死神教室≒暗殺教室   作:黒兎可

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※ルールを一撃決殺方式から、ダメージ累積方式に変更しました。
 第1話も同様に手直ししてますので、あしからず。


第4話:完封の時間・2時間目

  

 

 

「じゃあな、渚~」

「うん、また明日」

 

 放課後、渚は椚ヶ丘駅にて、メモ帳の確認をする。

 

 ころせんせーの弱点メモや、クラスメイトたちの情報メモ。

 前者はアクロバティックな身体能力、時速換算700マイル並の感知といったものに加え、かっこつけるとボロが出る、おっぱい(特に大きな方)などどうしようもない弱点メモも多数見える。

 後者は生徒に対して殺せんせーが言った言葉や、渚自身が観察した事柄。そして、他の生徒たちの技能で自分でも応用できるもののメモなどだ。

 

「つながり……、つながり……」

 

 渚の脳裏には、ころせんせーの二つの言葉が過ぎる。

 

 自分を大切にする。

 才能の種類は一つではない。

 

「って言っても、まだカーブ投げられるようになったくらいなんだけどなぁ」

 

 苦笑いしつつメモをしまう渚。

 そんな彼の耳に、背後の言葉が聞こえる。

 

――おい、見ろよ渚だぜぇ? なんかすっかりE組に馴染んでんだけど

――ダっセェ、ありゃもう戻ってこれねぇな

 

 渋い顔をする渚。

 

――しかも停学開けの赤羽までいんだぜ?

――うわ最悪っ! 死んでも落ちたくね~。てか落ちねぇし、みんな一緒のクズだろ

 

 そんな言葉と同時に、ガラス瓶の割れたような音が響いた。

 慌てて振り返る渚。近くで「うひゃあ!」と叫ぶ女子の声も聞こえた。

 

「――へぇ、死んでも嫌なんだぁ。じゃあ死んでもいいよね? 死ねば一緒にならないし♪」

 

 軽く微笑みながら、緑色の割れた瓶をかつてのクラスメイト達に向ける少年。カルマだ。服装は私服で、その分制服姿よりも威圧感のある格好だった。

 

 二人の男子生徒が慌ててその場から去る中、渚に近寄る茅野あかり。

 

「ひゃあ、すごいねカルマ君」

「……あれ茅野? 家こっちだっけ」

「ううん、買出し。おかず思い付かなかったから」

 

「ハハッ、やるわけないじゃん。また停学とかなる暇ないし」

 

 薄く微笑みながら、独り言のように言うカルマ。だがその歩みは渚の方を向いている。

 

「カルマ君……」

「でさ、二人とも。聞きたい事があるんだけど」

 

 顔を見合わせる二人。

 駅ビルの方へと歩きながら、渚たちに笑いながらカルマは聞く。

 

「渚君、結構ころせんせーのこと詳しいらしいじゃん?」

「うん、まあちょっと」

「じゃあさ。ころせんせー、雪村先生と仲良いけどさぁ? 付き合ってるのかな」

「う~ん……」

「一応違うんじゃないかな?」

 

 茅野が二人に口を挟む。少し訝しげな顔をしているが、カルマに促されて続ける。

 

「付き合ってたとしたら、もうちょっとお――、雪村先生も余裕あると思うし」

「そうかもね。でも、雪村先生が近くに居る時、せんせー色々と隙多くなるんだよね。あと、二人でよく一緒にお昼食べてるし、デレデレしたりしてるし、一人悶々と映画のチケット投げ捨てたり」

「ふぅん? ――嗚呼、ふふ」

「「?」」

 

 頭を傾げる二人に、カルマはいっそう良い笑顔を浮かべた。

 

「すっげぇくだらねぇこと考えた」

「……カルマ君、雪村先生に危害加えたら駄目だよ?」

「いや、多分大丈夫じゃないかな? やるつもりはないよ。

 ……ふふ、でも俺さぁ。嬉しいんだ」

 

 怒ったような茅野の視線を気にせず、微笑みながらカルマは進む。

 ICカードで駅に入り、渚たちを向いて言った。

 

「――ちゃんとした先生を、俺の手で殺せるなんてさ、ふふ……」

 

 前の先生は、自分で勝手に死んじゃったから。

 

 言葉を失う渚たちに背を向け、手を振って彼は立ち去る。

 その直前の目は――筆舌に尽くしがたいほどの、深く黒い感情が見え隠れしていた。 

  

 

 

   ※

  

 

 

「やれやれ、相変わらず手ごわい生徒だ。お陰でこう、先生としての威厳とか台無しじゃないですか」

 あぐりさんにも、こってり絞られてしまいましたし。

 

 とある集合住宅にて、吉良八湖録はそう言いながらお茶を入れていた。自分で入れた熱々の緑茶を、めっぽうふーふー言いながら様して、ちびりこびり飲む。

 

 スーツ姿の彼は、アカデミックドレスを開きながら、多数確認できる内ポケットに、色々とモノを入れ始めた。例のタコマスコット系のアイテム各種。ペンや包丁、バット、くぎ抜き、消しゴム、縫いぐるみから果てはBB弾銃まで。

 謎のバリエーションである。

 

 それ以外では、部屋は閑散としている。学校で使う教科書やファイルなどは存在しているものの、これといって彼個人を強く認識させる類のものはない。

 

「100%マニュアル対応で何とかなると思うほど甘くは見ていませんでしたが、しかし警戒度はちょっと上げた方が良いでしょうか。さて、どうしましょうかねぇ」

 

 しかし口で言うほど、彼は、ころせんせーは苦労していないように見える。

 にこにこと微笑むその様は、手の掛かる子供を見つめるような眼差しをしていた。

 

 と、そんな時にチャイムが鳴る。

 

「ニュル? はい、少々お待ちを……って、あぐりさん?」

「こんばんわ、湖録さん。これお土産、カルマ君についての情報」

「おお、ありがとうございます」

 

 A4サイズのファイルを手渡す彼女。

 ふふっと微笑みながら、ビニール袋を片手に持ち、ボストンバッグをぶら下げる雪村あぐり。格好は、昼間に来ていたものの能面バージョンだった。もっとも私用ということもあってか、ボタンは第二まで外されたラフな格好である。

 おじゃましますと言う彼女を中へ導きながら、ころせんせーは不思議そうな顔をする。

 

「わお、相変わらず私物少ないですね。……でも、”タコせんせー”人形は相変わらずと」

「まあアイデンティティみたいなものですし。それで、如何しましたか?」

「あれ、今日六時間目中に『伝え』ませんでしたっけ。家の近所で夜間工事が入っちゃって、ちょっと五月蝿くって……」

「ああ。でしたら、近くにあるシティホテルでも紹介し――」

「せっかくなので遊びに来ました、ということで一つ。徒歩で行き来できる距離ですし」

「……わかりました。冷蔵庫は、ある程度は自由にしてもらって結構ですよ」

 

 洗面所で手を洗い、にこりと微笑みながら、吉良八の家の台所へと足を運ぶあぐり。ビニール袋から色々と野菜を取り出し、冷蔵庫を確認。そして吊るしてあった”タコせんせー”エプロン(要するに殺せんせーの顔が書かれた黄色エプロン)を装着し、じゃきーん、と謎ポーズをとってから調理開始。

 

 慣れた手つきで野菜を洗い、皮を剥くあぐり。

 吉良八は、服を片付けたり資料を整理しながら、そんな背中を眺める。

 

「大丈夫ですか? 『死神』さん」

「……何がでしょうか?」

 

 彼に背を向けたまま、あぐりは気遣うような事を言う。気のせいだったらごめんなさいですけど、と前置きをして、

 

「なんだかいつもより、少し疲れていたように見えたので」

「……まあ、あぐりさんのせいでもありますが」

「そ、それを除いた上でですよ。カルマ君のことです」

 

 そうですねぇ、と死神は顎を撫ぜる。

 

「『完璧な殺し屋』をしていた頃の私ならいざ知らず、今の私の場合は、少し気を抜くだけで、あっという間にゲームオーバーさせられてしまいますからねぇ。それこそ『プロト律さん』でも装備していれば、また違うのでしょうが。緊張状態を維持しなければ、ですから多少なりとも、大変ですね」

「えっと、びびってるってことですか?」

「びびってないです」

 

 死神、見栄を張る。

 鍋に蓋をして、死神の方へ向かうあぐり。

 

「んん……、何か私にできる事はありますか?」

 

 不安そうに覗き込む彼女に、ソファに座りテレビをつけながら彼は言った。

 

「そうですねぇ……。現状は、そちらからの情報も踏まえて、カルマ君の性格自体は想定通りではあるのですが、だからこそ多少、気がかりな部分もあります。後はちょっと明日、カルマ君にかかりきりになると思いますので、その際のフォローをお願いします」

「わかりました」

 

 と。あぐりは、ふと彼の隣に腰を下ろして、近寄る。

 二人の距離はゼロを切り、死神の右腕の内に入り込む形になる。

 

「……あぐりさん、どうしましたか?」

「んん……、何となく」

「そうですか。ヌルフフ、今日は肉じゃがですか?」

「はい。ちゃんと甘めに煮ますよ?」

 

 彼の右肩に自分の頭を寄せるあぐり。死神はしばらく左頬を搔いて困った顔をしていた。

 だがしかし、何かを思い着いたように彼女の体を見ながら、真面目な顔でほっぺをつつく。

 

「……その、座ったままで良いので、出来れば腕を寄せて上げてもらえませんか?」

「? えっと……」

 

 困惑するあぐりだったが、色々と今の体勢と見比べて、彼が何を意図しているのか閃いた。

 自分の胸元をかくしつつ、赤くなりながら抗議。

 

「――ッ! す、少しは反省してくださいッ」

「済みません、性分なもので」

「それ冗談じゃなくて、本気で言ってますよね?」

「当たり前ですよ、『貴女のせい』なんですから。ヌルフフフ」

 

 彼のその口調に反した爽やかな笑顔に、嘘偽りは一つもなかった。

 

 

 

   ※

 

 

――ガラガラガラ

 

「おはようございます」

 

 朝の3-Eに、いつも通りのアカデミックコーデで現れるころせんせー。

 ただしクラス一同、みな下を向いたまま。

 

「んん? どうしましたか皆さ――」

 

 そして、ころせんせーは固まる。

 教卓の上には、以前から何度も配っている「タコせんせー」の縫いぐるみが、これでもかとナイフで滅多刺しにされていたからだ。

 

「せめてメーカーロゴのスノー印くらい残しておけば良いものを……」

 

 笑顔のまま固まるころせんせーに、あ、ごめーんと白々しい声がかけられた。

 

「机の上にあったの、邪魔だったから片付けといたわ。後で捨てるから、どっか置いといてー」

「……はぁ。いらないと言うのなら、まず自分で処分なさい。あるいはせんせーに返すか」

 

 ため息を付くころせんせー。今まで生徒たちにしつこいくらい配ってきていた、タコせんせーグッズ。無論停学中のカルマの机にもあったのだが、しかし、まさここまで露骨にやられるとは。

 

 雑多になったゴミを袋に詰めながら、ころせんせーはカルマに歩み寄る。

 

(――来なよ、先生。じわじわ殺していってやるからさ♪)

 

 微笑むカルマ。心の内には鉄ナイフ。

 向ける敵意はどこか陰湿で――どこか寂しいものだ。

 

(本質を見通す頭の良さと。どんなものでも使いこなす器用さ。そして、思い切りを実行する行動力)

(それら全てを、他者とぶつかり合うために使っている)

 

 カルマを見ながら、渚は考察する。考えながらメモに記述し、その手際について考える。

 

 と、歩み寄るころせんせーの足が止まる。

 

「ヌルフフフ、見せてあげましょうカルマ君。先生は、暗殺者を決して無事では返さない――」

 

 アカデミックドレスに手を突っ込み、目を光らせにやりと笑うころせんせー。

 驚いて、カルマは口を半開きにする。

 その先生の姿は、どこか普段は感じられない凄みを放っており――。

 

 素早く取り出した黄色い”タコせんせーお弁当箱”を即座に展開し、中にあったお米やら肉じゃがやらを彼の口に詰めし込む。

 

「――ッ! ケホ、何、何!」

「その顔色ではロクに朝食もとっていないでしょう。せっかくですから、せんせーの『第二』お弁当をおすそ分けです」

(((((第二!? 二食同時に食べるの!!?)))))

「きちんと食べれば、健康優良児に近づけますねぇ」

 

 生徒たちの内心の突っ込みはともかく。ころせんせーの突然の行動に、カルマは口を押さえながら反抗的な目を向けた。

 

「カルマ君。先生はね、錆びてしまった心の刃を、手入れするのです」

 

 今日一日、本気でかかってくると良い。 

 そのたびに私は君を手入れする。

 

「放課後までに、君の心と体をピカピカにしてあげましょう」

 

 浮かべている表情自体は、普段とそう大差ない。

 だがしかし、その言葉と身振り手ぶりとには、普段からは考えられもしない「本気」度合いが伺い知れた。

 

 カルマはそんな笑顔を向けられても――僅かに汗をかいてはいたが、不敵に笑い返した。

 

「……やれやれ、これじゃ寺坂じゃちびっちまうよなぁ」

「誰がちびるか! てめぇ喧嘩売ってんのかッ!!」

「こらこら、もう授業始めますよ? あ、カルマ君はお弁当、早く食べましょうねぇ」

 

 一度注意してから、ころせんせーは教卓へと向かう。

 なお、持ってきた残骸はカルマの机の脇にぶら下げてた模様。

 

(……あ、それでもお弁当は食べるんだ)

 

 カルマは壮絶に笑いながら、しかし弁当を撒き散らかすようなことはしなかった。

 

 

 

   ※

 

 

 

 そこから先の展開は、まさに一方的だった。

 無双状態と言っても過言ではない。

 

「カルマ君、銃を抜いてから射撃するまでが遅すぎます」

「カルマ君、家庭科なんですからエプロンはしないと」ちなみにタコせんせーエプロンである。ポケットの上に「雪村」と名前がマジックで書かれていた。

「カルマ君、せっかくですから一緒に食べましょうか。駄目ですよーきちんと噛む回数は多くしないと」

「カルマ君――」

「カルマ君――」

「カルマ君――」

 

 カルマにかかりきりの際は、あぐりに授業のメインを執らせ。

 吉良八自身は、何一つ気負わずカルマの手入れに入る。

 

(ころせんせーは、ちょいちょいドジだし弱点も多いし、慌てれば反応速度は人並みに落ちるけど)

(でも、どんなにカルマ君が不意打ちに長けていても――)

 

 たった今、教室を歩きながら教科書の解説をしている瞬間。

 カルマがナイフを抜こうとした一瞬で、額に「タコせんせー」人形が付きつけられる。

 

「赤ガエルはまたも失敗して戻ってきた。ヌルフフ、私はそろそろ退屈しはじめている」

 

 文章を読みながらも、昼休みの間に付いただろう寝癖を綺麗に整え始めるころせんせー。

 

(――ガチで警戒している先生相手じゃ、この「暗殺」は無理ゲーだ)

 

 渚は改めて、ころせんせーの凄まじさに戦慄する。

 放課後になっても、何一つカルマが先手をとれない。

 

 昨日の応対がまるで嘘のように、面白いようにころせんせーの掌の上だ。

 

 放課後後者裏にて、爪を噛みながらカルマは策を練る。

 場所は崖の上。渚がそんな彼を見つけて、声をかけた。

 

「カルマ君。焦らないでみんなと一緒にやってこうよ。あの人にマークされちゃったら、どうあっても一人じゃ倒せない。明らかに普通の先生とは違うんだから」

「……先生、ねぇ。嫌だよ。俺が()らなきゃ、意味ないんだ。

 変なところで死なれたら困る」

 

 ふっと微笑むカルマ。渚は、彼の言葉の意味を計りかねる。

 と、そんな二人にころせんせーとあぐりがやって来る。

 

「今日は沢山、先生に手入れされちゃいましたねぇ。まだまだ向かってきても良いですよ?」

「ちょっと、吉良八先生。もう少し言い方が――」

 

 にたにたいやらしく笑うころせんせー。完全に舐めきった顔に、あぐりも思わず注意を入れる。

 もっとぴかぴかに磨いてあげます、という彼に、カルマは立ち上がり、二人の前に立って笑った。

 

「確認したいんだけど、二人って『先生』だよね?」

「はい」

「?」

(……何だろう、この質問)

 

 わずかに嫌な予感を覚える渚。

 

「ころせんせーはさ、命をかけて生徒を守ってくれるヒト?」

「……もちろん。物理的に他の先生よりも無理は利きますし、大体のことでしたら」

 

 嘘偽りのないだろうその言葉を受けて、カルマは微笑んだ。

 

「よかった。なら、(ころ)せるよ――」

 

 あぐりの腕を引き、カルマは走る。

 そして銃を構えつつ、あぐりを崖から突き落した。

 

「――確実に」

「にゃッ!」

 

 驚いた声を上げたが――雪村あぐりは、カルマに寂しそうな目を向けていた。

 

 

「なっ!」

 

 渚も驚いて駆ける。しかし、間に合わない。

 既に吉良八が自分を追い越しているという事実に目を見開くも、しかしそれでも、飛び降りそのものを阻止することは不可能だ。

 

「さあ、選べ」

 

 そして言いながら、カルマも崖から飛び降りる。

 あぐりとは反対方向に、だ。

 

 渚は覚った。昨日行っていた「くだらないこと」の正体がこれだと。

 同時に、他のクラスメイトでは思い付いても決して実行しないだろうこと。

 

 なにせ雪村あぐりは、ころせんせーと同じかそれ以上に、3-Eに心を砕いている先生。

 あの寺坂たちでさえ、彼女を極端に邪険にすることはない。

 それなのに実行し得てしまったのは――(ひとえ)につながりが足りなかったからか。

 

 あるいは別な理由からか。

 

 

(さあ、どうするどうする? 「聞いていた」話が正しければ、このくらいじゃアンタは問題ないはずだ。

 このまま俺を助けるために落ちれば、銃撃を受けてジエンド。かといって見捨てれば、アンタの大事な人は救えるが教師としてジエンド!)

 

 落ち行くカルマの意識に、走馬灯のようなものが映る。

 

 かつて恩師だと思っていた担任。何かと問題を起す自分を引き受けてくれていた理解者。

 彼の言った通り、カルマは自分を信じて拳を振るった。自分を信じて――当時の3-Eの生徒を助けた。

 それが切欠で、トップだった生徒に手傷を負わせたとされ、掌を返される。

 

(ハハッ、やべぇな。本格的にこれは――)

 

 その瞬間、カルマの中でその恩師は死んだ。

 しゃべる糞袋は、例えどんな姿をしていたとしても只の糞袋。

 

 彼自身の背を押して、身を呈してくれた教師はどこにも居ない。

 剥がれ落ちた醜いガイコツが、いくら喋ったところで何もない。

 

(そいつに絶望したら、俺にとってそいつは死んだも同じだ)

 

 その場で暴れ、後は放置したカルマ。結局その後のことは、もうどうでも良くなっていた。

 停学だの何だの言ったところで、所詮もう、彼の尊敬した先生はいないのだ。

 

(――さあ、先生たち。これで「依頼」は完了だ。

 アンタは俺の手で「殺して」やるよ! さあ、どっちの死を選ぶ?)

 

 

「――烏間『先生』!」

 

 

 だがしかし、カルマが聞いたのは、未だ聞き覚えのない名前であった。

 

 そしてそう叫んだ後、ころせんせーはカルマ目掛けて飛びこむ。

 

(――へぇ? じゃあ)

 

 一瞬驚くが、落ちてくる彼に容赦なく射撃するカルマ。

 空中ゆえ何度か外れたが、何発かはころせんせーへ当る。顔面は腕でガードこそするが、その視線は全く揺るがずカルマを見据える。

 

(……何だよ、その目)

 

 吉良八湖録は、ただただ、じっと見つめる。

 崖を蹴った推進力で、カルマが落下するよりも早く彼へと向かう。

 

 彼の担任、ころせんせーは、何一つ軽蔑すらせずカルマをただただ見つめていた。

 

(――やめろよ、その目は)

 

 距離がどんどん狭まり、ついに手を伸ばせば届く距離へ。

 カルマの射撃もがんがん当たり、ついに銃の画面に「あと一発!」とさえ表示された。

 だというのに。

 

(――やめろってんだよ、そんな目!)

 

 ただただ慈しむように、ころせんせーはカルマを抱きしめる。

 そのまま背に銃を当てて一発引き金を引けば終わり。

 

 だというのに――不思議と、カルマの人差し指に力は入らなかった。

 

「カルマ君、ワンポイントレッスンです」

 

 ころせんせーはそのまま体を捻ると、空中で足を地面へ向けて、木を蹴り飛ばした!

 まるでアクション映画のヒーローの一シーンである。が、やっているのはリアル教師だ。

 

「――先生に見捨てるという選択肢はない。アレを御覧なさい?」

「? ――ッ! は!?」

 

 カルマをお姫様だっこして跳ぶころせんせー。向かう先はあぐりが落された場所だ。

 だがしかし、その先の地面には、ワイヤーと紐で張られたネットが木々の間に敷かれていた。

 

 そのほぼ中心点で、あぐりはスカートを押さえて周囲を見回している。

 

「これは、防衛省が『ある生物』を封じ込めるために開発した、特殊ワイヤーを応用したものです。

 見た目に反して多いに柔軟性のある物体で、なおかつちょっとだけネバネバします。あぐりさん、大丈夫です? 痛くありませんでしたか?」

「あの、ちょっと、お尻が……」

 

 ワイヤーの上に着地すると、ころせんせーはカルマを下ろして、あぐりの手を引き起こす。

 カルマの方を見て、苦笑いするころせんせー。

 

「いや焦りました。準備していたのと反対方向に飛びましたので」

「なん、で……」

「君の担任ですから。予測は付きますし、言ったでしょう? 先生は、先生たちは見捨てません」

 

 反射的に、カルマは銃を構える。

 しかし、ころせんせーは微笑んだまま。

 

 ただただ、カルマのことをじっと見つめる。

 

「――私はね、生徒(きみたち)の手を、掴んだ手を『二度と』離さないと決めてるんです。

 流石に今回のようなことが何度もあると、先生も辛うじて人間なので身が持ちませんが……。

 それでも、信じて飛び降りてもらえると、嬉しいですね」

 

 カルマはその表情を見て、今度こそ、顔から緊張が抜けた。

 茫然とする彼に手を貸し、立ち上がらせ、ころせんせーは抱きしめる。

 

「……あは。こりゃ駄目だわ」

 ――少なくとも、先生としては殺せないし、死にゃしない。

「依頼なんか、果たせそうにないや」

 

 あぐりが見守る中、カルマはそっと、弱弱しく吉良八に抱擁を返した。

 

 

 

   ※

 

 

 

「カルマ君、平然と無茶したね……」

「むむむ……」

 

 崖の上に戻ると、渚と茅野がいた。渚は困ったように微笑み、茅野は明らかにカルマに敵意を向けている(可愛らしいものではあるが)。

 

「別にぃ? 今のが考えてた範囲じゃ、一番殺せると思ってたんだけど」

「じゃあ、何でそのことにおね――雪村先生を巻き込んでるのさ!」

「か、茅野?」

 

 ド怒りの茅野。そんな彼女を、あぐりは「まあまあ」となだめる。

 

「おやぁ? もうネタ切れですか。報復用の手入れ道具はまだまだ沢山ありますよ?」

 

 じゃきーん、と言わんばかりに袖からいくつかの道具を取り出すころせんせーに、一瞬面倒そうな顔をするカルマ。と、そんな彼等の背後から、見慣れぬ男性が現れた。

 

「止めておけ吉良八。いくら予想していたとは言え、本来なら問題行動だぞ。赤羽もお前も。なにより、お前はともかく彼女に負担をかける必要はないだろう」

 

 長身で、がっしりした体格の男性だ。黒服を身にまとい、きびきびとした出で立ちは生真面目さを感じる。

 見るからに堅物、という印象を抱かせる彼に、渚たちは「誰?」という顔をした。

 

「俺は、防――」

 

 ス、ところせんせーが手で彼の言葉を制する。そのまま足で『規則的な地団駄』を踏みながら、ころせんせーは続けた。

 

「彼は、烏間惟臣(からすま ただおみ)さん。先生の友人で、今後おそらく近日中に配属される、皆さんの体育の先生です。

 本日は、ワイヤーネット張ったり動かしたりするのを手伝ってもらいました」

「知人だ、知人」

「体育の……? 何で」

「……俺は、元々特殊部隊での戦闘経験がある。この男が提案したゲームで、何かと役立てることも教えられるだろう」

(((ころせんせー、やっぱ何者!?)))

 

 生徒たちが聞きたいだろう事は華麗にスルーして、烏間先生に頭を下げるころせんせー。

 本日は本当に助かりました、と丁寧に言った次の瞬間のヌルフフフに、烏間の眉がぴくぴく動く。

 筆舌に尽くしがたい情動があることは、一目で充分理解できた。

 

「ところでカルマ君」

 

 ころせんせーは、立ち去る前に、彼にひそひそ話。カルマもカルマで「やっぱり知り合いだったんだ」と応対する。

 渚はよくわからないまでも、その光景をメモした。

 

「ヌルフ、やはり『あっち』もあっちで動いて居ましたか。さて、どうしたものでしょうか……」

 

 ころせんせーの独り言に、あぐりも彼と似た様な難しい顔を浮かべた。

 

「……まあ、後で考えましょう。では、みなさん今日は帰りますか」

「あ、先生一つ聞いていい? どうしてさっき、雪村先生のところで逃げなかったの? あのまま俺に撃たれると思わなかったの?」

「ニュル?」

 

 ころせんせーは、これには得意げに微笑んで答えた。

 

「言ったでしょう、先生は君を見捨てないと。それから――残弾くらいは確認しておきなさい?」

 

 ヌルフフフ、と微笑みながら、ころせんせーはあぐりの背を押して立ち去る。

 言われて、カルマは自分の銃の底を確認。

 

 BB弾は、もうゼロだった。

 

「まさか撃たれながら数えてたのかよ。ははは……。こりゃ、マジで倒し(やり)甲斐ありそうだ」

(暗殺に行った殺し屋は、ターゲットにぴかぴかにされてしまう)

 

 先ほどまでとは違う色の笑みを浮かべるカルマに、渚は思う。

 

(それが――僕等の、『暗殺教室』)

 

 そんなことを考えつつ、渚は今にもカルマに飛びかからんとする茅野を押さえるのが、精一杯だった。

 

 

 




というわけで、カルマの時間でした。
二周目ゆえせんせーも一周目の手抜かりはないと考えたのですが、それでも所々綻びは見つけられるだろうという感じで。

あとあぐりを巻きこんだのは、それだけ自分の方には跳ばないだろうと考えていたからです。そして、彼が言う「依頼」とは、果たして・・・

さて次回までに茅野の機嫌は直っているのか? こうご期待です。

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