死神教室≒暗殺教室   作:黒兎可

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※ちょっとキャラ崩壊注意


第29話:見ている先の時間

 

 

 

 

 

 

『――イトナ、触手の調整はどうだい?』

「どうもしない。順調だ。Be cool、Be cool、常に冷静にさ」

 

 古いビルの廃墟。薄暗闇の向こうで、そんなやり取りが聞こえてくる。

 一歩一歩と歩く彼は、壊れた窓の向こう側、月光に照らされて顔が見える。

 

 小さい身長、白いマフラー。青と黒のハードなライダーズジャケットを纏い、下は上裸という妙な出で立ち。手首には何やら独特な形状のブレスレットを装着しており、受ける印象は不良とも言いがたい。

 

 彼の名は、堀部イトナ。

 

 椚ヶ丘中学3-Eの転校生で、一応、暗殺教室の生徒の一人だ。

 

 彼は手をぱーに開き、顔の前にかざし、反対側の手を体に沿わせつつ腰にやり、腰から足を捻った立ち姿。どことなく人体構造の限界に挑戦しているかのような気配すらあるが、ともかく。

 

 イトナはインカムで会話しつつ、自身は一歩も動いていない。

 だというのに何故移動しているのかと言えば、彼の頭頂部から生えた触手が理由に違いない。

 

 三本の触手のうち、二本が彼の足元で、まるで本物の足のように一歩一歩動いており。

 

 なおかつ、もう一つの触手は、箸で豆腐を持っていた。絹である。ぷるぷる震えているあたり、彼の緊張度合いが伺えた。

 

「で、まだ俺は『ころせんせー』に挑戦できないのか?」

『――そろそろ一度試してみようかと思うが……、失敗したら失敗したで泣き喚いて、制御装置のお世話になるというのに。自分でいけそうかどうかの判断はつかないかい?』

「うるさい」

『まあ、今日の訓練も切り上げだ。期末テストも近いから、勉強ももっと気合を入れてやるぞ』

 

 通信が切れたのと同時に、ばちゃ、と半分に切れた豆腐がイトナの足元に落ちる。

 

「……帰りたくない」

 

 そうは言いながらも、イトナは残った上半分の豆腐を口に運び、嫌そうにため息を付きながら廃墟を出ていった。なお、触手とポージングはそのままに。

 

 

 

   ※

  

 

 

「んだと? 成績上がって良かっただぁ?

 村松テメェ、もういっぺん言ってみろ!」

「い、いや、この前受けた全国模試が過去最高順位でよ……。

 これというのも、『放課後ヌルヌル補修・模試直前対策版』の……」

「てめぇ! あのヌルヌルまた受けたのか!? 三人でバックレよーって言ったべ!!?」

「で、でもヌルヌルするのとしないのとじゃ大違いでよ。せっかくだから寺坂も――」

「ヌルヌルうるせー! 大体何がヌルヌルなんだッ!?」

「俺も知らねぇよ!!」

 

 3-E校舎裏の森で、叫ぶ声は寺坂竜馬と村松拓哉のもの。片方は激昂しもう片方は身を引いているが、しかしそれでもヌルヌルというフレーズには、コメディのごとく過剰反応している。

 

 そんな松村をドンと突き飛ばし、寺坂は毒づく。

 

「成績欲しさに日和やがって。裏切り者の昭和ラーメンが!!」

「昭和ラーメンは親父の方だぞオイ!」

 

 苛立ちを募らせながら歩く寺坂。全身から棘のように感情を訴えているようにも見える。

 

(……気にくわねぇ)

 

「ガチかよ、ころせんせー!」

「……あん?」

 

 そしてまた、聞き覚えのある声がした方の教室の戸を開ければ。そこには彼の苛立ちの原因たる男性教師が、木彫りで出来たバイクに跨っていた。服はライダージャケットにヘルメットと、乗っているものにそぐうものであったが、背中にはタコせんせーの顔と「YUKIMURA」と印字されていた。

 

 そんな姿に、吉田大成は絶叫する。

 

「まるでモノホンじゃん! S○000RR!」

「ヌルフフフ。ストリートからレースまで幅広くカバーしている機種です」

 

「な、何してんだ吉田……?」

 

 頬が痙攣したようにぴくぴくと笑う寺坂に、「あヤッベ」と言わんばかりの表情を浮かべる吉田。

 

「この間、ころせんせーとバイクの話で盛り上がっちまってよぉ」

「先生は大人の男。この手の趣味も一通り齧ってますからねぇ。

 吉田君もマシンの趣味についてはマイノリティでしたし、そりゃ盛り上がりますよ」

 

 マシンについての話やら何やら目の前で繰り広げる二人に、教室が湧く。いつものようにヌルヌルとギャグキャラチックな挙動を示す教師は、ヘルメットを外せば二枚目、実態は三枚目。3-E担任、吉良八湖録だ。

 

 そして寺坂はと言えば、クラスの空気に溶け込んでいるような吉田を見て。そしてその状況に入り込めていない自分を見て、思わずバイクを蹴り飛ばした。

 

 にゅやあああああ! と絶叫して、露骨に落ち込むころせんせー。

 その行為に対してブーイングがクラス中から上がる。

 

「何てことすんだよ寺坂!」

「謝ってやんなよ!」

「癇癪なんてちびっこかッ」

「大人な上に漢の中の漢のころせんせー泣いてるじゃん!」

 

 ただし、割と軽めなところが彼等の担任のキャラクターを表していた。

 寺坂も中途半端な攻め方なものだから、ブチ切れるところまでは行かずうざったそうな表情である。

 

 自分の机に向かう寺坂。その中から取り出した缶を構える。

 

「テメーら小ハエみたいにうるせーなぁ。ならいっそ、駆除してやんよ!」

 

 そして思いっきり地面に叩きつけようと振り被ったのを、背後からがしっと、小さめな手に似合わない握力と腕力で誰かが押さえた。

 

「寺坂君、流石にこれは危ないわよ。場合によっては喉とか目もやられちゃうし」

「あぁ? ……チッ」

 

 大層やり辛そうに視線を逸らす寺坂。

 彼の手を掴んだのは、副担任の雪村あぐりだ。デフォルメされたドクロのような、ゆるキャラのような服に「ぺいる☆らいだぁ」とポップな丸文字で印字してあり、見ているだけで色々と調子が乱されそうだ。

 

 それでも振り払って地面に叩きつけようと投げたそれを、いつも通りのアカデミックドレスを着用したころせんせーが、黄色いロープ状のものを使ってキャッチ!

 さながらカウボーイか何かであるが、それを見てますます彼は表情を顰めた。

 

「寺坂君。ヤンチャをするにも限度がありますからね、雪村先生も今言いましたが――」

「来んじゃねーよバケモノ教師」

 

 そして近寄ってきたころせんせーに訓練用ナイフを向ける。そして周囲を見回し、苛立ちながら言った。

 

「気持ちわりーんだよ、テメーも、どいつもこいつも良いように仲良しごっこで踊らされて! 何が暗殺教室だ」

 

 ころせんせーは苦笑いで表情が固まり、周囲の生徒たちは少しカチンと来たような、困惑しているような。

 

 何がそんなに気に入らないのかねぇ、とせせら笑うのは彼に並ぶ(ある意味)問題児、赤羽 (カルマ)である。

 

「気に入らないなら、やる日にとっとと倒せばいいじゃん。ルールあるけど、せっかくそれが許可されてる教室なのに」

「……上等だよ。大体カルマ、テメーは最初から――ッ」

 

 薄く微笑みながら、カルマは寺坂の顔面を軽く掴む。そのまま自分の顔を近づけ、目と目を合わせ。

 

「――駄目だよ寺坂。

 ケンカすんなら、口より先に手、出さなきゃ」

 

 光の灯っていないその目を見て、寺坂は一瞬目を見開き、くだらねぇと彼の手を振り払った。

 

 退室していく彼を見て、教室はやはり嫌な空気が漂う。

 

「何なんだアイツ……」

「もっと平和にやれないもんかな?」

 

「……」

 

 前原や磯貝の台詞を聞きつつ、渚はその背中を何とも言えない表情で見つめる。つんけんとしたその態度に、どこか思うところがあるのかどうか。

 

 そしてころせんせーはといえば、殺虫スプレーの蓋を少し開け、手で臭いを嗅ぐ。

 

「(今回も準備してきてるみたいですねぇ……。しかし、さてどう手を加えたものか)」

「どうしました? 吉良八先生」

 

 あぐりの質問に、「いえいえ」と彼は微笑んで返す。

 

「少し考え事をしているのと、あと、水着が無駄にならなくて済みそうだと思っただけです」

「あぁ~ ……」

「「「「「?」」」」」

 

 ころせんせーの言葉に、あぐり以外生徒達は皆頭を傾げた。

 

 

 

   ※

  

 

 

 

3-E(このクラス)は、大したクラスだ)

(成績最下位の掃き溜め、最下層と言われながらこの間の中間テストじゃ、妨害にも負けず平均点を上回り)

(球技大会じゃ、相手の思いもしない方法で勝っちまった)

(環境だって、主に教師の手入れで向上してる。校庭のグラウンドをはじめ、最近じゃこのプールまで)

 

(だから――大したクラスだから、居心地が、悪い)

 

 夜。山の上、水辺にて寺坂は携行缶から何かの液体をドバドバと注いでいた。

 

(正直、来年地球が滅ぶとか言うホラや、一年間自習だとか、そのための自分磨きだとか脱落ちこぼれだとか、そんなもんどーでも良い)

(その日その日、楽に楽しく生きて生きたいだけだ)

 

「テキトーが一番なんだよ、ったく――」

「――や、ご苦労様。はい、報酬の十万円」

 

 ぱちぱちと拍手しながら現れた男。寺坂の振り返った先は、白装束に白頭巾を被った男性だ。表情は見えず、飄々としていながら、しかしどこか声音は疲れた響があった。

 そして、札束を手渡した彼の反対側の手には、コンビニ6sixのビニール袋が握られていた。

 

「……こんな金持ってんのに、何でコンビニだ?」

「大人も色々大変なのさ。まあ、お財布事情の問題だよ。

 全く……、君に払う分がまだマシだと言えるが、総合すると気軽にコンビニ弁当さえ買えないんだよ。だが、今日はほんの少し豪勢なんだ。見るかい?」

 

 今日の夕食だと言いながら、ビニール袋の中には野菜ジュースの紙パックと、ネギトロ、筋子のおにぎりが入っていた。全部合わせても四百円は行ってないだろうが、これでも彼、シロの現在の財政状況からすれば、必要経費を引いた上では贅沢な夕食だった。

 

 事情は知らないが、ものすごく暗いオーラを放ちながら笑うシロに、寺坂も「お、おう」となる。

 

「しかし何にせよ、彼、吉良八湖録は鼻が利く。外部者が動けばすぐ察知されてしまうことだろう。

 だから寺坂君。内部の人間である君を頼ったのさ」

 

 ――我等のイトナが、最も活動しやすい環境を整えるためにね。

 

 ちらりと振り返るシロと、その視線の先を見る寺坂。

 

「……ん、こんにゃく粉でも入っているのか」

 

 そこには月光を背に、木の上で、触手一本で立ちながら座禅を組むイトナの姿があった。残りの二本はそれぞれ器とプラスチックのスプーンを使い、目を閉じたままの彼に器用にプリンを運んでいる。

 

「……何やってんだアイツは」

「……い、一応修行の一環だよ」

 

 コンビニで買ったろうプリンを食べながら味を評価する少年を見つつ、寺坂は内心で冷や汗。

 

(堀部イトナ。あのバケモノを今まで一番追い詰めた改造人間……)

 

 プリンを食べ終わると、彼は高々にケースとスプーンを放り投げた。あまりの速度ゆえ、先が見えない。

 そして、シュタッと言わんばかりに格好をつけて着地し、足と腰とを捻り両腕を絡ませて立ち上がった。

 

「何か変わったか? 服とか、目とか髪型とか」

「大した違いじゃない。俺はいつでも英雄だ。Hero is cool, so I'm cool」

「おい性格まで変わってなねーか?」

 

 寺坂の疑問に、シロは肩をすくめながら答えた。

 

「その通りと言えばその通りさ。正確には、戦闘スタイルを変えたというところだね。

 見た通り、触手の形質はそのままイトナにも影響を与える。例えるなら前回がボルケーノだとするなら、今回はハイドロタイプといったところかな」

「ハイドロ……?」

「水だ。つまり、今の俺は最高にcoolってことだ」

 

 不破でもいれば、キャラ崩壊というレベルでないとツッコミを入れるくらいに変貌しているイトナだ。よく見ればベルトのバックルのデザインも何か違う気がしないでもない。

 

 もっとも、それでも「英雄」だの「ヒーロー」だの言う点に変わりはないようだが。

 

「……寺坂君。私は君の気持ち、わからないでもない。

 今の環境に苛立つばかりに、冷静さを失い孤立を深めた」

 

 だが安心すると良い、とシロは声で笑う。

 

「私の作戦通りに動いてくれれば、すぐにでもまた馴染んだ環境に戻せることだろう。

 ついでにお小遣いももらえるんだから、悪い話じゃない」

「……だな」

「良いかい? クラスで浮きかけている君だから、多少の変な動きも違和感が生まれ難い。

 我々の計画通りに動くのに、君が適任なんだ――」

 

 我々は今、君の助けを必要としている。

 シロの言葉と、手元の十万円を見て、思わずほくそ笑む寺坂。

 

 シロが立ち去った後も、しばらくその表情のまま動かず。

 

「何を安心したような顔をしてるんだ。coolじゃない」

 

 そんなことをイトナに言われた。

 

「な? 何だよ」

「お前が、どうして赤羽カルマより弱いかわかるか?」

 

 ずい、と目を見開いて、彼は接近してくる。頭上の触手が組体操でもするように、三角形だの三角垂だの色々変形したりしてるがさておき。真顔で間近に見つめる彼に、寺坂はらしくもなく威圧された。

 

「余裕のある体格、馬力が違う。なのに気圧されるのは――お前にビジョンがないからだ」

「び、ビジョンだぁ?」

「そうだ。何をしたいか、何をやりたいか。指針となる芯がないから、自堕落にぶれる。粋がって強く見せたところで、結局何をもって生きているか、美学もないからすぐに自分を見失う」

 

 オーバーに肩をすくめる彼は、改めて寺坂に言う。

 

「本当にいいのか? お前は」

「……どういう意味だ」

「さあ、な。だが、何も考えずわざわざ自分から汚れに来る考え方が、俺にはわからないというだけだ。

 ナンセンス。俺は違う。ヒーローは泥を被るなら、それ相応の覚悟が必要だ」

 

 見つめる視線は、ぼうっとしているようで、しかし酷く血走った、何かを押さえつけている目。

 

 お前とは違う、と言いながらイトナは手をぱっと開く。

 カン、と猛烈な勢いで落ちてきたのは、先ほど投げたプリンのケースとスプーンだ。

 

 それらを持ちながら、イトナは触手を使い、音速でその場を立ち去る。

 

「……俺は、要らないんだよ。んなモン」

 

 毒づきながら、寺坂はもう一度プールの方を見た。

 水面に映る表情は、どこか覇気がなかった。

 

 

 

 

 

   ※

  

 

 

 

 

「ぬ、ぬ……ぬるッション!?」

(((((それくしゃみ!?)))))

 

 翌日の昼休み。3-Eの教室にて、ころせんせーはくしゃみを連発していた。教卓に置かれた菓子パンに手を付ける暇がないくらいには、今朝からずっとこんな調子である。

 

 手前の席で、イリーナが嫌そうな顔を向ける。

 

「何よ風邪? 近づくんじゃないわよアンタ」

「ビッチせんせー、風邪当り強い~」

「て、手で一応押さえているのでご勘弁を……」

「はい、吉良八先生」

 

 あぐりがさっとティッシュを数枚取り出して、ころせんせーの顔面へ。ちーん、と音が鳴るのを、生徒たちがぎょっとした目で見ていた。

 

「……あぐり、アンタらもう隠すつもりないでしょ」

「へ? な、何のことかしら」

「それはそうと雪村先生、ころせんせー甘やかしすぎじゃない?」

「っていうか、ころせんせーどーしたの?」

「ヌルフフフ……。どうも昨日から調子がおかしくて。心当たりはあるのですが、微量でも人体では回ってしまうのでしょうかねぇ」

「「「「「?」」」」」

 

 と、そんな会話をしているうちに、教室の後ろの扉が開かれ、寺坂が入ってきた。

 途端、跳び上がりころせんせーが向かう。

 

「お゛お゛寺゛坂゛君゛!!

 今日は登校しないかと心配しげほごほぬるクションッ! ぬるションッ!」

「きったね!」

 

 やさぐれて元気のない表情で教室に入ってきた寺坂だったが、流石にころせんせーのくしゃみを直接ふきかけられては絶叫も仕方なしか。クラス中からも、これには同情の視線が来る。

 

 あぐりがさっと取り出したティッシュを乱暴に奪い、顔を拭く寺坂。

 

(昨日のスプレー缶は、コイツ専用のスギ花粉みたいなものだと、あの白装束ヤローは言っていた)

(爆発はしなかったが、この様子じゃ臭いを嗅いだりはしたみたいだな)

 

 寺坂は、シロとの打ち合わせを思い出す。

 計画の実施は今日。スプレーの効果があり、嗅覚が落ちているこのタイミングでこそ。

 

 寺坂は、ころせんせーに指を突きつけて言う。

 

 

「おいバケモノ。

 いい加減、うんざりだ。そろそろマジでぶっ潰す」

「ヌル?」

 

 疑問符を浮かべるころせんせーに、寺坂はにやりと笑う。

 

「てめーらも全員手伝え! 場所はプールだ。放課後、準備してくる。

 逃げんじゃねぇぞ、タコ」

 

 ころせんせーに最後に眼を飛ばして、寺坂はそそくさと教室を後にした。

 

 教室は、寺坂の言葉に少し反応に困っていた。

 

「……あいつ、中々協力して来なかったのに、いきなり命令口調で言われてもなぁ」

「どういう風の吹き回しか……。誰かの手の平で踊らされてるんじゃないかしら」

 

 さり気に狭間がボソッとつぶやいたのが真実ではあったが、ともかく。しかしそれでも、クラスの話の中で、寺坂グループ二人が、顔を見合わせた。

 

「珍しいっちゃ珍しいけど、なぁ」「まあ最近、あんま積極的に構ってなかったしなぁ」

「子供らしく素直じゃなく歩み寄ったと解釈できなくもないけど、普段の行いが出るものよねぇ。自己責任かしら、くわばらくわばら」

(((((だから解釈が黒い!)))))

 

 寺坂グループ、狭間がきちんとオチを担当していた。まあ、オチと同時に堕ちて帰ってこれなくなりそうな闇が放たれていなくもないが。

 

 だが、なんだかんだで話していると。

 

「まあ、テストの時一回協力してたし」「今回くらいかなぁ、まあ……」

 

 そういう声もなくはない。狭間風に言えば、日ごろの行いか。

 ちなみにころせんせーはと言えば、くしゃみを連発しながら各座席の島に、「一緒にいきましょーよークシュンッ!」と頭を下げて回っている。

 

 そして、そんな中で。

 

「……あれ、渚?」

「ちょっと、行ってくる」

 

 さっと席を立つ渚。周囲に軽く手を振りながら、校舎裏へ向かった寺坂に話を言いに行った。

 

「寺坂君!」

「あぁ?」

 

 声をかければ、案の定嫌そうな顔で振り向く。

 しかし渚は、気圧されることもなく普通に話を続けた。

 

「ンだよ渚か。何だ?」

「本気で倒せるつもりなの? ころせんせー。

 やるつもりなら、皆に具体的な計画は話しておかないと。一回しくじったら二度目はないし」

 

 寺坂は渚を見つつ、襟首を掴んで引いた。

 

「うっせぇよ、弱くて群れてる奴等ばっかが、本気で倒す計画立ててる訳でもないくせによ」

 

 言葉は、どこか焦りを含んだような声音で。

 

「――俺はテメェらとは違うんだ」

「――違わないよ」

 

 睨む寺坂に対して、不思議と、渚は真っ直ぐ見つめ返した。

 

 じっと、数秒の間二人の視線が交差する。

 何の気負いもない渚のその目に、寺坂は、しかしどうしてか一歩後ずさり。

 

「……クソが」

 

 渚の襟から手を離して、忌々しいとばかりに猫背で歩いていく。

 

(……寺坂君は、今回の作戦に自信があるようで)

(でも「自分」には、自信がないように見えて……)

 

(しゃべる言葉もイライラした態度もどこか借り物のように見えて、そのちぐはぐさに胸騒ぎがした)

 

 

   

 

 

 

「よし、そうだ! んな感じでプール全体に散らばっとけ!」

 

「偉そうに……」

「今回だけだぞ、全く」

 

 なんだかんだで協力するE組の面々を前に、寺坂は不思議と上機嫌だった。生徒側の困惑というか、微妙な空気もなんのその。いや、そんなものないと考えているような振る舞いは、いくらかの悪感情を抱かせるものであった。

 

 が、それでも余裕綽々にメガネのつるをぐいっと上げる竹林考太郎。

 

「疑問だねぇ僕は。君に他人を泳がせる器量なんてあ――」

「るせー、とっとと入れ竹林!」

「フヒィ!?」

 

 器量(物理)、とボソっとつぶやく不破はともかく、腕力で従わせようとする姿勢はまさにガキ大将だ。

 

「すっかり暴君戻ってるぜ、寺坂のヤツ」

「あれじゃ一、二年の時と同じだ」

 

 学年全体からして、確かに寺坂のようなタイプは浮いている。カルマでさえ問題児ではあるが、勉強は出来るし普通の素行も出来なくはない(滅多にしないし同時に何か企んでたりするが)。

 だが彼の場合は、根っからこういう気質なのか矯正したり、場に合わせるつもりもさらさらないようだった。

 

 そんなクラスの様子に、教師二名が遅ればせながら声をかけた。

 

「あんまり無茶しちゃ駄目よ寺坂君、もし水中で攣ったりしたら、危ないから」

「ヌルフフフ。しかしなるほど、水中に落して刺させるつもりですか。しかしどうやって落しますか? 今朝確認したところによると、爆発物とかそういうのもなさそうでしたし」

 

 あぐりところせんせーだ。前回はスウェットスーツだったが、今回は競泳水着にパーカー姿のあぐり。頭には麦藁帽子の彼女と、格好を欠片も変更するつもりのない夏仕様なころせんせー。

 

 手に持つピストルを見ながら、その程度ではどうしようもないですよと言うころせんせーに、寺坂は突きつける。

 

「……覚悟はできたか、『ころせんせー』」

「そんなもの、十年近く前に終わらせて来てます」

 

(十年?)

 

 頭を傾げる渚だが、その部分は両者の会話で追及はされない。

 

「君がどう思っているかは別にして、私にとって君は大事な生徒の一人です。

 悩む事、辛い事があるなら、後でで良いので聞かせてもらえませんかね?」

 

 穏やかに微笑む様からは、茶化している時のそれさえ感じない、聖者のような微笑だ。

 ずっとこの顔だったら良いのにとは、3-Eの女子の概ね総意である(※あぐり除く)。

 

 それに対して寺坂は、苦々しい表情でこう返す。 

 

「俺はずっとテメーが嫌いなんだよ。とっとと消えるか、俺たちの前から居なくなってくれれば良かったって思ってるくらいだ」

「ヌルフ……。まあ、知ってはいます。そこも含めて、ケーキでも食べながら話しましょうか」

 

 じっと見つめる彼の目。それに寺坂はふと、イトナや渚のそれをダブらせ。

 

 表情を顰めて、銃のトリガーを引き――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ヴァイパー・チョップ!」

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、イトナの声と共にプールが決壊した。

 

 

 




次回予告:スルーされたと思われていたあのコスが出ます!

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