死神教室≒暗殺教室   作:黒兎可

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色々立て込んで遅れましたが、とりあえず仕上がり・・・


第28話:乗り越えの時間・2時間目

 

 

 

 

 

 空は雨模様。所はサイベリア。名前で伝わるかは色々な意味で怪しいが、低価格イタリアンなファミレスという認識で無問題だ。

 

 そこで片岡メグは、友人の多川心菜に勉強を教えていた。

 

 

「ヌルフフフ。場所取り、席の位置は完璧でしたね。ちょっと川が増水していたから、こっちに来ないかとも思いましたよ」

「……いや、ころせんせーどうしてここだって分かったの?」

 

 渚の疑問をその一言で流しながら、独特なスーツ姿に三角形の髪留めを大量に装着したころせんせーは、ドリンクバーのコーラを飲む。渚、茅野、磯貝と三人ともサングラス姿の中、ころせんせーのみ服装ごと違うのは目立つからだろうか(今も充分目だっているが)。

 それでもあちらに気付かれていないのは、彼女達が来るより先に店の中で張り込みしていたからに違いない。

 

「んー、でもやっぱりか」

「磯貝君、知ってるの? あの子のこと」

「うん。たまに、片岡の話に上がってくるんだけど……」

「しかし離れすぎましたね。近づき過ぎると気付かれて、離れすぎると会話が聞こえないジレンマ」

 

 会話は聞こえないため、二人は普通に仲の良い友達にしか見えない。若干片岡の方が引いている感じはするが、少なくとも嫌いあってるようではない。

 だが、磯貝の言葉の微妙なニュアンス通りというべきか、二人は純粋に友達というだけの関係でもなかった。

 

 ――がたんっ。

 

 会話の途中、突然多川が立ち上がり、片岡に顔を近づけて睨み付ける。

 

 ――私のこと殺しかけたくせに。

 

 距離こそ離れていたが、四人の耳には確かにその言葉が聞こえた。だがそこで怒鳴って立ち去るわけでもなく、彼女は片岡の手をとって頬をすり寄せる。涙を流して笑うその姿は、どこか、捨てられた犬のような雰囲気さえ漂っていた。

 

(な、何なんだあの娘……!)

 

 生まれてこの方長い人生を送ってきたわけでもない渚だが、それでも彼女は初めて見るタイプの人間だった。

 と、すぐさま電話に出て、笑顔で掌を振って立ち去る。明らかに勉強していた時のそれより楽しげで、対象的に片岡は深くため息をついた。

 

「ヌルフフフ、これはこれは……」

「……あれ、磯貝君は?」

「へ?」

 

 茅野の言葉に渚は振り向くと、後ろで除いていた磯貝の姿が見当たらない。

 だが、反対側、つまり彼等が覗いていた席の方から声が聞こえた。

 

「きゃ! い、磯貝君?」

 

 びっくりした片岡の声。と、そちらを見れば予想通りと言うべきか。ころせんせーが促し、渚たちも彼等の方へ。

 

「大丈夫か、片岡」

「う、うん。ちょっとびっくりした」

「ノートとかは?」

「一応予想してたから、写しの方だし……って、渚たちも?」

「あはは」「ごめんね、覗いちゃって」

「ヌルフフフ」

「あ、大体主犯は分かった。後で雪村先生に言いつけときます」

「にゅや!? そ、それは勘弁を――」

 

 飛び上がるころせんせー。店員よりも店員らしい手つきでぱっぱとテーブルの上を片付ける磯貝をちらりと見て、片岡は提案する。

 

「じゃあ、話しますから全員分、ケーキか何かおごってください。ころせんせー持ちで」

「ヌルフ、致仕方なしですねぇ……」

 

 その言葉に目をきらりとさせる磯貝。渚と茅野は、少しだけ意味ありげに顔を見合わせた。

 ちらりと店員に言って席をまとめてもらうころせんせーと、配膳されたアイスクリームを少しだけ嬉しそうに食べる磯貝。いくら先生の驕りだからと言っても、値段が低目のそれを注文するあたりが磯貝らしいと言うべきなのか。

 

「磯貝君、少し食べる?」

「いいのか?」

「うん、少しダイエット中だから」

 

 自分のショートケーキを半分すすめる彼女の目をじっと見て、じゃあ一口だけと少し割って食べるのも、どこかこなれた感じがあった。

 なお、そんな彼を少し微笑ましそうに見つめる片岡と、ささっと取り出した謎のメモ帳にゲスい顔で何かを記入するころせんせーという酷い絵面もあったが。

 

 アイスティーをテーブルに置き、彼女は語り始める。

 

「去年の夏ごろだったかな。同じ組だったあの子から、泳ぎ方を教えてくれって頼まれたの」

「泳げないの?」

「うん。えっと、好きな男子含むグループで海に行くことになったんだけど、せっかく泳ぐんだから格好悪いところ見せたくないって」

「ヌルフフフ。まだまだ中学生ですねぇ。攻め方のタイプは一つではないんですが」

「ころせんせー、意味わからなから……」

 

 わからないと言いながらも、何かを察していそうな磯貝の表情である。

 

「で、一回目のトレーニングで何とか泳げるくらいには上達したんだけど。

 でも、海で泳ぐってプールよりも危険じゃない? 底だって遠くだとないし重量に対する浮き方も違うし。何より流れがあると強いし波に飲まれるから」

「あー、ってことは……」

「うん。そのまま海に行っちゃったの。一週間くらい時間あったけど、私の誘い断って」

「……なんで?」

 

 茅野の言葉に、苦笑しながら答える片岡。

 

「私も、あの子の性格わかってたからそもそも間違ってたのかもしれないけど、もともと反復練習とか大っ嫌いな子だったから」

 

 で、案の定。片岡はアイスティーを一口含んで一拍置く。

 

「……海流に流されて、ちょっとした騒ぎになっちゃってね。で、ライフセイバーさんたちは私の擁護したりしてくれたみたいなんだけど、心菜はそれ以来ずっとあんな調子で。

 死にかけて大恥かいたとか、教え方がダメだったんだから償ってよね、って感じで……。

 ……い、磯貝君? 何?」

「……いや、続けて?」

 

 アイスを食べる手をぱっと止め、彼女をじっと見る磯貝。一瞬たじろいだ片岡は、一度咳払いをして続けた。

 

「でまー、恥ずかしながらテストの時につきっきりで勉強教えて、逆にこっちが苦手科目手を付けられなくてE組行きになっちゃってね」

「そんな……。あの子、ちょっと片岡さんに甘えすぎじゃない?」

 

 茅野の言葉に、片岡は諦めたように微笑んだ。

 

「……いいのよ。こーゆーの、今に始まったことじゃないから」

 

 渚や茅野は、彼女の返答に言葉が続かない。

 だが、磯貝は少し思案してから言った。

 

「でも、ちょっと違くないか?」

「何、磯貝君」

 

 心底不思議そうに返答する彼女に、磯貝は言う。

 

「俺の家の話、知ってると思ったけどさ。それでも弟たちが頼ってくるのと、さっきの子のそれは何か違うと思うんだ」

「違う……?」

「うん。何て言ったらいいのかな……。家族だからって理由はあるかもしれないけど、甘える時は甘えてくるんだけどさ。でも、こっちがダメになるような、そういう頼り方とかはしてこないんだよ、アイツら」

「……」

「だから、こう……。友達でも、似たようなことが言えるんじゃないかって思うんだ。お互いがお互いのために何かするのは、相手のことを大事にしたいから、なんじゃないかな。もちろん、それ以外の感情だって色々……えっと、色々あると思うけどさ。ただそれを抜きにしても、相手がして欲しいと思うことをするって、やっぱり色々大変だと思うから」

 

 だから、と磯貝は微笑む。

 

「頼ってくれてもいいんじゃないか? 俺とか、E組のみんなとか、ころせんせーとか雪村先生とか。

 困ったなら、片岡も誰かに助けてって、言っても良いと思うんだ」

「磯貝君……」

 

((い、イケメンだ……ッ))

 

 微笑みながら、彼女の額をつん、と小突く磯貝。渚も茅野も何も言えないくらい、磯貝の言葉からは紳士さがあふれ出ていた。

 そして気のせいか、わずかに片岡の頬が赤いような、赤くないような――。

 

 

「ヌルフフフフフ。何とも微笑ましい光景ですねぇ」

「わ!」「ひゃ!」

 

 

 そしてこういう空気に積極的な武力介入を行う彼等の担任である。

 ヌルフフフと不気味な笑いを浮かべながら、慌てる二人に笑いかける。

 

「本当ならこのままじっと観察していても良かったんですが、少しだけ優先順位がありますからね」

「い、いえ……」「えっと……」

「磯貝君の言った事がまず一つとして、大人の視点からもう一つ。

 しがみつかれることに慣れ切ってしまうと、自分の限界を忘れて一緒に溺れてしまうかもしれませんよ? 例えばこんな風に――」

 

 取り出したスケッチブックには、安い絵で「かみしばい”主婦の憂鬱”」と書かれていた。

 ちなみに気のせいじゃなければ、描かれた絵はどこかわずかに片岡の後ろ姿に似てるような、そうでないような。

 

 ページをめくるころせんせー。

 片岡のようで片岡ではない成人女性らしい主婦が、少年のような中性的な旦那と言いあっている。

 

『ちょっとアナタ、またガラクタばかり集めて! 今月どうするつもりですか!』

『うるさいなぁ、中身が大事なんだよ中身が! 確認しないと――邪魔するなら殺すよ!』

『きゃんッ!?』

 

 ころせんせーが手を付けるより先に、ページをめくる生徒たち。先の展開が地味に気になるのだろう。

 

『……ごめんよ、結局また負けた。アイツの中身を見れずじまい――』

 

 泣きそうな顔で彼女を背中から抱きしめる少年のような夫。

 

『見捨てないでくれ、次はもっと上手くやるから……。

 僕等は二人で一人だろう……?』

『……もう、仕方ないんですから♡』

 

 

「あ、ありうるッ」

 

 震える片岡に、ころせんせーは微笑んで言う。

 

「共依存という奴ですね。モデルにした本物の二人はお互いがお互いに共依存だったので、少々事情が違いましたがともかく。

 自分自身もまた依存されること、それ自体に依存してしまうケースと言えます」

 

「片岡さん。言うまでもありませんが、君の面倒見や責任感は本当に素晴らしい。磯貝君が協調をもって場をまとめるリーダーならば、君は典型的なエースタイプ、全体を引っ張って行くリーダーでしょう。

 ですがね、だからこそ時に相手を育てることも必要になります。

 しがみついても沈まないと思ってしまえば、人は自分から泳ぐことを止めてしまう。それは決して、相手のためにはなりません」

「……時には突き放した方が良いってことか。でも、どうしたらいいのかな、ころせんせー」

「方法については色々あると思いますが、解決策は一つだけです」

 

 渚たちに指を立てて、彼は言う。

 

「彼女が自分から、泳ぐようになること。泳げる泳げないは努力次第で、力技が使えるならそれで大丈夫です。

 ですが、やっぱり最初の一歩を踏み出すのにはそこが大きい」

「自分から……」

「せっかくですから、皆で考えてみなさい? 必要があれば――先生も一肌脱いで、サメも真っ青なスイミングを教えてあげましょう」

「!」

 

(教える……? ってことは、泳げるのころせんせー!?)

 

 渚が密かに衝撃を受ける中、ころせんせーはタコせんせーケースに覆われたスマホを取り出し、どこかへと連絡をしていた。

 

 

 

   ※

  

 

 

「それで、結局どういう話になったんですか? 『今回は』物理的に前に話していた方法は無理でしょうし」

「まぁ、基本は正攻法ということになりました」

 

 翌日の放課後。生徒たちについて行く直前にころせんせーはあぐりとそんな会話をする。

 ころせんせー自体は生徒たちの監督として一緒に付いて行くつもりらしく、あぐりの質問にも急いだ様子で答える。それに気付いているのか、生徒たちが居なくなった教室であぐりが呼び止める時間も少しばかり。

 

「詳しくは後で聞きますので、ちゃんと話してくださいね」

「ヌルフ、お、お説教は充分昨晩されたような……」

「そういうことじゃないです。んー、まあ、アレかしら。

 がんばってくださいね、んー、ん!」

「にゅや!?」

 

 特に何ということもないように、「だっちゅーの」しながらのウィンク&投げキッスである。ポーズとしては軽いお色気っぽいそれだが、ころせんせーからすればギャップがすごいことすごいこと。破壊力はそのままダイレクトに伝わったらしく。

 

「どうしたの、ころせんせー」

「い、いえ、ちょっと張り切ってるだけです」

 

 渚が汗を流しつつ指摘するくらいには、その表情はたるみきっていた。

 

 さておき。渚たちが考えた作戦は、割と単純なものだった。

 多川と話す片岡。それを影から見守る渚と茅野ところせんせー。状況はモバイル律が中継するため近づく必要もなく、安全に見守ることが出来る。

 

「順調そう?」

『今のところは大丈夫そうですね♪

 あ、そろそろ攻勢に移るみたいですよ?』

「でもやっぱりモテるよねー、前原君……」

(岡野さん、ゴメンナサイ……)

 

「心菜。今度、前原君たちと泳ぎに行かない?」

「へ? めぐめぐ、ちょっと詳しく――」

 

 渚達の立てた作戦は、結構単純だ。学年全体で言ってもモテ男に入る前原陽斗(岡野ひなた曰く「女たらしクソ野郎」)が鍵である。

 要するに、合コンとまでは言わないが軽い遊びの場を提供しようというものであった。何度かそれを繰り返して、少しずつ彼女の意識を変えていければというものである。

 

 前原には作戦概要を詳しく語らなかったが、磯貝が頭を下げたのに対して「今更何言ってんだよ、水臭いぜ!」と二つ返事で了承した。さっぱりとしたその態度だったが、やってることはいつもと大差ないあたりが何とも言えない。

 ある事情から岡野に申し訳ない渚であったが、そんな彼の心理はともかくとして。

 

「でも、水、ホント入れないからー……。お風呂もダメなんだよねー」

「心菜……」

「今は泳げなくても、愛されキャラでいけるし? それに、めぐめぐだって何だってしてくれるし――」

「心菜」

 

 ぴたり、と足を止める片岡メグ。

 彼女の様子が変わった事に、少なからず何かを感じた多川。

 

『あれ、アドリブ入りましたねぇ』

「軽いノリのまま誘導する手はずでしたが、はてさて。ヌルフ……」

 

 そして絶賛、律がころせんせー達に中継中であった。

 片岡は逡巡するが、しかし重々しくも口を開いた。

 

「……私は、やっぱり何だかんだ言って心菜には悪かったって思ってる。ちゃんと貴女が泳げるようになるまで、無理やりにでも練習させておけばよかったって」

「は、はぁ!?」

「言われたくないかもしれないけど、でも、今話してわかった。それじゃダメだよ、心菜」

 

 一歩進んで彼女の手を包むように握り、目を真正面から捉える片岡。

 たじろぐ彼女だが、しかしその視線からは目を逸らせなかった。流石にそこまで、彼女も拗れてはいなかった。

 

「私は、泳ぐのは好き。勉強もそんなに嫌いじゃないし、だから教えられる。それは、心菜が友達だからであって、『それ以外の何か』じゃないからだよ」

「……」

「きっとこのまま居たら、貴女は何もできなくなっちゃうと思う。……心菜にとって私が何であっても、私は貴女の事は、友達だと思ってるから。きっとそれじゃダメなんだよ」

「だからって、今更――っ」

 

 片岡は、困惑する彼女にばっと頭を下げた。困惑する心菜に、片岡は続ける。

 

「だから、チャンスを頂戴。もう一度――貴女を泳げるように、ちゃんと出来るようにするための」

「……でも、だって……ッ」

 

 彼女の表情には、迷いがあった。現在の立場の安心感と便利さから、脱却したくないという欲望もあった。だが同時に、こう真摯に頭を下げられたことに対する負い目も当然あった。

 何より、例え便利屋としか思われてなかったとしても、多川自身のためにチャンスをくれと頭を下げるその真っ直ぐさを、跳ね除けられる程にはもう、浅い付き合いではなかった。

 

 形はどうあれ交流は続き、彼女は、ずっと見られてきたのだから。

 

「……予定とは違いますが、これはこれで正解ではあるんでしょうかねぇ。せっかく準備してきた水着が無駄になるやもしれません」

「ころせんせー、水着持って来てたんだ……」

「勿論。コーチングするのは私の予定でしたし」

『特訓予定のメニューは、既にインストールされてます♪』

((不安だ))

 

 基本が超人なので、体育ばかりは一般人レベルではないころせんせーである。彼が作ったカリキュラムが、こと体育に関してはまともじゃないと確信している渚と茅野だった。

 

「良い付き合い、悪い付き合いはともかくとして、ここがあの子、多川心菜さんの正念場ですかねぇ」

『――ミスター、警戒を』

「ヌルフ?」

 

 と、渚たちに聞き覚えのある、同時に聞き覚えのない声が響いた瞬間。

 

 

 

 片岡が多川を庇い、ごろごろと転がった。

 

「えっと、一体何が――ッ」

『渚さん、ダーツです!』

「へ!?」

 

 やや遠いため気付き難かったが彼女たちの足元には確かにダーツが刺さっていた。いや、ダーツと言うには先端が長いが、ともかくそれが片岡の足を掠り、身動きをとれなくしているらしい。

 どさり、と彼女の前に、スーツを来た金髪の男が折り立った。

 

「あれは――、『前に』見覚えがありますね。ロヴロさんからの紹介はあり得ないとすると、やはり……」

『――ミスター、生徒のみでは危険ではないかと』

「ええ無論です。行きましょう」

 

 やや離れた物影から飛び出し、ころせんせーは一目散に彼女達の元へ。

 倒れた片岡たちに更に武器を打ちこもうとする彼に向けて、ころせんせーは訓練ナイフを投擲した。手首に激突し、武器が落下する。

 

「逃げてください」

「へ? あ、えっと、E組の――」

「大丈夫、荒事慣れてますから」

 

 にっこり笑いながら両手で自分を指し示すころせんせーに、微妙な表情になりながらも彼女は立ち上がろうとして、しかし立てない。どうやら腰が抜けてしまったらしい。

 

 仕方なしとばかりにころせんせーは更に一歩、彼女等を庇う位置に足を進めた。

 

「さて、念のため確認しておきますが、貴方は……」

「フン。覚えなくても良い”死神”よ。俺など只の殺し屋――」

「”ダーツ”さんでしたっけ。随分ストレートなネーミングだったと記憶してます」

「!?」

 

 名乗ってもいなのに名前を一発で言い当てられたからか、ぎょっとして再び投擲する相手。それに対し、ころせんせーはいつか見たタコせんせーロープ(末端巻尺式)をぶんぶん振り回して、あれよあれよという間に全てを叩き落した。相変わらず人間技じゃない。

 

「まあ、依頼主というか組織というかは大方想像が付くので置いておきます。重要なのは、生徒たちに危害が加えられないよう、常に数人体制で護衛を付けていると思うのですが、今日このタイミングで出て来ないのは貴方の仕業ですかね?」

「フン、知らんなそんなこ――」

『――ミスター、ダーツの先端に麻酔毒が』

「ヌルフフフ、なるほど」

「!?」

 

 さっきから良い所なしの殺し屋ダーツである。何故彼の名前をころせんせーが知ってるかと言えば、無論逆行前に、殺せんせーが一度撃退した殺し屋であるからだ。

 

 そんなころせんせーたちの会話が終わるタイミングで、渚たちも追いつく。

 

「えっと、立てる?」「片岡さん大丈夫?」

「あ、アンタたちは……」

「片岡さんの友達、かな。えっと、無理そうなら肩貸そうか?」

『とりあえず、先ほど居た茂みが安全ではないかと。ここの下の川から距離は開きますし』

「茅野さん、渚、ありがとう」

 

 律のアナウンスに従って、避難を開始する四人。だったがしかし。

 

「舐めるな、フン!」

「ヌルフ、この程度ではまだまだ――」

『――ミスター、跳弾利用のようです』

「にゅや!?」

 

 いつものにゅやに比べて、かなり余裕がない。というよりも、かなり珍しいところだが、さもありなん。山の崖にめぐっていたコンクリートに反射させて(!)、そのままころせんせーの背後に攻撃を入れていた!

 

 一撃が渚や茅野の足を襲う。と同時に、バランスを崩して茅野が転び、片岡の身体がガードレールに引っかかる。

 

「あ――ッ」

「め、めぐめぐ!?」

 

 そのまま勢い余って、彼女はガードレールから乗り出して、下の、昨日の分で増水していた川に身を投げ出された。途中体を何度か打ち付けて、なんとか力の限りで途中にあった島のような陸地に腕を引っ掛けはしたが、麻痺しているためか泳ぐことも這い上がることも出来ないでいるらしい。

 

 万事休すか、という状況で、ころせんせーはロープを投げる。

 

「渚君、茅野さんに、多川さん。これから律さんに指示を投げますので、それに従ってください」

「へ? あの、ころせんせー!?」

 

 これ以上渚たちを巻きこまないためか、ころせんせーは相手に接近して彼等から距離を引き離す。

 

「せっかくですから、アレ行きましょうかニア」

 

 ひゅんひゅんと、訓練用ナイフを五本ほど取り出し、ジャグリングするよう回転させながら投げては掴みを繰り返すころせんせー。相手の顔面に寄せるようなコースで動くため、強制的にダーツは距離を離された。

 

「手入れは後でいくらでもしますが、まず安全第一です。プロト律さん!」

『――ミスター、いい加減ちゃんと名前を考えてください』

 

 言いながらも、彼の指示に従って、データを後継機(いもうと)に送信するプロト律。

 受け取ったデータを咀嚼して、モバイル律は口を開いた。

 

『渚さん、茅野さん。お二人がロープの錘になってください。電柱はちょっと距離がありますし、ロープ自体はかなり長く引き伸ばせるらしいので。それこそ十メートル以上』

「な、長い!? いやそうじゃなくて、重しって――」

『そして、多川さん』

 

 ぴくり、と謎の声(彼女からすれば謎の声)に呼ばれて、彼女は震える。

 

『あなたはこのロープを身に巻いて、川の陸地の方へ行ってください。これ以上の増水はありませんので、そこで片岡さんを引き上げるか、無理なら支えてあげてください。渚さん達だと、麻痺していて貴女より危険です』

「へ? わ、私が? で、でも、だって、水無理だし、それに私、絶対無理だよ服だって制服のまんまだし――」

 

 彼女も彼女で、突然の事態に混乱しているのだろう。でも口から出る言葉には、片岡メグに対するものが含まれて居ない。

 

 そのことに、渚は何故か、少し頭に来た。

 

「……君は、どうしたいんだ」

「わ、私?」

「心配事がなさそうだったって顔をしてるけどさ。でも、じゃあ、片岡さんを『見捨てる』の? 君も(ヽヽ)助けられるにも関わらず(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)

「な、渚、今は押さえてっ」

 

 彼の言葉をころせんせーが聞いていれば、何某か違和感を抱いたはずであるが、しかし幸か不幸かこの場ところせんせーとは距離があり、彼の耳に届くことはなかった。

 

 茅野の静止を聞きはするが、しかし渚は止まらない。

 

「君は――片岡さんの友達だったの? それとも、利用するだけ利用して捨てるってだけなの?」

「――ッ、わ、私は……ッ」

 

 渚の言葉に、少しの間葛藤があった。だがしかし、それでも彼女はネクタイを外してスマホを置き、彼女は立ち上がった。

 彼の手からロープを受け取り、ガードレールの下を通してぎゅっと縛る。

 

「……こんな形では、めぐめぐを『見捨てたくない』ッ!」

 

 頷く渚。驚いた顔をする茅野の方へ歩き、一緒に体にロープを巻き付ける。この際お互いに色々くっついたりしてるが、緊急事態ゆえか何も言わず準備する。

 二人の準備が終わると、多川はばっと飛びこんだ。ジャンプ力が足りず、水流に飲まれる。無論素人は絶対に真似をしてはいけない所以がここにあった。

 

「な、何これ、波はあっちでぶつかってんのに、反対に引っ張られて、近づけない――ッ」

「お、落ち着いて!」

「めぐめぐ、大丈夫!」

 

 ギリギリで踏ん張っている片岡を助けに入った多川だが、逆にギリギリである。そんな彼女に、片岡が精一杯声をかけた。

 

「泳ぐ方向を、こっちに対して並行にして、バタ足!」

「――、な、何でこんな簡単にっ」

 

 彼女は気付いていないが、そもそも片岡より上流に落ちて向かった彼女が近づけなかった理由は、まさに片岡が要る小島のせいでもあった。渚たちの側の方が狭かったせいもあり、流れてきた水流が離岩流、要するに岸に反射して戻ってくる波になっていたのだ。

 

 だからこそのそれであり、おそらく彼女をかつて襲ったものもこれが原因なのだが、そのことには気付いて居ない。少しずつ泳ぎながら、少しずつ片岡に近づく多川。服を着ているため抵抗はそこそこだが、命綱のお陰か渚たちがギリギリで踏ん張ってるお陰か、ようやっと、彼女はたどり着くことができた。

 

「め、めぐめぐ~!」

「ありがと、心菜……」

 

 彼女を後ろから抱きしめ、島だけではなく多少の安定感を実現する。後は他の救助が来るまでこの状態でいればいいというところだが。

 

「……水、入れちゃった」

「そうだね」

「……あはは」

「……カッコいいよ、心菜」

「!」

 

 状況が状況であるが、しかし彼女は少しだけ頬を赤くした。

 

「……なんか、私も水泳、好きになれそう」

 

 その呟きを聞いて、状況が状況にも関わらず、片岡はわずかに微笑んだ。

 

 

 

   ※

 

 

 

「……今回はこちらの不手際だ。済まない」

「いえいえ烏間先生。それを言うなら生徒達にですが、まあ色々理由もあるのでこちらで受けましょう。……まあ賠償というか、埋め合わせは私がすることになるんですが」

 

 何故か幼稚園児のコスプレをさせられた殺し屋を烏間に引き渡しながら、ころせんせーは少しだけため息をついた。視線を振れば、復活した烏間の部下たちに救出された面々。ダーツによって負った傷の治療なども含めて行っており、多少は回復してると言うべきか。

 ちなみにプロト律が気を利かせて連絡を入れた磯貝や前原は、救助の時に地味に活躍していたりもしたが、それはさておき。

 

「……やはり私が、教師をするのは間違っているんでしょうかねぇ。今回のトラブルも、元はと言えば私関係でしょうし」

「どちらにせよ、お前は彼女(ヽヽ)の言葉を断れない。違うか」

 

 彼の言葉に微笑むだけのころせんせー。「失言だった」と言って生徒たちの方へ行く烏間。そのまま生徒たちへ、何某かカバーの理由の説明をするのだろう。3-Eはともかく、Bクラスの多川は何かしらのフォローを入れなくては、機密に関わるためだ。

 ころせんせーは胸元のスマホへ視線を落し、ため息一つ。

 

「収まるべくして収まる、とは言いますが、今回のようなことがあるから侮れないですねぇ」

『――ミスター、レディーから「お疲れ様でした」と連絡が入ってます』

「そうですか。……まあ、本当に大変なのはここからですが」

 

 カバーの理由の説明が終わったタイミングを見計らい、ころせんせーはE組の生徒たちの方へ行く。

 

「ヌルフフフ。片岡さん、どうしましょうか」

「……いえ、もう、大丈夫です」

「ヌルフ?」

「今度、一緒に練習するって約束しました」

 

 その言葉に少なからず驚きを見せるころせんせー。含みのない驚きは割合珍しい。

 にっと笑い、彼女は親指を立てる。

 

「手を取って泳ぐだけじゃなく、たまには離して見守る時もある。なんとなく、わかった気がします」

「……そうですか、ヌルフフフフフ」

 

 さてそれはともかく、ところせんせーは言う。

 

「なんだかんだで烏間先生の言った理由が、表向きのものだというのは気付いているかと思います」

「まぁ」「そうだね」「流石に」「あはは……」

「しかし先生もまた、実際の理由を語る事は難しいです。なので、君達の質問に一つ、答えましょう。

 何でもとは言えませんが、可能な限り答えます」

 

 その言葉は、なかなかの破壊力を伴う一言だった。顔を見合わせる四人。だがしかし、その視線が渚に集中した。

 

「な、何で僕?」

「だって渚、今回ファインプレーだったじゃん。鷹岡先生の時みたいに、キレなかったし」

「き、きれ?」

 

 自覚のないらしい渚だったが、だが、茅野経由で聞いたのだろうか、残りの二人が頷いたのを見て、メモ帳を取り出した。

 

「……じゃあ先生、一つ」

「伺いましょう」

 

 渚の言った質問に、彼は鷹揚に頷いた。

 

「ええ、確かに先生は泳げません。厳密には『泳げるけれど』とてつもなく動きが悪いです。それこそ半分溺れてるような状態になりますね」

「それ、溺れてるのと何か違いが……」

「一応浮いていますので。しかし、実際問題”暗殺教室”中に残りHPが1になっている状態並の身体能力まで落ち込むのは事実です。弱点としては最大級と言えるでしょう」

 

 とは言えど、と彼は微笑んで続ける。

 

「私はそこまで警戒はしません。授業中は泳ぐ方法も用意してありますし、仮に生身で落とされたといえど、いかに水中でも片岡さん一人程度に遅れはとりません。

 ですから、君達も自分を信じて磨きなさい」

 

 方法は示さない。しかし、文脈からしてプールを作った理由にそれが当てはまることが、片岡にはなんとなくわかった。

 傷ついた脹脛を軽く押さえながら、彼女は「はい」と、力強く頷いた。

  

  

 

 

 




磯「一人で帰れるか?」
片「え、あ、うん、たぶんだいじょ――いてて」
磯「ダメじゃないか。んー、ちょっと失礼」
片「へ――きゃ!?」
多「おー、めぐめぐお姫様だっこだ!」
前「(磯貝、ファイト!)」
磯「とりあえず途中までは抱えて行くから、道教えて? あ、嫌だったら別に――」
片「へ? あ、うん、あ、はい。えっと、大丈夫です、うん」
渚&茅((片岡さんが敬語になった!!?))


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