、屋根の上まで上がってしまった(!)。「ちくしょー、逃げやがった!」という声に対して、勝ち誇るころせんせー。

 

 口で拘束をぱっぱと外すと、両手を上に掲げてガッツポーズしながら、腹立たしいほどにドヤ顔を決める。

 

「ここまでは来られないでしょう! 生物としてのポテンシャルから違うんですよ! ヴァーカッ! ヴアアアアアアカッ!!」

 

 のけぞりながら大声で更に笑い声を上げるころせんせー。もはや三枚目とかそんな次元ではない。

 後少しだったのにと悔しがる生徒たちなど知った様子もなく、ころせんせーはしばらく大笑いした。

 

 そして疲れたのか、腹を押さえて数秒後。

 

「ふぅ。……明日出す宿題を三倍にしましょう」

「「「「「器小せぇ!」」」」」

 

 

 

   ※

 

 

 

 改めて教室。朝の3-Eに、サツバツとした空気が伝染する。

 

「今日から君達に体育を教える烏間だ。色々と変わった経歴だから、君達に格闘技なども教えられる。もし吉良八のゲームでわからないことがあったら、相談にも乗れる。今後とも宜しく頼む。

 そして……」

「外国語の臨時講師の、イリーナ・イェラビッチと申します♪ 皆さん宜しく♡」

「ニュル……」

「……」

 

 新任教師の烏間に、男子生徒も女子生徒もそれなりに驚かされる。まずE組に複数教師がつくという時点で稀なのだ。副担任が居る時点でかなり異例でもあるらしい。

 ちなみに今副担任をしている雪村あぐりだが、彼女は去年は担任教師をしていたらしいことを、渚たちは聞いていた。

 

 ともかく、そんな教員の追加が、新に二人。どちらもそれなりに容姿が整っている。

 烏間の方は一部女子生徒たちからの視線が熱い。男子からも、「暗殺教室」ゲームに対する効果を期待されてか、歓迎ムードではあった(なお一名、ひたすら酢昆布を食らっている女生徒がいたが)。

 

 問題は、その隣にいる三人――より厳密に言えば、一人と二人についてだ。

 

「すっげー美人」

「おっぱいやべぇな!」

「で……、なぜベッタベタなの?」

 

 その一言につきる。新任教師のイリーナ・イェラビッチ。黒ずくめの烏間と逆に白いスーツ姿で、金髪ブロンド、プロポーション抜群。

 そんな彼女が、どうしてかころせんせーの右腕にべったり張り付いているのだ。

 

 どこか見ていてイライラする部分がある。

 というか、その横で明らかにイライラしている女性が一人。

 

「……」

 

 にこにこ微笑んではいるが、ころせんせーに寄り右手を後ろに回している。彼の表情が優れないあたりからして、つねってでも居るのだろうか。

 

「……体育の全体的な能力向上と、本格的な外国語に触れさせたいという学校からの意向だ。

 何分至らない点も多いとは思うが、一年間宜しく頼む」

「お願いしまぁす♪」

「……はい、お願いします」

「ゆ、雪村先生少しご容赦を……。

 と、ともかくそんなわけで、体育の授業は以降烏間先生が。英語の授業は半分がイリーナ先生が受け持つことになります。皆さん、仲良くしてあげてくださいね」

 

「「「「「は、はい……」」」」」

 

 メモを取り出す渚に、茅野が声をかける。 

 

「なんか、すごい先生来たね。烏間さんはともかく、イリーナ先生特に」

「うん……」

「雪村先生、ライバル出現?」

「どうだろ、あの様子だとう~ん……。でも、何か暗殺のヒントになるかも」

 

 言いつつ渚は、じっところせんせーの動きに注目する。あぐりが彼の背後から手を外すと、彼女はイリーナを引き離そうと動いた。

 

(いつも雪村先生と一緒なころせんせーが、知り合ったばかりの女の人にべたべたされても戸惑うと思う)

(こういう場合、いつも変な顔を浮かべるせんせーは、どんな反応だ)

 

 ころせんせーの視線は、自分の右腕を挟む谷間に集中する。

 

「んんニュルッフー♪」

 

「(いや普通にデレデレじゃねーか、顔)」

「(何のひねりもない顔だね)」

「(う、うん。あと雪村先生怖い)」

 

 小声で生徒達が話すように、雪村あぐりはにこにこしてるんだか溜め込んでるんだかわからない表情となって、やがて普段のころせんせーもかくやという速度で動いて、イリーナの両肩を掴んで引っ張った。

 

「イリーナ先生、生徒たちの前ですから押さえてください」

「Oh, I'm sorry. Because he was a too nice man, I have only clung」

「んん、Please discern time, place, and occasion. By the way, I've known him for a lot of time.

Are you so right, Mr.Kiraya?」

「にゅ、ニュル……」

 

 突如英文で会話を始めたあぐり。生徒たちは突然であったため、ほとんどがよくわからないようだ。

 流石は元E組担任。一人で全教科みていただけはあるということか。

 

 そして僅かにころせんせーの腕をとり、少しだけ抱きしめ、胸が当るようにしているあたり、明らかな牽制である。

 

 なお帰国子女ゆえ、唯一両者の言葉を完全に理解していた中村莉桜は「け、結構露骨!」と言っていたり、言っていなかったり。

 

 そして鼻の下を伸ばすころせんせーである。

 皆もうわかっていたことであったが、ころせんせーの弱点に「おっぱい」が正式に刻まれた瞬間だった。

 

 なお烏間が完全に置いてけぼりになっていることは、今更言うまでもない。

  

 

 

   ※

 

 

 

(この時期、このクラスにやって来る先生)

(ころせんせーも含めてだけど、結構な確率で二人ともたぶん只者じゃない)

 

 渚の予想は、案の定当りだった。

 

 校庭に響く生徒たちの声。

 体育の授業でグラウンドにて響き渡るそれらは、どこか平和を思い起させる。

 

 ――その生徒全員が、手に模造ナイフ(えもの)を持って居なければの話だが。

 

「八方向から正確にナイフを振れるように。狭間、竹林、速度が遅い!」

 

 腕を組み指示を飛ばす烏間先生。否、烏間教官だ。

 シャツの袖をまくるその姿は、鬼とまでは言わないが、軍隊の教官じみている。

 きっかけは、停学が開けて普通に登校してくるようになったカルマのこんな一言だった。

 

「烏間先生、格闘技とかって教えられるって言ってたよね? どの程度のものだったりするわけ?」

 

 それを受けた烏間は「なら、一度実践してみるか」と軽く言った。

 軽く言っただけで、体育の授業が完全にナイフの授業と化してしまった。

 

 今までころせんせーが教えなかったより実戦的な技術を、生徒達は一心不乱に練習していた。

 

「ニュルフ、ちょっと寂しいものがありますねぇ……」

 

 そんな様子を、烏間の横で愚痴るころせんせー。服装は上着を脱いだスーツ姿。

 この格好だと、妙に太い三日月ネクタイがダサイ。圧倒的にダサイ。

 

「この時間はどっか行ってろと言っただろ。『彼女』の機嫌でもとってこい」

「……そうさせて頂くとします」

 

 ヌルフフフ、と肩を落してトボトボ歩くころせんせー。背中からは哀愁の二文字が漂っていた。

 

「よし、授業を続けるぞ」

「でも先生、これって意味あるんスか? 天井とか蹴り飛ばして避けられそうな気がするんですけど」

 

 前原の言葉に、烏間は態度を変えない。

 

「基礎は身に付け、積み上げるほど役立つ。何事も同じだ」

(同じ?)

 

 烏間の話を聞きながら、渚はふと、今までの授業のことが頭を過ぎる。

 

「磯貝君。前原君。前へ」

 

 言われた通り出てきた二人に、ナイフを俺に当ててみろと言う烏間。

 困惑する二人に、にやりと笑いながら一言。

 

「二人がかりで掠りでもすれば、全員に焼き肉を奢ってやる」

「「やります、やらせてくださいッ!」」

 

 現金なものである。

 がしかし、体幹を揺らさずスライドするように動き、時に受け流し、掴み取り、攻撃のベクトルを捻じ曲げる烏間の動きに、二人は対応できない。

 

「このように多少心得があれば、素人二人のナイフくらい俺でも捌ける」

(すごい――)

 

 即座にメモを取り出す渚。

 最後とばかりに突進する二人の両手を掴み、器用にダブル一本背負いをする烏間。

 ちゃんと腕を引いて事故らないように調整するあたり、余裕と、それから腕力があるのだろう。 

 

「俺に当てられないようでは、銃弾を『見て』『避ける』あの男に当てられる確率は皆無だろう」

(((((え、そんなに凄いのころせんせー?)))))

 

 突如開かされた情報に、生徒達はちょっと困惑した。

 

「少なくとも俺に当てられるようになれば、勝率はぐんと上がるだろう。

 ナイフや狙撃、暗殺に必要な基礎の数々。通常の授業に加えて、これらも取り入れて俺から教えさせてもらおうと思う」

 

 淡々と語る烏間の姿勢は、完全にプロフェッショナルのそれだ。

 すげー、と杉野の声が聞こえる。渚をはじめとして、3-Eも大体同意見だ。カルマでさえ、にやりと笑った顔に少し汗をかいている。

 

 解散の一言と共に、生徒たちは片付けを始めた。

 

「……ん?」

 

 視線を感じ、烏間は校舎の方を見る。

 職員室……は見る必要もない。重要なのは生徒たちの居る側だろう。

 

 窓を開け、生徒達の様子を伺う彼女。英語担当のイリーナだ。

 

「……」

 

 暗がりのせいか、その表情は酷く凍てついて見えた。

 

 

 

   ※

 

 

 

 昼休み。

「タコせんせー」の顔したボールが、青空に飛ぶ。

 

 ころせんせー対生徒たちで、どうやらドッジボールをしているようだ。

 せんせーがボールに全く触ろうとしないあたり、杉野が実践したような形で、触れればせんせーにダメージの入るようにBB弾かナイフが貼り付けられているのだろう。

 

 一人「ヘイパス、ヘイ暗殺!」と笑うころせんせー。流石にゲームにならないので、ころせんせーチームには渚、茅野、倉橋、岡島が居た。

 

 そんな様子を、職員室から見守る二人。

 烏間とイリーナ。新任教師二人である。

 

「……色々準備してきたけど、まさか色じかけでいけるかもしれないなんて思わなかった」

 

 学校だろうが何だろうが関係なしとばかりに、煙草を取り出して吸うイリーナ。生徒たちに見せていた態度とは、色々大違いである。

 

(イリーナ・イェラヴィッチ。職業、本職の「殺し屋」)

 

 携帯灰皿を向けながら、烏間は彼女の経歴を思い出す。

 

(美貌と対話能力にはじまり幅広い手段を持ち、いかなるターゲットをも魅了し、ガードの硬い相手も至近距離から容易く殺す。潜入、接近を高度にこなす暗殺者、だったか。さっき「奴」から渡された資料では)

「正直、我々としては何故君が、こんな場に呼ばれたかが少々理解できない。まさか本当に、英語を教えるために来たわけでもあるまい」

「そんなの、私だって同じよ。ただ私の師事した殺し屋から『この殺し屋を、やれるものなら殺してみなさい』と言われて……。

 そりゃ、手続きとかはそっちでカバーしてもらってますし、色々楽だったけど、それ以上にわけわかんないっての。防衛省の烏間さん?」

 

 ため息をつきながら、イリーナは眉を寄せる。どうやら彼女も困惑があるようだ。

 

(どうやら、「死神」の情報まで詳しくは知らないようだな)

 

 それだけ判断すると、烏間は彼女がどういったルートを通じて派遣されたのかを考察する。

 少なくとも言っている言葉に嘘がないと仮定すれば、おそらくその師匠筋と、吉良八との間で何らかのやりとりがあったのだろう。

 ひょっとしたら、その師匠筋本人が呼ばれる手はずだったのかもしれない。

 

 とすれば、相手が面倒くさがって彼女を送ってきたか。

 

「(いや、生徒たちにとってある意味適任といえば適任なのか)」

 

 こと教育面で見た場合、彼女の手練手管は多少なりとも、吉良八の「暗殺教室」に役立つ部分もあるだろう。

 問題があれば逐次対処していくことになるだろうが、今からそれを考えるものでもあるまい。

 

「ただの殺し屋が学校が雇っているというのは流石に問題だ。こちらの契約通り、表向きのためきちんと教師の仕事もやってもらうぞ。無論、暗殺も国内の法律でカバーできるよう、ギリギリまでしか――」

「んふ。私はプロよ?」

 

 イリーナは得意げな表情をして、席を立つ。そのまま部屋の戸に手をかけ、がらがらと引いて、

 

「そんなもの、考えるまでもなく終わらせて見せるわ?」

 

 閉まる扉を見て、烏間は再度校庭を見る。生徒たちと戯れるころせんせー。相談しあい、どうやったらころせんせーに一撃与えられるか、真剣に相談しあっている。

 もっともそんな中で、言葉攻めでころせんせーを動揺させているだろうカルマは、やはり頭一つ抜きん出ているのだろうが。

 

「……まあ、殺せないだろう」

 

 イリーナの先行きを予想しつつ烏間は思う。

 

(生徒も教師も、嬉々として「暗殺」のことを語っている)

(どう見ても、今のこのクラスは異常な場所だろう)

 

 渚と茅野が相談し合いながらメモをとる姿は、よく見かける光景だ。

 

(だがこの学校で、生徒が最も活き活きとしているのは――)

 

 パッド端末を取り出し、烏間は「とある画像」のファイルを開いた。

 

(――このE組ではないかと、俺には思えてならない)

「ここまで、明らかにおかしな状況だというのにな。主に奴のせいで」

 

 

 そこに映し出されていたのは――どす黒い十本足の触手を持つ生物に、八本足の触手を持つ装置を背負い、対峙する吉良八湖録の姿であった。

 

 

 




ビッチ先生本領発揮は次回
ちなみにころせんせー、派遣される相手の条件は指定しましたが、誰が派遣されるかとかの連絡は全部丸投げしてました

あと、英文の和訳って欲しいですか?
意味わからなくても展開に関わらない程度にはしていますが

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